じれったい関係
指定された場所に向かい人間に害を成している鬼の居所を突き止め、最終的には頸を斬り落とす。
それが、自分に与えられた役割。
いつもと何も変わりない任務を早急に終え、次の地へ赴くつもりでいたのに何と無様な体たらくだろう。
お館様の声を聞いた時とは全く異なる脳の浮遊感を薙ぎ払い、霞む視界の中に転がる日輪刀を紫月は呆然と眺めていた。
「……次はキミ?」
飛び上がり、背後から勢いよく振りかぶった一撃をひらりと躱した鬼が笑いながら問う。
避けられた事に舌打ちをしながら受け身を取った紫月に鬼は赤い目を向ける。
骨を軋ませ変貌していく鬼に対し、反射的に日輪刀を構え直した紫月の前に突如濃霧が発生する。
「(鬼の術……?)」
視界を完全に奪われてしまってはこちらの分が悪くなる、早く頚を切断しなければ。
霧を裂き駆け出した紫月の視界に飛び込んできたのは、半々羽織。
向き直った半々羽織の青年……冨岡義勇はいつも通り無に近い表情で、彼女の名を呼ぶ。
普段ならそんな、何気ないやり取りでも心はときめくはずなのに、男から紡がれた己の名に気持ちの悪い熱が乗っていて堪らず閉口した。
「……どうした紫月」
理由は分からないが兎に角、気味が悪くて吐き気がする。
空中で一回転して距離を置いた後、背中を向け走り出した紫月を"それ"は歪に唇を吊り上げ静観していた。
* * *
込み上げてくる胃液に涙を浮かべながら何とか口に手を当て、乱れた呼吸を整える。
運良く茂みを見つけ、そこに身を落ち着けた紫月は今までの経緯を冷静に分析し始める。
鎹鴉は今こそ姿を消しているが、戦闘直前まで傍らに居た。
それに今回の任務に第三者が合流する、という連絡も受けていない。
ともすれば例の濃霧と姿の写し取りは鬼の能力なのだろう。
「よりにもよって義勇さんか」
ふう、と息を吐き左手で頭を掻いた。
そうしてやっと、体の違和感に気が付く。
木々の枝で切ったのとは明らかに違う切り傷から鮮血が滴り落ち、地面を汚し続けている。
こちらに接近してきている気配に再度舌打ちしたいのを抑えて静かにそちらを凝視し、日輪刀の柄に手を掛けた。
「(……指の感覚が、ない)」
眠りの淵に立たされているような覚束無い感覚に脳内が圧迫され、考えるのが疎かになってくる。
そんな脳が辛うじて算出した結論は"最初の一撃を躱した時には既に傷を与えられており、その攻撃と共に毒のようなものを注入された"だった。
「あれだけ走り回ったんだ。毒が全身に行き渡り、感覚はおろか満足に体も動かせまい」
声が、もうすぐそこまで近付いている。
"それ"の言う通り四肢は全く動かせないうえ、もう間もなく意識も消失してこのままでは貪り食われる末路しか待ち受けていないだろう。
……けれど、けれど。
「鬼殺隊を、見くびるな……」
草陰からゆらりと姿を見せた紫月に、鬼はじりじりと距離を詰めてくる。
震える手で刀を突きつけた瞬間、眼前の鬼と同じ羽織を纏った青年が立ちはだかるようにして音もなく現れた。
彼は荒い呼吸をしている紫月と自身と瓜二つの鬼を一瞥した後、鞘から蒼色の刀身を抜き払った。
揺れる半々羽織の奥で、またぐちゃぐちゃと嫌な音が聞こえてくる。
女人になり変わった鬼が口を閉じるより早く、斬りつけたらしい。
一帯に響く悲鳴を呆然と聞きながら紫月は地に臥した。
* * *
重い瞼を開く。
首を横に向けると鎮座していた義勇と目が合った。
「胡蝶を呼んでくる」
一切、気配を漂わせることなく傍らについていた義勇はそう残して席を立った。
姿を現したしのぶに四肢の痺れについて問われたので、現状を嘘偽りなく伝える。
聞くに毒自体さほど強いものではないので、あと数日もすれば消えてなくなるだろうとの事。
────コホン、と咳払いをひとつしたしのぶは先と違ってどこか愉快そうに紫月に詰め寄ってくる。
「紫月さんが対峙した鬼について、どう思ったかお聞かせ下さい」
「義勇さんから既に話は伺っているはずですが……」
「冨岡さんが駆け付けた時、鬼は冨岡さんの姿をしていたとの事ですがこれはどう思いますか!?」
目をやたらキラキラ輝かせながら尋ねてくるしのぶにこくり、と首を振る。
聡明なしのぶの中で既に答えは出ているだろうに、少しばかり意地が悪いと思いながら周囲を何度も見渡し蚊の鳴くような声で漏らす。
「あの鬼は何らかの形でこちら側の思考を読み取り、懇ろにしている者の姿に成り代わる事で今まで人間を喰らってきたのだと思います。これで勘弁して下さい……」
「紫月さんは本当に冨岡さんが大切なんですねぇ。ちなみに冨岡さんが貴女の前に立った時は、どなたの姿になったか覚えてますか?」
問われ、あの時の事を必死に思い起こす。
あの高い声は間違いなく女性。
それにその声を聞いた時、義勇は間違いなく一瞬たじろぎ動揺したのだ。
「義勇さんの背中に隠れてあまり見えませんでしたが、隊服を着てました」
「そうですかぁ!!」
「(しのぶさん、何だか凄くご機嫌だなぁ)」
あ、と思い出したように耳に唇を寄せてきたしのぶの言葉に紫月は頭から布団を被り外で二人の会話を聞いていた義勇は耳を赤く染めた。
「(紫月さんが危ないと聞いた時、誰より早く現地に向かったのは冨岡さんなんです。流石にずっとは無理でしたが可能な限り紫月さんの横について、いつ目が覚めるかそわそわしてるのがまた面白くて……これは私と紫月さんだけの秘密ですよ)」
どうでもいい裏話
鬼が最後に形作った姿は夢主
当人と第三者が聞く声の違い&夢主の意識が朦朧としていてよく見れなかった
本当に一瞬だけ躊躇ったものの無事倒し、意識を失った夢主を見て焦りながら蝶屋敷に駆け込んでたり
早い話が両思い
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極夜