ふうん、と小さな声を出す。壊理という少女を救出する為に死穢八斎會に乗り込んだヒーロー諸君、私はヒーローもヴィランもヤクザもどうでもいいから好きにすればいいのにと思っているが、どうやらオーバーホールとかいうヤツが愛しい恋人であり、私の神様でもある彼に大変不快なことをしたらしい。なるほどぉ、処刑。トガちゃんからの情報を姉に漏らすと顔を真っ青にして震え始めたのでどうしたのかと駆け寄るとどうやらヒーローの内の一人が姉の愛する男の友人らしく、ソレが死にそうだ、と。腕以上の太さが腹部を貫いた、となればもはや死ぬのを待つだけだろう。ヒーローの生死なんてどうでもいいのだが、姉がそれは嫌だと言うのであれば殺さないように動くだけだ。
「あの…、私!私、助けられるかもしれない!」
乗り込んだ病院、受付の女が困ったような反応をしている。お願い、ナイトアイに会わせて!と声を荒げるとサイドキックだかヒーローだかなんだかよく分からない人が寄って来た。誰だろ、ヒーローっていっぱい居るからわかんない。でもちょうど良く怪我をしているからその人の腕を取って個性を発動させた。折れてた腕が戻ったことを自覚したその男が信じられない、みたいな顔をしているがさっさと私の目的を果たしたい。沢山の人間に触れたくなんかないし。
「ッ、私の個性、復元、で!人体にも!だから、えと…間に合うかも、しれなくて、……たすけ、たい、」
ぼろり、と涙が溢れて頬を伝う。ああ、本当に悲しい。愛しいかみさまと一緒に居られないことがこんなにも悲しい。でも泣いた理由も本心も言葉に出さなければ今私はヒーローを助けたくて、必死な善良な市民に見えるだろう。本来なら身元確認なんかが必要なんだろうけど、事は一刻を争う。さあ、どうする?優秀なヒーローを死なせたくなんかないだろう、なあ、クソッタレな社会。
結果として、サー・ナイトアイの病室へと転がり込むことが出来た。もう彼は虫の息で、生徒かなにかがベッド側で声を荒げている。ああ、あそこにいるのは姉の大嫌いなヒーロー擬き。姉から彼を奪う、憎いクソガキ。それでもその隣で一筋の涙を流す姉の思い人を見れば気にしている余裕はない。駆け寄って私のことを止めようとする誰か知らない人の手を振り払ってナイトアイへ触れた。ああ、これは疲れそう。全部を戻してしまえば楽なのだが、今後のことを考えたら死なない程度にしなくては。
「っ、たぶん、全部は無理、です!でも、死なせないから!」
だって、私のお姉ちゃんが悲しむんだもん。腹の傷を塞ぐ、でも内臓は損傷を残す。申し訳ないが腕は治さないままにさせてもらおう。ヒーローとしてここで死んでも命が繋がればそれでいいでしょう?
「なんと、礼を言えばいいのか。」
「いえ……すみません、私がちゃんと訓練してればきっと…ちゃんと、全部…治せた、んですけど。」
嘘、本当はぜーんぶ戻したほうが楽。あれそれ制限をつける方が面倒。でもこの疲労感のお陰で全力で治療したのだとこの場の全員が思っただろう。呼吸が安定したのを確認してからぺたりと座り込み深く呼吸を繰り返す。ああ、疲れた。姉の為じゃなければこんなこと絶対しないのに。ふう、と息をついたところで大きな掌が差し出された。さっきナイトアイに必死に語りかけていたヒーロー志望だ。なんだっけ、ルミリオン?あんまり触れたかないけど不自然になっても困るからその手を取り立ち上がる。ありがとう、ありがとうと大粒の涙を流しながら私の手を握り込んで繰り返す姿に薄く笑って返してやる。
「キミ。」
「…あ、えと……。」
「友人を助けてくれて、ありがとう。」
大きな体、腰を折って私なんかに頭を下げる姉の思い人。まあ、あなたの為ですけども。
「いえ…間に合って良かった。」
「なんとお礼をすれば良いのか、なにか…。」
「あ、それじゃあ……姉が、あなたのファンなので…姉に会って貰えたら。」
「え?」
「あ!ごめんなさい、サインくらいにしないとダメですよね!図々しくてすみません……。」
「いや、私なんかでよければ。キミのお礼になるのかい?」
「私の姉、私の命の恩人なので。姉が喜んでくれるならそれが私は嬉しいです。」
そうして約束を取り付けた。警察やらヒーローやらに事情聴取をされるのは面倒だったので助けた代わりに秘密にしてくださいと念を押してさっさと病院を出る。疲労感が体を襲う。あー、疲れた。スマホを取り出して姉に掛けて事情を説明するとぐずぐずとし始めたのでこれは早めに戻ろうと決めた。
さて、あの日から数日後。オールマイトと会うその日を迎えたのだが服変!?化粧濃いかな!?と騒ぐ姉になにをしてるんだか、と溜め息を吐く。元カレに会うとは思えないテンションだ。勿論彼は今日会うのが姉、元カノだと知らない。二人が別れた理由は知らない、必要もないから。聞いて欲しいならいくらでも聞くけど何も言わないから聞かれたくないんだろうなって思うし。言いたくない事を無理に聞き出したっていいことはない。ただ向こうの性質によるものなんじゃないかなぁと勝手に思っているが、実際がどうであれ大した問題でもないし。これを機に元サヤに戻れたら良いよね、だって麻央にとって愛した男じゃなくて愛する男なんだもん。私は彼より姉を優先するので。
「麻央、リップこれにしなよ。」
「え、でもそれ…。」
机の奥底に仕舞われていた、彼に貰ったという口紅を指差したらまた頭を悩ませ始めた。未練ありますアピールしときなよ、とだけ声を掛けて自分の唇に色を乗せる。
ミモレ丈のふんわりと裾の広がったフレアスカートが揺れるのをぼんやり眺める。ウエストが絞られた淡い色の柔らかな生地のワンピース、その服ならその淡く優しいリップが良く似合うだろう。対になるようにしたタイトなニットワンピ、まだ暑さの残る季節とは言え室内だと空調が効きすぎて半袖だと私には寒いので薄手のカーディガンは忘れずに羽織る。バーガンディのリップだと勝ち気すぎるかと思ったが、姉の引き立てには丁度良いかな。恋人に投げるように渡された指輪を薬指に通しカバンに必要な物を詰めて時計を確認するとまだ少し余裕はありそうだ。麻央は漸く腹を決めたらしくあのリップで唇を彩り、迷って少し高めのパンプスを選んだようだ。私はウェッジソールのサンダルでいいや。
「変じゃない!?」
「可愛い可愛い。」
「ねえ!!」
「遅刻すんぞぉ。」
気持ちが落ち着かないのはわかる、私も荼毘くんとのデートだったらアイラインの1ミリまで気合いを入れる。より戻せるといーね、と声を掛けたらつんのめって居たので合流後が心配になったのは言うまでもない。
「………え?」
「ひ、ひさしぶり、」
「あれ?知り合いだった?」
彼の知名度を考え、個室のカフェを予約していた。というか彼がしてくれていたのでそこへと向かい、顔を合わせた瞬間に硬直する2m超えの男、半分私に隠れるように声をかける姉、素知らぬフリの私。とりあえず着席を促されたので座り、メニューに目を通す。アイスティーだと飲み切れなくて途中退席し難いからホットにしようかなぁなんて呑気にしてるのは私だけだ。オールマイトは視線をあっちこっちさせているし、麻央は恋する乙女全開でソワソワしている。この下手くそなお見合いみたいなの、私がなんとかしないといけないのかな。
「姉さん、私アッサムティーにするけどどうする?」
「か、カフェオレ…。」
「チーズケーキも食べようかな、姉さんと…八木さん、どうします?」
「…私はコーヒーだけで。」
「プリン食べたい、ここの固めのやつで美味しい。」
「……そういえば好きだったね。」
おっと、そんなトップスピードで破局したカップルが再会した会話をするのか。私邪魔じゃない?麻央から覚えていてくれて嬉しいオーラが出てるのがヒシヒシと伝わってくるしオールマイトも困ったような顔ではあるがその目は優しさと懐かしさを滲ませている。というかデートで来たことある場所に…ううん?とりあえず注文を済ませて届いた後、オールマイトが口を開いた。
「……あの時は思い出せなかったけれど、見たことあったなと思ったんだ。昔、写真で見たことがあるだけだからすぐに思い出せなくてごめんね。」
「ああ、麻央との写真見たんですかね。」
「話には聞いていたから、もしかして…と、この店を選んだんだ。ここのプリンが好きだったな、って……また会えたら、なんて。」
「俊典さん…。」
チーズケーキおいしい。ちょっと気持ち口の中がジャリジャリしそうな感じはするけど。完全にお互いまだ好きなんじゃん、なんで別れたんだこの二人。まあ、ヒーローの恋人なんて真っ先にヴィランに狙われるからそれが気掛かりだったんだろうなぁとか思うわけで。そのヴィラン側に私たちが居るのを知らないのだから心配にはなるだろうね。私たち、襲われたら最低3倍返しするけど。
オールマイトは姉の唇を彩るソレに気が付いただろうか、気が付いていなくても問題なさそうだけど。ぽつりぽつりと言葉を交わす二人に適度に混ざりながら美味しいチーズケーキを平らげてさり気なく紅茶を飲み干す。そのタイミングでスマホが通知音を鳴らしたので許可を得てから確認すると愛しい神様からの連絡で、今から会えるという旨だった。
「ごめんなさい、恋人からで…。」
「呼び出し?」
「久々にデートしないか、って。」
「あー…。」
「…私のことは気にしないで。きちんとしたお礼が出来ていないから……。」
「や、麻央に会ってくれたらそれで十分過ぎるほどです。」
「じゃあせめて、ここは出させてくれるかい?」
「ありがとうございます。えっと、じゃあ、私行くから!多分泊まりになるから麻央ちゃんと家の鍵閉めてね!」
「わかってるやい!」
良い具合に二人きりにすることに出来たし、恋人に会えるしでとても良い。敢えて泊まりだと言ってきたからこの後二人でどうしようかなんて話になって…まあ、よりを戻す話になるだろう。詳しいことは聞いて聞いてされたら聞こうっと。少し駆け足で指定された場所へと向かう。ああでも彼に会うならもう少し綺麗な格好にしたかったし化粧も凝りたかったなぁ。否、それで他の男に会うなんてよくないからやっぱりこれでいい。
「お待たせ!」
「遅ぇ。」
「ごめんね、会えて嬉しい。」
ぎゅう、と抱き付く。少し煤のような匂いがした。火傷してない?と彼の手に触れるけど何も言われない。逆に腕を掴まれて壁に押し付けられ乱暴に唇が重なった。路地裏とはいえなんて大胆な、とか一瞬だけ思ったけどどうでもいいや。ウェッジソールのお陰で顔が近くなった、嬉しい。呼吸を奪うような口付けから解放されて見上げると恋人の唇が薄く染まっている。気になるのか手の甲で拭っているのがなんだか可愛い。スタスタ歩き出した背中を軽い足取りで追いかけた。
「いいなぁ、ヒーローって。」
「はあ?」
「だって荼毘くんの炎で死ねる。夏の青空みたいに澄んだ、美しい青に抱かれて死ねるなんて羨まし過ぎる。」
廃墟一歩手前、みたいなボロアパート。狭いベッドで素肌を寄せ合う。火傷跡がざらつく筈なのに何故か触れると心地よい。散々鳴かされて崩れた化粧を落としたいのだが、離れるのが惜しくて脚を絡ませた。私の言葉に呆れた顔をした恋人の掌が首を包む。このまま絞めても、灼いてくれてもいいんだけどなにもしない。こきゅ、と喉が鳴る音がして滑稽だ。
「灼いても戻せるだろうが。」
「荼毘くんが付けてくれた跡なのに消すなんて勿体無いことしないもん。」
「………杏。」
きゅう、と胸だか胎だかが疼いた。彼の声で呼ばれる、それだけのはずがなんと甘美なことか。とろりと思考が蕩けたのだが、耳元に吹き込まれた音に目を見開く。え、と漏れた音に意地悪く笑って、首を包んだ手が滑ってカサついた指の腹が唇を撫でる。
「呼んでみろ。」
「っ、……は、」
「聞いてんのか。」
「う……とうや、くん、」
紡いだ音が震える、知らなくて良いと言っていたじゃないか。なんでこのタイミングなんだ、ずるい。噛み締めるように何度も名前を繰り返していればまた唇が塞がれる。咥内を好き勝手荒らされているのに覚えるのは心地良さだけだ。口付けの合間にも彼の名を呼ぶ。満足そうに細められた双眸に今度こそ胎の奥がキュンとした。
「燈矢くん、もう一回シよ?」
「気分が良いからノってやるよ。」
膝裏を掴んで開かされた脚に普段なら気恥ずかしさを覚えるのだが、生憎私の頭はもう夏場に車内で放置されたチョコレート並みに蕩けているので何も気にならなかった。記憶の隅で姉の恋路がチラついたのだが、触れる熱い掌で散っていく。ごめん姉さん、帰ったら聞く。与えられる熱に浮かされ今度こそ目の前の愛しい男に全ての意識を向けた。
熱を分け合って二人で体を清めた後に話を聞いたのだが、私が処刑したかったあの男は両腕を失ったらしい。燈矢くんは触れておらず死柄木とミスターがやったとのこと。ま、ミスターはやっていいだろう。やられたらやり返すのが我々ヴィランなので。それにしても死亡したヒーローが居たのだからきっと彼も動いたのだろう。悔しい、絶対にいい顔してたじゃないか。是非ともこの肉眼と海馬に焼き付けておきたかった。
「荼毘くんの活躍見たかったぁ。」
「二人ん時はソッチじゃなくていい。」
「……燈矢くんの炎、綺麗で好き。いつか抱かれてみたいな。」
「そのうちな。」
片腕で抱き寄せられて胸元に埋まる。うん、今はこっちがいいや。いつかあの美しい青に抱かれて死にたいが、いつかでいい。今はこうして彼に抱かれていたいもの。