「ヒーローを殺しましたか?」
「いいえ。」
「一般人を殺しましたか?」
「いいえ。」
「盗みをしましたか?」
「いいえ。」
「無抵抗な相手や罪のない人間に理不尽な暴力を振るいましたか?」
「いいえ。」
「敵は誰ですか?」
「AFOです、絶対に殺したい相手です。あとは恋人に辛い思いをさせたヒーローの横っ面を一度は引っ叩きたいです。」
「貴方の罪はなんですか?」
「理不尽に殺される、傷付けられる人間を救えませんでした。」
うすらと笑う女にぞわりと肌が粟立つ。ここだけ切り取れば善性であると判断するしかない。それでも笑みを絶やさないこの女は数多の命を奪ったヴィラン連合を側で見ていた女である。救えなかったのではなく、救わなかったくせに。登録された個性を見れば幾人もの命を救えたはずのくせに。
「ねえ、オマワリサン。」
「…なんだ。」
「私別に、ヴィラン連合に属してたわけじゃないです。AFOをこの手でどうにかしてやりたくて、探ってただけ。ヒーローでもないのに街中で個性を使うわけにはいかないから、関わる人を助けることなんて出来なかった。それに私の個性がAFOに見つかって目をつけられたら今回の事件ってもっと酷いことになってたでしょう?だからあの男の目が届く範囲で救助活動なんて出来なかった。それって悪なの?」
ああ、これは。握り込んだ拳に気が付いたのか薄く笑みを浮かべた女。
「オールマイトを呼んでくれる?そうしたら、もう少しマトモに話をしてあげる。」
「……君には、恩があるんだ。」
「ふっふふ、それはサー・ナイトアイのこと?それとも貴方の可愛い子猫ちゃんのこと?」
「どちらもさ。」
「オールマイト、私の家族の恋人さん。私の個性については知っているよね?」
「勿論、資料にも目を通したしなによりこの目で見ているからね。」
「……あの子の体ね、私が治してるの。」
ぴくり、と指先が跳ねた。驚きからかな。
「あの子の個性、知っているでしょう?あれね、きっと貴方が知っている物は別物なんだよね。」
「どう、いう、」
「あの子の体、不死身でもなければ…痛みを感じないわけじゃあないのよ?」
うそだ、と、多分彼は呟いた。音にならなかったから違う可能性も捨てきれないけれど、きっと違わない。くつくつ笑って自分の首を爪先で引っ掻く。
「核を破壊されない限りあの子って無敵なんだよねぇ、だってリセット出来ちゃうんだもん。体に限界を感じたらその体を破棄するの。ねえ、これまでの人生の中でリセットするのにあの子は何度自分の首に刃を突き立てたと思う?貴方を守ろうとしてあの子が傷を作ったのを何度知っていて、それを何度止められた?……あの子が痛みを感じる間もなく、綺麗にしてたの、だぁれだ?」
「ねぇ、オールマイト。私そんな難しいこと願わないよ?姉が幸福であって、私は私の神様であり恋人である彼の側で生きたい。彼を私に返してくれるなら、貴方の大切なあの子が痛くて泣いちゃうなんてこともないよ?ふふ、ねえねえ。私がここで捕まって色んなオマワリサンや貴方と話してる間、あの子は何回痛くて辛くて苦しくて寂しい思いをしているのかな?」
ぐらぐら、ゆらゆらと瞳が揺れる。最後になにかもう一つくらい吹っかけておきたいなぁ、どれにしようかな。
「あの子の核の場所知ってるの。壊し方も、知ってる。」
「ッ、キミねぇ!」
「私に燈矢くんを返して。」
「出来るはずがないだろう、彼は今……ぁ、」
「うん、私の個性なら関係ないからね。だから、今すぐに、返して?」
拳を握り締めるのを見て、決断まであと少しというところか。
「………あの子が今、何処にいるか知ってる?」
「ッ!?」
「私はさぁ、別にヒーローもヴィランもどうだっていいの。私の大切な人が幸福であってほしい、そして私にとって貴方はあの子の神様である以外の価値はない。それでも姉の幸福が必須だからね、貴方も私の人生に必要ではあるんだ。でも別に、貴方の弟子の命は、どうでもいい。……ああ、そういえばあの子はあの弟子の存在に妬いて泣いちゃうんだよね。いやだよねぇ、お姉ちゃんが泣いちゃうのは嫌。ずぅっと守ってくれてたお姉ちゃんのことを、今度は私が守りたいなぁって思ってるんだ。」
「キ、ミは……なにを、する気だ。」
「私の事情聴取、もう終わるよ。だって法に触れるようなことしてないもん。誰かを殴ってもないし殺してもないし、誰かに誰かを殺せと唆したこともない。ただヴィラン連合の人間と恋人だったから、話を聞かせてと、懇願されて此処にいる。帰り道、あの子のお土産はなににしよっか?…どうせ面会なんて限られてる、だったら愛しいあの人の傍にいることの出来る道を選ぶよ?A組の全員…いや、応援したい子が数人居るからその子たちは残したいな。それだけ傷付けたらあの人のところに行ける?」
狂っている、と掠れた声が聞こえた気がした。何を今更。この人が自分本位に平和の象徴として生きてきたことと何が違うのか。私は私の為に行動するし、私が生きていく為には神様が必要なだけ。
「ずぅっと、大切な人を作らなかったのはこうやってされるのが嫌だったからなんでしょ?わかるよ、自分がどうなっても、痛くても苦しくても耐えられるけど愛した人がちょっとでも自分が知らないところで苦しいのも痛いのも寂しいのも全部嫌だものね。……貴方には師匠が居て、先生が居て、仲間が居て、生徒が居て…でもね、」
私には麻央と燈矢くんしかないの。
目を見開いて唇を微かに震わせたオールマイトに笑って見せる。別に被害者ツラするつもりはない。何度も繰り返したようにただ、私に彼を返して欲しいだけだ。
「燈矢くんはもうしたいこと、したみたいだし。エンデヴァー…彼の家族と定期的に会うことだって止めない。別にいいよ、人の輪じゃなくたって。ただ彼と二人で生きていきたい。彼が人を殺したことは変わらないけど、…最初はみんな、ヒーローが見捨てたんじゃんか。私のことも燈矢くんのことも、弔くんのことだって。…そんな顔をしないでよ。別に貴方のせいじゃないよ、オールマイト。貴方が成した事は褒められるべきことであって、咎められることじゃない。貴方が己の人生を犠牲にして掬い上げた人間は数えきれない程いるもの。貴方のその生き方を私は尊敬するよ、なにせ怒るのは私の役割じゃないからね。それは貴方を深く愛する人間でないと、価値のない言葉だ。」
「君はそこまで考えていて、麻央ちゃんのことをずっと救って来た人間だろう。どうして、あんな風に…。」
「訂正するならば救ったという立場は麻央であって私じゃない。あと勘違いしちゃダメよ。平和の象徴として生きると決めた貴方がどうして大切な人を作らなかったのか忘れてしまった?こうなることを避ける為でしょ?」
頬杖をついて鼻で笑う。この人はどこまでもヒーローだ。自己犠牲と自己満足の上に成り立つ善性、酷く傲慢な人だから自分勝手な理由で私に失望したくないのだ。私は別に貴方に嫌われたっていいのよ、私の家族と愛する人がこんな私でいいと言ってくれるのだから変わる気なんてない。ヒーローもヴィランも、どうだっていい。
「で?私の願いは叶うの?」
「私一人でどうにかなる問題じゃないよ。」
「………じゃあ交渉決裂?それなら私はこの事情聴取が終わったら貴方の大好きな弟子をはじめとする未来のヒーローたちを何人か殺して此処に戻ってくるとしようかな。あ、此処に戻る前に麻央にお土産渡してからだけど。人の頭ってボーリングの球と同じくらいの重さらしいんだけど幾つなら同時に持って帰れるかな。」
「そんなことはさせないよ。」
「じゃあ止めてみろよ、ヒーロー。」
私を射抜く強い眼差し。別になんとも思わないけど麻央は好きなんだろうな。麻央のことをそうやって見続けたらいいのに。深く息を吐いた私にぴくりと指先が動いていたから両手を顔の高さまで上げた。
「個性因子を復元することは出来ないけれど、私って怪我くらいなら治せるの。自分がどうなっても燈矢くんは治す気概だけど、他人にそこまでしようと思わない。オーケー?」
「ああ。」
「貴方の可愛い教え子たち、これからを作るのに必要なヒーロー、その辺治してあげる。それでもダメ?」
「ダメだよ、許されないことだ。」
「ジェントルクリミナルだっけ、あの人は出したじゃない。」
「あれは…」
「私は貴方の傷だって治せる。」
「ナイトアイの時を考えたら君には無理だ。」
「無理じゃないよ。ねえ、あなたその体であの子といつまで過ごせるの?」
ぎゅうと強く握り込まれた手。短く丸く整えているみたいだけどそんなに強く握ったら掌が傷付いてしまうよ、そんな言葉がほぼ無意識に溢れた。自分でも驚いたけど、呆れたような…子を心配する親のような声音だった。この人がどう思っていたとしても、私はやっぱり麻央のことが大切だから麻央の大好きな彼には傷付いて欲しくないのだ。仕方なしに大きな手に自分の手を重ね傷を治してやる。
「私、は……、」
「燈矢くんの邪魔になると思ったからナイトアイの治療は、申し訳ないけどわざとあの状態にした。必要…というか、本人が望むならきちんと治すよ。」
「そんなにも燈矢のことを思うなら、どうして止めなかったんだ。」
「はは、愛しているからだよ。麻央だって貴方がヒーローであることを止めないでしょ?どんなに命の危険があっても、自分の元に帰って来てくれないと悟っていたとしてと、あの子は貴方を止めなかったと思うけど?」
うーん、中々折れてくれない。そりゃそうか、だからこそこの人はヒーローだったのだし…でもいい加減にしてくれないと困る。彼を取り戻すのに無罪か有罪かの差しかないから別に折れてくれなくたって構やしないんだけども。仕方ない、これは最終手段だったんだけど…。スマホを取り出して操作する姿に驚いたような顔をしていたけれど、これは許されたいところだ。目当ての音源を触る。ガサガサと何かが擦れる音がして、それからすぐに何かが壊れる音と悲鳴が響く。
【や゛ッ……ひぎぃっ!!ッい゛やぁ!!】
「………は?」
【やだぁ…やめて……やだ、やだ…ッゔ、ぅ…】
「ッ麻央!」
【オールマイトォ………やだよぉ…ゔ〜、】
大きな音がして胸倉を掴まれる。机薙ぎ倒された、すっげえな。なんて酷く他人事に感じたが目の前の男は浅くなる呼吸をそのままに憎しみすら込めた視線を私に向けていて、思わず笑ってしまった。
「何を……彼女に!何をした!!」
「なぁんにも?私は麻央に何も出来ないよ?」
「じゃあこれはなんだ!」
「ふ、ふふ、…あっははは!ねえ、こんなの初めてだと思ってる?随分と平和ボケしてるわねぇ、ヒーロー!」
「ッ!」
「決めろ。燈矢くんを返して私を釈放するかどうか、今決めろよ。」
獣みたい、この姿麻央が見たら大喜びだろうな。まあ、今の麻央はそれどころじゃあないけれど。
「早く、今、決めて。」
「私は、私…は、ッ」
「そこまでだ。」
響く低い声、眉間に皺が寄るのが分かった。別に嫌いなわけじゃないんだけどなぁ…どうしても反射的に不快感を覚えてしまうその声を発した姿を横目に捉える。
「こんにちは、エンデヴァー。突然だけれどあなたの息子さん私にくださる?貴方の100倍幸せにする自信があるよ。」
「……彼女から離れろ、オールマイト。任意の取り調べ中に暴行だなんて自分の立場を分かっているのか。」
「……、すまない。」
改めて正面に座り直したオールマイトと、その隣に並ぶエンデヴァー。治したいのだろうかと手を差し出したが、エンデヴァーはゆっくりと首を横に振る。彼の傷を治す程度で済むならいくらでも健康体にしたのだけど。
「燈矢の身柄について、で間違いはないか。」
「そう。燈矢くんを私に返してくれたら私が出来ることはしますよ?」
「……返す、か。」
「不快?」
「いや、俺にそんなことを思う資格はない。」
少し目線を逸らして、深く呼吸を挟む。じいと見つめる私の視線から逃れることはなく、彼は口を開いた。
「俺が責任を持つ。」
「エンデヴァー!?何を言っているのか分かって…、」
「燈矢がそれを望んだ。」
「……燈矢くんが?」
「人の居ない小さな島を所有しているからな。そこから出ることは許さない。それ以外にも幾つか条件を出すことなる。」
「待ってくれ、そんなのは、」
「いいよ、それで。燈矢くんと生きていくことが出来るなら、他に望むことなんてない。……麻央とは会いたいけど。」
「………考慮する。」
「エンデヴァー!何を考えている!?」
「黙れ、オールマイト。俺の邪魔をするな。」
「私の願いを叶えてくれない貴方にもう用事はないよ、退室してくれて結構。……こんな所じゃなくて、麻央の所にでも行ったほうがいいんじゃない?」
飛び出したオールマイトの背中を見送り、正面からの視線を受けてそちらを向く。それじゃあ、と響いた私の声に続く低く静かな声。それでもこの話し合いが終わったらその横っ面一回引っ叩かせて貰おうと思う。
エンデヴァーとの話し合いが終わり、書面に残して家に戻ると何が何だかわからなくて目を丸くした麻央と片時も離れてたまるかと言わんばかりに小さな体躯を抱き締めるオールマイトが居て大笑いしてしまった。鋭い視線を投げかけられたので聴かせた音声の元データ…というか、神野の動画を見て泣き叫ぶ麻央の動画を見せてやった。何これ!?私こんな無様なの!?とスマホを取り上げようとする麻央と、安堵の息を吐いてもやっぱり麻央を抱いたままのヒーローに一頻り笑ってしまった。
「ごめん、麻央。泣かせちゃった。」
「なんでぇ……?」
きょときょとしてる姉の頭を乱暴に撫でて、それから聴取の際の話とこの後どうするかの話をした。何が何だか、みたいな顔をしていたけれど最終的には納得してくれたので良しとする。随分と寿命を縮めてしまったであろう大男のメンタルケアをぶん投げて荷物の整理を始めさせてもらう。あ、あと…聴取中の録音した音源だけは、後でそっと麻央に送っておいてやろうと思う。
後日、ヴィラン連合の荼毘が死んだとニュースで流れた。色々な言葉が飛び交ったけれど、私たちには関係のないことだから何も気にならない。気怠そうに海を眺める燈矢くんの腕に抱きつき上機嫌な私に何かを言っていたけれど波の音で聞こえなくて聞き返す。もう何も言ってくれないけれど、私を腕から離して腰を引き寄せてくれたのでもう満足。
「でも本当によかったの?」
「なにが。」
「ショートのこと。」
「いいよ。」
「そっか。」
轟燈矢が生きていることは、彼の弟妹たちは知らない。エンデヴァーを始めとする数人のみが知っている情報だ。定期的にエンデヴァーが島に来て食材提供なんかもしてくれるみたい。なんて手厚い島流し。因みにヒーローや卵たちの治療が終わってから了承を経てエンデヴァーは引っ叩いた。痛くないな…としみじみ言われたので反射的にもう一度引っ叩いたのは許されたい。…彼の母親、に関して。私は会ったら殺してしまうかもしれないし今後関わりたくもないと燈矢くんに嘆いた。エンデヴァーと違い、本当に嫌いなので。おのおかげか会うことはなかった、彼が生きているか知っているのかもよく分からないけど私に関わることは今後一切ないだろう。さてさて、まだ今後も沢山の問題が起こるだろうが決意が揺らぐことはない。それだけは確かだ。彼の体に抱きつく。
「燈矢くん!」
「なに。」
「幸せにするからね!」
「…ばァか。」