ペインマン

ドタドタパタパタと小さな足音が忙しなく廊下を駆け巡ることをきっとシングマン辺りが見たら注意をするだろう。と思いながらもティアは足を止めることが出来ずに駆け回っていた
自身の仕事の手伝いをしてくれる墓守鬼の一人の奥方が出産間近との事で暫くの休暇を与えたことが原因であった、さらにもう一人も鬼風邪というものをひいたようでそれらの負担が全てティア一人に降り掛かった
はじめこそ余裕だと思っていたものも日が経つにつれ疲労が溜まり仕事の遅れが出てしまい其れを賄う様に朝早くから夜遅くまで仕事をすればティアの目の下は黒くなるばかりだった

「洗濯終わったらお昼の仕込みして、あぁ朝の洗い物もまだ少し残ってたような」

独り言りながら駆け回るティアだがその最中にも超人や鬼たちに呼び止められ物品が足りない、怪我をしたから治療道具を貸してほしいなど様々な依頼をされてしまいそのうち目を回してしまいそうだと思った
立派に働いてくれる墓守鬼や亡者の超人、自分の為に鍛錬し努力する完璧超人たちをかんがえれば簡単な料理で終わらせる訳には行かず献立通りの一汁三菜を作りつつも普段ならば行わないような包丁で指を切ることや調味料の分量の間違いなどさえ起こしてしまいあまりの事に自己嫌悪に至るほどだった

「はぁ…情けない」

昼食を提供し終えたティアは自分の仕事できなさを嘆いた、普段どれだけ自分が周りに手助けをしてもらっていたのかと感じては努力が足りていないとさえ思うほどでありながらも午前中に出たタオル類の洗濯物を片手に廊下を走っていた時だった

「きゃっ……ぁ、痛くない?」
「テハハハ、私だから当然だ、廊下を走るなとは言わんが気をつけた方がいいぞ」
「ペインマン…様、ごめんなさい、少し周りを見れてなくて」
「相変わらず堅苦しいな、私には柔軟な態度でいいんだぞ、ン?」

突然の衝撃に驚くティアだが、それは肌と肌がぶつかるような痛みではなくクッション素材に体当たりをしたようなものでありバウンドしよろけたティアの背中を支えたのは完璧始祖の一人であるペインマンであった。
昔からの馴染みではありながらも超人墓場で過ごす日中においてはティアは女中という立場であるからと他人行儀な態度をとることに対してペインマンは不服を申し立てるも彼女は苦笑した
そうした態度だからこそ彼はティアに対して好意を持つことが出来たものの、ふと彼女を見下ろしてはその目元があまり良い色ではないことに気付いては彼女の頬を撫で顎に手をやり上向かせた

「ペッペインマンどうしたの?顔近いしそんなに見られたら恥ずかしいんだけど」

それでなくても汗で落ちるからメイクは極力していないし自分の食生活はあまり良くないせいか肌荒れも近頃酷い為見られたくはないとティアは顔を赤らめてペインマンの胸を押すが彼は引く気配はなく「むむむ…」と唸り声を上げその目つきは鋭いものとなっていた。

「ペインマッ「ティア、さては寝ていないな?」

その言葉と同時に両頬を摘まれ毛穴まで見るかのごとく凝視するペインマンにティアは核心を突かれるもののあくまで女中として仕える身が案じられては堪らないと「そんなことありません」と告げ逃れようとするも自分よりも身長も体格もずっといいペインマンから逃れるわけがなく彼はさらにティアを強く抱き締めた、緩衝材の肉体であるはずの彼だが程よい体温と聞こえる心臓の音にティアははじめこそ恥ずかしさに暴れ回ろうとするもその巨体に抱き竦められていれば次第にその心地良さにまぶたが落ちてしまいそうになる

「どうだ私との抱擁は気持ちがいいだろう」
「う、うん…ありがとう、眠たくなってきちゃうよ」
「ふむ、では昼寝でもするか」

その言葉に目を丸くしたティアは今からまだ昼食の片付けから夕食の準備に洗濯物の片付けと無限にある仕事を放置できる訳もなく拒否しようとするがそう騒ぎ立てる彼女のことも気にせずペインマンは普段通りに口角を上げて彼女を横抱きしてしまう
40cmほどの身長差がある彼に抱き抱えられれば地面からも随分と離れたように感じられ思わずティアは暴れられずに自然と首に回した腕を強めた

「テハハそこまで喜ぶとは」
「喜んでないってば怖いから降ろしてよ!」

それは無理な注文だと告げて軽い足取りで彼は廊下を歩いて行き、休憩から戻ろうとする墓守鬼たちに「ティアは体調が優れないようだ、夕飯は自分達で用意しろ」と指示を出せば彼らは驚きながらも二つ返事の了承をした
まるで浮かれたカップルのような姿を彼らに見せることの申し訳なさにティアは何も言えず気付けば見慣れたペインマンの部屋にやって来ていた
優しくベッドに下ろされティアは抜け出そうとするも隣にやってきたペインマンは逃さぬように彼女の腰に腕を回して身を寄せて先程同様に抱き締めてやった

「靴もそのままだし、人様のベッドになんて」
「私は気にしていないのだから良いでは無いか」
「でも…その…」

一応は長い付き合いとはいえ異性なのだから少なからず意識はしてしまうものだとティアは思いつつもいえずその代わりに頬に熱が篭もることが分かってしまい余計に気恥しく感じられた
ソワソワと腕の中で落ち着きのない彼女にペインマンは全くどうしてこうも柔軟性がないのかと頭の硬い彼女に呆れ苦笑しては背中に回した手でリズム良く優しく叩いてやった、まるで親が子を寝かしつけるようなその態度にますます恥ずかしくなりつつも見た目よりもずっと心地よい彼の体温、規則正しい安心感のある心拍数、優しく眠気を誘う手、清潔感があり夢見心地が良くなりそうな彼の香りなど様々なものが合致すれば思わず瞼が下がってしまいそうになる

「私の仕事がまだあるのに」
「無理をしても仕方あるまい、それにティアの仕事ぶりは助かっているが居なければ生きていけない訳でもない」
「それはそうだけど」
「女中としてここに居るものを支えるのならしっかり休むということも大事なことだ」

あのミラージュマンの方がまだ寝てる方かもしれないぞ。という彼の言葉にティアはあの不寝番のような彼と比べるだなんてと思わず声に出して笑ってしまえば緊張や不安はゆっくりと和らいでしまい
ゆるゆるとペインマンに腕を回してより身体を密着させた

「気持ちいいからこうしてていい?」
「テハテハッ!私の身体だから仕方あるまいティアならば許そう」
「ありがとう…寝顔はあんまり見ないでね」
「善処しておく」

その言葉にティアは困ったような表情をしつつも彼の優しさに甘えるように胸元に顔を埋めて瞼を閉じた、今だけは少しの休息を味わってまた明日から頑張ろうと思いつつ、そして今日のお礼に明日は彼の好きなものを用意してあげようと思いながら深い眠りに誘われるのだった。

「…全く困った女だ」

ティアが忙しいということに気付いたのはここ数日見る度に走り回っているからだった、さらに日に日に悪くなる顔色に食事を食べつつ眺めていればどうやら普段の手伝い係も居らずこの大人数を一人で相手にしているからだとペインマンは気付いた
たまたま廊下でぶつかり顔を合わせたティアは肌質も顔色も酷く悪く目の下は薄暗い色に変わっているほどであり、人間の身である彼女は超人や墓守鬼と比べてもはるかに弱いことを知っているため休ませなければならないと感じ無理やり彼女をベッドに連れ込んだ

「それにしても無防備なものだ」

それこそ信頼されている証拠なのかもしれないが異性のベッドにここまで密着して深い眠りにつくなど些か心配にもなるものだとペインマンは感じた
下心が無いと言えば嘘にはなるが日頃仕事をする彼女を労りたい気持ちも嘘では無い、髪を撫で規則正しい寝息を立てる彼女の頬を撫で唇を撫でれば乾燥して僅かにそこはカサついていた

「テハハッ抱き枕代としてもらうには些か高いものかもしれんなぁ」

自らの顔を寄せたペインマンだがその幼子のように無垢な寝顔を見ては思わず立ち止まり一人静かな部屋の中で呟いては仕方ないとまぶたを閉じる、他の者では味わえない心地よい睡眠を与えられるのは自分だけ。それだけで優越感を感じられるのはきっと彼女が特別だからだと言い聞かせながら。


「あ、ペインマン!」

数日後元気よく声を上げるティアに足を止めたペインマンは彼女を見れば顔色は随分と良くなり目の下も薄暗さも無くなっていた、手招きされ仕方なく厨房に足を運べば揚げたばかりであろう揚げ物が並んでおり「みんなに内緒だけど」と言いつつ箸でつまんだ彼女は彼の口に放り込んだ

「うむ、いい味だ」
「本当?良かった〜みんなが戻ってきてくれたから仕事も楽になったしご飯に気合い入っちゃうよ」
「なるほど、となれば今晩からますます楽しみだな」

ペインマンの嬉しそうな言葉にティアも微笑み返しては自分でもひとつ口に含んでは満足そうな表情をした、それだけの用事だったかと厨房から出ていこうとすれば名を呼ばれ思わず足を止め振り返れば厨房に一人だけのティアは気恥しそうに小声で問いかけた

「…今晩一緒に寝てもらっていい?」

照れ臭そうにその頬を赤く染めて呟く彼女にペインマンは驚いていれば夢見が悪いから。と付け足す彼女にすぐに頬が緩まってしまう

「あぁもちろんだ、極上の睡眠を体験させてやろう」

軽い口取りでそう返事をしてやれば彼女は感謝の言葉を告げて仕事を始めた為その場を後にしたあと思わず廊下の壁に背をつけて顔を手で覆い隠しては自分のした事がまさかこんな結果になるとはと思わず悩ましく感じた
兎に角いますぐ部屋に戻り片付けでもしておくかと彼は考えてはすぐ様自室に足を運ぶのだった。

HOME