ミラージュマン2


モンサンパルフェの入口となる黄泉比良坂の番人ミラージュマンは誰よりも生真面目な男であった、そこから動くことなくいつ何時もその門を開く者に試練を与えた
しかしながらそんな彼も疲労が貯まらないという訳ではもちろんなく、時には息抜きも必要なものであった、しかしながら完璧超人でありその中でも特別な始祖と呼ばれる存在である彼は誰にもそうした自身の弱い姿を見せることは無かった

「ミラージュマンたまには休んだ方がいいと思うよ」

そういったのはこのモンサンパルフェの女中であるティアであった、黄泉比良坂から離れられぬミラージュマンのために毎日三食届けに来る彼女は彼の私室となる門の横に配置された厳重な参式の部屋にて夕食を食べる彼女の作法は相変わらず気持ちがいいほど綺麗でありミラージュマンはそれを眺めては食事をとっていたというのにその言葉に顔を上げた

「休む必要が今のところはなくてな」
「でも最近来客もないんでしょ?あの人からの報告も私聞いてないもん」
「それはそうだが、私が休んでいる間に来るかもしれんだろう」
「私がいうのもなんだけどあんまり顔色良くなさそうだよ」

もう何日寝てないの…と彼女の眉が潜められそう告げられればミラージュマンは最後に寝たのはいつぶりだったかと頭を傾げた
そういえば一か月前だったか?と思った言葉は口に出ていたようで手の前の彼女は口を大きく開いて驚きの様子を隠せていなかった

「一ヶ月だなんて倒れちゃうよ、今すぐ寝なきゃ」
「たかだか一ヶ月ごときで倒れやしない、そんなに心配しなくていい」
「心配するよ、他のみんなよりもずっと働いてるんだから」

それはお前もだろうにとミラージュマンは人の身でありながら年がら年中働き詰めの彼女に感謝しつつも心配もあった、女の身ひとつで何百人といるこの場所の家事炊事を任される彼女の忙しさ等他のもの達に比べれば遥かに多いものだった
それを考えればミラージュマンがこの門の門番として日毎来るか来ないか分からぬ客を待つ時間というのは疲労を感じるものでは無かった、反対に自分のために時間を使うことが出来るため鍛錬さえさせてもらえるほど

「ちゃんと寝ないと弱い超人に負けちゃうよ」
「ゴバゴバッ私が?有り得ないな」
「そういう慢心が完璧超人達の負けになるの」

ミラージュマンだってもう若くないんだからそのうち負けちゃうかも。とイタズラげに笑う彼女に随分と今日は意地悪なのだとミラージュマンは困ったように笑っては「忠告は受けとっておこう」と返事をした
そうした言葉を言うのもティアが彼らを大切な仲間として思っている故であることは優しいミラージュマンには分かっていた、空になった食器をトレーの上に乗せたティアは短い挨拶を告げてその場を後にするのをみて彼女に心配をかけるのもあまり良くないかとちゃんと睡眠でもとるかと近頃使っていないベッドを眺めミラージュマンは考えるのだった。

数時間後やはり今日も誰も来ないかと数十km先で燃えてゆく超人達を見て近頃は骨のないやつばかりだと呆れたミラージュマンはドアを閉めては念の為に鍵を掛けて門番は不在だとした
例えドアを突き破り入ってきたとしてもその先は幻想の世界でありミラージュマンの導きなしでは簡単には超人墓場には行けぬ為問題もないと彼は私室に戻りシャワーを浴びては久方振りにベッドに潜った
柔らかな寝床だがやはり近頃休みきれていなかった体は今更休むことが出来ないのか寝付きが良くなく何度もベッドの上で彼は体制を変えては難しい声をあげた、これなら鍛錬する方がまだいい時間だったかと起き上がると同時に自室のドアが開いたことに警戒し睨みつけた

「ミラージュマン…まだ起きてる?」
「ティア?どうしてここに、というかなんだその格好は」

薄暗い部屋の中に現れたのは枕を片手に抱いたティアであり、彼女の服装は普段の制服とは違い完全な寝巻き姿であった、ミラージュマンは思わず動揺して身動きも取れずに入れば彼女は軽い足取りで近付いてはベッドに腰かけて彼を見て笑った

「やっぱりまだ起きてたんだ、よかった」
「良かったじゃない、こんな時間にどうしたんだ」
「寝れないんじゃないかと思って来たの」
「寝れてないのは事実だが」

いくら何でも女がこんな夜更けに男の部屋に来るものじゃないだろうと思いながらも彼女は気にせずに枕を並べてはミラージュマンを奥に押しやってベッドに潜り込むためミラージュマンは無理やりに拒絶して彼女の体に傷でも付けては堪らないと触れられずに「なんでベッドに」「ティア頼むから話を」と弱々しく告げれば彼女は気にした様子もなく身体を横たわらせた

「私も忙しくて寝れない時にペインマンに相談したら添い寝してくれたの」
「ペインマンが?」
「あっもちろん、ダミーだよ」

彼って緩衝材だから抱き心地がいいのか分からないけどダミーも程よく暖かいし寝やすくてそれから安眠なの。と笑う彼女に話の意図が見えずにいれば数時間前のミラージュマンの不眠について同じようにペインマンに相談したところダミーの貸し出しはしないと冷たく言いきられたのだという

「『私のダミーではなくティア自身が抱き枕になってやった方があやつも寝やすいだろうテハハ!!』っていうから、来てみたんだけど迷惑だった?」
「いや…迷惑とかじゃなくて(ペインマン、あいつ余計なことを)」
「ミラージュマンはずっとここに一人だし、ろくに休みも取れないから少しくらい私も力になりたくて」

食事や家事以外で手助けのできる方法が分からないからこそペインマンの提案は素敵なもので納得ができたのだというティアの目は子供のように無邪気でありミラージュマンは男女についてやらこんな夜更けにベッドに入ることについてなど自身の中の邪な感情を恥じては小さく溜息をこぼしてそのベッドの中に潜り込んだ

「あっ、おいティア」
「こうやってね、抱きしめたらお互いの熱を感じるし、心臓の音が聴こえて気持ちいいの」

ダミーでは感じることのなかったものに対してティアは心地よさそに目を細めてミラージュマンの身体に腕を回しては胸に顔を擦り寄せた
ミラージュマンからしてみればティアはどう足掻いても異性であり、何億年も時間を共にした仲間であるが意識せざるを得ない存在だ
彼女が自分にそんな意識がないとしてもそう言い聞かせきれないミラージュマンは困ったものの諦めるしかないかと彼女の背中に腕を回し互いの熱を感じ合えば熱が伝播して眠気に誘われて行く
瞼が落ちそうだと彼が感じる時ティアもまた眠りにつく直前であり小さく言葉を漏らした

「ミラージュマンとこうして寝られるって幸せ」

眠気に交じった甘い女の声にそれまで眠りに誘われていたミラージュマンは意識を覚醒させてしまいティアをみつめるも彼女はそんな彼の気も知らずに早々に意識を落として心地よい寝息を立てた
胸にあたる寝息と感じる彼女の石鹸の香りに柔らかい躰、全てが全て彼を睡魔から切り離すものだというのに警戒心のない女は男の腕の中でどこまでも幸せそうに眠りについた

「ミラージュマン」

時折こぼすその言葉の真意を聞いてやりたいと思いつつも何も問いかけられず彼は腕の中の小さな人間に難しい顔をし続けは眠れぬ夜を過ごすのだった。

「おはようミラージュマン、昨日はよく寝れた?」
「あっあぁ」
「よかった、また私が添い寝してあげるね」
「ゴバッ!もういい!私一人で寝るからティアは来ないでくれ」

翌朝深い眠りから覚め心地よさそうなティアは気分よく告げるもののミラージュマンは一睡も出来ずその目の下に隈を作っていた、彼女の提案に強い拒絶をすれば案の定傷ついた彼女が「…そうだよね」と呟いて部屋を後にしたことにミラージュマンは強いショックを受けるものの、昼頃にダミーを片手に現れたペインマンと本気のスパーリングをして気を紛らわせるのだった。

HOME