ミラージュマン
しかしながら文明がまだ発達しきらぬ現状にはほとほとと苦労するのが現実だと彼女は元にいた世界で自分が如何に甘えた生活をしていたのかと思わず考えさせられることは多々あった
それでもザ・マンは極力自分たちの生活を支える彼女の為にと可能な範囲で設備を用意してやり完璧の塔での生活環境を整えたものの一点悩みがあるとすれば水であった
完璧の塔-トゥールパルフェ-は彼らの根城であり、それはティアも含め生活しやすい場所でありつつも近場に大きな水辺はなかった、その為水を引くことは出来ておらず代わりに彼らが日毎に綺麗な水を汲んでは持ち帰ってくれることにより食事や掃除に使用することが出来た
「でも…お風呂はなぁ」
空はめっきりと暗くなりティアは衣類を小さなカゴに入れては溜息をこぼした、あまり彼らに我儘ばかりはいえないと考える彼女は完璧の塔から人間の足であればそれなりに離れた湖に向かっていた
そこは人気も少なく水も綺麗でまさに身体を清めるには充分なものであった、人の生活を支える側の人間が不衛生であることは彼女の中に許されずそれを理解するサイコマンからも彼女用にと花から調合した石鹸などを手渡されるほどであり日々の生活への不快感は与えることも感じることもなかった。
「こんな夜更けに女が一人何処へ行くんだ」
「ミラージュマン!あぁえっと、仕事も終えたし寝る前に水浴びに行こうと思って」
ようやく長い階段を降りて塔から出ようと一歩踏み出した途端に聞こえた低い声にまるで幽霊でも出たかのように全身の毛が逆立ち慌てて背後をみれば入口には腕を組み見下ろすミラージュマンがいた
この塔の守り人である彼にほっと胸をなでおろしては事情を伝えれば彼は空を見つめて「こんな時間にか」といった
しかしながらミラージュマンも彼女の一日の業務が終わる時間が遅い理由は理解していた、それもこれも自分たちのためだというのだから文句を言うつもりは無い
「私がついて行こう」
「ついて…って門番しなくていいの?」
「ゴババッ、私が居なくても不届き者が来たならば他の奴らで対処出来る、しかしお前に何かあっても自分の身を守れないだろう」
そういわれたティアは確かに今の世は人間よりも超人が多く、全員が正義超人らしい紳士的な存在でないことも普段の彼らからの話を聞いて理解していた為納得した末に「それじゃあ」と遠慮がちに申し出を受け取った。
自分の腰ほどの高さしかない彼女であるのだから仕方が無いとはいえ普段よりも半歩縮めた歩幅でようやく間に合う彼女にミラージュマンはこんな存在が夜更けに一人で森の中に入るなと言ってやりたかった
明日の献立の話をする彼女に程よく相槌を打ってやり、彼女の足に合わせて三十分ほど歩いて辿り着いた川は夜の月明かりに照らされてキラキラと輝いているようだった
「ミラージュマンは入らない?」
「…それは一緒にということか?」
「ちっ違うよ!入るなら交代でって意味だから」
「ゴバゴバッ、いや私は奴らと共に水浴びしたから大丈夫だ」
衣類やタオルを入れたカゴを握る彼女の言葉に多少驚いたミラージュマンの返事に慌てて言い返す彼女が面白くやはりこの人の子は飽きぬ存在だと感じつつ早く入るようにと告げた
下手な気遣いをさせるのも悪いとミラージュマンは湖から少し離れた石の上に座り辺り一帯の自然を感じた、静かな夜に聞こえるのは川の流れる音、そして彼女の衣類が外されていく音であり彼は思わず足の上に肘を立てて顎を乗せては紳士的では無いと聞こえぬように目を閉じた
彼女との生活もそれなりの時間が経過し、はじめの頃のような嫌悪感など彼女には全く感じられなかった、下等な人間だと他の存在に言えたとしてもティアはティアという存在にしか感じられないほど仲間として認めていた。
毎食飽きぬ味に賛辞の声をあげれば彼女は幸せそうな笑みを浮かべてはミラージュマンに「おかわりもありますからね」と呟く、それが口にしないものの小さな幸福だと彼は気付いており、ティアと過ごす時間全てが心地よいものであった
小さく聞こえる鼻歌に心地良さを感じ目を細めていたとき、ふと聞こえた小さな悲鳴にミラージュマンは即座にその場にいけば地面に足を取られ皮の中で倒れる彼女がみえ、慌てて彼は傍に寄った
「大丈夫かティア」
「足が滑っちゃって」
「怪我はない……か」
しかしながらミラージュマンは自身が完璧超人でありながら冷静さを失っていることに気付いたのは普段通りに彼女に手助けをしたせいだった
腕の中の彼女を見下ろしては思考停止してしまうのは無理もないことであり、そこには白い肌を月明かりによって輝かせる女の躰があった。
彼女のそのことに気付いている為に何も言えずただそれ以上身動きも取れずにミラージュマンの腕の中にいた
「す、すまない」
「動かないで!すぐそこにタオルがあるから取って欲しいの」
「これだな」
彼女の指示に従いすぐにタオルを被せてやれば彼女はすぐ様それを体に巻きつけてはミラージュマンから離れた、その躰はほのかに薄紅色に色付いており彼女は慌てて川から上がり「着替えてくる」といい行ってしまう
腕の中に残った感触はやわらかくあたたかく心地よいものだったと思い出しては完全に自分を失っているとミラージュマンは水面を眺めた、そこに映る自分は完璧超人などではない、ただ一人の男のようだと思いながら。
「はぁ…まだ戻れないなぁ」
衣類を身にまとってはそう呟いたティアもまた先程のミラージュマンの温もりと行動を忘れられず騒がしい程音を立てる心臓が少しでも静まるまで待ち続けた、火照った顔もいつ消えてくれるのかと悩ましく考えては数分後ようやく落ち着いて戻る頃未だ川の中にいるミラージュマンに困惑するのだった。