ガンマン
恐ろしい夢を見る。
筒形の高い塔に迷い込んで、灰色の煉瓦が組み合わさった暗く長い廊下を歩く。不思議と曲がり角には出会わないのだが、ただ真っ直ぐに続く無機質な灰色の壁は、歩いた時間も距離も忘れそうになるのだ。
しばらく歩いて行った先には見慣れた大きな扉が待ち構えている。薄暗い中でも鈍い鉄色の光沢の扉。ただ、押せば存外に開くのだ。思いだろうにと思いながらも開くのは、私が夢を見ているからだろうか。
そして、私の体程の隙間から中を覗き込む。
暗がりの中に"彼"はいる。
大きな体躯はまるで強靱な岩のように聳えて、辛うじて分かる肌はひび割れた地面のようで、彼の頭の両側からはヘラジカの角を更に大きくした角が生えている。
その恐ろしく逞しい彼の姿を見ても、私は怖いとも思わないらしい。扉の隙間に体を滑り込ませて彼の元へと近寄った。
ギョロリと動いたのは眼だ。
顔の真ん中に一つだけある眼だ。
鋭い眼光は燃えるように赤い。
その眼光に射抜かれながらも、私は彼の側にまた一歩と近づいた。私の小さな姿を見た彼は、分かりやすく顔を顰めて低く唸った。
何故かその瞬間に、彼と私の周りが少しだけ明るくなる。それでもまだ薄暗い中に、私の目の前に、彼は巨大なサイクロプスの怪物に似た姿で現れる。
私は妙に嬉しくなって微笑んだ。
「愛してるわ、ガンマン」
無意識に口から出た言葉だったが、それはきっと本心だとそう思う。
彼は大きな眼を少しばかり見張って、すぐに鋭く尖らせる。まだ私の言葉を信じてくれてないのだと、私はまた無意識に悟るのだ。
けど、それは私のせいでもある。
彼はいつも嘘偽りの無い真実を求めていて、私は彼の求めている真実を見せてあげる事が出来ずにいる。
彼は決まって一つしかない目で私を睨みつけてくるのだ。
「お前はまた嘘をついているな」
その言葉にいつも哀しい気持ちになる、なぜなら嘘など何もついていないのだから。
どうして嘘などと言うのかと問い掛ければ、彼はまた言うのだ。
「ならば、証明して見せろ」と。
彼はいつも真実を求めている。でも私は知っている、貴方が真実よりも欲しているものを。
「この私を"愛している"などとほざくのだから」
彼の問答は決まっている。
何度も何度も同じことばかりを彼は尋ねてくるから、私の口もいつも自然に彼の問いかけに答えている。
「お前の脚が欲しい」
「貴方に駆け寄れないのは、寂しいわ」
貴方が帰ってきて真っ先に駆け寄る私は嫌いなのと尋ねれば、彼はグググ…と唸って眉間を固く寄せる。
そして、太い人差し指を突き出して、私の腕を指差した。
「であれば、腕を寄越すのだ」
「貴方を抱きしめられないのは、哀しいわ」
貴方に自分ばかりが抱いていると、責められてしまいそうだと言うとまた彼は低く何処か悔しそうに唸るのだ。
言い返せないのは、きっと核心をついたからだろうか。
「この我が儘め、ならばつま先だ」
「背伸びもさせてくれないの?意地悪ね」
私は小さな指が10本ついた素足を見つめる。
それから、視線を彼に戻して、私からキスをする時に大きな貴方の口に届かなかったらどうするのと言う。
ギョッとした顔をした彼は、目元を赤くしてゴホンと大きく咳をした。
「じゃあ、手で良い!手がなくとも問題無かろう!」
「貴方を撫でるときに困るでしょう、お馬鹿ね」
貴方は撫でられるのお好きでしょうにと、そう言うと彼はいよいよ顔を真っ赤に染め上げた。悔しそうに顔を顰めて、威嚇するように牙を向く。
「だーーっ、ああ言えばこう言う奴だ!!!」と、焦れて叫ぶ彼の姿はまるで大きな子供の様に見える。
「やはりお前は嘘つきだ、この私にお前は何も寄越さない」
拗ねた様に低く唸りながら、大きな背中を丸めて彼は私の目の前で蹲る。獣が息を殺して眠る様にも、物言わぬ岩がこの部屋を塞ぐ様にも見えてくる。
私が彼に寄ろうと一歩を踏み出した時、何かがつま先に当たってカラカラと音を立てた。
「お前はその華奢な身体に私を刻みつける喜びも、お前の美しい顔が苦痛に歪む愉悦すらもこの私に与えてはくれない」
地を這うような恐ろしい響きと冷たく無機質な床から這い上がってくるおどろおどろしい空気に、私の背中はゾクりと震える。
縮こまっていた彼の頑丈そうな肉体が少しばかり膨らんだ。息を大きく吸い込んだからだろうか。
「この嘘つきめ、私はこれほどに愛しているのに!!」
彼が吸った分の息を全て剥ぎ出す勢いで叫ぶ。ビリビリと空気を痺れさせて、硬い拳を床に打ち付けて。
私は知っている、彼は子供の様な残酷を持っていると。私は知っている、彼は無理矢理奪うことなどしない優しさと理性を持っていると。
私は知っている、彼が私の事を一心に愛してくれているのだと。
「ねぇ、ガンマン」
見えるだろうか、彼の大きな身体越しに見えるたくさんの木屑が散らばって重なり合っていることに。その木屑は、何人もの細く小さな人間が、四肢を散らしながらバラバラに折り重なって見える。
彼はその木屑に私を重ねて、己の解消されることのない欲望を吐き出している。
「私も貴方を愛してるわ」
私がそうやってまた愛を囁けば、彼は大きな身体を緩慢に動かす。ひび割れた固い地面のような厚い手が二つ、私の身体を包み込む。生ぬるくてざらついた肌触りを感じながらその手の中に身を委ねて、力加減の下手な手に身体を引かれていく。抱え込まれた胸元は手の平よりも少しだけ柔らかい。
貴方の腕に包まれて、私は貴方の顔を見上げる。
左右対称の人間とは違う、別世界の造形。
私は貴方の単眼が好き。
ぶれる事のないたった一つの眼差しが好き。
ミシリと何か軋んだ音がする。
不思議と痛みを感じないのは何故だろうか、私の球体状の関節を貴方はぐるりと無理に捻る。今度はビシリと何かが割れた音がする。それでも痛みを感じない私の身体から捻じ切られた腕だったものは、あっという間に硬く冷たい床に投げ捨てられる。
ガシャンとした音をさせて。
貴方は私をじっと見つめて、またブスッとした顔をした。私が彼の欲する愛を与えてあげられないからだ。
彼はただ、彼の愛をありとあらゆる神経や感覚で感じて欲しいのだ。身体を捻じ切られ、肌や肉に通う神経を伝って全身へと駆け抜ける強烈な痛覚を、無理矢理に開いた身体の最深を穿たれた、熱く強烈な快感を。
彼が与えるあらゆる感覚を、私は感じてあげることはできない。
「フン、所詮"人形"では気休めにもなりはしない」
彼は興の冷めた顔を私に向ける。
その美しい単眼の奥にいる、別の私の存在を知っている。いや、別と言うのは語弊がある。彼が心から焦がれて止まない、本当の、本物の、生きたワタシの存在がいると知っているのだ。
熱い血の通った私
神経が指の先まで通った私
脳幹から大脳辺縁系まで通った私
彼の愛を全て感じることができる貴女が羨ましくてたまらない。
そんな女の気持ちも知らないで、彼はワタシの身体を積み上げられた木屑の中へと放り投げる。冷たくて、暗くて、私が大好きな貴方の単眼が二度と向けられる事のない場所に。
彼は大きな背中を向けると部屋の外へと向かって行く。彼女の側へと戻るために、彼にとってのリアルへ戻って行くのだ。
ーーーーーーーーー
キングサイズよりもさらに大きなベッドは、私から見ればまごう事なきシーツの海。粗暴に見えて繊細な彼が選んだベッドは寝心地だけでなく座り心地もとても良い。だから、彼が目を覚ますまで、私はいつもこうして岩のような大きな身体の側で本を読んだり縫い物をしたりして過ごしている。
もぞりと隣で寝そべる大きな身体が動いた。
彼が目を覚ましたのだろうか。
声を掛けようかと思ったと同時に、私の腰に太く逞しい腕が一本回り込む。そのまま彼は私の方へと身体を寄せたかと思えば、大きな二本の角を気遣わしげに動かして、私の腰にしがみつきながら膝の上にうつ伏せた。
大きなヘラジカに懐かれたような気持ちになって、思わずクスリと笑ってしまう。
「重たいわ、ガンマン」
「フン、このくらい我慢しろ」
つっけんどんな物言いだけれど、その腕の力は穏やかなものだ。固い彼のひび割れた腕にそっと触れた。私はこの腕が多くの同種族を屠っていると知っている。
恐ろしい力を宿した腕は、私のような細い身体など小枝を折るくらいの力で曲げてしまうだろう。
だけれど、私は恐ろしいと思った事はない。
彼はいつだって優しいから。
でも私は、彼の美しい単眼の奥に燻る彼の狂気の存在も知っている。
子供のように残酷で、それでいて優しくて理性的な彼は、今日もきっと夢の中で"私"の四肢を千切っては遊んでいるのだろう。それは間違いなく彼の、彼なりの愛の表し方。
「ねぇ、ガンマン」
私は彼の名前を呼ぶ。
「今日はどんな夢を見たの?」
彼の腕に少しばかり力が籠るのが分かる。それから、彼の吐いた熱い息が薄い服越しにかかる。じんわりと伝わる熱でキュンと身体の奥が跳ねる気がした。
「なぁに、いつもと変わらん夢だ」
彼はそう言うと緩慢に上体を起こす。
そして、私の髪を無骨な指で愛おしげに撫でて、首筋をなぞって、肩口に厚い手の平を置く。彼が少しでも力を入れれば、すぐにひび割れて砕けてしまいそうだと思った。
私は彼の美しい単眼を見る。
そして、とても羨ましくなるの。
彼のその瞳の奥には、彼に愛された"私"がたくさんいるのだから。
どうしたら私も愛してくれるのだろうかと、私は悩まずにはいられない。
「ねぇ、ガンマン…貴方、私のこと愛してる?」
これはキョトンとした顔をする。ポカンと開いた口元から彼の鋭い牙が見えた。
じっと見上げて待っていると、彼は顔を真っ赤にして、「なんだ、また藪から棒に」なんて言ってもごもごと口籠った。
「…愛しているとも、見て分かるだろう」
彼は私の両脇に手を滑りこませて、軽々と持ち上げる。それから彼の腕の中に抱きしめられた。抱え込まれた胸元は手の平よりも少しだけ柔らかい。
私を真っ直ぐに見つめてくる彼の単眼は、全てを見透かす力があるのだと言う。
「貴方ってば、嘘つきね」
貴方、一度だって私を心からちゃんと愛してくれていないじゃない。
私は貴方の本当の姿を知っている。貴方の求めている本当の愛を知っている。その恐ろしいほどに大きく手厚い手で、体をもがれる感覚ってどんな感じなのかしら。貴方に愛された私は、貴方の眼にどんな風に写って見えるのかしら。
きっととても満ち足りていて見えるに決まってる。
だから、私は何度だって言うのだ。
「ねぇ、ガンマン…私を愛して」
なのに、貴方はまた何も言わずに目を逸らす。
筒形の高い塔に迷い込んで、灰色の煉瓦が組み合わさった暗く長い廊下を歩く。不思議と曲がり角には出会わないのだが、ただ真っ直ぐに続く無機質な灰色の壁は、歩いた時間も距離も忘れそうになるのだ。
しばらく歩いて行った先には見慣れた大きな扉が待ち構えている。薄暗い中でも鈍い鉄色の光沢の扉。ただ、押せば存外に開くのだ。思いだろうにと思いながらも開くのは、私が夢を見ているからだろうか。
そして、私の体程の隙間から中を覗き込む。
暗がりの中に"彼"はいる。
大きな体躯はまるで強靱な岩のように聳えて、辛うじて分かる肌はひび割れた地面のようで、彼の頭の両側からはヘラジカの角を更に大きくした角が生えている。
その恐ろしく逞しい彼の姿を見ても、私は怖いとも思わないらしい。扉の隙間に体を滑り込ませて彼の元へと近寄った。
ギョロリと動いたのは眼だ。
顔の真ん中に一つだけある眼だ。
鋭い眼光は燃えるように赤い。
その眼光に射抜かれながらも、私は彼の側にまた一歩と近づいた。私の小さな姿を見た彼は、分かりやすく顔を顰めて低く唸った。
何故かその瞬間に、彼と私の周りが少しだけ明るくなる。それでもまだ薄暗い中に、私の目の前に、彼は巨大なサイクロプスの怪物に似た姿で現れる。
私は妙に嬉しくなって微笑んだ。
「愛してるわ、ガンマン」
無意識に口から出た言葉だったが、それはきっと本心だとそう思う。
彼は大きな眼を少しばかり見張って、すぐに鋭く尖らせる。まだ私の言葉を信じてくれてないのだと、私はまた無意識に悟るのだ。
けど、それは私のせいでもある。
彼はいつも嘘偽りの無い真実を求めていて、私は彼の求めている真実を見せてあげる事が出来ずにいる。
彼は決まって一つしかない目で私を睨みつけてくるのだ。
「お前はまた嘘をついているな」
その言葉にいつも哀しい気持ちになる、なぜなら嘘など何もついていないのだから。
どうして嘘などと言うのかと問い掛ければ、彼はまた言うのだ。
「ならば、証明して見せろ」と。
彼はいつも真実を求めている。でも私は知っている、貴方が真実よりも欲しているものを。
「この私を"愛している"などとほざくのだから」
彼の問答は決まっている。
何度も何度も同じことばかりを彼は尋ねてくるから、私の口もいつも自然に彼の問いかけに答えている。
「お前の脚が欲しい」
「貴方に駆け寄れないのは、寂しいわ」
貴方が帰ってきて真っ先に駆け寄る私は嫌いなのと尋ねれば、彼はグググ…と唸って眉間を固く寄せる。
そして、太い人差し指を突き出して、私の腕を指差した。
「であれば、腕を寄越すのだ」
「貴方を抱きしめられないのは、哀しいわ」
貴方に自分ばかりが抱いていると、責められてしまいそうだと言うとまた彼は低く何処か悔しそうに唸るのだ。
言い返せないのは、きっと核心をついたからだろうか。
「この我が儘め、ならばつま先だ」
「背伸びもさせてくれないの?意地悪ね」
私は小さな指が10本ついた素足を見つめる。
それから、視線を彼に戻して、私からキスをする時に大きな貴方の口に届かなかったらどうするのと言う。
ギョッとした顔をした彼は、目元を赤くしてゴホンと大きく咳をした。
「じゃあ、手で良い!手がなくとも問題無かろう!」
「貴方を撫でるときに困るでしょう、お馬鹿ね」
貴方は撫でられるのお好きでしょうにと、そう言うと彼はいよいよ顔を真っ赤に染め上げた。悔しそうに顔を顰めて、威嚇するように牙を向く。
「だーーっ、ああ言えばこう言う奴だ!!!」と、焦れて叫ぶ彼の姿はまるで大きな子供の様に見える。
「やはりお前は嘘つきだ、この私にお前は何も寄越さない」
拗ねた様に低く唸りながら、大きな背中を丸めて彼は私の目の前で蹲る。獣が息を殺して眠る様にも、物言わぬ岩がこの部屋を塞ぐ様にも見えてくる。
私が彼に寄ろうと一歩を踏み出した時、何かがつま先に当たってカラカラと音を立てた。
「お前はその華奢な身体に私を刻みつける喜びも、お前の美しい顔が苦痛に歪む愉悦すらもこの私に与えてはくれない」
地を這うような恐ろしい響きと冷たく無機質な床から這い上がってくるおどろおどろしい空気に、私の背中はゾクりと震える。
縮こまっていた彼の頑丈そうな肉体が少しばかり膨らんだ。息を大きく吸い込んだからだろうか。
「この嘘つきめ、私はこれほどに愛しているのに!!」
彼が吸った分の息を全て剥ぎ出す勢いで叫ぶ。ビリビリと空気を痺れさせて、硬い拳を床に打ち付けて。
私は知っている、彼は子供の様な残酷を持っていると。私は知っている、彼は無理矢理奪うことなどしない優しさと理性を持っていると。
私は知っている、彼が私の事を一心に愛してくれているのだと。
「ねぇ、ガンマン」
見えるだろうか、彼の大きな身体越しに見えるたくさんの木屑が散らばって重なり合っていることに。その木屑は、何人もの細く小さな人間が、四肢を散らしながらバラバラに折り重なって見える。
彼はその木屑に私を重ねて、己の解消されることのない欲望を吐き出している。
「私も貴方を愛してるわ」
私がそうやってまた愛を囁けば、彼は大きな身体を緩慢に動かす。ひび割れた固い地面のような厚い手が二つ、私の身体を包み込む。生ぬるくてざらついた肌触りを感じながらその手の中に身を委ねて、力加減の下手な手に身体を引かれていく。抱え込まれた胸元は手の平よりも少しだけ柔らかい。
貴方の腕に包まれて、私は貴方の顔を見上げる。
左右対称の人間とは違う、別世界の造形。
私は貴方の単眼が好き。
ぶれる事のないたった一つの眼差しが好き。
ミシリと何か軋んだ音がする。
不思議と痛みを感じないのは何故だろうか、私の球体状の関節を貴方はぐるりと無理に捻る。今度はビシリと何かが割れた音がする。それでも痛みを感じない私の身体から捻じ切られた腕だったものは、あっという間に硬く冷たい床に投げ捨てられる。
ガシャンとした音をさせて。
貴方は私をじっと見つめて、またブスッとした顔をした。私が彼の欲する愛を与えてあげられないからだ。
彼はただ、彼の愛をありとあらゆる神経や感覚で感じて欲しいのだ。身体を捻じ切られ、肌や肉に通う神経を伝って全身へと駆け抜ける強烈な痛覚を、無理矢理に開いた身体の最深を穿たれた、熱く強烈な快感を。
彼が与えるあらゆる感覚を、私は感じてあげることはできない。
「フン、所詮"人形"では気休めにもなりはしない」
彼は興の冷めた顔を私に向ける。
その美しい単眼の奥にいる、別の私の存在を知っている。いや、別と言うのは語弊がある。彼が心から焦がれて止まない、本当の、本物の、生きたワタシの存在がいると知っているのだ。
熱い血の通った私
神経が指の先まで通った私
脳幹から大脳辺縁系まで通った私
彼の愛を全て感じることができる貴女が羨ましくてたまらない。
そんな女の気持ちも知らないで、彼はワタシの身体を積み上げられた木屑の中へと放り投げる。冷たくて、暗くて、私が大好きな貴方の単眼が二度と向けられる事のない場所に。
彼は大きな背中を向けると部屋の外へと向かって行く。彼女の側へと戻るために、彼にとってのリアルへ戻って行くのだ。
ーーーーーーーーー
キングサイズよりもさらに大きなベッドは、私から見ればまごう事なきシーツの海。粗暴に見えて繊細な彼が選んだベッドは寝心地だけでなく座り心地もとても良い。だから、彼が目を覚ますまで、私はいつもこうして岩のような大きな身体の側で本を読んだり縫い物をしたりして過ごしている。
もぞりと隣で寝そべる大きな身体が動いた。
彼が目を覚ましたのだろうか。
声を掛けようかと思ったと同時に、私の腰に太く逞しい腕が一本回り込む。そのまま彼は私の方へと身体を寄せたかと思えば、大きな二本の角を気遣わしげに動かして、私の腰にしがみつきながら膝の上にうつ伏せた。
大きなヘラジカに懐かれたような気持ちになって、思わずクスリと笑ってしまう。
「重たいわ、ガンマン」
「フン、このくらい我慢しろ」
つっけんどんな物言いだけれど、その腕の力は穏やかなものだ。固い彼のひび割れた腕にそっと触れた。私はこの腕が多くの同種族を屠っていると知っている。
恐ろしい力を宿した腕は、私のような細い身体など小枝を折るくらいの力で曲げてしまうだろう。
だけれど、私は恐ろしいと思った事はない。
彼はいつだって優しいから。
でも私は、彼の美しい単眼の奥に燻る彼の狂気の存在も知っている。
子供のように残酷で、それでいて優しくて理性的な彼は、今日もきっと夢の中で"私"の四肢を千切っては遊んでいるのだろう。それは間違いなく彼の、彼なりの愛の表し方。
「ねぇ、ガンマン」
私は彼の名前を呼ぶ。
「今日はどんな夢を見たの?」
彼の腕に少しばかり力が籠るのが分かる。それから、彼の吐いた熱い息が薄い服越しにかかる。じんわりと伝わる熱でキュンと身体の奥が跳ねる気がした。
「なぁに、いつもと変わらん夢だ」
彼はそう言うと緩慢に上体を起こす。
そして、私の髪を無骨な指で愛おしげに撫でて、首筋をなぞって、肩口に厚い手の平を置く。彼が少しでも力を入れれば、すぐにひび割れて砕けてしまいそうだと思った。
私は彼の美しい単眼を見る。
そして、とても羨ましくなるの。
彼のその瞳の奥には、彼に愛された"私"がたくさんいるのだから。
どうしたら私も愛してくれるのだろうかと、私は悩まずにはいられない。
「ねぇ、ガンマン…貴方、私のこと愛してる?」
これはキョトンとした顔をする。ポカンと開いた口元から彼の鋭い牙が見えた。
じっと見上げて待っていると、彼は顔を真っ赤にして、「なんだ、また藪から棒に」なんて言ってもごもごと口籠った。
「…愛しているとも、見て分かるだろう」
彼は私の両脇に手を滑りこませて、軽々と持ち上げる。それから彼の腕の中に抱きしめられた。抱え込まれた胸元は手の平よりも少しだけ柔らかい。
私を真っ直ぐに見つめてくる彼の単眼は、全てを見透かす力があるのだと言う。
「貴方ってば、嘘つきね」
貴方、一度だって私を心からちゃんと愛してくれていないじゃない。
私は貴方の本当の姿を知っている。貴方の求めている本当の愛を知っている。その恐ろしいほどに大きく手厚い手で、体をもがれる感覚ってどんな感じなのかしら。貴方に愛された私は、貴方の眼にどんな風に写って見えるのかしら。
きっととても満ち足りていて見えるに決まってる。
だから、私は何度だって言うのだ。
「ねぇ、ガンマン…私を愛して」
なのに、貴方はまた何も言わずに目を逸らす。