カラスマン

感情は不必要なものだ、とジャスティスマンが言っていた。
永久とも言える期間を生きて導き出した一つの答え、なのだろう。でも、私は分からない。
感情がなかったら、サイコマンとガンマンが喧嘩しているところを楽しめない。ペインマンとゴールドマンが意見を交わす姿だって。
お互いの信念をぶつけて、完璧とは何か、と何度も何度も自分達に、時折他の始祖達に問いかける。
高みを目指して突きつけてきた私達。今は人数が二人減ってしまったが、関係ない。完璧を目指すだけ。減ってしまった二人に、カラスマンじゃなくて良かった、と思うのは、彼に恋情を抱いているから。
カラスマンを見る度に、話す度に、スパーリングを行う度に、胸がドキドキして、好きだな、と自覚する。この感情が無くなることを引き換えに、完璧超人になれる、と言われれば、頷いていたか定かではない。恋愛以外にも感情は必要不可欠に思う。強さを求めるのも、感情の一つ。楽しいことも、悲しいことも、苦しいことも……感情の上での完璧を目指している。
それがこの私、永久とも言える期間を生きて導き出した答え、である。
ただ、そう、欲がある。完璧以外の欲、カラスマンの恋人になりたい。ただ、それだけ。恋人じゃなくて、パートナーでもいい。他の始祖とは一歩違う関係になりたいのに、距離を縮めることは出来ない。何度も何度も縮めようとしたが、気がつくと居なくなっていたり、鳥のように軽やかに避けられたり……カラスマン、名と体が揃っている、美しく気高き超人。悔しいと思う反面、そこが彼の良さでもある。
でも、いい加減、いい加減、振り向いてくれたっていいじゃない。恋人じゃなくてもいい、と思っている。友人の一歩、親友、それでいい。自分なりに伝えてきたつもりだ、それなのにどうして……完璧とはまた違う壁が、いつも私の前に聳え立っている。
「お前か」
話しかけようとして、口を開く前に言い当てられた。
「背中に目でもついてるの?」
「カラカラ、そんな訳ないだろう」
気配で、風で、分かる。と彼は、こちらを向いた。背中にある黒い羽が羽ばたいて、ついつい目移りしてしまう。何万回以上見ているのに、飽きない。恋という感情のせい、はたまた、純粋な翼の美しさ、なのか。
「どうした」
「何してるのかなーって」
午前中の訓練は終えてしまった。超人墓場の見回り、後輩と呼べる完璧超人の指導、下界の観察、探せばやることはあるが、カラスマンの傍に居たい、が今の素直な気持ち。
「瞑想だ」
「好きだね、瞑想」
「気持ちを高め、己を磨くからな」
その瞑想とやらに私も出てくればいいのに。なんて。
「私もいい?」
「構わない」
隣を確保して、目を閉じる。前に瞑想のやり方を教わった。何年以上前かは忘れてしまったが。
深呼吸をして、頭の中を空っぽにする。完璧の教えも、尊敬なるマンも、大好きなカラスマンも全て、追い出して、頭を空っぽにーー……。
カーカー。
カラスの声が聞こえてきた。幻聴ではない、と目を開けると、彼の相棒であるカラス、ネバーとモアが寄ってきた。
「どうした」
相棒の二羽を愛でる彼の横顔はいつも優しい。これが私に向いてくれれば、と何度も二羽に嫉妬してきた。が、鳥相手に争うのも馬鹿らしいので、自分も可愛がっている。
「私達の仲が羨ましいんじゃない?」
ねえ、と、ネバーを指で撫でると、心地よさそうに首を伸ばした。
「何を馬鹿な」
ありえない、と否定する声はいつもより冷たく聞こえる。
「ネバー」
私から奪うように、他のやつを見るなというような声に、ネバーはカラスマンの肩へと移動した。何やら視線を交え頷き合っている。
初め見た時は不思議で仕方がなかったが、カラスマンは鳥達と交流が出来る。命令することも、心通わせることも。今は何かを伝え合っているのだろう。
「超人墓場で不届者が出たそうだ」
「また? 行った方がいい?」
「……いや、ペインマンとアビスマンが対処していると言っている。大丈夫だろう」
「そう、それなら良かった」
かあーかあー、とモアが鳴いて、二匹はまた何処かへ飛び立ってしまった。
「いればいいのにね」
「あいつらなりに、私の役に立とうとしているのさ」
ふ、と笑うカラスマンにドキドキする。
ああ、この表情を隣でずっと見ていたいなあ……。
微かな違和感に、気付いていなかった、と言えば嘘になる。
ネバーとモアが絡むと、途端に変化する表情や声。慈愛に満ちた表情から一転、憎らしげにこちらを見る眼差し……。相棒だから、ペットだから、彼にとって鳥とは特別なもの、だとは思っていた。いや、知っていた。が、これは何だろう。目の前にある光景は、何だろう。
「はあはあ……ッ!」
カラスマンが必死に自身、ペニスを慰めていた。男として性欲があるんだな、とそれだけで済む行為。が、違う。周りにネバーとモアが飛び交っている。時折、二羽は手伝うように彼の手に触れ、ペニスを羽根で優しく撫でいた。
何、これ……。
「ああ、美しい、美しいぞ、お前達……! 好きだ、好
きだ、愛してる、愛してるッ……!」
「カーッ! カーッ!」
二羽が叫ぶように鳴き声を出すと、彼は射精した。
息を整え、ネバーとモアを愛でる仕草に、吐き気が込み上げてきた。
気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪
い……。
気づかれない様に、その場を後にして、自室で吐いた。
吐いて吐いて……ああ、この恋心も吐き出してしませば
良かったのに……。
残ったのはカラス二羽への嫉妬心だった。
可愛がってきた、カラスマンのペットだから、と。鳥ごときに何ができる、と軽く見ていたのもあった。
が、全てひっくり返されてしまった。
愛されていた、カラスマンの愛を二羽は受け取っていた。私以上に、完璧超人以上に! たかが鳥が!!
衝動のままに部屋を飛び出した。先程の場所には誰もいなかった。
上を見上げてカラス二羽を探すが、いない。抑えられない、抑えられない、この衝動を抑えることは出来ない!
「ネバー、モア! 緊急事態!」
嘘をついて、二羽を呼び寄せる。
カラスは頭がいい。決してカラスマンの言う事しか聞かなかった二羽だったが、長い長い時間の中で、完璧始祖達ならば伝言を頼まれるようになった。マンも同じく。
これを利用させて貰う。それでないと、治らないもの……焼け付くような嫉妬心を。
何度か名前を呼んで、二羽がカーカーと現れた。すかさず、翼を二羽とも掴んだ後、羽を剥ぎ取った。
「ギャーッ!」
「ガァーッ!」
「うるさいうるさいうるさい、鳥ごときが、鳥、ごとき、があああ!」
手を出すが、一気に警戒され距離を取られる。が、手負いの鳥二羽。何が出来る。
殺してやる、殺してやる……!
よろけた一羽の翼を掴もうとして、鋭い声で名前を呼ばれた。
「私の、私の相棒達に何を……」
「……」
ネバーとモアはただのカラスのはずなのに、わざと弱さを演じる人間の女のように見えた。彼の目にも、そう映っていたのか。
「殺してやるの。邪魔でしょう」
「……」
初めて見る表情に、あ、こんな顔もするんだ、と思う
自分は本当に馬鹿だ。失恋、いや、幻滅すれば良かったのに。嫉妬した、なんて。まだ、カラスマンが好きだなんて。何万年以上の恋の感情は簡単に捨てられるものではなかった。
「理由だけ聞こう、お前は理由なく殺生はしないだろう」
正当な理由であれば許す、とも取れる発言に、恋が顔を覗かす。
「ほんっと……そう言うとこ、そう言うとこが……」
好きで、好きで、好きで、好きで、好きで、好きで、
好きで、好きで、好きで、好きで、好きで、好きでーー
……。
気づくと、自室のベッドに居た。
相棒二匹を傷つけた私を、カラスマンは許さなかった。
殺されてもいいと思ったのに生きている。完璧始祖の一人だから、というそれだけで、殺されなかった。
『気持ちに応えてやれず、悪かった』
失恋したのだ。私は。
泣いて泣いて泣いて大声で泣いて、私は死を選ぶことにした。
全てがどうでも良くなった。完璧とか超人の育成だとか、カラスマンの恋心、とか。もう。
「どうでもいいや」
痛さで軋む全身に、右腕だけ力を込めて、自身の胸元を突き立てる。心臓の感触がして、これを潰せば死ねる、と、鷲掴みにして、心臓が破裂した。
「カーカー」
「見ない顔だな」
カラスマンは、新顔カラスに顔を擦り寄せる。
「ん? 傍にいたい? カラカラ、見る目がある」
許可を貰ったカラスは、カラスマンの傍にずっと付き纏った。
ずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっと……。
それは彼女が超人の時には叶えられなかった願いでもあった。

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