飛行機に揺られタクシーに揺られサンフランシスコの空気を感じつつ辿り着いた家はチャイナタウンから少し離れた海沿いで、メインの通りから離れたものの疎らにアジア人たちが暮らしている様子が見える中、ジモはスマホを片手に辿り着いた古びたアジア人ばかりのアパートに上がり封筒の中に入っていた鍵を使って部屋の中に入った。

「質素⋯というか、何も無いな」

想像しているよりかはマシだが半年以上帰宅がなかったゆえにホコリ被ったその部屋の中はベッドと質素なテーブルと椅子、そしてジモがかつて与えた棚だった、色味のない部屋の中はまるで安いモーテルの部屋のごとくで、備え付けのキッチンも使われた様子はなく、精々あるのは"仕事道具"くらいだが、ベッドに近付けばそこに彼女の世界があった。

「プリントアウトしてるのか、律儀だな」

ベッドサイトの壁には正方形の掘り棚のようなものが存在し、そこには小さなベッドライトと一冊の分厚いノートが置かれて、その近辺には写真や出かけた先の思い出らしきものが貼られていた。
ジモはそれに気を取られが埃臭さに咳き込んでは慌てて窓を開けて使われていないシーツやマットレスを陽がよく当たる窓に掛けてやった。
ふと彼が作業をしていれば向かいの下の階の老婆が彼を見ては彼女のことを問いかけた、暫く入院していてもうすぐ退院だといえば老婆はジモを恋人だと問いかけたが彼は苦笑いをした、そうであればどれだけ嬉しいかと内心思いながら。

使われていなさそうな三十年前の随分と古い冷蔵庫の中身は当然空っぽでジモは電気が通っていることを確認して冷蔵庫のコンセントを差して冷えてくれば日持ちのする食品をいれてやり、ホコリ被った部屋を丁寧に掃除した、少しだけ投げ出された洗濯物を畳んでプライベートな場所であると分かりつつ申し訳なさを感じながらも開けた彼は衣類を直してやり、棚の引き出しなどを思わず見た。
一番小さな棚にはパールのイヤリングとネックレスが箱に丁寧に保管され冠婚葬祭のものかと感じつつ、彼女の香りが広がる棚に彼は恋しさを感じながら棚の中の彼女のシャツを手に取り手繰り寄せて香りを感じた、抱き締めたいと願いながら。

「よし一通り終わったな」

これで大丈夫だろうとジモは満足して部屋を見回した、彼が今チャイのセーフハウスともいえる自宅に来ているのは彼女がもう時期退院であることを彼女の家族から連絡されたからであり、戻ってくる前にと掃除しにきてやっていた、本来は彼女の家族がするべきなのだろうがそれも全てした上で迎えに行くなら行けと言われてしまえば断る言葉はなかった。

ジモは汗を拭い骨組みとスノコだけになったベッドに腰掛けて水を飲んだ、いくら冬になったとはいえ一人で数時間動き回ればそれなりに汗もかいてしまう程である。
そして改めてベッドサイドの棚を眺めて一冊だけ置いてあるノートを手に取った、彼女のプライバシーだとしてもジモは彼女を少しでも理解したいと思っていた、ノートの中身は写真やどこかに行った際のチケットが丁寧に貼られていたが、その中にはジモと共に過ごした時のレシートなども律儀に置かれており彼はその細やかな彼女の行動に思わず頬が緩む。

ふと一枚のシワの寄った写真が現れた、そこにはジモが映されておりどこかの戦地で撮られたものなのだろう、カメラ目線でもなければ険しい表情の写真を彼女はシワが寄るまで大切にしていたのだと知ってはジモは小さく笑みがこぼれて自分のスマホの画面を開けばそこには彼女の横顔が映されていた、ジモの写真とは違う私服姿で楽しそうにしている彼女は以前二人で出かけた時に彼が撮影してしまったものだった。

寂しい時に会いたいと想う相手こそがきっと愛なのだろうと、数ある愛のうちのひとつを考えて彼はノートを棚に戻して立ち上がりその日だけ静かな彼女の部屋で過ごした。

◇◆◇

あれからジモが来ることはなくさらに半年が経過し、気付けばまる一年近く休んでしまったと彼女は入院の荷物を片しながら考えていた、退院の迎えとして心配をかけてしまった弟に迎えに来てもらうことは若干の罪悪感はありつつも久方振りに安心したいと思うのはジモの事も相まって寂しさが募っていたからだ。

手足は違和感を残しつつも以前同様にしっかりと動き、車椅子も不要な環境には感謝さえ覚える、最後の片付けを終えて一人には少し広かった病室を後にして受付で手続きを終わらせては家族を待っていた、結局都合が悪く入院中には顔を合わせられなかったが問題なく生活ができていることに安心して久方ぶりにみる弟は痩せてないか、しっかり勉強できているのか、他の家族はみんな無事かと聞きたいことが山積みになる中でもふとその思考はジモのことに移ってしまう、それがまたひとつの罪悪感に繋がってしまう。

荷物のまとめ終えて受付で手続きを行い待つ彼女の横に一人の男性が腰掛けた、広く席が空いてる中で隣に座ってきた男性に若干の面倒くささを感じつつ顔を下げたままでいれば男は声をかけた。

「もう足は平気なのか」

その聞き覚えのある声に思わず顔を上げればそこには会いたいと願い続けた人物が居たことに彼女は驚いた、そして慌てて立ち上がり逃げ出そうとするも彼女の手首を掴み彼は逃さずに見つめるがそれでも腕を振り払おうとする彼女は出来ずに自分の無力さを痛感した。

「セイファイに頼まれた、家まで送る」
「別に一人で帰れる」
「頼まれたんだ、言うことを聞いてもらえなきゃ俺が怒られる」
「おっ怒られたらいい」
「そう思ってないだろ?」

お互いに怒られるのは嫌だが本気で嫌なら止めておく。というジモは彼女がそれ以上の拒絶をしないことを知っていた、髪は以前よりも伸びておりそれはまるで顔の傷を隠すようにも見えてしまい僅かに胸が痛くなる。
数分悩んだ末に彼女はフードをさらに目深く被り直してジモについていく判断にした、大きな荷物はジモが運んでやり病院前のタクシーに乗り込んでは空港に向かうがその間も彼女は話すことはなく外を眺めていた。
ようやくたどり着いた空港で手続きを終えた彼は適当な売店でサンドイッチとオレンジジュースとコーヒーを買って戻っては俯いたまま座る彼女を見つめた。

あの日から彼女の心には黒いモヤがついたまま消えていないのだろう、それをどうしてやればいいのかジモは分からずただ普段通りに接するようにすることが唯一の方法だと思うものの、それが正解であるのかも分からなくなるほど今の彼女について悩ましく感じていた。

「フライト時間も長いしよかったら食べて」
「ありがとう、お金いくら?20ドルくらいで足りる?」
「気にしないでくれ、俺のものを買うついでだ、空港券もコルタックから出るらしいから下手な心配はしなくていい」
「⋯オレンジジュースにサンドイッチ」
「コーヒーより好きだろ」

丁度チャイは空腹を感じていた、朝から退院の用意で忙しく昼食前に出てしまった上に病院の食事はそこまでいいものではない、ジモの手渡してくれた袋の中のシンプルなハムとレタスのサンドイッチもオレンジジュースもチャイが好むものであり、ジモの手の中のものはまた違うもので彼は彼女が好むものを選び用意したのだと感じれば彼女はそれだけで心が満たされて彼の横顔を盗み見た、ありがとうとはいえずに。

三時間のフライトの間も話すことの無い彼女は顔を窓側に向けて眠っておりジモはどうしてやればいいのかと思いつつ、それでも話したいことは山とあるため挫けてはならないと言い聞かせた。
空港について彼女の荷物を運ぶジモは自身の車を停めていると告げて駐車場を先導してやり見つけた自分の車の鍵を開ければ助手席とドアの前で彼女は立ち尽くしており、やはり嫌がるかと予想通りの反応に唇を噛み締めていれば彼の思考と違う言葉が告げられた。

「ジープなんて意外だね」
「貰い物なだけさ、使い勝手が良くて重宝してる、実家じゃ母さんの軽しか運転しないけどな」
「ふふ、そっちの方が似合ってるかも」

チャイはきっとジモが日本の軽自動車を運転している姿を想像して笑ったのだろうが、彼はようやく僅かに見えた彼女の笑顔に対して見えないように小さくガッツポーズを見せた、まるで大きな前進のようであるからでありジモは慌てて運転席に乗り込めばやはり彼女は拒絶するようにフードを深く被っていた。
けれどジモは今日諦めたくなかった、遠回りをして彼女に一方的に話をした、それは仕事や仲間の話ではなく街の景観のことや最近食べたレストランの話など在り来りな話で彼女からの返答は薄くても挫けるなと言い聞かせた、それは普段の彼女が自分に話しかけてくれていた時のようなものだからだ。

歩み寄りを見せようとするジモに対してチャイは次第に罪悪感を感じ、僅かながらの壁を作りつつも返事をした、空港から彼女の自宅までは遠回りをしても二時間以内には到着してしまい、別れを告げられるが彼は退院したばかりの彼女に片付けや荷物を持ち運ぶことはさせるのは悪いといって無理に荷物を運んでやり預かっていた自宅のドアの鍵を開けて入れば足を止めた彼女に振り向いた。
身内からの許可を得たとはいえ性別を抜きに他人のプライベート空間へ不在時に立ち寄るのは大変失礼なことであると改めて感じるジモは謝罪の言葉を告げる前に彼女は部屋の中に進んでベッドに寝転んだ。

「洗ってくれたの?」
「あぁ洗剤がなかったからコインランドリーのやつを借りた」
「いい香り、すごくホコリ被ってたでしょ」
「だから帰ってくる前に出来るだけ掃除しといたけど、まだやっぱりダメか」

そんなわけが無いと彼女は言って枕に顔を埋めるのをみて荷物を片しておく旨を伝えてジモは衣類や食料品など病院から持ち帰ってきた彼女の私物を片していく姿は手馴れたものだった。

一人でとても静かな部屋に生活音がすることを彼女は不思議に感じられたが心地よかった。
時折彼が片付け先に悩んだような声を出しつつも戸を開ける音や歩く音に小さな独り言、全てが心地よいもので愛おしさへと変わっていた、それでもシーツを握り彼を考えぬようにと意識を遠くに追いやろうとする時、ベッドのスプリングが軋み熱が傍に来るのを感じて彼女は避けるように僅かに壁に寄れば熱は追い詰めるように近付いた。

「ありがとう、もう帰っていいんだよ」

突き放さなければならないとチャイは自分に言い聞かせていた、触れられ話しかけられる度に胸が痛くなるほど愛おしさを感じてしまうことが恐ろしかった、一層のこと嫌いになれば楽であるとわかっていながらもその恋を諦めきれずにいる自分の執着心には呆れてしまうほどで、そっと伸びた彼の腕が優しく抱きしめて包み込んでしまえばチャイは子供のように静かに泣いてしまう。

「帰らない、帰りたくない」

ちゃんと話をしようと告げる彼に話す事などなかった。
チャイにとって彼と出会う前の過去は変えられない自分の過去で、仕方がないと割り切れた、けれど彼と出会った後に起きてしまったことに対して自分は何処までも醜い女であると感じざるを得ないのだ。

「帰って」
「嫌だ、突き放さないでくれ」
「突き放すよ、私の事なんか放っておいてよ」

壁を作らねばならない、この温もり自分に与えられるものとしては熱すぎるのだ、太陽に手を伸ばしても焼かれてしまうのに求めてしまうのは人の性なのか、背中に感じる彼の温もりが愛おしいと思いながらも痛く感じられた。
彼の腕の力がより一層強まるとチャイは逃れることも出来ないからとされるがままであるが、相も変わらず彼を拒絶するものいいのをすることにジモは彼女の背中に顔を埋めて言う。

「俺を拒絶するなら"嫌い"といって」

そうでなければ俺は帰らない。
彼女の拒絶の中にその完全なる否定の言葉がない以上ジモは諦めきれないのだと背中に告げる、彼女もジモもその一言が告げられないことを知っていた、冗談や嘘でもその言葉を告げれば二人の関係は完全に断ち切ることが出来るが二人は互いに想いあっていた。
ジモの腕の中の彼女が身動ぎして彼の方へ向き直した、フードの脱げた彼女の顔には変わらぬ傷があり、涙が彼女の美しい顔を濡らす為ジモは顔を寄せて彼女の涙を拭った。

「普通の人を愛してよ」
「普通ってなんだ、誰が決める?」
「私じゃダメだよ」

普通の人にずっと憧れを抱いていた。
家族を愛し、自分の家庭を持ち、子供や孫に親がいて誰もが羨む生活、それを自分が掴めないことを理解しており、彼女が弟に尽くすのは罪悪感からでもあった。

『弟がほしいの』

両親にそう告げた時から呪いが始まった。
人を望むということはその人を幸せにせねばならないのだと運命付けられており、自分のことを二の次に生きてきた。
家族を愛しなさい、大切にしなさい、貴方は姉なんだから。と言い聞かされてきた彼女にとってその言葉は正しいものであるが故に走り続けてきた、愛おしい家族を守ることに対して苦しいと思ったことはなかった。
けれどあの日、自分に手を差し伸べてくれた男に出会った時、初めて逃げ出したいと思ったのだ、けれどそれは幻想だった。
人を殺すことへの躊躇はなく、軍を抜け人々に何を言われようとも自分を取り繕うことに慣れてきていたのにジモがそれを変えたのだ。

「家族よりも、ジモくんを考えてしまう」

こんなに家族不幸者な奴はいないと彼女は嘆いた。
あの日、死を目の当たりにした時、弟でもなくただ脳裏に過ぎるのはジモのことだけだった、出掛けたことや食事をしたことや戦地へいく車やヘリの中で会話をしたこと、そして初めて出会った時に叱って(人間にして)くれたこと。

「怖いんだよ、あなたの事ばかり考えてしまう、それまで自分が生きる為の道を進んできたのに、怖くなってきちゃうの、足元がフラフラで目の前が見えなくて」

愛されたいと願ってしまう。
それはジモという男が何処までも正しい存在である、そして彼からの愛を感じる度に尚のこと他の人間を愛して欲しいと願うのは彼に幸せになって欲しいからだった。
男に穢され家族も大切に出来ず人生に何も見出すことも出来ないクズではない、彼は美しい人生を歩んだ普通の女性と幸せになるべきだとチャイは抱き締めてくれたジモを拒絶した。

「愛してる、だからもうやめて欲しい」

彼が引いてくれれば元に戻れるという彼女の想いはまるで命乞いにも似ていた、ゆっくりと押し返された彼女の細い手を見つめてジモは「わかった」と告げる。
それでいいのだと彼女が心に傷を負いながら安心するのも束の間にジモは彼女の唇を奪った、細い腕が彼を拒絶しようとするのを押さえつけて彼は彼女の上に跨り何度も唇を深く重ねた、薄く開いた唇から舌を差し込んで歯列をなぞり逃げ惑う舌を追いかけて教えるように甘く噛んで、固く握りしめた拳を開かせて指を絡ませる。

「愛してる、俺はチャイのことを愛してるんだ、この気持ちを捨てることなんて出来ないのは俺だって同じなんだ」

拒絶されていい、逃げればいい、けれど本心で無いのならもう逃げるものかとジモは心に決めた、唇を舌先で撫でて彼女の顔についた火傷の痕を舐めてリップキスをした、労わるように慈しむようなその優しいキスが胸に小さく刺さっては溶けていくが彼女はそれでもジモから逃れようとしてしまう。

「幸せになれない」

ウォン・ズーチャンが理想の相手だと思うのは自分と正反対であるからだった、彼の感性はまともで傭兵としての世界にいるにしては真面目だった。
コルタックにいれば大抵の人間が何かしら問題がある、チャイにとって善人も悪人も対して気にはならない、相手がテロリストでも一般市民でも自分が家族という守るべき生きがいの為に生きられるならなんでも良かった。

『親を失って小さな弟たちと残された君は壊れてるんだよフーファイ』

そうハッキリと告げてくれたかつて自分に手を差し伸べてくれた存在の言葉にチャイは否定ができなかった。
家族を愛して愛されて、祖母を尊敬しその道に進み、さらには手の届く範囲の自分の思う正義を貫こうとするジモは眩しすぎた、それでも許されるならと思っていた彼女にとって今の自分の醜さが苦しくてたまらなかった、普通の女性と恋愛して笑う彼の方がずっと幸せなはずだと言い聞かせて突き放すしか自分を守る術がもう無い。
一層のことジモが乱暴な男であればよかった、手を出さなくても罵倒してくれたらよかった、今迄の自分を搾取する男達のように酷くしてくれればチャイは安心さえ抱けるのに。

「幸せは分からないが、俺はただ笑っていて欲しいんだ」

そういってただ彼は触れるだけしかしないことが尚のこと彼女の胸を締め付けて離さなかった、強く壊れそうなほどに抱き締めてジモは何度も彼女に「好きだ」と告げる、その言葉にチャイは唇を噛み締めて彼の胸に顔を埋めて背中に腕を回して強く抱きしめ返してまるで決心したように顔を上げて彼の唇に自分の唇を重ねた。

◇◆◇

互いに慣れたように口付けを重ねてジモはそれ以上はと踏み止まろうとしたが明るい外の光が薄く差し込む部屋のベッドの上の彼女はジモの手を取り自分の胸に触れさせた。
心臓の音が騒がしい程に聞こえると彼女が緊張していることを感じた、真剣な眼差しの奥では僅かに不安を抱えているようにも見えるが彼女の行動に彼もまた覚悟を決めてシャツを脱いで彼女を見下ろした。

「いいんだな」
「途中でやめたいって言っても聞かないで」
「それは⋯」

やめないで。
そう消え入りそうな声でいう彼女はジモに触れられたいと思えば彼の手が頬を撫でて髪を横に避けて火傷の痕が残った部分に唇を置いていく、優しく擽ったい感覚が心地よく求めるように顔を寄せてジモの肌に唇を置いた。
互いの肌を感じるように触れ合い、ジモは彼女のパーカーに手をやっては動きを止めたが彼女は小さく微笑み起き上がってベッドから降りては身にまとった服を脱ぎ去り、下着一枚だけの姿となる。
白い肌と赤くなった肌が混じり合う躯に視線を奪われていればジモの膝の上に乗りあげて彼の肩を優しく押してベッドの上に押し倒されたジモは見つめるだけで触れることはなかった。

「気持ち悪い?」

不安げに問いかける彼女にジモはただ視線を奪われていた、細く華奢な自分とは正反対の肉体は痛々しい傷跡を残しているがそれに対して嫌悪感などあるわけが無い。
彼の乾燥した指先が彼女の火傷をしている左半身の側面をなぞる様に撫でた、くすぐったいがその指先は優しく心地よく彼の空いている左手を手に取って彼女は頬を擦り寄せて唇を置いていく。

無骨な男性らしい大きな手に彼の香りがした、汗ばんでいて乾燥して人差し指はささくれが出来ている、爪は平たく歪な正方形のような形で指先まで丸い女性とは違う、男と女であり、これまで触れてきた数多の手の中でも同じものなどはない、ジモの手は特別だと思える。

「痛くないか?」

彼女に心臓を射止められたその日から彼女のどんな姿を見ても嫌悪することなどない、指先で触れる彼女の歪んだ火傷の肌はまるで迷路のようで擽るように撫でてしまうと彼女の躯が躍るように小さく揺れる姿がまた目を奪われる。
触れてみたかった肌がそこにあり、それに触れてきた自分以外の存在全てを決してやりたいと思う嫉妬心は自然と溢れる、自分だけのものであればいいと年甲斐なくジモは吸い付いて跡を残したくても理性が許さなかった。

「痛く、ないよ」

泣きたかった、彼の言葉はずっと優しく絆創膏のように包み込んでチャイの傷んだ傷跡を直そうとするのだ。
醜いといわれても構わなかった、それが彼の気持ちであるならばどんな言葉も受け入れられたから、それでもジモの指先はただひたすらに優しく彼女の腰を撫でて足を撫でて、頬を撫でてチャイの舌先に触れれば彼女の熱ある視線がジモを捕え、彼に触れたいと語る。

白い彼の肌は日頃から特段日焼けもしないためかきめ細かく心地よい手触りだった、両手でまるで砂遊びをするようにジモの肉体を撫でる彼女にジモは擽ったさに身を捩るものの彼女は彼の胸元や腹筋を砂文字でも書くように触れるため彼は堪らずに声を出して笑えば彼女は目を丸くした。
その姿にまたジモは笑えてしまって、先程までの妖艶な空気は潰されるようで彼の上に乗った彼女が気恥しさに顔を俯かせた。

「そっそんなに笑わなくていいじゃん」
「だって肉まんの生地みたいに捏ねくり回すから」
「仕方ないでしょ、意外と柔らかいんだなぁとか綺麗だなぁとか色々思っちゃうんだもん」
「このまま捏ねられて伸ばされて丸くされて寝かされるのかと」

確かにジモは彼女が思うことも理解できなくは無い、筋肉は想像しているよりもずっと柔らかく、胸筋などは彼自身もそれなりに鍛えていることを自負してが彼女がそこまで夢中になるとは思いもよらなかった。
拗ねて自分の上で顔を背ける彼女に声をかけても無視をされてしまうが決して嫌がっている訳では無いのは雰囲気で理解しておりジモは彼女のこの一年近くでめっきり筋肉を落とした柔らかく薄い腹をつついてやった、まるで子供のじゃれあいのようだが次第に身を捩って逃げようとする彼女にジモは上体を起こして逃さないように抱き締めて横腹をくすぐると声を出して笑う彼女はジモの背中を叩いて笑う。

「ほら次はお前が肉まんになれ」
「ちょっともうッ、くすぐったいっふふっ⋯」
「本当に綺麗だ」

あぁ本当に優しい人だとチャイは泣きそうになりながらキスをしてくれる彼の首に手を回して身を寄せた。
彼に愛されてきた女性はこの愛を受けたのかと思うと憎らしささえ感じる、チャイは他人が自分をどうみているかということに関しては長けていた、だからこそジモはそれなりに自分を心の綺麗な普通の人間だと思っていることに申し訳なさが募る。

「こうやって他の子も好きになった?」

恋や愛をチャイが確かに知ったのはジモだけだった、自分を救ってくれたかつての男も自分を買った男たちも全てはただの"人"でしかなく、ここまで強い感情を揺さぶられたことはなかったのだ。
仲間や友人の話を聞く度に恋愛とは摩訶不思議な物だと感じられ、痛く苦しく嫌な感情ばかりが溢れるのに何故人は人を好きになるのかと不思議に思っていた時さえあったが、チャイはその感情に飲み込まれても目の前の男を欲しいと思ってしまっていた、それこそが恋なのだろう。

「どうだろう、好きになった人は確かにいてもそのそれぞれの形は違う」
「案外ずるい答えするんだね」
「チャイは好きになった相手は居るのか」
「どうだろう、形が違うから」
「⋯確かに、ずるい」

悔しがるように彼女の胸に顔を埋めたジモにチャイは撫でて「ここまでなのはジモくんだけだよ」と悪い女のようなセリフを告げるとジモは薄く顔を上げて彼女を盗み見るようにして、やはりズルいと思った。

特別になりたいと思うのは恋をする誰しもが持つ感情でジモもチャイの特別になりたいと思っている、けれど彼女にとっての全ては家族であることが酷く悔しいとさえ感じ、そう思うほど心が狭い男だと自分を情けなく思い嫌になる。

互いに情けない自分がいると理解していたがそれを他人には悟られないように生きているのが人間であると彼らは気付いていながらも言い聞かせられない不器用な大人であり。
けれど不器用だからこそ傷つけ合った互いを慰める方法にその寂しいあたたかな肌に触れるというコトを知っているのだ。

彼女の指がジモの少しだけ大きな耳を撫でる、形が良くてよく人の話を聞いてくれそうな耳を甘く唇で食ふんで指先で耳たぶの裏を撫でると彼の身体がゾクゾクとして、ジモの指先も彼女の耳を撫でた、小さくて火傷の痕が小さく残って、じっくりと眺めたことの無い耳をみてはジモはもっとその躯を眺めたいと思いベッドの上に転がした彼女の上に跨り見下ろした。

「今度はパンにでもされる?それとも陶器でも作るの?」
「柔らかいのも、繊細なのもいいな、どっちもチャイらしい」
「冗談で言ったつもりなのに」
「本当のことだろ」

彼の手が躯の上を這うのをじっくりと眺めればジモも真剣に彼女の躯を撫でて柔らかな双丘に触れて撫で、首筋に顔を埋めて舐めるとその舌先は彼女の上を指のように這い乳房に触れた。
彼の左手が柔らかな乳房の上に置かれ形を変えられ、舌先が撫でた先端に吸い疲れる姿にチャイは途端に気恥しさを覚え始め顔を背けたが彼の視線が痛い程に伝わると薄く見つめるしかなく、ジモの指が次第に彼女の乳房から下に進み確認するようにまた口付けをしては彼女の下着に指を掛け、チャイは静かに腰を上げると簡単に足から抜かれてしまう。

足に自然と力が入るチャイはジモの指が膝を撫で内ももに触れて生い茂った柔らかな恥丘を撫でられると躯がびくりと大きく震える。
彼の太い指先が足の谷間を撫でれば彼の指が濡れ、静かな部屋の中にくちゅりと音がした、指先の濡れる感覚にジモは安心しつつもチャイは羞恥が静かに重なり手で顔を覆ったことに思わず手を止める。

「やめとくか?」
「やめなくていい、恥ずかしいの」

そんなことを彼が思うわけが無いと思っていてもあれだけの態度をとっておきながら彼に触れられて濡らす浅ましい女であると思われることをチャイは恐れた、濡れた指先が谷間を数度撫でては蜜をたっぷりと含ませることにジモは内心酷く喜んでいた、自然なものだとしても彼女は自分に触れられて期待してくれているかもしれないという事実に喜ばない男がいるわけが無い。
顔を隠す彼女に若干の不安を感じながらも右手の中指を沈めると狭い肉壁が彼の指を締める、熱くドロドロとした人間の中身だというのに人はその場所に快楽を求めるのはいつも不思議であるが愛おしさがそこにはあった。

「ッん⋯う」

小さく漏れた彼女の吐息にジモはゆっくりと優しく指を動かして腟内を解す、彼には性的な経験はそこまで多くなかった。
過去にいた恋人も少なく決まった行為をするだけで、それは少しだけ義務のようでもあった、セックス自体を気に入っている訳では無いジモにとって子供を作る訳でもないその行為は無駄に感じられ、それ以上の心の繋がりが大事だと考えていたがチャイを前にしては他人を深く求めるというのはこういう事なのかと気付かされる程もっと彼女に触れたいと願っていた。

「はっ、ぁ⋯ジモくん、大体でいっ、いいから」
「痛むか?」

触れられると溶けてしまいそうなほど心地よくてそのまま肉体を失いそうだと思った、ふわふわと頭の中が空の上に行きそうで淡白に乱雑にして欲しいと思うのは逃げ出したいからだと理解していたが彼の言葉にはしっかりと首を振った。

「それならちゃんとしよう、痛い思いはさせたくない」

ジモの触れ方はとても優しくて思いやりを感じられた、人の本性なんてものは酒とベッドの中で暴かれることになるとチャイは理解していたが、だからこそ彼の優しさが胸を掴んで離さない。
彼はセックスがしたい訳ではなく自分を愛したいのだとその行動から教えられ、チャイはその優しい触れ方が心地よくてたまらなかった。
いつの間にかジモの二本の指が彼女の腟内に埋められて探るように解すように動き回るとチャイは吐息を漏らして欲しいと願うような眼差しを向けた。

ジモは掌が濡れそうだと感じるほど濡れた場所とアツイ吐息を漏らして情熱的に見つめる彼女に自身のズボンと下着を下ろせば彼女の手が伸びてジモのそそり立つ陰茎を撫でた。

「チャイ待ってくれ、別に俺は」
「ダメだよ、一緒に気持ちよくなりたい」

その言葉にダメだと言える訳もなく下にいた彼女が自分の上に覆い被さるジモの陰茎を右手で撫でながらも愛おしさを募らせる、苦しそうな快楽に悩んだ彼の顔は艶やかでずっと眺められるとさえ思いつつ、しっとりとした彼の肉体に左手を這わせた。
先の濡れたそれを指先で広げて全体をゆっくりと撫でて手のひらで包んで扱いてやる、平均的で特段特徴があるという訳では無かった、チャイは金もなく乱暴もされずに行う行為はなんて静かなのだろうかと考えつつジモを見上げれば彼は余裕もなさそうに下唇を噛み締めて眉間に皺を寄せており、彼女は彼の薄い唇を撫でた。

「噛んだらダメ、血が出ちゃうよ」
「⋯ッあ、ぁ」

かわいいと思った。
まるで初めて店に来た男のような初心な反応だが、ジモは金で女の一人も買ったことはなさそうだと思えた、反対に万が一彼が女を買っていたらどんな女を買うのか、ブロンド?ブルネット?黒髪?赤毛?茶髪?胸は大きいのか小さいのか顔の系統は⋯

「ッチャイ、もういいから」

ジモに手首を握られ引き止められた彼女の手のひらはジモのカウパーで汚されていた、紅潮し余裕の無さそうな彼の表情にチャイは愛おしさだけが募り彼に噛み付くものの彼は先に手を取り彼女の汚れた手をいつの間にか用意周到に置いていたタオルで拭ってやる、その姿さえも愛しく思わず口角を上げてみつめていればジモの物言いたげな視線がぶつけられる。
言葉を飲み込んでは不服そうな顔をする彼に思わず問いかければ彼はやはり口ごもるが珍しく消え入りそうな声で消えた。

「余裕なんだな」
「そうでもないよ、イキそうだった?」

そういえば彼は口をへの字にさせて唇を噛み締めるため素直な男とはこれ程までにかわいいのだと感じては思わずにやけてしまいそうになる。
ふとその感覚に彼女は男たちが初物の女を好む理由を理解する、自分の手で相手を乱して教え込み色を変える姿はあまりにも艶やかでいじらしく愛らしいのだ。
悔しそうな彼にチャイは彼女らしくもなくベッドの上で座るジモに抱きついて甘えるように頬を擦り寄せては「かわいかったよ」と告げれば彼は振り返りチャイを押し倒して気難しい顔をして見下ろした、かわいいと告げられることに男としてのブライドはありつつも彼女からの言葉にはどうしようもなく嬉しくなる自分がいるのだと感じるジモはどうすればいいのかと思いつつその唇に噛み付くしか彼女を黙らせる方法を思いつかなかった。

何度も角度を変えて互いの呼吸が荒くなり、まるで互いの酸素を求めるような激しいキスになり、舌を噛み絡ませて歯が何度か小さく当たる感覚さえ何処か心地よく、チャイは静かに脚を開いて彼を受け入れようとすればジモは彼女の髪を掻き分けるように見えた額の火傷の痕にキスを落とした。

しかしながらチャイはいつまで経っても待ち望んだモノは来ず、自分の上に影を落とすジモを見つめるが彼は何かを探しているようであり、それが何かを察した彼女は告げる。

「コンドーム探してるならジモくんだしいいよ」

平然とした態度で告げる彼女にジモは探していたものを言い当てられたものの聞こえぬフリをして彼女の上から退き自身の財布やズボンのポケットを探したあと彼女を見たが、当然チャイにもそうした予定が無かった為持ち合わせていなかった。

「だからいいよ」

まるで大切なものを探すように必死に探すジモはチャイの言葉に眉間に皺を寄せて少しだけ怒りの混ざった表情をしてベッドに戻っては彼女を見つめた。

「ダメだ、悪いけど今日はもうやめとこう」
「私気にしないよ」

今更やめたくもないと思う彼女の気持ちとは正反対にジモは彼女に服を渡して自身も下着を履き直した、冷たいと感じるほどの彼の態度に思わず顔を俯かせてシーツを握った、シャツを着て振り返れば顔を伏せた彼女にジモは苦い表情を浮かべて身を寄せて身体が冷えてしまうからとシーツを被せて声を掛けようとするも彼女に手首を捕まれベッドに押し倒され見下ろされた。
彼女の瞳が揺れて今にも泣きそうなものであり、ジモは彼女が自分を求めてくれていることは理解していた、だからこそ抱き寄せて頭を強く抱きしめた。

「無責任なことはしたくない、傷付けたくないから」
「傷つかないし無責任な人じゃないって知ってる」
「じゃあ無責任な人間じゃないからやっぱり出来ない、大切にしたいんだ」

大切にされるというのは彼女には分からないものだった、自分が家族を大切にと思っていても他人から見てしまえば違うかもしれないといつも自問自答し続けており、大切にされてこなかった彼女にとってその感覚は分からなかった。
仲間は理解できても恋人や親など分からない、人間は生きていれば損得でしか他人を見ないもので、ジモのような他人への優しさを与えてくれる者への接し方の正解など理解できないのだ。

「そう思うなら最後までして」
「なら買ってくるから待ってられるか?」
「嫌だ、そのままがいい」
「チャイいい加減」
「私が妊娠したから?」

中絶したから?と問いかける彼女にジモは言葉を失ったが彼女はあれが初めてな訳では無いから気にしてはいないといった。
14歳の頃に一度同じ経験をしたと告げてジモの腕から逃れ彼を見下ろしたチャイは泣いていた、笑みを貼り付けて生きてきた彼女にとって"自分"など分からなかった、愛し合う者達が子を作ることが正しい道のりならば愛し合わない人間との間に命を宿し忘てたことも、今望む相手に拒絶されることも彼女には理解できずにいた。
ジモの首筋にキスをして服を捲ろうとする彼女をジモは強く抱き締めた、逃れようとする小さな身体を押さえ付けて逃がさないようにと捕まえて、彼女の頭に顔を埋めた。

「辛いなら無理しなくていい、俺はチャイのことを大切にしたい」

嫌がることをしたくない、苦しめたくはない、普通の女の子として扱って、笑った姿を見て互いを想いあって身体を重ねて、理解されずとも互いの認識をちゃんと整えて全ての道を歩みたいのだと子供に教えるように丁寧に告げた。

抱きたくないわけが無い、彼女の中に自分の欲望を捩じ込んで思うがままに快楽を求めたいと思うのは本能として存在する、しかしジモはヒトであり彼女を傷つけてきた獣ではないからこそ、無責任な行為だけはしたくなかった、それこそが愛情なのだ。

「どんな事があったとしてもいい、それが今のチャイなら俺はそれを支えて共に歩みたい、けど自分を苦しめたりする真似だけは許せない」
「それ以外分からないよ」
「分かってるだろ」

この行為は所詮動物的本能の名残なのだから心のある生き物たちがどうするのかと伝える彼にチャイは何も言えずにいれば彼はシャツと下着を脱ぎ直してベッドに潜り込んで彼女を抱き締めた、素肌を互いに感じては熱を分かち合い互いの鼓動を聞いた、少しだけ速いジモの心拍数が心地よく瞼が自然と下がると彼の手が髪を撫でた。
その手つきはとても優しく、かつて自分のそばにいた母や自分を娘のように大切にしてくれた男を思い出してしまう、愛とはそうした温もりなのかと思いつつ目を閉じた、彼の心拍数は心地よいメトロノームのように音を立てており、その音に彼を感じつつ窓から見える外の景色を見れば空はまだ青く美しく部屋の中に暖かな陽射しを射し込んでいた、それはまるで彼の温もりのようだと感じつつまぶたを閉じたのだった。



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