そうして思うことは失礼かもしれないと思いつつもジモは彼女がスコープを覗く姿をいつも綺麗だと思っていた、狙撃手を主にこなす彼女にそう思う反面銃を手放して平凡な生き方をして欲しいと願うのはエゴでしか無いだろう。

きっと彼女は生きてきた年数の半分近くを銃を持って過ごすのだろうとも思っており、数百メートル先の屋根を伝って逃げ惑う目標に対して彼女は指示を受けると同時に小さな息を吸い込んでは引き金を引いた、まるで呼吸をするように。
倒れ込んだ目標は丁寧は右足の脛を綺麗に撃ち抜かれており通信兵であるジモは静かに目標が伏せている旨を告げる頃、狙撃体制を止めた彼女は凝り固まった身体を起き上がらせて筋肉を解しつつ任務完了の言葉に安心したように笑いつつジモに声をかけた。

「任務終了だね、お疲れ様ジモくん」
「チャイもお疲れ様、さすがの腕だな」
「ポイントマンがいいからだよ」

背中にスナイパーライフルを抱え直した彼女は夜分遅いこともあるせいで空腹だと訴えるためジモはポケットに入っていたプロテインバーを差し出せば彼女は遠慮せず受け取りその小さな口を大きく開いて咀嚼した、なんの疑いもなく嚥下した彼女を見つめる頃、彼女は何気なく話す。

「ジモくんといるとやっぱり安心するよ」
「俺もそう思うよ、腕がいいからだな」
「本当?狙撃以外はあんまりだけどね」

近付いてきたヘリの音に彼女は次第に近づいて行く姿にジモはもう少し話がしたいと思うものの互いに肩につけた所属ワッペンは違うものであった、同じであるのは胸に着けた出身国だけだ。
迎えのきたヘリに乗る直前彼女は振り返りジモに笑って、また次回の任務でと告げればジモも笑みと共に短い返事を告げた。

そうだ、心から待っているのだ。
彼女のことを、愛おしいと感じているから。

それでもジモは未だにその言葉を口に出来ずにいた。


◇◆◇

出会いは約二年前の戦場であった、ウォン・ズーチャンはそれまで母国である中国人民解放軍ロケット軍に所属していた、しかしながら彼の強い正義感は自国には留まらずに外の世界へと向かった。
そうした彼の心を真髄に受け止めてくれた上官は彼を信頼たる部下であるからこそ各国政府とも強い繋がりのある民間軍事会社であるスペックグルーへ紹介したのである。

それまでの自国での経験とは真反対を行く過激な任務地や状況に任務内容などをこなすうちに彼は自分の本名よりもずっと"ジモ"という名前が馴染むようになっていたのであった。

その頃、コロンビアの麻薬カルテル同士の抗争は激化を進めておりついには政府までもを巻き込むこととなり、ただの麻薬戦争が内戦にまで繋がりかけようとしていたのだ、それまでいくらでもカルテルの争いは見てきたものの今回の任務では終息は見られず民間人の死傷者もいよいよ見過ごせぬ数となりスペックグルー、他PMCにも声がかかったのである。

任務内容は片側の麻薬カルテルの幹部の保護であり、その幹部こそがこの戦争を終結させる情報を持ち得ているという至ってシンプルな任務であった。
しかしながらそう簡単に行かないことには理由があり、それは対抗組織となるカルテルが別PMCと政府に反する一部民間人さえ雇っていたからであった、コルタックは度々この業界では名を聞く有名な会社であり腕があれば経歴問わずな無法地帯の会社でもあることをジモは知っておりその名を聞くだけで気分を害しそうになった。

「あちらもこれから私達が動き出すことを理解しているだろう、気を抜かないように、必ずこの任務を終わらせるぞ」

その言葉にジモは拳を強く握り同意した、任務は実際順調であり、このまま上手くいくと全員が思っていた、気を抜いていたわけではないが相手が悪かったのだ。
どこもかしこも銃声が聞こえ、ターゲットを保護したジモ達アルファチームはヘリの着地地点に向かおうと建物から敵が居ないことを確認して出た途端、一つの銃声が響きターゲットが倒れ込むのを見たのである。

「こちらアルファチーム!狙撃手によりターゲットが殺された!」
「狙撃手は何名だ、どこだ?」
「全員落ち着けターゲットは…クソっ、だめなのかよ」
「おい、下手に動けないぞ、どうするんだ」

五人の兵士と残された二人のカルテルメンバーは情報こそ持ち得ないものの今回の救出予定の者たちでありアルファチームはそれぞれがどうするかと物陰に隠れること数分、スモークを炊いて脱出しようと告げ、ジモは通信兵としての近況を他チームに伝えつつスモークを投げた。
まるでホラー映画のようであった、一人、また一人と倒れていき数メートルの安全圏に到着できたのは僅か三名であり、カルテル関係の者は全員が頭を丁寧に撃ち抜かれ、スペックグルーの兵士は足を撃ち抜かれていた。

「サーモスコープか?クソ野郎が兎に角救護班を!」
「馬鹿野郎ジモ出るな!」

ジモの判断は間違っていたものの偶然撃たれなかっただけだった、数十メートル先の建物でスナイパーライフルを片した女は窓のふちから見下ろしており、彼はその目を見つめた時、あまりにも冷たい眼差しに背中が冷えたようだった。

任務に失敗したスペックグルーはその後の後処理に終われるように戦争を続け、結果的にコルタックが着いたカルテル側が勝利を取りスペックグルーはこれ以上は関与できないため撤退することを決めたのだった。

「コルタックの狙撃の悪夢をみたんだって」
「ガスか⋯あぁあれは悪夢だな」
「違う、そういう渾名だアレは」
「渾名?有名なのか」

長い任務を終えてスペックグルーの本部へ戻ってきたジモは装備品を外しつつ深いため息を吐く頃、隣に来た仲間のガスに声をかけられその言葉に疑問を抱いた。

「ウチとコルタックは敵対してるが同じ依頼主から依頼されて手を組むことも多いビジネスパートナーでな、狙撃の悪夢ってのはあいつと対峙したやつ皆が口にするからさ、実際はかわいいお嬢ちゃんだけどな」
「黒髪の短髪のアジア人か」
「顔を見たのに足を撃たれなかったのか?運のいいヤツだな、そうだ、ターゲットや射殺の必要のあるやつ以外"アレ"は絶対に殺しはしない不思議なやつさ」

それだけ腕がいいというのが正しい意見かもしれないが。というガスに随分詳しいものだと感じつつ、あの去り際の冷たい眼差しをジモは忘れることが出来ず負傷しながらも生還した同チームの仲間達が綺麗に足の太ももやふくらはぎを撃たれていたことを思い出してはズボンを脱ぎながら自分の足を自然と撫でてしまう、自分もあぁなっていたのだろうと想像して。

しかしながらあの冷たい目をしたスナイパーはジモが想像した人物像とは遥かに離れていたものであると知ったのは、それから数ヶ月後の任務であった。

まるでスペックグルーとコルタックはニコイチのようだと感じるほど、どこへ行っても何をしていても名前を聞くほどでいっその事経営者が双子や兄弟、または同一人物ではないのかと怪しんでしまうほどであり、時折それは面白い噂話のように流れていた。

「あなたもしかして中国人!?」
「なっ!」
「どこ出身?何期生?どこ所属?どの部隊にいたの?どっ」
「なにするんだ!」

数分前自分たちを狙っていたはずのスナイパーの居所に単身で乗り込んだハズのジモはその相手が彼を見るなり敵対心もなく嬉しそうな顔で彼の手を掴み話しかけてきたことに思わず彼は声を荒らげ、触れてきたその手を振り払った。

黒い髪とくせっ毛のような上向きの前髪がまるで猫のしっぽの様に上機嫌に揺れていると感じるジモの荒らげた声に彼女は落ち込んだように手を離して「ごめんなさい」と呟いた為、まるで彼が悪いことをしたような気持ちになり慌てて「いや俺こそ」というものの、彼女の装備から見ても数分前自分達チームを狙っていたのは間違いがなく調子が崩されてしまった。

別チームからの通信からはターゲットを保護し無事任務が終えたということであり、例え彼女が自分たちを狙ってきていた狙撃手だとしても無駄な殺生をするわけのないジモは彼女に対してどうしたものかと思う頃、彼女は背中に背負ったリュックに食料庫となっていた部屋の中の食料を詰めようとしており、それは見過ごせないとジモが思わず彼女の手首を掴めばその細い腕に思わずジモは内心心臓がなった。

「なにしてるんだ」
「持ち帰ろうと思って、どうせこの辺りに民間人は帰ってこないし、あっほら賞味期限も来月だし」
「やめろ、盗人だぞ全くコルタックの奴ってのはろくでもない奴ってのは本当なんだな」
「そんなことない、全員をそういう目で見るのはやめて」

みんな生きるのに精一杯なだけ。と顔を伏せる彼女にだとしても正当な理由がなく盗みは良くないだろうといえば彼女は視線を逸らして彼の正論に納得する他なく観念したように鞄の中に直した缶詰やお菓子を直した。

「私チャイ、本名はフォン・フーファイ」
「ジモ、本名はウォン・ズーチャンだ」
「出身は?私は上海」
「天津だ、上海だから東部戦区だったんだな、何処の部隊に?」

敵意がないことを理解しそれ以上の争いも不要だと判断してしまえばつい彼女の雰囲気に飲まれてはジモは戦場には似合わない雑談をしてしまう、スコープを覗いていた時や初めて彼女を見た時のあの冷たい眼差しがまるで嘘のように彼女は明るくにこやかで人懐っこい印象を受けており、ジモは久方振りの母国語の心地良さを感じて、思わず彼女に付き合うことにしたのだ。

「陸軍の特殊部隊にいたけど数年前にスカウトを受けてコルタックにいるの、ジモくんは?」
「ジモくん⋯」
「あぁ嫌だった?呼び捨ては馴れ馴れしいと思ったんだけど」
「いやいいよ、俺はロケット軍だったよ、最近スペックグルーに来たばかりで」

あぁだからと納得をした彼女にそんなにも新参面をしているようにみえたのかと思うものの彼女はそうではなく、PMCに所属するとそのうち善悪などというハッキリしたものは以前以上に見えなくなるものだと告げた。

「だとしても俺は自分の信じる道を進みたい」
「素敵な考え方だね、私はお金が貰えるなら何処でもいいの」

もちろん極力人は殺したくないし悪いことをしたくないという彼女は度々家族のことを呟いており、そうした話し方からジモは彼女が根っからの悪人ではないことを察していた。
鞄の中の最後の一缶を棚に戻した彼女はジモに家族の有無を聞いた、独身であり家族になろうと思うパートナーも今はおらず祖母と両親と姉がいる旨を伝えれば彼女は目を輝かせる。

「私の家とは正反対だね、私のとこなんて弟しかいないの」
「へぇお姉ちゃんなのか」
「うん、みんな学生できっと頑張ってる」

このお菓子が好きなんだと話す彼女にジモはその眼差しや柔らかな話し方から彼女が強く家族を想う気持ちを感じては思わず、一つくらいなら持って帰ってもいいのではないのかと甘言を呟いてしまう。
しかしながら彼女は棚に手をつけることはなくジモに振り返り首を横に振っては持ち帰らない旨を伝えた。

「それをするときっとジモくんは後からこの家のものを取った罪悪感を感じると思うからやめておく、あなたの前ではそういうことはしないよ」

きっと彼女は誠実な人間なのかもしれない、彼女の腕であれば殺すことは容易かったがそれをしないことや、そうした人の気持ちに寄り添うことの出来る優しい心の持ち主だと感じたからだ。
その頃丁度彼女の通信機が音を立て仲間から撤退命令を受けていることを聞き、彼女は通信を終えるなり荷物を持ち直しては部屋をあとにする前ふとジモに向き合って両手を広げた、それは抱擁を求める仕草でありジモは驚きたじろぐもののその柔らかな表情はまるで母を思い浮かべてしまい気恥しくも抱き締めた。

「会えてよかった、ありがとう」

それじゃあまたね。

そういって部屋を後にした彼女の温もりを残したジモはふと窓際に立ち寄り外を見た、自分たちを狙っていた側と真逆の道には数多の頭を撃ち抜かれた者たちがいることにジモは僅かばかりに胸を痛めた。
あの時、抱き締めた彼女は少しだけ震えていたように感じ、もう一度会いたいと願わせるのだった。

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