チャイがジモを好きだと感じたのは彼が自分を正当に叱りつけてくれたからだった。
きっとジモからしたらそれは当たり前ことであり、反対に彼女の境遇を知った上でのあの言動の答えを未だ出せずにいることも察してはいた。
一体どれくらい家に帰っていないだろうかと彼女は銀行口座で決まった振込先に決して少なくない振込額を送金してはすぐにポケットに入れていたスマホを取りだして、唯一といっていいほどの連絡先に『送金したよ』と短いメールを送っては安堵する、記帳した通帳を見ては増えては減って減っては増えてと繰り返す事に一体いつになれば開放されるのかと思わず小さなため息をこぼしてしまう。

その頃丁度左手の腕時計が仕事の通知を告げることに彼女は息を飲んだ、綺麗事だけで彼女はこの世が生きていけるほど自分はまともな生き方など出来ないことを理解していた。
二つ返事の了承しては彼女は慌ててATMの傍に停めていた黒いピックアップトラックに乗り込んではラジオをつける、どこもかしこもこの辺りは治安の悪いニュースだと聞き流していればスマホが音を立てた。

「はいチャイです、今本部に向かっています⋯ええ、はい、単独でアフガニスタンですか、分かりました直ぐに用意します」

また遠い場所への任務だと思いつつも彼女が上からの命令に背くことはほとんど無かった、単独任務が与えられる者というのは決まって秘密主義者でありチャイは自分が他人にどのように見られているのかを理解していた。
笑顔を貼り付け偽善者を気取っていても自身は守銭奴であり、穢らわしい人間であると、だからこそジモの潔白を感じる真っ直ぐとした眼差しや心が欲しいと願う。
彼に見られ触れられる度にまるで幼い少女のように浮き足立ってしまう、彼の求めるような眼差しを感じては一層のこと口にしてみたかった。

『愛してるわ、あなた』

その言葉と同時に銃声が響き男が倒れた、すぐ側の女は悲鳴を上げて出ていくもののその背中を撃ち抜いては二人分の死体を適当なクローゼットに引きづり放り込めば人の重たさに痛めた背中を大きく伸ばして部屋を後にして通信機をつけ直す。

「チャイです、ターゲットAを終えました、Bに向かいます」

夜更けのことであり、アメリカから態々アフガニスタンまで運んでもらった愛車を走らせては夜道を歩く恋人たちを見つめる、ちょうどチャイと同い年くらいの男女だった、女は男の腕に甘えるように自分の腕を絡めて抱き締めて、酒の勢いもあるのか楽しそうな声が街灯の下で響く。

「恋人ってどんな感じですか、愛する気持ちは分かるけど恋人ってどんな感じなのか私分からなくて」
「フッ⋯んー!ンッ!」
「あんまり興奮すると息苦しいからやめましょうよ、どうせもうすぐ他のご友人も来るんでしょ?」

薄暗い部屋の中で椅子の上に拘束した男に向かい合って話をする、彼の胸ポケットに入っていたパスケースの中には恋人か妻であろう相手の写真が入っており、とても幸せそうであった。

「お子さんいます?ご両親は?ご兄弟は?家族は?」

私は兄弟が沢山いるんです、家族が大好きです、幸せにしたい。
だからこんなことをするんだと語る彼女はドアがノックされれば足音を潜めて近付き、開けられると同時に入ってきた相手の足に二発撃ち込み、体制を崩した相手の背中を抑え込むように体重をかけて乗り込んですぐに銃声が聞こえ発泡されたことに気付いた彼女はすぐに廊下の奥にいた男をサプレッサー銃で的確に相手の眉間を撃ち抜いた。

一瞬の戦闘であるためか、はたまたこの街の治安として銃声が聞こえることが普通であるからか誰もそれ以上はやってこなかった、両足を撃ち抜かれ腕を簡単に拘束されて背中を取られた男は身動きが出来ずにいたものの彼女が身動ぎしたと同時に唸り声をあげて起き上がり腕を振り上げ彼女の頬を叩きつけると彼女は地面に転がった。
そしてすぐに背中のハンドガンを取り出して彼女に向けるものの先に引き金を引いたのは彼女であり、相手の右肩を撃ち抜いた。

「あぁ痛い口の中切れちゃった、うちのチームでも女の子の顔殴る人なんて⋯」

あっいるわ。と彼女は口を閉ざしつつ先日の任務でケーニヒがターゲットとなる女性と近接戦になった際に容赦なく顔に拳をいれていたと思い出してはあの時の音と痛みを想像して顔を青くさせては直ぐに床に伏した男に腰のポシェットに用意していた拘束具を片手に椅子を用意して招いてやったのだ、大切な話を聞くために。

◇◆◇

どこでもいいと理解していながらも彼女は毎度任務を終えて一時的な休暇を得た時、チャイナタウンに向かうことが自然と身についていた。
母国から離れて数年となるが頻繁に帰れない家が恋しくなるからだと理解しつつもそんな無意義なことをしてしまっている自分に飽きれてしまう、

久方振りのロサンゼルスに車を走らせてきた彼女はチャイナタウンの最寄りのATMに寄っては慣れた手つきで登録した振込先に振込をした、普通の人間ならば当分困らない金であることは理解しており、スマホで預金を見ては顔を薄暗くさせる、この世は金が全てでは無いとしてもそれでも彼女の不安は拭えなかった、もっと働かねばならないのだと胸の内で考えてATMから出ていきチャイナタウンでランチでもと歩き出した。

少し作り物じみているが現地に近い独特の雰囲気のその場所はどこもかしこもアメリカ文化がありつつも自分たちを失わないように自国を残していた。

「あっ、ごめんなさい!」

そう彼女が声を出したのは前方不注意により、角から現れた青年にぶつかったからだった、彼は何も言わずに立ち去ろうと背中を見せることに思わぬ違和感を感じ声を出そうと思うが青年は走り出したことにスリだったかと彼女は完全に気の抜けたことをしていたと思い歩きながらもう居ないだあろうスリの行った方向へ歩けばそこには見知った男性がスリである青年を壁に押さえつけていた。

「その財布お前のじゃないだろ!何処から盗んだんだ!」

響き渡るジモの声に周囲の人間の視線が全て向けられていた、聞き馴染みのある声にチャイはその男性がジモであるとすぐに気付いて二人に駆け寄ろうとすれば、フードを深く被ったスリの青年はジモの手でその素顔を白日の元に晒された。
丁度表通りから離れた裏路地は住居区であり騒ぎを聞いた者たちが興味本位で窓から覗き込んではスリとその被害者と捕まえた者だと気付く、怒鳴りつけるジモの低い声にようやく駆け寄った彼女が「ジモくん」と出来うる限り宥めるような声で話しかければ彼は「チャイ?」と驚いて彼女を見た。

「そのお財布私のなの、返してもらっていい?」
「あぁほら中身はちゃんとあるか確認してくれ、おい、他にとったものは無いのか?」

ジモはきつく青年を壁に押さえつけては相手は短い呻き声をあげることにチャイは慌てて荷物を確認し、財布と携帯に車の鍵だけしか持っていなかった為もう平気であると告げた。
その言葉にジモはようやく青年を解放し、もう二度とするなと告げて去らせようとしたがチャイは「あの」とその青年に声をかけた。

「お人好しすぎる」
「そんなことないよ」
「あいつはお前の財布を盗んだって言うのに50ドルも渡すなんて」
「でもそんな私にご飯奢ってくれるジモくんもお人好しじゃない?」

チャイは運ばれてきた炸醤麺を食べてはジモに苦笑いをして返事をした、向かい側に座るジモも同じく炸醤麺を食べつつも、それとこれとはワケが違うだろうと指摘した。

それもそのはず、チャイは先程自分の財布を盗んだ青年に財布の中にあった50ドルを手渡したのである、フードを被った青年の年は19歳であり、ギャングにもなりきれずにのらりくらりと観光客相手のスリで生計を立てているようであった。

深く言及しない彼女だったがその青年に対してそれなりの金を手渡しては「表通りの黄色い屋根のお店にいるウォンさんのところにいって、チャイの紹介っていえばお皿洗いの交換にご飯食べさせてくれるから」といって解放したのだ。
戸惑いを感じた青年だったが金を受けとり彼女に小さく感謝の言葉を告げてその場を去っていった時、ジモはその甘い考えに呆れを覚えた、彼女の方がずっとこの国や他国での生活や人をみてきておいて、そのような態度をするのかと感じたからである。

「あの子19歳だって、私の弟と同い年だった」
「三番目のだっけか、今どうしてる」
「上海の大学に進学して経済学部だって、今は弁護士事務所のバイトしてるらしいの、働かなくていいけど経験は就職において有利らしいから」

チャイは食事をしつつふと自分の弟を思い浮かべた、全員が素直でかわいい良い弟達で真面目で努力家であった。
彼女の家庭環境を適度に聞いていたジモは彼女が先程のスリの犯人と弟を重ねていることを感じており、だからこそ強くはいえなかった、ジモ自身は彼女ほどでないにしても家族を思う気持ちは強く、そうした彼女の心もまた好きになった要所ではある。
しかしながら財布にあった現金の殆どを与えてやるなどジモには到底考えられないことであり、そうした彼女のお人好しさは戦場においては基本的にはなりを潜めているとしても心配になってしまうのだ。

ちょうどその頃彼女のスマホが震え、彼女はジモに一言を入れつつ電話をとった、食事を取りつつ静かに彼女を眺めてはその変わる表情とそスマホで楽しそうに連絡を取る相手を知っていたジモは普段彼女の浮べる表情とは違うものにいつも感じていた。
いわば自然体であり、普段からにこやかな彼女はまるで張り付いたような笑顔に見えるほどだ、ちょうど食事を終えて水を飲むジモが彼女を待っていたもののその口からは度々ジモの名前が出ていた。

「え〜ジモくんを連れて来いって?来ないよ、別の会社の人だし、ただの友達だよ」

"ただの友達"分かっていても気にはなるワードに思わず眉を寄せていればようやく電話を切った彼女が長電話になったと五分ほどの通話に申し訳ないと詫びを入れて少しだけ伸びた炸醤麺を食べる。

「弟だろ、もう少し話しててよかったのに」
「長くなるし向こうも忙しいから」
「進学に就職にだもんな」
「そうそう、本当八人もいたら永遠に何かしらお祝いごとだよ、入学祝いを考えるのも大変」

バイクが欲しいだとか免許取りたいとか全くと呆れる彼女だがきっとそれを叶えてやることを知っていた、普通の親なら子供に強請られてせいぜい中古の原付を買ってやるだろうが彼女は欲しがるものを極力与える。
初めその環境は相手に良くないと思ったジモだったが、彼女は自分に与えれれなかったものを下の弟達に可能な限りはしてやりたいと願っていた。

◇◆◇

「私今は恋愛できないの⋯っていうか、この先ずっとかも」
「どうしてなんだ」

それはある日の会話だった、家族の話になった時、彼女はジモの姉の話を大層気に入ったもののジモからしてみれば姉は尊敬する存在ではあるがその反面気は強くて少し独裁的で定型的な姉というような存在であった。
昔はよく喧嘩をしたものだが医療事業者を務める四つ上の姉の姿は素直に格好いいと思ったことを打ち明ければ彼女はとても穏やかに「素敵なお姉さんだね」と告げた。

反対に彼女の兄弟は?と問いかけた時、下に八人の弟がおり、全員を無事大学まで卒業させるためにPMCで傭兵として仕事をしているのだと語った。
入軍する人間というのは一定数安定した収入や衣食住を求める者がいる、彼女もその一人であるが八人もを養うとなれば当然一般兵としての活躍では霞ほどにしかならない、年齢や従順に過ごしてつつも彼女は自分の腕を磨き努力を重ねて自分の持ちうる最大の武器として狙撃手として名を轟かせ特殊部隊にまでスカウトを受けた。

「お金が欲しいからコルタックにいる、ここにいたらいい給料が貰えるしそれと別で家族の生活もそれなりに見てくれるから」
「チャイだけが負担を掛けられてるのはまた違うだろ」
「ううん、違うくない、父親も母親もいないのなら年長者が家族を守るべきなの」

どんなことをしていても、どんな結果でも。というように彼女がスコープを覗き込んだその真剣な眼差しはただの狩人だった、通信兵であるジモは彼女と二人で組まされた時、僅かに浮かれたものの彼女の仕事への気持ちや日頃の話を聞いて自分は彼女の一部にはなれないと痛感せざるを得なかった。

「ジモくんにもしいい人が出来たら教えてね、私大きなフルーツバスケットを持ってお祝いしてあげる」
「入院患者じゃないんだ、酒瓶とかだろ普通」
「お酒好きじゃないからあげない、喜ばれるものをあげなきゃダメでしょ」
「それならチャイは何が欲しい」

お金かな?なんてね。と笑った彼女が引き金を引く、数十メートル先で走っていた者が倒れ込む音が聞こえると彼女は立ち上がりあの男が持つデータを取りに行こう告げてその背中に声をかけた。

「きっといつか全部を受け入れる相手が見つかるさ」

それは自分だとは言えなくてもジモは慰めたかった、振り向いた彼女は寂しそうに笑って先を進むのをジモは追いかけたのだった。

◇◆◇

「ご馳走様でした、このご恩は必ず」
「気にしないでくれ、こんなところで会えると思わなかった、家はこの辺りか?」
「ううん、コルタックの基地が家みたいな感じ、任務明けで車で休暇を満喫してて立ち寄っただけなの」
「じゃあまた会えなくなるな」

寂しいと互いに静かに感じた。
数ヶ月に一度偶然任務先で顔を合わせる二人は二年の月日を重ねても連絡をしていなかった、今更聞くのも申し訳なさが相まり告げることの出来ないジモは彼女の車の前に到着しては別れの言葉を口にしようとしたがふと明日の予定を聞けば明日までは休暇であると告げれられる。

「よかったら俺の家に泊まるか?二部屋あるし一応寝る場所もある」

帰らないで欲しいと思いつつもあまりにも下心のあふれた誘い方は自分の中でもどうかと考えるほどであるが口に出たものは仕方ない、戦場や仲間内から冷静で的確な選択を告げるはずの彼は彼女の前でだけは冷静になれずに思ったことを口にしてしまうことがある。
若干驚きを感じつつも彼女は愛車の黒い旧式のピックアップトラックのドアを開けつつもスマホを取りだした。

「泊まるのは出来ないけど、いい加減個人的な連絡先は交換はしたいな、任務先でいつも美味しいお店を見つけても覚えきれずに忘れちゃうから」
「そうだな、俺もそういうのが知りたかったんだ」

お互いに建前でしかないとわかっていても連絡先を交換したかった。
登録された名前をみて、ようやく連絡先を知ることができたと思うジモは彼女を見送っては浮き足立って久方振りの自宅へと向かった。
ちょうど大通りの黄色い屋根の店の中で先程のフードの青年が皿を洗っていたがその眼差しは真剣であり、彼女の人の目を見る目を想像しつつも通り抜けて歩き出す。

その頃窓を開けて車を走らせる彼女はスマホの中に映されたひとつの名前と電話番号、そして電話番号を打ち込んでいた時の彼の顔彼思い出しては微笑みが浮び上がる。
次はいつ彼に会えるのかなんて思いながら、胸の内は暖かくそして少しだけ寂しくも感じるのだった。

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