決して彼女のことを知ったからといって、ジモと彼女の関係が変わることは無かった、一週間に一度程度の頻度で彼女から現在地の写真や食事風景や仲間との写真が送られてくることをジモは密かに楽しみにしていた。
狭い車内は足場が悪いためか随分と揺らされており、斜め前のチュイが酔いそうだという中で本部からの通信で道中よりコルタックの傭兵が数名合流するため協力のもと任務を完了しろとの指示にジモは思わず彼女の顔を思い浮かべる、数日連絡が来ていなかったこともあり期待した彼だったが車が止まると同時に後ろのドアが開き乗り込んできたのは見覚えのある二人組だった。

「チャイじゃなくて悪かったな、あからさまに残念がった顔するなよ」
「別にしてない、というか狭いんだが」
「それは俺の横のデカイのに言ってくれ」

そういったのは先程合流したばかりのコルタックのオペレーターであるホランギであり、彼とは度々任務をこなしたことがあるため気さくに話をしていたがその横、大柄な覆面を被った男、ケーニヒは物静かにただ座っているだけでありジモは何も言わずに仕方がないと言い聞かせる他なかった。

狭い建物内での任務の際にケーニヒのような恐れ知らずの突撃兵がいることは非常に助かるもので、窓も少ない工場地帯の一角で"商売"をしていたカルテル達を殲滅する為に派遣された彼らは次々と部屋を進んでいけば麻薬も密輸もお手の物と言わんばかりに見つかりうんざりする頃、細かなチームに別れて部屋を探索すジモが思わず顔を顰めたのは工場を装った店の最深部にいる存在だった。

「人身売買もしてたのは本当だったんだな、すまないがあの子たちに話しかける役は任せていいか」
「あんたが話しかけたらいいだろ」
「⋯怖がられやすいんだ」

ケーニヒと共に進んでいたジモは怯え部屋の隅に固まるまだ年端もいかない少年少女にできうる限り優しい声で話しかけた、ほとんどがアジア人であり、身なりのいい者から悪い者までそれぞれでジモが救出する旨を伝えれば安心したような表情を見せる中、一人の姉弟が彼の視線を奪った。
アジア人の細い身体をした少女はジモの言葉に安心する子供たちとは違い幼い弟を背にしてじっと警戒する獣のように様子を伺っていた。

それがあの時の話を聞いたことも相まってチャイを重ねてしまったのだ、彼女もずっとあぁして弟達を守ってきたのだろうかと思えばジモはその少女に近付いて中国語で話しかけた。

「チョコレート味は好きか?」

ポケットの中に入れていたプロテインバーを取り出して見せつけるが少女はジモを睨みつけた、言葉が通じないのかと苦笑いをしつつ開封して一欠片割った彼は自分で口に含んでは安全であると教えるように咀嚼した。

「あげるよ、二つあるから食べて待っててくれ、必ず助けてあげるから」

中国語で話をしてみたもののそれが正しかったかは分からない、しかし少女がこくりと頷いて弟に新しいプロテインバーを手渡すのを見ては頬を緩めて見つめてしまう。
しかし丁度敵が戻ってきていることに気付いたジモはその穏やかな空気を直ぐに止めて銃を握る手に力を込めた、ドアで息を潜むて待機する時、向かい側のケーニヒがジモに対して親指を立てた、きっと彼は心優しい男なのだろうとその素顔を知らないものの感じたジモはドアが開くと同時に瞬時に銃の引き金を引いたのだった。

◇◆◇

犠牲者もいなければ大怪我を負うほどのことも無く任務を終えて全員が合流しては、本部から来た救護班や輸送機などで騒がしくなる頃、ジモは仲間達と任務についての話をしていたが、ふとケーニヒに肩を叩かれ何かと思えば十メートルほど先には先程助けた少女が静かにジモをみつめており、特段怪我もないようでよかったと彼が数歩踏み出せば少女はジモに駆け寄り小さな花を差し出した。

「謝謝你救了我,站在正義一邊的哥哥」

膝を着いて少女の目線に合わせたジモは花を受け取る時、少女にそう告げられて呆気がとられたものの、その言葉の温もりを痛感して、彼は嬉しそうに微笑んだ。

「いいんだ、君たちが無事ならそれで」

この世界で救える命は限られていることを彼らは理解している、目の前で失われるものは大人も子供も善人も悪人も関係はなく、全てが理不尽に蹂躙されるだけの世の中なのだ。
ジモは確かにその少女に想い人を重ねたものの去り際にはその事は綺麗に頭から去っていった、ふと足を進めてもう一度振り向けば少女はケーニヒに花を差し出しては感謝の言葉を告げているようでありジモは微笑ましそうにそれを眺めた。

「お疲れさん、ケーニヒと行ってたらしいけど平気だったか?あいつ無茶するだろ」
「いやすごく助かった、お前こそチュイといってたんだろ」
「あぁチャイほどとは言わないけど凄い腕だな」
「まぁ彼は元ロスバケロスだからな」

ジモの元に現れたホランギは軽く挨拶をしつつ自身の迎えが来るのを待っていた、ここ最近はこうした各PMCの補助に回されることが多く小さな任務が多いのだといいつつ彼はマスクを下ろしてタバコに火をつけた。

「チャイの家に行ったんだって?」

どこで聞いたんだと聞きたくなりつつも当然彼女以外から情報が出る訳でもない上に隠すほどでもないためジモは「まぁ⋯」と返事をすれば彼はふぅん。と流しつつジモに爆弾発言をした。

「セックスしたのか」
「は??!!」

ホランギはいたって平然とした態度でいうもののジモは激しい動揺を示した、それはジモにとってそうした話が得意でないことも当然であるが、それ以上に彼が自分と彼女に対して酷い勘違いをしているからであった。
男女が互いの家に行くことをそう受け取るのだとしたらホランギは酷く子供じみていて馬鹿らしいとジモは呆れたもののホランギはサングラスの奥の瞳で様々な言葉が出かけるがジモが悩ましくしているのをみてはタバコの灰を落とした。

「お前らがお互いに悪くないって気持ちを知ってるから聞いただけだ、別にあいつは男の部屋でも気にせず行くタイプだけど自分の部屋に呼びはしないからな」

ますます色々と言いたい言葉が出てきてしまうもののジモは渋々と「何も無かった」と思わず威嚇するような低い声が出てしまう。
そもそもホランギという名の韓国人オペレーターは彼女とはジモ以上に繋がりがある上に仲睦まじいのだ、初めて出会った頃から二人一組といわんばかりにチームを組んで、勿論コンビネーションもよく出来ていた、コルタックが万が一コンビでオペレーターを出すとしたらホランギとチャイは案外簡単に出動させやすい二人組だろう。

「チャイの奴この間愚痴ってきたんだよ」
「なんて!」
「そ、そんなに噛み付くなよ」

ホランギの声に被せて身体を寄せて伺うジモに若干驚きつつもやはり悩みは杞憂であるのかとホランギは感じた。
数ヶ月前の任務から戻って以降、彼女の調子が良くなかったことからホランギは近場でよく行くパブに連れ出して相談に乗ってやったのだ。

◇◆◇

『ジモくんに嫌われたかも』

その一言にホランギはまたいつものことかと呆れた、チャイが毎度悩むのはジモの事ばかり、どんな難しい依頼や任務でも真剣な顔で作戦を確認した後にすぐに笑顔に戻るような女だ、アジア人で女である彼女は時折新人や酔った連中にからかわれることもあるが大抵笑って流すか力で教えてやった。
そうした彼女を兄妹のごとく理解しているホランギはここ数日酷く落ち込み、そのうちキノコでも生えてきそうな落ち込み具合の彼女にさすがに彼の良心が刺激され、どうしたものかと話を聞いてやったのが事の発端だった。

偶然とはいえ母国で顔を合わせた彼を実家に連れ込んだ際の記憶を当然持っていた彼女はあの日のことを少なからず悔いていた。
弟とジモがベランダでしていた会話内容は声こそ聞こえなかったものの、彼らの唇の動きをみれば何を話しているのかチャイにはわかってしまい無駄な能力をこんな所でと彼女は後悔しつつ寝たフリもやめてベランダに出てはジモに話をしたのだ。

それは彼を信頼しており彼に全てを知ってほしいと願ったからで、それ程までにも彼女は彼を好いていた、軽蔑されようと逃げられてしまおうと自分の生き方を知って欲しい、建前は悪い言い方をしていても理想では彼が受け入れてくれたらいいと願っていた。
酷くずるい人間だと自分でも理解していながら彼に同情で構わないから優しくされたいと思った。

実際ジモは彼女の話を聞いた上で全てを受けいれてくれた。
御伽噺のお姫様にはなれないことを知っていたからこそ、ジモに助けてもらいたいと思う気持ちが極わずかに存在するが助けてもらえるわけが無いことを理解していた、現実は非情で私利私欲でしか人は動かない、そこにほんの少しの情が出てくる場合もあるが、かつて自分を救った男は少女を買うことの罪悪感であるならジモは⋯

「それでアイツに話しちまったのか」
「酔ってたんだよ、家に来てたし⋯ちょっといいかもって」
「酔っててそう思うくせに抱かれなかったのかよ」
「ジモ!くんは!そう!いう!の!じゃ!な、い、でしょ!!」

あまりにも悩ましくする彼女を基地近くのパブに連れ出して話を聞いていたホランギは適当に半分冗談をいえばチャイはホランギを軽い力でビシバシと何度も殴った、彼は冗談交じりに謝罪をする姿に周りはきっと仲のいい兄妹程度に思っているだろう。

薄暗い顔をしてジモに全てを打ち明けてしまったことを今更後悔している。という彼女にホランギはあの男なら彼女の話を聞いたからと簡単に日和るものかと呆れてしまうが彼女は他人に自分の全てを伝えたことは無かったため不安でしかなかった。
ただの一人にも自分の全てを教えてこなかったチャイにとって物理的にも距離の開いたジモとの関係で話してよかったのかとあれから時間を重ねても頭の中で回り続けているのだ。

「あいつがそういう男じゃないって分かってたから話したんだろ」

ホランギはチャイと出会ったのはコルタックに来てすぐだった、ちょうど同じ頃にスカウトされた身であるホランギは軍人への道へ進んだのは闇金から逃げる為だった、チャイと反対に家族や兄弟も顧みずに逃げ出したホランギは彼女を立派ではあるが世間知らずの娘だとも感じていた。
けれど時間を重ね他の者よりもずっと長く時間を過ごせば彼女の良い所を知っていった、だからこそ家族のように世話を妬いてしまうのだ。

「そうあればいいと思ってるだけで実際のところ不安だよ」

彼はチャイの過去を知らなかった、けれど身寄りもない幼い少女がさらに幼い子を何人も養う為に金を稼ぐ手っ取り早い方法など簡単に頭に浮かんだ、詳細は知らずとも彼女の話しからしても間違いではないのだろうと思いつつホランギは机に伏す彼女の頭を撫でた、柔らかく痛みのない髪は綺麗だと思いつつも彼女が髪を自分で切るのも染めないのも支給品の服しか着ない理由も知っていた。
年相応の普通の女性ができること全てを投げ捨てて彼女はこの世界で生きているのだからホランギは彼女のボロボロのシューズをみつめる。

「そんなに不安に思うならそんな気持ち捨てたらいい、お前のことを大切に思う男だって他にいるかもしれないだろ」

どうしてジモに惚れたんだ。
ホランギは聞きたかった、男女が共に過ごしてきて僅かながらにも情が湧くのは当然だった、別の国だとしてもチャイの見た目や中身を彼は悪くないと思ってきた、結局のところはほんの少しの下心だ。

けれど彼女が男に依存するようなタイプでないことは理解していた。
それまで気丈に生きてきた彼女だからこそホランギはそう呟いてしまっていたのだ、顔を上げた彼女は酒に飲まれた様子もなく静かに見つめ返してホランギの手を払いのけた、それは互いの関係を告げるようであり彼はそれを理解していた。

「捨てたくない、私⋯ジモくんが好きなの、大好きなの」

触れられたい、キスがしたい、そんなチープなものではない、彼女の好きという感情は家族に向けるような深い切れない思いなのであるとホランギは知っていた。
彼女がジモの話をする時の花の咲いたような笑顔も、弓を張るような声も、薄桃のように血色のいい肌も、きっと誰も再現出来ないのだ、彼女が時折呟くウォンという上官でもだ。
ジモを好きになる理由は理解できた、ホランギからしてみればあの男は清廉潔白にみえるからで、彼女を叱り付けられる生き方をしてきた男なのだから。

「それならその気持ちのまま今まで通り過ごしたらいい、あいつだってきっとお前のこと」
「でも⋯」
「悪く思ってないだろ」
「だって⋯」
「なんだよお前普段馬鹿面で『ジモくん♡』っていう癖に!でもでもだっては万国共通で嫌われてんだぞ!はっきり言え!」

流石にむかっ腹が立つとホランギは目の前の女に向けてテーブルを強く叩いて腹から声を出せといえば、テーブルに再度突っ伏していた彼女の顔が上がり泣きそうな声で呟いた。

「連絡全然来ないんだもん」
「⋯もう知らねぇ」

◇◆◇

全くバカバカしかったと今考えても思う。

「それでチャイはなんて?」

胸ぐらを掴まんとばかりの血気迫る表情で問いかけるジモにホランギは連絡が来ないことを嘆いている旨を伝えればジモは目を丸くして、連絡はしていると告げる。
ホランギはそうしたことに鈍感ではない、大抵こうした男女の犬も食わない言い分はどちらかの意見が間違っている、特にホランギは恋人に対してそれなりに細かく気配りをするタイプだ、だが目の前の男はどうだ?連絡先を交換したのも比較的最近であり、基本的に受け身な姿勢が多い。

「スマホ出せ」

ジモは若干驚きプライバシーの塊であるその端末を手渡すのを酷く躊躇した、特にこのホランギをジモはある種の恋敵に近いものを感じていた。
二人の仲がとても良く彼女曰く兄弟のようなものだとは散々聞かされているものの男女の友情を信じられないジモにとって危険分子でしかないのだ、実際ホランギが彼女をそれなりに良く思う気持ちがあること自体ジモは気付いてはいないとしても同じ男として本能が黄色ランプで告げるのだから仕方がないことだろう。

「チャイのことが気になるんだろ」
「う"っ」
「どうせ大体は予想してる通りだけど変なことしないからメールの中身みせてみろって」

凡そ一分半ほどジモは悩んだ後に自身のプライベート用のスマホのロックを解除してはホランギに見せた、そこにはホランギからしてみれば信じられないものであり、険しい顔でみつめてくるジモを見つめかえした。

「お前本気か」

そこには9割がチャイからの連絡であり、それも頻度は高くは無いものの返事はまちまちな状態だった。
返事を送っているもの自体はとても早いがジモの返事はとても質素で愛想の欠けらも無く、これが好いた者同士の連絡だとしたら頭を抱える程である。

「全然話しかけてないな」
「してるだろ」

何処?ここ!とスクロールして見せられた文章は確かに他のメッセージよりも随分と長いものであるが、どう見ても任務に関係するものだった。
ふとジモをみれば彼は何処か誇らしげな表情であるためホランギはもうダメだと深いため息をついた、全くどうしてこんな男がと言いたい気持ちがありつつもチャイの気持ちを否定するのは良くないと深いため息を零しつつ、もう少し彼女のようにフランクに返事をしてやればいいと、まるで父親のような質素な返事のメッセージの返事にアドバイスをしてみればホランギの持つジモのスマホが震えた。

『こんにちはジモくん、今任務帰り、そっちはどう?』

在り来りな彼女の連絡にホランギは噂をすればなんとやらな。というように来た為返事をするようにサングラス越しの瞳で目配せをして向ければジモはワンフリックほどした後に送信ボタンを押そうとする為慌てて手を止めて確認したそこには、

『任務だったが今終えた』

それだけでありホランギはそれを読み終えると同時にジモの頬を思わず平手打ちしたものの条件反射のごとくジモはホランギに拳を飛ばしては二人は騒ぎ立てる頃、迎えが来たのかケーニヒとチュイが慌てて揉め合う二人の間に入ったものの内容を聞いた後にジモのメッセージを確認してはこれは無いだろうと冷めた目で見つめた。

「まず初めに愛しい君へ。だろ」
「違う俺のキティの方がいい」
「それ以前の問題だろ」
「あぁくそもう五月蝿い!早く帰れよ!」

まるで子供のようにじゃれ合う彼らにちょうどヘリが到着し、ジモはホランギの背中を蹴って追い出した、開いた搭乗口に乗り込むホランギは本当に困ったヤツらだと呆れつつも無事に返事をしてくれることを祈りつつ席に座れば忙しなくヘリが動き出したのだった。
深い溜息をこぼしてタバコに火を点けようとすれば誰かのスマホが音を立て、その音に視線を向ければそこにはチャイがケーニヒの横に腰掛けていた。

「お疲れ様ホランギ、ケーニヒさん、いやぁ任務地がスグそこだったから一緒に回収にしてもらったの、待たせてごめんねッッッいだい!」

ホランギはシートベルトもせずに動き始めたヘリの中で立ち上がり呑気な女の頭を軽く小突いた、そうだ、彼からしてみればチャイなど所詮はケツの青い小娘でしかないのだ。
任務詳細を互いに知らなかったものの、そんな偶然もあるものかと呆れつつ先に任務が終わったなら手伝いに来いといってヘッドロックを甘く掛けてやれば彼女の小さな悲鳴があがるもののケーニヒは止めることはなく穏やかに見つめた。

ふと騒がしい中、浮いたスマホの通知音が鳴るとチャイは慌てて取り出したことからホランギはジモからだと確信を抱き彼女のスマホを取り上げてメッセージアプリを起動しては確認した。

『こっちも今終わった、怪我はしてないか?最近会えてないからまた任務地やそれ以外でも会えるのを楽しみにしてる』

まぁ悪くないとホランギは軽く操作して送信ボタンを押してはチャイに投げ返してやれば彼女は確認した後にホランギの背中に声を上げた。

「なにが65点なのよ!」

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