いつかこうなってしまう未来を見ていた。
大昔ある日の仕事終わりに路地裏にいた占い師の女性に、幸せになるには難しい人相だと言われた時の顔はきっと酷く冷たかったからかもしれないとその時思ったが、きっと運命は明確に決まっていたのだ、生まれた時から。

「チャイ!!チャイ!!クソッ!!医療班呼んでこい!!今すぐだよ!!」
「人手がない?いいから来てくれ負傷者だ!脈も弱い!」

あぁ私酷いお姉ちゃんだ。

彼女がそう思って意識を手放した時、空は酷く青く美しかった、死ぬ時に見る景色が美しいだなんてこんなに幸福なことは無いだろう。
だって薄暗い天井しか見てこなかったから、この空の下に彼もまたいるのだと思うと妙に頭の中は冷静になって後悔が溢れた。

「ズーチャン⋯」

彼の名前の音がやはり好きだと思うと同時に意識が途絶えた、身体は燃えるように熱かった。


◇◆◇


あれから約一年が経過した、姉の結婚も当然終えてジモは近頃比較的大人しい任務や、その機械への技術の高さから求められる仕事であり、穏やかな日々だともジモは感じられた。
近頃は各国の戦争や内戦は僅かに休息期間ともなっていたのか落ち着きを感じられ、そうなると彼は無意識にスマホを開いては通知の来ていない画面に溜息をこぼす。

チャイからの連絡がここ数ヶ月、完全に途絶えていた、ジモから送った連絡もも帰ってこず、けれど彼女の仕事内容からして数ヶ月連絡が取れないことは可能性としては有り得て、コルタックについて知り合いに聞いてみたところ近頃は忙しなく、腕の立つ者は全員激戦地へ行っているそうで数ヶ月は帰ってきていないと情報を得た為、その中に彼女もいるのだろうと思ったのだ。

「はぁ⋯本当に面倒な奴だな」

呆れてしまうとジモは自宅に帰ってきて自身の装備品となるパソコンや機材の手入れを行いつつ自分の女々しさや面倒くささに心底ウンザリしていた。
よく仲間内で恋人からの頻繁な連絡にウンザリしている者もいるが、完全に今の彼は女側だと自分で思いつつも頻繁に来ていた彼女からの連絡が途絶えてしまうのは恋しいものだった。

『今日は任務の関係で香港にいる、そっちは?』
『前行った店の新メニューだって』
『仲間と飲みに行ってた、またいこう』

そうならんだ自分から送信したメッセージにはスタンプのひとつや既読のひとつも帰ってこず、彼はベッドの上に寝転がっては画面をタップしていた。

最近どうだ? 削除
元気にしてるか? 削除
連絡がほしい 削除

打ち込んでは削除を繰り返すこと数分、やはりうまい言葉は出てこずにスマホを片手にベランダに出て空を見つめた彼はふと写真を撮って彼女に送った。

『月が綺麗だ、そっちの月は?』

写真と共に送ったメッセージは直ぐに既読が付けられたものの返事は一時間が経過しても翌日になっても帰ってこず、ジモは翌朝目覚めて画面を見ては頭を悩ませた。
ただ一言だけでも彼女からの連絡が欲しいと思いつつもそれは叶わない、所詮は二人の関係はこの程度でしかないのだと痛感しながら彼は朝食を終えてはランニングウェアに着替え黒いキャップを被り外に出た。

ロサンゼルスの朝のランニングコースには程よい人が走っていた、ジモはイヤホンもせず早朝六時、太陽が出ていたばかりの少し明るくなった空の下で無我夢中に走り続けることが好きだった。
なにかに熱中するのを趣味だと言うのなら彼は機械全般が幼少期から身近にあることから機械を弄ることを趣味と言えるのかもしれないがしっくりと来なかった、ともなれば彼の趣味は自分を鍛え上げることで筋トレが趣味かもしれないがそれを口にするのも気恥しいような気もして、やはり無趣味を通すしか無かった。

そう考えてしまうと彼女の趣味は何かと思った、スペックグルーに所属しているチュイの趣味はダーツで、グロムスコは登山、ガスは酒と釣りだったとよく組むチームメンバーのことを思い浮かべて彼女の趣味はと戻る。
特段なにかに特別執着することもなさそうな彼女の特技は射撃だが趣味とは程遠く彼女の仲間や普段の連絡や様子から見て娯楽も程よく楽しみ、インドアよりアウトドア派であろうことは伺える。

気付けば海側まで来ていたジモはビーチ沿いのそのランニングコースは案外様々な人種が走っており、ふと前から来るフードにマスク姿の男に視線を奪われた、身に覚えのある男とバチリと視線が合えば相手も足を止めてジモをみつめた。

「コルタックの」
「ジモか⋯こんな所で会うとはな」
「お前こそ」
「俺はこの辺りだからな、お前はチャイナタウンの方か」

足を止めた男がフードを下ろしてイヤホンを外した、目の前の男はコルタックに所属している彼女とよくチームを組んでいる"オニ"であった。
日本人の彼は流暢な英語を使いつつも去っていこうとするのをジモは慌てて止めて問題がなければ朝食をと誘った、それは当然彼女について聞きたいことがあるからでオニは若干悩ましい表情を浮かべた後に二つ返事の了承をして慣れたようにジモをカフェに連れていった。

「チャイのことを聞きたいのか」

セルフサービスのカフェで注文したものを受け取った彼らは表のテラス席に腰掛けてコーヒーを飲んでいた、座ってすぐに飛んできたオニの問いかけにジモはそんなにも自分がわかりやすいのかと思いつつも、彼がコルタックの者に話し掛ける事の6割が彼女についてのことであり、任務もないプライベートで話しかけてくるとなれば9割に跳ね上がるのだとジモは気付いていなかった。

ミルクを二つ入れたオニはマドラーで真っ黒な液体を柔らかいミルクカラーになるまで混ぜつつも口篭った様子であり、やはり何かを隠しているのだと理解するがオニは間を置いて素直に彼女は前回の任務の際に負傷していることを告げた。

「骨も何本か折れたせいで入院中だ、確かワシントンだが行かない方がいいだろう」
「俺が部外者だからか」
「チャイはお前の事を深く慕っている、だが連絡をしてこないということは何か理由があるんじゃないか」
「俺が役に立たないからだろ」

ジモは自分が無力であることを知っている、同じ組織で働いている訳でもなく、彼女を深く知っている訳でもない、過ごしてきた時間で彼らに敵うわけもない、けれど穏やな時間を過ごしたのは確かであり彼女の信頼はあったのでは無いのかと思った、しかし彼女は答えが違ったようであることが悔しいと感じた。

「会ってもいいが彼女はお前を拒絶するだろう」

それでもいいなら⋯とオニは彼に病院と病室を教えた為ジモは飛行機に乗り込んだ、出立前にスマホを開き彼女とのメッセージ内容を見返すが既読はついているものの返事はなかった。

『今から行く』

それだけを送信したジモはスマホの電源を落としてはシートベルトを締め直して目を閉じた、どんな結果であろうと顔を合わせない方がずっと後悔してしまいそうだったから。

◇◆◇

空港から病院までタクシーで移動したジモはワシントンの中でも最大級を誇る大きさの病院に到着しては受付に向かい、受付担当の女性は部屋番号を確認するなり僅かに顔を険しくさせたもののジモは家族だと告げれば納得したようにすぐに通した。

個室棟は酷く静かであり見舞いのシールを胸に貼ったジモは念の為にと見舞い品に花と果物のセットとなった籠を手に彼女の名前が表札にあるのを確認して、白いドアを開いた。

「も〜ホランギ遅いってば、今週の漫画買ってきて⋯」
「チャイ⋯」

部屋の奥にある大きなベッドに寝そべった彼女は笑いかけて振り向いたがその視線の先に求めた人物と違う相手がいたことに目を丸くして驚いては慌てて足元のシーツを手繰り寄せて身体を縮めて姿を隠した。

右足には太いギブスが巻かれて足の高さを固定されているのは当然であるがジモが驚いたのは彼女の素顔だった、籠を客人用の机の上に置いては慌てて駆け寄り彼女のシーツを剥がそうとするが彼女は強い拒絶をした。

「怪我をしたって聞いたんだ、何があった、どうして教えてくれなかったんだ、すごく心配してずっと連絡も帰ってこないから」
「か、帰って⋯」
「任務で怪我したんだろ?聞いたよ、でも俺もここまでなら全然来られるから手伝いくらいは」
「帰って!!」

白い部屋の中に響いたのは聞いたこともない彼女の声だった、ジモは目を丸くするが彼女はシーツから僅かに顔を出せば彼女の顔の左側は火傷をしたものとなり、顔も酷い負傷をしていたのか鼻にも小さな固定がされており、薄く見えた首筋にも包帯が巻かれていた。
ジモは思わず手を伸ばして彼女に触れようとするが突如ドアが開き男が一人その部屋に入ってきてはジモを見るなり一度足を止めた。

「漫画売り切れてたぞ、そろそろ時間だしリハビリ行くか?」
「うん」

しかしサングラス姿の男は手馴れたように彼女を抱き上げて傍に置いていた車椅子に乗せてやり部屋を出る直前ジモをみつめた、彼女はジモと目を合わせることは無くその場を後にしてしまい彼はベッドの上に力なく腰掛けては頭を抱えた、所詮彼は無力でしかないと痛感しながら。

空は雲ひとつない青空でありジモは風に打たれては屋上でタバコを吸う男の隣に立った、彼はジモに気付くなり胸ポケットのタバコを差し出すがジモはそれを拒絶した。
二人は何も言わずに外を見つめた、巨大な病院の屋上からでは地面は遠く見えないと感じるほどで院内の中庭は上から見ても美しいほど花が咲き誇っていた、灰を落としたホランギはジモになぜ来たのかと問いかけてはオニに教えてもらったこと、数ヶ月の連絡がなかったことを伝えた。

「前回の任務で酷い失敗をして、チャイは捕まってたんだよ、数日間」

彼の返答にホランギは深いため息をついて屋上の柵にもたれかかって、前回の任務において彼女が失敗した件についての詳細を苦し紛れに教えてやった。


◇◆◇


元よりチャイに与えられる任務は少数精鋭かつ殺害任務ばかりであった、人に与えられる任務というのはその者に見合ったものであるため射撃の腕が世界中でも稀に見る才能を持つ彼女には適任の任務であるだろう。
なんて事ない、いつも通りの任務であったはずだった、とある中国マフィア勢力の一部一掃であり、誘拐や人身売買に薬物の売買など行っていたその組織による中国政府有力議員の娘の拉致があったのだった。
事件詳細は語られなかったものの、裏金で繋がりあっていた議員とマフィアの双方の意見相違から起きた今回の事件に派遣されたチャイにとって、任務の内容は対してどうでもよかった。

チャイは他の仲間達と三名で行動をしており、三班に別れたチームはそれぞれが任務を遂行しようとする中、別チームのミスが起き激しい銃撃戦となった。
特段銃撃戦になろうと相手の数も知っていた彼らはそこに居た連中を一掃する事は普段からよくある任務だと思った、しかしながらミスが生じたのはチャイからだった、戦況が厳しく後ろに引いていく中、爆弾を持った人物により全員が傷を負った。

「こ⋯こちら、オメガ、チーム負傷者が⋯」

そして一人生き延びた彼女は見せしめの様に連れられ、数々の拷問を受けることとなった。
ホランギやオニが任務に派遣されたのは凡そ72時間後が経過する頃であり生存は低いともされていた、しかしながらコルタックのオペレーターの中でも特に先鋭が参加したのはチャイが生存しているから可能性を信じてであった、死亡したと当初思われた彼女からの通信が再度コルタックに届き本来の目的である議員の娘も生存していることとなり任務の続行がされた。

「俺達が現場に行った時、どうしてアイツがミスしたのかわかったんだ」
「何故だ、人質か?」
「違う、相手は全員ガキだった」

しかも中国人の子供。
その言葉にジモは顔を俯かせた、数々の任務をこなす中、子供が銃を持つ場面を幾度も目にしてきたものの、それは東南アジアが多いものでジモは万が一自国の幼い子供から銃を突きつけられた時、動揺をしないかと問われればしてしまうと感じた。

「奴らは裕福そうな家庭の子供を誘拐し、貧民街の子供を買ってたんだ、子供は従順だからな」

大人と違い生き方も知らない子供は衣食住を与えるだけで簡単に信じて命を張る、もちろん国に関係なく子供を手にかけることは大人に手をかけるよりもずっと苦しいものであった。
そうして任務がようやく達成される頃、見つけた彼女の姿は初めの爆発とは別に付けられた傷跡が多かった、遊びのように殴られ骨を折られ火で焼かれた彼女を見た時の衝撃を忘れることは無いだろう。

『チャイ、すぐに救護班が来るからもう安心しろよ』
『ホラ、ンギ?』
『待たせて悪かったな、よく頑張った』

鼻が折れて血が詰まった彼女は息もできない様であり、応急処置を仲間たちで施しつつ救護ヘリが来るのを待機している時、彼女はなけなしの力でホランギの服の裾を引っ張り声を掛けた。

『ジ、モくん、に、いわ、ないで』

泣きそうな声でいった彼女の言葉をホランギは忘れられなかった、優しくその手をとって頷いた時、守ってやりたいと思ったのだ、仲間として。


◇◆◇


「チャイは妊娠してた」

ホランギは平然とした態度でそう言って二本目のタバコに火をつけた、その言葉にジモは鈍器で頭を殴られたような衝撃を感じながら思わずホランギの襟首を掴んで彼を見上げた。
サングラスのズレた場所から覗く彼の瞳は変わらず平静を保っており、ジモを静かに見下ろしたもののタバコに火をつける彼の指先は僅かに震えていた、数日間で受けた彼女の傷は未だ癒えることはなく悪夢となっていた。

「四週目だったから直ぐに流れたけどな、あいつが受けた傷はもう外傷的なものじゃないんだよ」
「俺に出来ることは何もないのか」
「何も無い」

悔しそうにホランギの胸に顔を埋めたジモは思わず彼の胸を叩いたがホランギはジモの気持ちが痛いほどわかりながらも、チャイの気持ちも理解していた、時が心を癒してくれるのかと問われてしまうとそれに答えることは出来ない。

戦場において男性以上の屈辱を女性が受けることははるか昔から、まるでそれが決まり事のように理解されていた、ジモもホランギも数多の戦地を見てきた、その中で彼女よりも酷い目にあった女性たちを見てきたこともあった、もちろん胸は傷んだものの彼女が傷付いたものとは訳が違うからこそ彼らは彼女の痛みを見た時、無気力感に晒される。

スマホのアラームがなると同時にホランギはチャイのリハビリ時間が終わったので迎えに行くと告げた、明日は来られないことを伝えて彼はタバコを地面に捨てて靴の裏ですり潰してその場を後にした。

残されたジモは屋上の頑丈なフェンスを掴んで叫んだ。
この理不尽な世界が憎らしくて。
自分が何処までも無力で無関係な人間であることを痛感して。

空は雲ひとつない青空だった、あの日彼女がみた空のように。

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