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「世界戦が決まった」

誰の?と全員が会長を見つめた、今のメンバーで可能性があれば鷹村・一歩・たづなの3人だ
そしてゆっくりと会長の指がたづなに向けられる

「WBC女子バンタム級のじゃ」
「えっ」
「試合は2ヶ月後両国国技館で」

あまりにも実感が湧かないとたづなは目を丸くしていた
前座には木村と青木の試合もあるとの事でさらに緊張感が溢れる、女子と言えど世界戦になれば国中が注目を集める、たづなは緊張感を感じながらも自身の中に溢れんばかりの興奮をかみ締めて隣に立つ鷹村を見上げた

「ようやく来る気になったか」
「必ず並びます」

到底彼に及ばないのは分かっている、けれども世界という場所に並ぶのは同じだった
約2ヶ月もいう期間、たづなには減量というものはさしてない為練習に打ち込むことが出来た、相手は主にガチガチのインファイターでありその力強さはビデオで見てもわかるほどであり
男女共同試合などというエンターテイメントの場でありながらも王者は男をリングの上に這いつくばらせて言った

『弱い男に価値は無い』

なんとも勇ましい女性だった
たづなのような1本の絹のように美しい漆黒のポニーテールがリングの上に踊るように揺れる、パワーだけではないというのがその選手の足の動きを見てわかる

「そんなにみたって何も変わりゃしねぇだろう」
「でも、見なきゃ分からないですから」
「お前と似たようなファイターだ、真っ向に殴るしかねぇよ」
「ちょ、ちょっと鷹村さん私まだビデオみてます」
「恋人の家に来てんだ、色気ねぇこと言ってんじゃねぇよ」
「もう、あっ、ちょっと」

ビデオの再生を止められてそのまま敷きっぱなしの布団に押し倒される、髪型が崩された彼はいつだってどことなく色っぽくて胸が高鳴る
優しく彼の指が頬を撫でて言う

「オレ様の女だ、負けるはずがねぇ」

その言葉だけでたづなは本当に勝てる気すらできた
WBC女子フライ級世界王者エリザベス・ホース
"暴れ馬ワイルドホースの異名を持つ彼女の姿はそれはもうその渾名に引けを取らないほどの暴れぶりで、相手の返り血で自分もリングも汚れることは多々あるほどだった
女子ボクシングの人気こそ全体数で見れば少ないというのに彼女の試合の過激ぶりは全世界を夢中にさせた

夜中目を覚まして数時間前の行為による身体の倦怠感を感じながら横に眠る恋人を起こさないように静かにビデオを見返す
中々海外の試合を日本で放送することは少ないため数少ない貴重なビデオが擦り切れそうな程見なくてはならない

23戦23勝23KO 並大抵の戦歴でないのはわかる
とはいえたづなも 13戦13勝10KO 国内とはいえ子の記録は中々のものだと自負しているつもりだ、約3年の中で随分と試合数が多く経験も増えたその間にも鷹村はベルトを3度手にして到底追いつける様子ではなかった

「絶対並びますから…もう少しだけ待っててくださいね」

彼の柔らかい髪を撫でてたづなは鷹村に向かって微笑んだ
そして朝早くに起きる彼よりも先に起きて家を出た、もうこの人には甘えられないと決意して練習に打ち込んだ
鷹村も執拗にたづなに絡むことはなく、彼女の背中を見守った
世界戦となれば普段よりもスパーも多く、他所のジムの手助けもしてもらった、日本人女子の世界王者はここ数年居なかった男子同様に世界王者になり日本のボクシング界を大いに盛り上げてくれるだろう
12月の国技館での試合、まるでそれは鷹村を思い出してしまう

試合の前日、計量と会見のあるその日、公開計量としてたづなはスポーツブラにショートパンツ姿で簡単に計量をパスした
そして直ぐに待機していた王者がコートを脱ぎ体重計にあがる、その体の仕上がりには思わず息を飲んでしまう
チャンピオン計量パスです、と一言声が出ても彼女の顔色は変わらない、すぐに会見はあるもののその前の写真として2人で握手をすれば彼女の目がたづなを睨む

「是非よろしくポニーちゃん」
「えっ、はい」

挨拶を交しすぐに会見の準備にと2人は控え室に戻る
たづなは鷹村に世界戦祝いとして渡されたパンツスーツに身を包むが真っ赤なスーツはまるで挑戦者とは思えずに申し訳なくなってしまう、だがしかしそれもまた挑発的でいいかもしれないという彼女のコーディネーターのようにいつからかなってしまった八木に言われ渋々と納得しまう
そして時間がやってきて、会見場にたづなとセコンドの会長が席につき同じく王者エリザベス・ホースとそのセコンドの男性が席に座った

【では挑戦者からコメントを】

「世界戦に出られる事は大変光栄です、簡単にはベルトを取ることは出来ないと思っていますが負ける気もありません、必ずこの手で勝利と頂点を見てみたいと思います」

【チャンピオンからも一言お願いします】

「まだ若いポニーを殺すのは大変心痛いけれど、ボクシングの本質を教えようと思います、私は決して日本人を舐めないブライアンホークのようにはならない」

【ブライアンホークといえば鷹村守選手に敗れましたがなにか思い入れが?】

突如彼女の口からでた男の言葉にたづなだけでなく会場の人間が気にして見つめてしまう、セコンドの男性は余計なことを言わなくてもいいと止めようとしているが彼女はそんなことは気にせずに通訳者に伝えろといった
通訳者は少し困った顔をして翻訳する

「ホークは私の尊敬する選手であり最愛の人です、それを壊した日本人に負けたくはありません…さらに彼女は鷹村選手の"女"なのですから、負けることは許されません、決して」

【馬上選手このことについてなにか?】

呆気を取られてしまい彼女の強い瞳を見つめていればたづなに次はインタビューが回ってくる、会長に軽く小突かれようやく気付いたたづなはマイクを片手に席を立って伝える

「私が鷹村さんの彼女とか関係なく戦ってください、私はただ日本人女性の大和魂を見せるだけです、そしてそのベルトを大切な人へのクリスマスプレゼントにするだけですから」

そう伝えれば記者たちは酷く盛り上がりを見せて最後に握手をする2人にシャッターが炊かれた
夕方になればどこのスポーツ新聞もその件についてであり

"暴れ馬ワイルドホースvs蹄の日本女王"
"クリスマスに微笑むのはどちらか"

なんてマスコミは早速面白おかしくいうばかりでたづなは溜息を零しながら過ごし慣れた鷹村の家に久しぶりに来ていた
夕飯も食べ終わり、風呂も終えて2人は狭い1人用の布団の中に潜っており、彼の大きな腕に抱き締められていた

「お前も肝が座っていいコメントが出来るようになったな」
「そうですか?すごく緊張しましたよ」
「まぁオレ様の女だからあれくらい当然だ」
「私、勝てたら…その、守さんに言いたいことがあるんですけど」
「なんだ」
「今じゃなくて勝たなきゃ言いません」
「…焦らしやがって」

そういって彼は楽しそうに服に手を入れる、決してそういうことをしないとわかっていても手を拒絶してみつめれば彼は優しく笑って唇にキスを落とした

「絶対に勝てよ」



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