1.入門します



3月中旬、寒さは少しずつ落ち着きを取り戻し防寒具を無くても人々は過ごせるほどの季節にはなった
ミットやパンチングボールやサンドバックの殴る音、シャドウをして空を斬る音、軽やかな足取りで鳴る少し高い床の音、様々な音がその場所には集まっていた
男達ばかりのその場所をセーラー服を着た少女がドアを開けた

「初めまして馬上たづなと申します、鴨川会長は居られますか」

キリッとした眉毛に切れ長な瞳と長いまつ毛、その場所には似つかわしい少女のセーラー服の胸ポケットには花が飾られて手には卒業証書の入っているであろう筒があった

「えーっと、どちら様ですか?」
「入門希望者です」

初めに声をかけたのはこのジムの看板の1人、幕之内一歩だった
思わぬ少女の言葉に目を丸くすれば彼女は冗談で言っているつもりは無いと言った真剣な顔をしていた、冷やかしでないのは分かったがどうしたものかと思いつつ事務所に通せばそこにはトレーナーの八木がいた

「あれ一歩くんどうしたの?その子は?」
「えぇっと」
「入門希望です、馬上たづなと申します鴨川会長にお話しに来ました」
「えぇ!?入門希望?参ったなぁ…いやでも断る理由もウチはないし…でもなぁ」
「そちらも含めて会長さんとお話をさせていただけませんか」
「うーん、分かったよでもいい返事が出せなくても納得してね、もう時期帰ってくるからお茶でも飲んでてよ」

柔らかい八木の言葉に一歩は胸を撫で下ろした
事務所から出れば全員の視線はやはり事務所側だった、そりゃあ女性が来ること自体珍しいがそれが入門となれば尚のことだろう、問題児が居なくてよかったと思う反面どうなることやらと小さくため息を零せば心配そうな顔をした後輩にお茶を差し入れられる始末だった

それから10分程で会長が杖を付きながらやってきたことにより緊張感が表れる、帰宅を知った八木は事務所から出てくるなり会長に先程の件を告げるが案の定目を見開き説教をするような顔をして部屋に入っていった、あぁこれは無理だなと全員が思いながら八木の喝で練習に戻った

「それでお前さんか、入門希望者は」
「初めまして馬上たづなと申します、高校卒業したばかりの18歳です」
「まず初めに行っておくが女子供は断っておる」
「…はい」
「ならば小娘、貴様も当然だわな」

制服姿のために分からないがどう見ても彼女は普通の女子高生であった、闘争心も感じられなければ向上心もあるのか分かりはしない、けれど強く自分を見つめるその目に鴨川は少なからず何かを感じてしまった

「私は本気でボクシングを学びに来ました」
「ここじゃなくてもよかろう」
「ここじゃないと…ダメなんです」
「何故じゃ」

そう問いかければ彼女は制服のポケットの中から財布を取り出し1枚のカードを出した
それはC級のプロライセンスであった、17歳にて取得できているのであれば当然のものであるが女性が取っておりさらに目の前に出されるのは滅多になく思わず顔を見つめてしまう

「一昨年それを取りました」
「ほぉ」

B級ではない辺り彼女もなかなか苦戦しているのかまぁ当然だと鴨川はみつめながらライセンスを返却した
彼女は膝に置いた手に拳を作り悔しそうな顔をしており、黙って話を聞くことにした

「私はこれを取得してからまだ1度も…試合を組めていないんです、スパーもです」
「…なに?」

その言葉に思わず片眉を動かした、一昨年といえど約1年半と考えれば2試合程は組めるはずのものだ、それなりに早く試合を組めばライセンスもあがり更に道を大きくすることが出来る
そして本人がそれを望みながらも出来ないということは所属しているジム側に問題があるのだろう

「普通でしたらもう2試合は出来るはずなんです、そもそも…うちのジムはダイエットの為…というものでして、プロテストを受けるだけでギリギリでした」

話を聞けば聞くだけ女としてやっていくにしては狭い世界だと改めて感じる話であった
15歳の頃に入門したボクシングジムはプロではなくアマチュアどころか素人向きであり彼女のようなタイプには向かなかった、勿論知識を持ったオーナーやマネージャーはいる為頭を下げてプロテストを合格するもそれ以上の力添えはしないと
女でプロになったところで上にいけなければ意味はない、それよりも本来の方針で事務を経営する方が安定的だというオーナーの考えは何もおかしい訳では無い、今どき女性がダイエットボクシングをするのも珍しくは無い時代になってきたのだから

「女で高校生で何処も入門に首を振らないのは分かっています、分かっているからこそ…それなら自分が学びたい場所で学びたいと思ったんです」
「断られても…か」
「女だからといってそれに合わせて欲しいだなんて思いません、他の方と同じメニュー、いえそれ以上だってこなします、何倍も何十倍だって努力します」

彼女の目には炎がある、熱い蒼い強い炎だった
それは彼女が悔しかったからだろう、誰にも認められず誰にも褒められない世界でただ一人自分だけの力で生きてきたのだから
その心意気は鴨川もそこいらの男よりも買った、根性のある人間は嫌いじゃない、だがしかし簡単に頷けるほど安いジムでは無い

「簡単な入門テストをする」
「…はい!」

椅子から立ち上がった鴨川にたづなは光を見出したように明るい顔になり立ち上がりその背中についていった
ソワソワとした顔つきのジム生達が2人を横目に見た

「鷹村はおらんのか」
「今地下でスパーの準備してますよ」
「呼んでこい」
「はい」

鷹村といわれ彼女の背がさらにしゃん伸びた、女でも聞いたことがある世界王者鷹村守という男を
地下へと続く階段から気だるげに上がってきたのはテレビや雑誌で見た事ある鷹村守でありたづなは少なからず驚いてしまう

「貴様ロードがまだか」
「あぁもうすぐ行くけどな」
「こやつも同伴する」
「ンだ?…ガキ、それも乳もちいせぇ女じゃねぇか」

この人と来たらまたそうやって…とみんなが内心頭を抱えたが会長は無視してたづなに説明をした
まずは鷹村のロードに付き合いその後ミット打ちをした上で考えると、周りの人間からすればその時点で入門拒否だと聞こえた、並大抵の人間があの人外についていけるはずがないのだ
それが女ともなれば精々持っても10分で限界に来ることだろう、だがしかし彼女はやる気を見いだした

「わかりました、更衣室お借りしますね」

そういって彼女は更衣室に足を運んで行った



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