まるでそれは機械のように決まっている。
彼女は朝になると二人でも広いほどのベッドの中で目覚める、身体は依然として昨晩のこともある為か酷く重たいものであるが、彼女がゆっくりと起き上がると、そのタイミングに合わせるように侍女たち数名が入室し、彼女の手を支えてはそのネグリジェを脱がせ着替えさせていき、もう数名が即座に背後のベッドのシーツを替えていく。
着替えをされて、ドレッサーの前に座らされた彼女は髪を最高級のブラシで梳かれながら小さな欠伸を噛み殺した、侍女たちはまるで機械のように無表情に無機質に自分たちの仕事をこなしていき、彼女の髪を毎日異なる形に編んだり結ったり巻いたりする。本日のコーデはターコイズブルーのドレッシーなワンピースドレスにハーフアップのスタイルであるが、彼女はその人形のように仕立てられても、誰も彼女を褒めないことを知っていた。
決まったように彼女は中庭の花がよく見えるテラスで朝食を食べる時、彼女は何も言っていないが好物となるメニューが並ぶ、採れたての瑞々しいフルーツに甘いはちみつの掛かったギリシャヨーグルト、ふわりとバターの香りのするデニッシュに、りんごのドライチップスが入ったサラダ、豪華な朝食は毎日メニューが変わるがいつだって彼女の好きなもので埋め尽くされており、彼女は一人分には少し多い朝食をゆっくり時間をかけて召し上がった。
テラスで食べている時、中庭の花の香りと城の外の海の香りが鼻腔をくすぐる、部屋の中にいるだけでは決して感じない香りでであり、彼女は少しだけ心地よくと遠くをみつめると太陽の眩しさに反射した海が小さく見える。
どうしてかいつもそこに行きたいと思ってしまいながらも彼女は押し殺すように千切ったデニッシュを口に含んで咀嚼した。味は美味しいが一人きりの朝食は少しだけ虚しいものであるが、唯一自分に接触する相手は自分と食事をするなど、水一杯でさえ想像がつかない、なにせ彼は夜以外に現れることは滅多にないからだ。
広い城の中でだけ自由が許されている彼女が行く場所は決まっている、城の中の書斎とこの城が海の王のものであると感じさせられるような立派なアクアリウムの部屋だった。
円形状のその部屋の中は壁一面が水槽となっており、まるで海に包みこまれてつながっているようなものであり、彼女はいつもその部屋の真ん中に設置された紺色のビーズクッションに埋もれながら時間をただゆっくりと過ごした。
静かな部屋の中で聞こえるのは水槽が作動する小さな機械音だけ、薄暗く海の中にいるようなその部屋にいると彼女はいつも瞼が自然と落ちていってしまい、そしてその都度なにかの夢をみる、それは少しだけ怖くて淋しいものであるが、彼女はゆっくりとなにかに気付いて目を開けると入口には見覚えのあるポセイドンの従者プロテウスであった
。
人とは全く違う姿、神であるポセイドンのような人に近いが耳だけが違うというわけでもなく、全く異なる肌の色とエラのようなものを持つ彼を始めてみたときは驚いたものだかが、いくつかの時間を過ごしてしまえば慣れてしまい、彼女はクッションから起き上がり、姿勢を正して起き上がると「失礼いたします」という声と共に、プロテウスの背後には数名の従者とは別の医務官のような者がおり、彼女は細い腕を出すと、機械をいくつかつけられ血液や脈拍を測られ、そして最後には血を抜かれる。
その時彼女はいつも自分の血が赤いのかと少しだけ安心する。
人間であることはわかっている、自分の名前もわかっている、なのになぜかいつも夢の中にいるような気分であり、どうにも落ち着かないのだ。
十分程で全ての工程を終えると最後に子供が頑張ったご褒美にもらうような小さなラムネ菓子を食べさせられる。それが薬か菓子かわからなかった。この城はわからないことだらけで彼女はそれを深く知ろうとも思わなかった。
ただ検査を終えると異様な眠気に誘われるのはこのアクアリウムが心地よいせいなのかも知れない、彼女は瞼をもう一度閉じるとまるで海の中にいるような夢を見た、暗いはずの海は明るくて、そこで楽しそうな女の子たちの声が聞こえる、そして彼女は自分がその輪にいるとき、視線に気付いては振り向いて微笑んだ。
「...ぁ」
苦しいと思った、ベッドの中で今日もまたポセイドンに抱かれていたから。
子供と大人のような体格差がある。彼はその肌を隠す服を着ていると細身にみえるものの、実際はずっと体躯がよく、彼女は包みこまれるように覆いかぶさられていた。
丁度、彼の熱が侵入しようとする時であったが、少しだけ痛いと思ってしまった、気にせずにと思ったが彼女の眉間にシワが微かに寄ると、無機質な瞳が彼女をみつめた。
「まだか」
「平気です」
「虚勢を張るな雑魚が」
彼の言葉はいつも冷たく鋭利なナイフのようである。
けれど傷つかないのはそれが彼にとって当たり前の言葉で挨拶のように自然な言葉だと感じるからだ、そしてなによりも冷たいが貶すように感じなかった。何故なのかと不思議であるが彼女の足の間にまた彼の手が伸びて、微かに濡れたその場所に白魚のような指先が沈むと勝手知ったるかのように撫でる。
「...っ」
声にならない声が小さく漏れてシーツを掴んだ。今日は随分と寝てしまっていたせいかぼんやりとしているせいで身体の反応が悪いと自分でもわかっていた。そしてそれは彼も感じているかのように長くほぐされ、彼女は自身の太ももが濡れてしまうのがわかった。防衛本能として溢れた蜜だというのにその量は男を喜ぶ証のようで恥ずかしいと思った。
けれど彼は顔色一つも変えず、彼女をみては問題ないと判断するようにその脚を広げて自分の熱を何度か表面でなぞって、問題ないと判断するとその質量を押し込んだ。苦しそうな吐息が彼女から漏れるとポセイドンは彼女の両手首を強く握りその身を更に押し付ける。
まるで自分がここにいて、自分が彼女を抱いているというようだった。
天井をみると、そこには星空が描かれていた、それはどうにも海王の城の立派な天窓のベッドの絵にしては幼く見えてしまい、天使や神々ではないのだと思った。どうしてそう思ってしまったのか彼女にはわからないが、きっとそういうものが普通なのだと思った。天使が人を貫き殺すようなそんな絵だ。
「あ...や...ッ」
「っ、マリス、余をみろ、何も考えるな」
思わず身を捩り逃げようとすれば唇が塞がれる、優しく乱暴に唇を重ねて、その舌を絡ませられるとき、酸素が減って何もわからなくなる、まるでその肉体が一つになるような感覚に近いのかもしれない、その苦しさに心地よさを見出して、力が抜けてしまうと、彼は両手を繋いで指を絡めた。
「マリス」
名前を呼ぶだけ。余計なことなどなにもいらない。
それだけで胸が静かに満たされるのは何故なのだろうかと思いながら放たれた熱を受け止める時、彼の汗ばんだ身体の熱が心地よくて眠りに落ちる、彼の香りはいつだって海の香りで、どこか懐かしくも心地よいと感じた。どうしてかなんてわからないのに。
top index