夜を過ごし朝を迎え本を読みアクアリウムをみる。
それだけが生き方だった。それが当たり前のことであり、彼女自身それを何故か自然と受け入れていた、それが何故なのかなど彼女自身もわからない。ただこの城にいる時、彼女はそれが嫌だと不思議にも思わなかったのだ。
アクアリウムの部屋は特にそうだった、それは彼女が一日の大半を過ごす場所であり、広い水槽の中を静かに泳ぐ魚たちの種類などはわからなくとも彼女は心惹かれては水槽にぴったりと身体を寄せると魚たちはまるで彼女に話しかけるように寄ってくるのが面白くも思えた。
「あなた達は自由なの?」
そんなわけがないと知っているのに問いかけた。
けれどこの魚たちは水槽がどれだけ広いのか、ましてや自分たちが捕らえられているだなんてわかってもいないような気がした、もしそうなら逃げ出すような気がしたからだ。
しかしそこまで考えていながらも彼女は自分はこの城の中にいるのに逃げ出さないと思ってしまった、ポセイドンは一つだけ彼女に命じた「この城から、余の許可なしに出るな」と、そして彼女はそれを律儀にも守っていた。何故なにと聞いても返ってくることはないと知っていたから。
アクアリウムの部屋の中の中心には大きな紺色のビーズクッションといつだって食べていいお茶とお菓子、それに小さなぬいぐるみに本棚があり、まるで子供の部屋のようにも感じた。この部屋で彼がビーズクッションを使っているのは想像がつかないと彼女は寝そべりながら感じた。
使い古されているがビーズは適度に入れ替えられているのだけはわかる。そして彼の香りとは別の嗅ぎ慣れたような香りがして安心してしまう、今日の検査は終わってしまいすることはもうなにもない、あとは夕飯と湯汲み、そして夜に彼が来れば相手をするだけ、それまでの時間はなにもないと思いながら彼女は水槽の中で泳ぐ大小様々な魚を見ながら、ゆっくりと起き上がり本棚をみた。
そこには本はあまり並んでいないものの、一番薄くそして装丁の美しい本を手に取った。それは海にいきる少女が泡となって消えてしまう愛の物語だった。
有名なその話を彼女を彼女は読んだことなどなかった、美しい挿絵に描かれる姿はどこか懐かしいとは感じるものの、彼女はゆっくりとクッションに埋もれながら読んでいく時、ページを指でなぞった。
『王子を愛し、けれど彼を殺すこともできず、夜明けと共に白い泡へと還っていく人魚姫』
泡になって消える...愛しているのに結ばれず、そして愛する人を傷つけることもできず、自分を犠牲にした愛。それを読んでいた彼女は本を下ろす時、自分の視界が歪んだことに気付いた。
涙が一筋落ちては、紺色のクッションを汚してしまい、彼女はぽろぽろと溢れてしまう、そんなに泣けるほどじゃなかったはずなのに、まるでダムが決壊したようだと感じる頃、彼女に一つの影が差した。
「何故泣いている」
「わかりません」
黄金色の髪の彼が静かに佇んで問いかけた、彼女は寝そべったままでいると彼は彼女に膝に落とされた本を手に取ると表紙をみるなり、微かに微かに気分を悪くしたかのように眉間にシワを寄せて本棚に戻してしまう。
彼女は起き上がることも出来ずに呆然としていればポセイドンはただ水槽を眺めた、アクアリウムとは名ばかりで、魚達が泳いでいるだけで派手な装飾などはない、ただ必要なものだけがそこに存在しており、魚たちは快適そうに泳いでおり、奥がどこまであるのかわからないほどに深いものだ。
もしかすると海の中にこの部屋を作っているだけなのかも知れない、彼は海の王であり、その生き物たちの生活を害することなどは決してないからだと彼女は何故かそう思った。彼の穏やかで静かな透き通るような青い瞳は静かに分厚いガラス越しのそれを眺める。
部屋の中にはいつも彼女を監視するように控えていた従者達は去っており、二人きりであり、彼女はゆっくりと起き上がるとポセイドンの側に佇むように並んで水槽をみていると、魚たちが彼女に寄ってきてしまい、彼女は彼の隣りに並んでおきながら自分だけに寄ってこられることに恥ずかしく感じつつも顔を伏せれば、隣の彼の視線が向けられることに気付いては覗き見るように見つめた。
「慰めてくれているのでしょうか」
「貴様を慰めるほど暇ではないだろう」
会話はいつだってシャッターを閉められるように簡単に終わってしまい彼女はそれがいつだって困ってしまう原因だった。
けれども怖いと思うことも、彼が無言でいることも珍しいが苦しいと思うこともない、まるで当たり前のようにも感じる時、彼の手が伸びてその指先が彼女の目元を撫でた。
「似合わない顔だ」
そういって去っていった彼にどうしてそんなに甘い言葉をいうのかわからなかった。
夜の身支度はいつだって朝同様に丁寧であり、まるで料理の下味のようだった。湯汲みの際から全身をしっかりと洗われて、筋肉などほとんど使っていない身体をほぐされて、髪をドライヤーで乾かされてはブローでふわふわにされて、全身をクリームやベビーパウダーで彩られる。
そして調理された最高の料理の状態となった彼女はベッドで今日二度目の対面だと珍しく思いながらポセイドンに抱かれた。胸元や首筋に顔を埋められて唇を吸われて、まるで肉を一口大に切るときのように丁寧にほぐされて、そして口に含むように彼の熱が押し込まれる。小さな身体には彼で全て埋め尽くされる時、食う食われるという考えは反対になると思ったが、その圧迫感からくる苦しみにより、彼女の目頭には自然とした涙がまるで宝石のように溢れた。
それを見る彼は彼女の目元を拭った、とても優しく慈しむようにすることに彼女は理解できなかった。何一つ目の前の相手がわからない。どうしてそんなことをしてしまうのか出来てしまうのか。
昼間の時のように優しく撫でる彼に彼女は静かに頬を寄せて、猫が甘えるような素振りをみせるとポセイドンは何も言わずに彼女に覆いかぶさり髪を撫でてはその唇に自分の唇を重ねた。
「マリス...」
「ん...はい...」
受け止めるというように返事をする時、自分の手の側に置かれた彼の手に彼女は自ら指を絡めた、それはずっとそうするべきであるようにも感じられながら、自分の上で呼吸をする彼の上下する胸をみつめた。奥に放たれた欲望を受け止めては眠気がぐっと押し寄せた。
「ポセイドン様」
甘くかすれた女の声で彼を呼ぶ時、彼は静かに抱きしめた。
「マリス」
眠りにつく彼女を離さないというように。
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