たった一つのルールがある。
それは城から出てはいけないというシンプルなルール。
彼女はそれだけをポセイドンに命じられた時、返事もせずに理解し受け止めた。しかし彼女の好奇心はある日、抑えられずに人の目を盗んで正門から堂々と抜け出そうとした。丁度その時には誰もおらず簡単に出ていけそうだったからだ。
いつもテラスからみている海はとても美しく彼女の心を惹いて止まなかったゆえであり、彼女はもうあと一歩踏み出せばとなったとき、背後から冷気を感じ振り返るとそこには静かに佇むポセイドンがいた。

怒鳴られるか折檻されるのかと彼女は怯えていればポセイドンは背中を向けて首だけを向けた彼女に近付いて、その脇の下に手をいれると抱き上げては城の中に戻した。

「出ていくな、外は危険だ」

それはあまりにも優しい声色でありながらも、どこか寂しそうに悲しそうで、彼女はどうして彼はいつものような言葉で注意しないのだろうかと思いながら頷いて、外に出ることを止めた、彼がいうことはどこかで正しいような気がしたから。

その日は薄いピンク色のマーメイドドレス型のワンピースにフリルがふんだんにあしらわれた白いブラウスであった。服装に合わせたように朝から木苺やベリーなどが出てきては少しだけはしたなく手でそれを口にした。
甘酸っぱくてどこか懐かしくて好奇心が惹かれるような味であり、彼女は朝からそれを食べ終えるといつものようにアクアリウムの部屋で過ごした。魚たちは今日も変わらず過ごしており、彼女はビーズクッションに腰掛けてはただその場所を眺める時、しばらくすると部屋を後にしてお付きの侍女にお手洗いに行くと告げた。

終えて出てみれば侍女がおらず、彼女は見渡してみても帰って来る様子はなかった。アクアリウムの部屋に戻れば侍女も来るだろうと彼女は思いながら歩いていた時、裏門に続くドアが開いていた。
それはまるで彼女を誘うようであり、冷たい城の中に差し込む光のようだった、敷地内であればといって外の光を受けられるのは中庭までであるが、彼女はその裏門が城の裏の海に続くことを知っていた。

いつも窓から見ているあの輝かしい広い海、それは彼女の内に宿る好奇心以上の何かを刺激した、まるで水を得た魚に似たようなものだろうか、彼女は何故そうなるのかはわかないが海に惹きつけられていた。
そしてドアをくぐり抜けて目一杯に空気を吸い込んだ、自由を手にしたような心地よい空気にうっとりしながら彼女は足を進めていくと、直ぐに海が見えた、海の王の城に備えられた海であるゆえにそれはとても美しく太陽の光を受けたそれはまるで宝石のように輝いており、彼女は思わず頬が緩んで、波打つ海に対して直ぐに履いていたパンプスも脱ぎ捨てては砂浜に足を踏み込んだときだった。

それはまるで切り裂かれたような痛みだった。
それでも一歩一歩と進む彼女はまるで赤い靴を履いた少女のようだった、激痛が足から全身にまわり痛みと苦しみが全身を蝕むのに足は海に進んでしまう、呼吸も上手く出来ずに声も出せず、そしてついには砂浜に倒れ込むと、彼女の手と髪を海が撫でた。

「マリスッ!!」

張り上げた声が聞こえる時、彼女はただ海が心地よいと思いながら目を閉じた、どうしてこんなにも心地よいのかなんて、なにもわからず、ただ海に還りたいと思った。

数時間後、目覚めた彼女はいつも以上に精密な検査をされた、そして激痛はましになっていたが足の裏は火傷のような症状が出てしまっていると医務官に言われ、彼女は暗い顔をして、話を聞いていたポセイドンは怒ることをしなかった。もちろん呆れるような態度もない。ただ自分の監督ミスであるかのようである。

それからポセイドンは彼女を抱かなかった。
トゥシューズを履いたように包帯の巻かれた彼女に対して彼はいつもよりも早い時間に寝室に来ては彼女の包帯をほどいて薬を塗って、その細い足を揉んでやり、丁寧に包帯を巻いたが彼女は困ったように彼をみた。

「文句があるのか」
「これでは動けません」
「動く必要はない」

まるで人魚のように包帯で二本の足を一つにされた彼女は困惑した。彼がこんないたずらをするだなんて思ったからだ。しかし彼をみていれば冗談でもイタズラでもなさそうであり、ますます彼がわからないと思いながら、彼はその足を手に取ると包帯まみれの足先を慈しむようにキスした。
そしてベッドサイドに置いていたラムネを口に含むと彼女に口移しで食べさせた、互いの口の中で溶ける砂糖の塊はベタベタとして、一つ二つと繰り返し、いつもよりも多いそのラムネがなにかなどわからなかった。

そして彼は彼女を直接抱かない代わりに彼女の手を借りて自分を慰めた。小さな彼女の手の中で広がる巨大な熱。困惑した彼女もそれが二日三日となってしまえば受け入れてしまう。この行為は彼の欲望ではなく、なにか儀式じみてもいると彼女は感じた。

「マリスッ…」

自分の肩に顔を埋める彼が次第に熱を帯びた吐息を漏らし、そして力が強くなる時、彼女のひとくくりになった足を掴み、下着を剥ぎ取り、濡れてもいないその狭き門にその熱を放った。

それはまるでマーキングのようであるが、それをさらに確固たるものにするのは、彼が肩で息を整えながらも指で彼女の中にそれを沈めていくからだ、一滴もこぼさせないように奥まで馴染むように。まるで自分の子を必ず残させるように、執着深くと入れ込む姿をみつめる。どうして彼はこんなにも虚しくて悲しいのだろうかと感じる。愛は本物なのかもしれない、けれど彼女は人だった。人であるはずなのだ。わからないと思いながらただ静かに彼にされるがまま人形のように受け入れた。

外の海は少しだけ荒れているように感じた、それは彼の心を映す鏡のように悲しむような荒れ方だった。
 

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