あれから数週間後、彼女の足には一切の傷もなくまるで生まれたての赤子のように美しい脚に戻った。それはポセイドンの献身的なケアのお陰であっただろう。
彼は毎夜、寝所に現れてはベッドで横たわる彼女の包帯を解き、塗り薬を火傷した足の裏に塗ってやり、神界一のボディミルクを細い足全体に塗り込んで、彼女の足の指先一つ一つにキスをした。それはまるで祈りのようであり、彼女はいつもそれを静かに横になりながら受け入れた。どうして陶器を扱うように触れるのかなどわからないと思いながらも、それは不快でも恐怖でもなく心地よさだった。

彼は儀式のようなその行為を止めることはなかったが海へ行ったあの日から出来る限り優しく努めようとしているように感じられた、ひとまとめにされた足では自由もなく、彼の熱を直接受け止めるわけではなくても注がれる時、まるで転がされるか水揚げした魚のような体勢になるため、少しだけ苦しくなり息がつまりそうになると彼は瞬時にそれに気付いて手を緩めた。

行為の時間は以前よりも極端に減ったこと、日付が変わる頃にきていた彼はそれよりも早く、彼女が湯汲みを終えてしばらくして直ぐに現れては何を離すわけでもなく側にいた、ただ二人は足を労り儀式のように熱を注いで、そして彼の腕に優しく抱かれて髪を撫でられる。それをするようなタイプにはみえない、彼は冷酷で海のように暗く他者を拒むようにみられるのに彼女の前では違って見えた。

彼女が寒そうにすれば肩までシーツを掛け直して部屋の温度を調整し、彼女が寝付けずにいれば優しく身を寄せて、そこに会話も何も無い、時折彼女が視線を向けると彼はいつだって彼女を見つめており、その瞳が合わないことは一度もなかった。
彼の熱に抱きしめられて、足をひとまとめにされている時、彼女は思ったことを呟いた。

「足が不自由なのに、なんだかとても落ち着きます」

どうしてなのかはわからない、まるで元々この形であったかのようなのだと思ったことを口にするとポセイドンはその海のような蒼い瞳を僅かに見開いた、そして彼女を抱き寄せて「そうか」と短く返事をした髪に顔を埋めると彼女はまるで海に包まれるようだった。自分を縛るはずなのに彼の心臓の鼓動はいつも波の音を聞くように心地よいのだ。

「もういいだろう」

そういって包帯を外したポセイドンに彼女は本当はずっとこのまま縛られてしまうのではないのだろうかとおもったいた為、あっさりと外されたことについて多少の驚きを感じた。
今日からまた城の中で自由にするがいいと言われても彼女はすっかりベッドの上の生活に慣れたかのようにベッドから一切出ることをしなかった。侍女たちの着替えも、あんなに慣れていたはずのテラスでのモーニングも、全てそのベッドの中で終えて、ベッドの上には本もあり、部屋には小さなアクアリウムが置かれて、毎日のように脈と心拍を測られ、血を取られ、ラムネを食べた。

「まだ足が痛むか」

ある日中現れた彼はそういった。彼女は彼が来たことに驚いたものの、その実ベッドから出られなかったのはあの日歩いた痛みがまた襲い来るのではないかと思ったからだ。まるで躾を受けた気分で恐怖を覚えた彼女はそのお陰でベッドを出られず、けれどそれを追求されるとは思わなかった。
彼は責めるわけでも呆れているわけでもなく、ただまだなにかあるのかと至って平然とした問いかけをするため、会話がなかった故に彼女は素直に「怖くて」と短い言葉で返事をした。

「...そうか」

しばらく考えたようにしたあと部屋に出てしまったかと思ったが、侍従達が部屋に入り込むと次々と家具を外に出していき、まるで引っ越しでもするのかとベッドの中からみつめていればポセイドンは彼女の前ではあまり見せることのない海王としての正装とその手には三叉槍(トライデント)を持っていた。
彼女はいったい何をするのだろうかと小首をかしげる時、それは不思議と自分に害する行為ではないと感じた。そしてドアが閉まると彼が静かに小さく深呼吸をした後、軽くトライデントの柄の先でこつんと床を突くとそこからは極小の渦が巻いて、床一面が途端に美しく輝く浅瀬へと変わり果ててしまい、彼女は目を丸くして彼を見つめた。

「これなら問題ないだろう、痛むことはないはずだ」

すべてを知っているかのように彼はいうことに彼女は戸惑いながらも隣に来た彼を不安そうにみつめては彼女はここまでされてしまえばとゆっくりその白魚のような足をベッドから下ろして、透き通る小さな海に足を伸ばした。
ちゃぷん——と小さな水音がなり、彼女の指先から足を優しく海が包みこんだ。冷たすぎずに心地よい水温にどこか懐かしい心地、左足から右足とつけた彼女はベッドから抜け出して立ち上がると、まるで初めて海に入ったような感動と心地よさにその瞳を太陽の光を受けた海の色のようにキラキラと輝かせた。

「ふふっ...気持ちいい...」

ちゃぷちゃぷと水の音が小さく響き、ポセイドンは彼女が珍しく無邪気に笑う姿を眺めるが彼女は無邪気な少女のように水を足で蹴ってみたり、水の上でばちゃばちゃと音を立てて走ってみたりと繰り返した、眩しい外の光が部屋に入り込む中で彼女は窓際に立っているポセイドンを見る時、彼は腕を組みながらとても愛おしい者をみるように彼女を見つめていた。

「ポセイドン様」
「なんだ」
「ありがとうございます」
「くだらん、ただの余興だ」

あのままベッドで腐られても迷惑だという彼の声は全くそうではないことを彼女は理解していた、彼女が躍るように小さな海の上で歩いた波紋が静寂で動かないポセイドンの足に触れると彼の足元が僅かに揺れた。
彼女はポセイドンのそばに寄ると、彼は胸元ほどの高さしかない彼女の髪を優しく撫でてかきあげるように掴んでは唇を重ねた。海の中で太陽の日差しを受けて触れる唇は熱かった。それは足の痛みとは違う、心地よいなにかを埋めるような温もりであり、彼の服の端を指先で握ると彼はただ静かにもう一度角度を変えて唇を重ねる。
それはずっと二人にとっては当たり前の行為のように。
 

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