それはまるでパズルのピースのようなものだ。
はじめは無から始まり決まった形に添えていく、そして一つ一つの欠片(ピース)を埋めていくと完成される。しかし一欠片でも失えばそのパズルは永久に完成することはない、似た形のピースを無理やりはめてみたとして、そのパズルは未完成なまま、それどころか不格好で歪で、そして今にも崩れてしまいそうなものになるだろう。
だからこそ欠片を失ったパズルの方が美しいとする者もいる。寂しい海のように。

彼女はいつものように侍女に身だしなみを整えられた、昨晩丁寧に彼に拭かれた時とは違う手つき、彼女たちは余計な手を彼女に加えることはない、ただ静かに必要なことをするだけ。
ボタンを留めて、ファスナーを上げて、靴紐を編んで、リボンを結んで、そうして仕上がったのはピクニックに行く令嬢のような格好だった。柔らかい若葉色パフスリーブのワンピースに象牙色のフリルのエプロン、スカートを広げて見せるためのパニエは軽いがボリューミーで、乳白色のタイツにはシンプルだが上質なブラウンのローファーを、そして最後に彼女を整えるように首下でボンネットのリボンを結んで完成させられた彼女はいつも自分が着せ替え人形のようだった。

大きなドレッサーの前に座って整えられるとき、自分の顔を見ながら本当に自分なのかと時折分からなくなる。そもそもこの服装は彼の好みなのかと考えた、彼は厳格で無駄を求めることはない、完成された美を求める。彼女がみてこの服装は愛らしいとは思うもののこれが彼の好みなのかと問われでもすれば、それは何処か違うかも知れないと思った。如何せん少女趣味であり、鏡の前に映る自分をみていると確かに似合うが妙な違和感がある。自分の気持は落ち着いているのに見た目が少しだけ幼いという点だ。
人間の年にして十三、十四ほどよくいっても十六くらいで、所謂成人にはみえないものだが、心だけは何故か成熟していると彼女は自分のことを客観的に思うのは子供が背伸びをするために感じるからなのだろうかとも考える。
考えても仕方がないのだがと思いつつも近頃は深く考えることも増えてしまい頭が痛くなることも多い、答えのない問題を抱えてもそれは机上の空論でしかない、その上この城には話し相手もなく、人形や壁を相手に話すこともなければ独り言を話すようなタイプでもない。

身支度を終えると侍女が離れるため、彼女は鏡の自分と上の空のにらめっこを終えると朝食でも食べに行こうとテラスに向かった。いつもどうしてこのテラスで朝食を食べているのだろうかとも考える。城の中はとても広くそれこそいつも過ごすアクアリウムの部屋でもいい、景観のいい場所は多い、だがしかしこのテラス席にはちょうどいいテーブルと一人掛けの椅子が二脚ある。そうだ二脚ある、それはまるで自分ともう一人——というが文字通りそんな席に座れる者はこの城には一人しか居ない——しかいないだろうと感じた。
けれどもその相手は一度たりとも朝食の席には現れない、そもそも彼とお茶の一杯もしたことはないのだ、海の王は食事を食べるのだろうか、食べるとしたら何だろうか、彼は自分と違いなにか力強いものを食べる気がする、目の前にある果物や野菜などといった菜食主義のような食事ではなさそうだ、逆に魚は食べるのだろうかと考える、海の王なのに魚を食べるだなんて少し気になる。

「でも私も食べてない」

というよりもなぜその考えに言ってしまうのだろうかと彼女は小首を傾げて苺のジャムのかかったヨーグルトを混ぜた、白と赤が混ざってピンクに変わる、ぐるぐるぐるぐる...そう思っている間に気づけばアクアリウムの部屋にいた、近頃は眠気も強く寝すぎるためか記憶もあやふやであった。

目覚めると同時に小さな音が聞こえて、日課の検査の時間だと思い起き上がりビーズクッションの上に座ると静かに現れた数名の医務官や侍従に血脈や脈拍を測られ血を抜かれる、彼らは何かを手の中の電子パッドに記入していくのを彼女は不思議に眺めた、当たり前にされている行為だが何故こんなことをするのだろうかと思った。

「あのプロテウスさん」
「...はい」
「私の身体はなにか悪いのでしょうか」
「いえ、健康でございます」

一通り終えてしまうと彼女の腕に何も痕跡を残さぬようにといつも不思議な真っ白なクリームを塗る従者に問いかけた、彼は少しだけその特徴的なエラを動かして返事をすることに彼女はただそうなんだと流すだけにした。
そしてラムネをいつものようにもらった彼女はアクアリウムを静かに眺めた、薄暗い青い世界に閉じ込められる時、彼女はどこか心地よいと思いながら目を細めて身を丸くした、どうしてこの部屋はこんなに安心するのだろうか、何故海の香りは心地よいのか、何が自分をそんなにも呼ぶのだろうかと思いながらゆっくりと瞼を閉じた。

「本日も異常はございません」

執務室の声は一つのみ、プロテウスの声が彼に届くと彼は一寸の手も止めずに海王としての職務を静かに全うしていた。その姿は完璧なる王の政務であり、彼らは近付くこともなかった。普段であればそれで下がるがプロテウスは「本日私の名前を呼ばれ、ご自身のお身体についてご質問を受けました、問題ないことをご説明しております」と告げる彼の声は微かに震えており、ポセイドンは顔を上げて自身に一番長らく仕えている従者を見つめた。
見るからに動揺しているプロテウスにポセイドンは「そうか」とだけ返事をして視線を戻した、しかしそのペンを握る手の力は明らかに強くなっていた。

確実に時計の針は動いている、パズルのピースは埋まっていると感じながらもそれを止める術などはなかった、そしてそれを止めるのが正しいものなのかも彼にはわからなかった。完璧な神であったとしても。

「お主は禁忌を犯したのじゃぞ、お主ほどの神が」

それはゼウスの言葉だった。
弟であり神界のトップである全能神の彼は心底裁ききれない顔をしていた。ポセイドンはその時、オリュンポス神殿の円卓に三人だけでいた、兄ハデスは何も言わず、ゼウスは心底困った顔で兄たちをみた。
ゼウスはもう戻れない道に来てしまっていたことを理解していた、そしてそれが茨の道でも、針の山でもない、最も過酷で苦しいものであると感じてポセイドンをみながらも彼らの前にある一枚の紙へ視線を戻した。

「本気でその道を進んでしまうのだな、お主は...いや我らは」
「お前たちには関係はない、余の判断だ、しかしゼウスよ、裁きが必要であれば喜んで受けてやろう、それが神だ、だが...あれだけは」

あれだけはと続けるポセイドンの悲痛な声を彼らは初めて耳にした、ハデスもゼウスも、そしてポセイドンと縁を切ったにも近い兄アダマスも静かに廊下で聞いていた。ポセイドンほどの完璧な神はいない、誰も頼らず媚びず憚らぬ存在が、唯一とみせたその姿を笑ってやれたらよかった。しかし誰もそれが出来ぬほどの罪を抱えていた。

「いや、それはせん。それが神々全員の意思だ。今日の会議はこの件だけだからの、異議はないな」
「当然だ」

ポセイドンの手元に置かれた一枚の紙、その上部は一文が記載されていた”地上界の人魚の完全保護ならびに天界における管理”という文字、それは海を統べる彼には重要なものであるが彼は二つ返事の承諾をした、そして他の神々も誰もがそれを否定することはなく、可決された。そうなってしまうほどの原因が起きてしまった当事者であるポセイドンの罪については全員が黙認した、そうする以外の正しさは何処にもなかったから。
 

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