孤独じゃない嫉妬
ニコラ・テスラにとって女性という存在はただの女性でしかない、それはこの地球において男と女という二つの性別しかない世界で、自分とは異なる色素体を持ち生まれた存在としている。彼にとって女性はただの人間であり、それ以上も以下もない。
彼にとって人類すべてが未来へ向けて進むべき希望に満ち溢れた存在であり、自分の行いは人類のためでしかない。そのためそこに特別なものは何一つとして存在せず、ある意味彼は平等な人間である。
もちろん、最愛の助手を除いて。
それは二人が出会った頃、それよりもずっと前、それこそテスラが生前頃からのことであり、彼はそれに対して何も思うことはなかった。
テスラという男はその並外れた知性、類い稀なる美貌、一般的な男性に比べても頭一つ分は高い身長とそのスタイル、多言語を操り、詩人であり、芸術をも理解する、そんな理想的な男性を数多の女性が熱望の視線を向けない訳がない。
「あら、今日も随分と素晴らしいギャラリーがおられますわね」
そう呟いたのはテスラの助手であるレディことレジーナだった。
ちょうどお昼時となり、彼に声をかけに来た彼女だったがヴァルハラの広い研究室の一つの前には今日も今日とて数多の女性が目を輝かせて中を覗き込んでいた。人も女神も精霊も関係なく、女性達はうっとりとした様子で見つめており、彼女はその人だかりに「あのー」「すみませーん」「ちょっと開けてくださいまし」と声をかけてみるものの、すっかりと群衆となったそのお嬢様方は彼女の声も聞かずに入口一面を封じていた。
困ったものだと思う時、レディの肩に手を置いたのは個性的な癖のある髪を揺らした男エジソンだった。
「はいはい、お嬢さん方ちょっと道を開けてくれ、見るのは勝手だがこれじゃあ出入りもできん!」
パンッと手を叩いて響くように声を出せば一度だけギャラリーは入口を封じられて困っているエジソンとレジーナをみつめた、そしてすぐに視線を戻しては「テスラ様」とうっとりした声を出すため、彼女はエジソンが拳を握り始めることに「お怒りにならないでくださいませ」と慌てて彼を優しく宥める頃、レディはどうしたものかと悩んでいれば小さなヒールの音が聞こえ彼女の肩にそっと美しい白魚のような細く長い手が置かれた。
長い絹のような薄い金色の髪がふわりと揺れて、心地よいヴァルハラの花の香りが香るとき、その女性はその群衆に声を掛けた。
「恐れ入ります、皆様このままでは私共が入室出来かねますためお開いただけますでしょうか」
柔らかい春の息吹のような雰囲気を纏いし戦乙女の九女ゲンドゥルは立ち並ぶ淑女達にそう告げた、一度女性たちは彼女に視線を向けるが三秒ほど見つめあったあと、また元に戻ってしまい、さらに道は閉ざされた。
「ゲンドゥル様、電気は!電気はいけません!」
「レディ様ご安心を、加減というものは致しますので」
「ダメですよ、貴方以前エジソン様を感電死一歩手前までやりかけたじゃあ無いですか!」
穏やかに見えるゲンドゥルだが、その実中身はそれなりの曲者で、まるでテスラコイルのようにバチバチと電気を放流させ始めるとレディは必死に彼女の華奢な腕にすがりついて止めようとした。
十分以上も足止めを食らった状態で困り果てていた頃、それは突然として大きな完成と共に解決した。
時刻は十三時十分、広い共同研究室の最奥から歩いてくるのは一人の天才、彼は迷いなく出入口に向かってきては女性達の賛美の声を受けるが何一つ耳に届いていないというような態度で道を切り開き、そしてまるで磁石が吸い寄せられるように困り果てていたレディの前で足を止めた。
「十三時十一分──レディ大変だ、ランチタイムがもう五分も遅延している。これは大変なことだ!君の手作りのあの美しい洗練された積層構造のサンドイッチを食べねば私の脳は電力不足により倒れてしまうよ」
「遅れてしまい申し訳ございません、お呼びしようと思ったのですが中々入室が出来なくて」
「なに?あぁ道が狭かったのか、よしエジソン、研究室に新たに扉を作ろう、そうだな私の部屋から研究室までの直通と、レディが何処にいても繋がるように…」
「いいから飯を食ってきてくれ、お前のせいでまた部屋に入れないんだよ」
さぁ行ったとエジソンに背中を押されるとレディとテスラ、そして彼の戦友でありもう一人のパートナーのゲンドゥルの三人はヴァルハラの心地よい中庭へと足を運び、レディは籠バスケットの中の華やかなカラーのマドラスチェック柄の敷物を敷いて、三人は腰掛けてはランチタイムを取り囲んだ。
十三時六分──それはテスラとレディの重要なランチタイムであり、二人にとっての特別な時間。あの日出会った時間であり、彼は研究に没頭し時間を忘れることも多いが、彼女と過ごすようになり、以前までは無意味な休息はただ時間を浪費するだけの生産性のない事だとしたが、ヴァルハラにて悠久の刻を歩むこととなり、そして彼が愛して止まないレディレジーナとの貴重な時間となれば彼はその時間を出来る限り気にするようになった。
レディは分厚い卵焼きを挟んだサンドイッチとサラダにいつもの様に果樹園で貰ってきた果物を取り出してはゲンドゥルとテスラに差し出した。
ランチタイムはテスラにとって午前の研究成果や進捗を報告する時間でもあり、レディはそれをうんうんと嬉しそうに微笑んで耳を傾ける。それはまるで無邪気な子供の話を聞く母のような慈愛に満ちた表情でもあり、ゲンドゥルはその二人のことを尊く美しいものだと感じた。
「ふむ、午後の為にスリープモードに切り替えさせてもらうよ、また十五分後に起こしておくれ、私のレジーナ」
「はい、ごゆるりとお休みくださいませ」
天気のよい午後の陽射しを木々の陰の下で感じながらその巨体を寝転ばせては頭をレディの膝の上に置いたテスラはそのまま小さな寝息をすぐに立てて寝入ってしまう。生前のニコラ・テスラでは信じられないような光景だとデータで知るゲンドゥルはいつも思いながらも二人分のエルダーフラワーのアイスティーを注ぐレディから受け取ったゲンドゥルは目の前の完璧なる淑女─レディ─を見つめた。
「本当に素晴らしい助手を務めておられますねレジーナ様」
「あら?ゲンドゥル様にお言葉を頂けるだなんて光栄ですわ、ですが私は大したことなどしてはおられませんわ」
「そうでしょうか、私がテスラ様と出会ったのはつい先日のようなものでございますが、お二人の息はピッタリ……以上ですね、まるで二人が一つであるかのようです」
そういって褒められるレディはまるで小さな花が咲くように薄らとその頬の色を染めながら、自身の膝の上に寝転ぶパートナーの髪を優しく撫でる。栗色の綺麗な髪を指先で触れながら長いまつ毛が揺れるのを眺めては目を細めて彼の寝顔を眺める。
「私は何も出来ません、でもこの方が私に役割も知恵も授けてくださった。この方はその言葉を否定いたしますが私にとってはこの方が私の世界を新たに想像した"神様"なのでございます」
それはあまりにも情熱的な言葉であり、告白やプロポーズよりもずっと重たく熱く深い言葉であり、その言葉を迷い無く告げられる彼女の魂はとても清らかである。
ちょうど一羽の鳩が傍にやってくるとレディは微かに微笑んで持ってきていた小さなパンくずの入った袋からパンくずを皿において差し出すと鳩は次第に仲間を呼んで数羽で地面を小突くように食べた。
「では、貴方様はあのギャラリーに嫉妬をすることなどは無いのですね」
ゲンドゥルのその言葉に思わず彼女の肩が揺れた。
それは大袈裟ではなくほんの微かな微粒な電流が流れて驚いた時のような反応だ。その問いかけに彼女は何かを思い浮かべるようにして答えに数十秒の迷いを生じさせたあと、テスラをまた見つめた、それは彼を確かめるようであり、木陰の隙間から落ちた太陽の日差しが微かに彼の髪が明るさによって変化するのを眺めて彼の癖毛をなぞる様に撫でる。
「私の人生は嫉妬をしててはきりがないのです、それにあの方々がテスラ様をあのように熱い眼差しで見られるのは当然のことなのです」
誰だって星に手を伸ばして触れたいと思ってしまうでしょう?と微笑んで告げた彼女にゲンドゥルはその細めていた目を薄く開いてみつめる。彼女の言葉には嘘偽りはいつだって存在しない、まるでテスラが人類に希望と進歩を見出すような真っ直ぐとしたものなのだ。
ちょうどその時、彼女がポケットに入れていた懐中時計を取り出しては十五分が経過した為、優しくテスラの肩を叩きながら声を掛けた、ゆっくりと薄い目を開いて碧眼に光が入り、視界いっぱいに彼女を捉えると掠れた声で「レジーナ」と呼び、彼は彼女の頬に手を添えて二人はいつものように当然だと唇を触れ合わせた。
「それではまた」
片付けを終えてレディは回廊にてテスラとゲンドゥルとは正反対の道を軽やかに行ってしまい、ゲンドゥルはすっかりとランチも昼寝も終えてスッキリとした上機嫌なテスラを見つめては小さく微笑んだ。
「盗み聞きはあまり良くないのではありませんか?」
「なんの事かな?私は寝ていたハズだが」
「あら?私はどの事とは言っておりませんよ」
二人になるとそういったゲンドゥルにテスラは返事をしたが残念ながら初歩的なミスを踏んでしまい、彼の耳は赤く染っていた、いつだって彼は助手─最愛の彼女─のことが気になって仕方ないのだろう。
誤魔化すことさえ下手になる素直な彼にそれでいいと穏やかに微笑みながら歩を進めてはテスラはふと「そういえば君は何故ここにいるんだい?」とゲンドゥルに問いかけるため彼女はにこやかに「貴方様が研究の一環でお呼び出しされたんですよ」と笑って答えた。
ニコラ・テスラとはいつもそうなのだ、彼女のこと以外の人間についてはいつも何処かに消えてしまうという。ゲンドゥルは顔だけは評価に値するのだが如何せん天才とはいつも普通の者はついていけないのだと感じつつ歩を進めた。
テスラは研究室から自宅に戻るまでの道のりでもいつも人に声をかけられることが多くあったが、夕方の彼は忙しく大抵急ぎ足で去るが自宅近辺で彼の熱心なファンである女性に腕を捕まれ呼び止められ、テスラは困りながらも普段通り紳士的に断ろうとしたものの、相手は引かずにテスラに「貴方の支えになりたいのです」といった。
テスラは生前よりその言葉を聞き続けてきた、それは男女問わずだが女性から向けられるものはテスラを人間ではなく"男性"という枠のみ、そしてその肩書きや評価のみにしか見られなかった。彼が人を愛さないのは生前の限られた時間においては無駄でしかないからであり、本当に彼が誰かを愛せたのならば違ったが生前は叶うことはなかった。
──出資させてほしい。
──貴方が望むならどんなことでも。
──貴方を支えたい。
数多の甘言を彼は受けてきた、大富豪の令嬢や有名女優に溢れんばかりの富と名声を持つ女性たちに求められてもなお、彼は心一つ揺れることはなかった。テスラは自分の腕に手を添えた相手に「すまない」と優しく声を掛けて断るも相手は引くことはない時、テスラは相手のその瞳の奥に自分ではない別のアクセサリーのような自分を見られてるのだと理解した。
「すまない、無駄な時間をこれ以上過ごしたくは無い、君と話すことも触れることも私は望みはしない」
それでは…と冷たく言葉を言い放って置いていく時、テスラは家のドアを開けるなり優しいビーフシチューの香りが広がり、帰りを告げる上に掛けたドアベルの音が小さく鳴ると足音が聞こえて、広がったスカートの裾と白いエプロンと共に見慣れた女性が彼の視界に入る度、彼の心拍数は心地よく高鳴り、密かに瞳孔が開いて、目の前に彼女がやってきては微笑んで「おかえりなさいませテスラ様」というと同時に彼はその巨体で彼女を包むように抱き締めた。
唇を触れさせて、夕食を共にして、同じ湯船に浸かる、そして同じ狭い一つのベッドを共有するというのはテスラにはずっと不要だったはずだが、一度その味を知れば彼は手放せなかった。
テスラが自身の机に向き合うように座っていればレディは彼宛ての手紙を差し出した、毎日テスラに来る手紙の数は多く、それは神も人も問わず、誰もが彼に何かを望むようなことであり、大抵が食事や社交界の誘いでもある。テスラは軽く目を通してはどれも不要だと返事も出さずに隣のゴミ箱に落としていくが、レディは落とされたばかりの上質な羊皮紙の手紙を手にしては「まぁ素敵なお嬢様から社交界のお誘いですわね」と微笑ましそうに声を出すことにテスラは苦笑いをした。
「興味はおありかなレディ?」
「そうですね、そういった場は気にはなりますが私には無縁の世界ですので、私自身は行けませんわ、テスラ様はきっと社交界でも一つ輝く光でございましょうね」
「Non.期待してもらえるのは有難ちが私はあぁいう場は苦手でね、生前もずっとだが、全く時間を取られるだけで苦痛でしかないよ」
「あんなに美しいお嬢様方に囲まれているのに……ですか」
それはまぁ不思議だというようにレジーナが目を丸くする。
彼女からしてあれだけの女性に持て囃されてしまうというのは男性として喜ばしいことであるだろうにと感じるがテスラは持っていた羽根ペンを置いてレディを見つめた。
「No.Non.Nait.レディ、私は無数に囲まれるよりも唯一の光に照らしてもらえる方がずっと嬉しいよ」
「それはそうですわね、でもたまにはそういう場に行っても良いのですよ?新しい閃きがあるかもしれませんから」
「君が私の助手─パートナー─として共にしてくれるならね、君以外と行くことも踊ることも私は断固拒否だ!」
胸を張っていつものように堂々と答えるテスラに彼女は困ったと思いつつも、少しだけ嬉しそうにするがテスラは反対に少し意地悪に「レディ、君は私が他のパートナーを作っても?」と問いかけることに彼女は少しだけ悩ましい顔をした。
「建前だけなら良いと言えます、でも本音はNoですわ、でもそんなの言う権利は私には無いのです」
「何故だ?君は個体なんだ、自分の意見をいうことは罪ではない」
「だってそれを言ってしまうと私はずっと貴方を縛ってしまいます、私は昔から浅ましく、そして強欲なのです、だから我慢をするんです」
求めることは良くないという彼女にテスラは不思議に感じた。
レディは時折深く自分が罪を持っているような態度を見せるがそんなわけがないと思え、軽く椅子を引いてゆったりと座ると彼女の手を取りこの膝に招いた。驚いた様子はありつつもテスラにされることを受け入れる彼女は彼の膝の上で顔を俯かせてしまうことに、まるで昼寝の時のように彼女の髪を撫でて「何故だい」と静かに問いかけるとレディはまるで親に何か欲しいものを強請りたくてもいえない子供のような顔をした。
「私、罪に近いものだと思ってました、学ぶことを」
それはレディが生まれた時代や生まれた場所のせいでもある。
農村が盛んな地区で生まれた彼女は文字の読み書きができなかった、それは彼女が自分の家族のために働き続けたからだ。朝から夜まで土汚れで生きて、週に一度町へ野菜やパンを売りに行った時、自分と同じ歳の少女たちが綺麗なワンピースに本を片手に歩いている姿を見た時、それはとても羨ましいと思ったが、同時にそれを望むことは罪だと言い聞かせた。
人にはそれ相応の立場があり、分不相応であると彼女は理解していたからこそ、どれだけ文字を見てもそれを理解してはならないような気がして、ヴァルハラに居てもなお言葉を学ぼうと思えなかった。
「でも貴方に出会ってしまったんです。この世界で私の時代にはなかった"電気"を作り、世界を照らし、人類を大きく進歩させた、そんな人がどんな人なのでしょうかと思いました」
「……レディ」
彼女はテスラの膝に座って少しだけ高くなった目線で彼を見下ろしてはその指先で彼の頬に触れては、まるで子供を扱うように押しては眉を八の字にしては困ったようにその胸の内を告げる。
ヴァルハラにて電気を知り、それを地上の世界に届けた神にも近いと呼ばれた男ニコラ・テスラ、そんな彼が書いた最初期の論文を彼女は読めもしないのに購入した、そこに載るアルファベットの並びが彼の名前と知り、そしてある日彼が自分の通る公園に現れるようになり、そして浅ましくもサンドイッチを差し出すようになってしまった。
「あの時の貴方を囲む一人になりたいと思った。そしてそんな私に貴方は全てをくれた。こんなに満たされているのに他の方に何かを思うだなんて、あまりにも罪深い」
「レディ、君はそんなに私を…」
「ええ、私は平凡なただの村娘、それを一つの電球に変えられた、なのに貴方は私を単一個体として呼んでくださる」
本当は私はとっても欲深い助手なんですよ、とテスラの高い鼻筋に自分の丸い鼻先を触れさせて笑う彼女にテスラの胸がオーバーヒートを起こしてしまいそうになった。
そしてそんなに悪い助手だから、今日はホットチョコレートを淹れますわ。といって部屋をあとにしてキッチンに向かった彼女を見送ったテスラは全身がぶわりと熱くなるように感じた、感電したように全身が震えて、心臓が激しく音を立て、一人残されたテスラいつものような歓喜の声を大きく上げるのではなくただ噛み締めるように顔を手で覆い隠しながら味わった。
「レディ……いや、レジーナ。君は私の特別さ、唯一の光だ」
レディは文字を知らなかった、テスラの頭の中の一ナノも分かりはしないだろう。それでも彼がレディに惹かれたのはあの日声もかけずにずっとサンドイッチを置いていてくれたからだ。
十三時六分の時に捕まえ、自分の城という名の研究室に連れ込んだ時、彼女は何一つ文字が分からないと申し訳なさそうに告げられた時、自分がそんな事も考えなかったと新しい知見を得たようだった。機械や数字に電気のことを考えることがあっても人を知る機会をずっと彼は静かに拒絶していたのかもしれない。
生前何度も講演会や、研究室に人が立ち入ることを許可した、来るものを拒む気はなかった、自分に興味があるという人間に初めこそ彼は話をしていたのに、誰もがみな彼の狂気については来られなかった。
天才とは孤独だ、何一つそれを苦とは思わなかった。
ヴァルハラにおいて天才たちはみなそれを理解していたからこそ、その距離感はとても楽だった、テスラはレディを連れてきた時、自身の研究に手をつけ始めたとき「それはどういうことなのですか?」と聞かれた。
テスラは彼女に自身の研究や考えを語り聞かせた、それは長年彼が心を閉ざした故に久方振りに話すようなもので、何時間も語り聞かせてしまうものの彼女は三時間でも四時間でも、そして六時間が経とうと、夜になろうともテスラの隣に腰掛けて話を聞いた。
「ふぅ…話しすぎたようだ、少し喉が乾いたよ」
「ハチミツ水です、お飲みください」
「美味しい、それにしてもレディ、君は私の話を随分聞いてくれてたみたいだが理解できるのかい?」
「いいえ、何一つ分かりません、でも貴方が人類を愛し、人々に光という名の希望を届けようとしているのだけは分かります」
分からないことを分からないと言える、その無垢さがよかった。彼女にはくだらないプライドも何もない、ただ純粋にテスラをみつめ、彼はその瞳が何百ボルトの電気よりも強い力と眩さを持っているように感じられた。
分からないから分からないままでいるというわけでもない、彼女なりに考えて話をする、それはあまりにも貴重な議論でもあるだろう。彼自身が生前の相手に得られなかった"対話"がそこにはあり、彼女はテスラを対等な人としてみてくれていた。
「まだ寝ないのかい」
「テスラ様が寝られるまではお傍に居ます、それが今できる私の助手としての勤めなのですから」
短時間睡眠気質の彼の体力にも、常人には及ばないその知性も、誰もがみな静かに距離を開ける中で彼女はどんな時でもテスラのそばにいた。
だからこそ、彼にとって彼女が光になるのは当然のことなのだ。
「テスラ様、難しい顔をしておりますね、ホットチョコレートを淹れましたからお召し上がりになりませんか?」
「頂くよ、甘くて美味しい、レディが淹れるドリンクはどれも私のニューロンを活性化させてくれるね、完璧だ」
「愛ゆえでございますね、お褒めくださるテスラ様に私からのプレゼントです」
「マシュマロか……ふふ、かわいらしい」
一口飲んだあとに乗せられた小さなハート型のマシュマロ、それはレディとテスラの互いの想いの形のようでもあり、二人はクスクスと笑い合いながら夜更けのホットチョコレートを飲み干して、互いを感じながら足先を絡めて一つのベッドで眠りに落ちた。
他人を思うよりもずっとずっとお互いを想い合う方が有意義だと感じながら彼女の背中を抱きしめテスラはレジーナの額にキスをして眠りについた。
「それで随分と機嫌が良さそうだな」
「勿論だとも!昨晩私とレディは互いの想いを知り合った、やはり私と彼女の関係は因果律に定められた関係、あれはまるでニュートンの万有引力であり……」
「あぁそりゃあ聞いたよ、お陰様でお前がますます彼女に夢中だともな」
共有研究室の奥でテスラの傍でコーヒーを飲みながら彼の新しい設計図を読むエジソンは素直に関心をしつつも、常にその話の中心が彼の助手になっている事には砂糖を入れてないのに入れた気分でコーヒーを飲むようなものだった。
しかしそんな彼女の話を聞くとき、エジソンはふと止まった上でテスラを見て、しばらく考えた上で「なぁおい」と問いかけ、テスラは何かと話を遮られたことに不服そうな顔をした。
「あの子"ここに来てから電気を知った"って言ったよな?つまりあの子……電気がなかったのか?町に出ても電気がなかったってことなのか?」
「……ン?確かにレディはそういっていたな、あと国の話をした時に七年戦争に勝利したとか、隣国で革命があった……ン?」
テスラとエジソンは顔を見合せた、そして自分たちの頭の中を必死に滑車を回すように回転させ、そしてひとつの答えに行き着いた。
電気もなく、農業が盛んで、産業革命もあり、時代が静かに進んでいこうとした時代。それは二人よりもさらに百年ほど前なのではないのかと感じ取る時、研究室に十五時のベルが鳴り、優しい天使の呼び声が聞こえた。
少し古臭くも感じるジャケットとスカートに奥ゆかしさのあるジャボ、チェック柄を好みティータイムを大切にする農村の田舎娘と言った彼女。
二人はまるで走り出すようにティータイムの呼び出しをする彼女に駆け寄ると珍しく早く来たと嬉しそうな顔をするがテスラは彼女の肩を抱き、エジソンは声を上げて問いかけた。
「レディ、あんた……いったい何年生まれだ?」
外には今日もテスラのファンたちが並んでいる。
みんな煌びやかな女性方だ。
しかし、いま目の前にいる素朴な助手は微笑んで告げた。
「一八世紀のイングランド出身でございますわ」
その時、全員が一度レディを見て、その後ガリレオとニュートンを見た、そしてもう一度レディを見た、つまり彼女はこの研究室の中では三番目にヴァルハラ歴の長い"レディ"であるのだと気付いた時、科学者たちは一同に目を丸くして、そしてテスラは大きな声を上げた。
「なんて素晴らしい完璧な"レディ"なんだ!!」
「あらあら?どっどうしたのですかテスラ様」
「君という白紙の紙だと思っていたものがまさかそんなに重要な歴史を司っていたとは、声にもならない喜ばしさだ、数百年待ち続け出会えた私たちはやはり究極の単一個体だ!」
何も無いわけがないとテスラが声を上げて抱きしめることに何も分からずに彼女は照れくさそうにしつつも、そっと優しくその大きな背中に腕を回して、広い胸の中で微笑んだ。
「えぇ私たち完璧な博士と助手です」
それは彼女が自分に告げた罪という名の唯一の独占欲と愛であり、数百年の時間を経て出会えた彼との運命を静かに喜びながらドアの奥の淑女たちに見えぬように微笑んだ。
本当は少しだけ意地悪に、霧と雨と土に塗れた田舎娘は、綺麗なだけのレディになんて負けないんだというように、その太陽のような温もりを味わうのだった。
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