「匠さん準備出来ました?」

扉の奥で声が聞こえた、普通こういったものは男側が行くのではないだろうかと不思議に思うものだったが彼女は待てがいつまでも出来なかったらしい

「あぁ出来てるよ」

「入っても?」

「どうぞ」

周りにいたスタッフ達は微笑ましそうに見守っていて少しだけ気恥ずかしく思った、滅多に着ない白いタキシードは新鮮でドアを開いと共に目に入った真っ白なシフォンたっぷりのウエディングドレスを着た女性は現れた

「何度見ても素敵だな」

「匠さんもすごく素敵」

「少し前まで子供だったのを忘れそうだよ」

「そういう匠さんはずっと大人ですよ」

キラキラと移り変わる彼女の表情は何年見ても飽きることがない、ふと瞼を閉じると彼女との出会いプロポーズの出来事まで鮮明に思い出せた


棺仙狸という少女に出会ったのは今から5年前、彼女はまだ高校生になったばかりで慣れない通学電車に乗っていた
そして真鍋匠も、満員電車の中で顔を真っ青にして肩を震わせ下を向く彼女の様子を見ていた時真後ろにいた男がニヤニヤと笑っていたのが気にかかり、携帯の画面に"何かされてますか?"と打ち込み男に見えないように見せれば彼女は頷いた
手元にあったボールペンを片手に少女の下半身近くの手元に軽く刺すように触れれば大当たり、即座に男を次の駅で下ろした

「俺が何したってんだよ!」

「よく言えたものだな、あぁすまない駅員を頼みます」

「あんたに関係ねぇだろ」

「関係あるんだよ、これでも警察官だからね」

普段と違いただの一般人相手の制圧など簡単なもので駅のホームで押さえつけ即座に駅員と共に連れていかれる男、そして事情聴取されるであろう少女は未だに震えて涙を流していた

「その…よかったら」

「あ、ごめんなさいこんなこと初めてでパニックなってしまって」

「…良ければ付き添いをしようか」

「迷惑じゃないならお願いします」

律儀に頭を下げた彼女はまだ子供の顔でこんな娘相手に手を出せたものだと感じたが、人間の本能として雄としての本能で若い娘に欲情するという意見も否定はしないが人間には理性があるのだからその様な恥を知らない行為は気分が悪くなるものだった
密葬課に連絡の上午前休を貰い、仕方なく傍に座り話を聞けばあっさりと男は自白し初めてでないこともわかった

「あの今度お礼させてください」

「いやそんなのはいい君には怖い思いをさせてしまってたんだ」

「そんな事ないです助けてくれた…優しい人なんです、お礼させてくださいお願いします」

「あー…そうだな、君の言うお礼って?」

「良ければお食事でもあんまり高いところはその…難しいですけど」

「いや構わない、そんなことをしてもらう為に」

「ダメです!私が嫌なんですお願いします」

きっと彼女の押しの強さにずっと負けていた、それから名刺を渡して名前を互いに知り食事に行ってそしてまた良ければ…と何度も繰り返して出かけるようになり、ある意味それが休日の趣味とも取れるほどになった
彼女の両親とも事件以来挨拶をして真鍋さんなら…と許される程であり、周りには女子高生と楽しんでいるなど悪い方の噂が一時的に流れるほど長続きした

「真鍋さん冬の海って新鮮ですね」

「はしゃいでコケるなよ」

「そんな子供じゃなっ」

「言ったそばから」

出会って1年が経過した時彼女と出かけることも随分と慣れて休日は車でドライブをして遠くまで遊ぶ程だった、基本的に彼女の行きたい場所に連れていきカフェや雑貨屋やタピオカや決して大の男では行かないような店ばかりで密葬課に所属の若いメンバーの話も少しわかる程度には知識を付けられたほど
高校生の勉強をみてやることもしばしばで懐かしさも感じられたが何処までも彼女がまだ幼い少女だと教えられると同時に、彼女の熱い視線にも嫌でも気づいた

「今日私真鍋さんに言いたいことがあったんです」

真冬の寒い海の砂浜で転んだ彼女が大きな声を張って言った、合唱部に所属しているだけあって声はよく聞こえると思った

「私真鍋さんの事が大好きです、貴方と付き合いたいです」

キラキラとした宝石や万華鏡のような輝く瞳、希望と楽しさしか知らない彼女、いつか楽しい感情が恋心に変わることなど男女関係についてはそれなりの経験を踏んできた真鍋にも分かっていたことだった
そしていつだって見放して彼女を遠ざけることが出来たがそれが出来なかったのは自分自身が楽しかったからだろう

「仙狸すまない、今の君には答えられない」

まだ高校二年生の彼女には悲しいがそう伝えるしかできなかったが分かっていたように頷いて微笑んだ

「また海に来てくれますか」

車の中で彼女は言った

「あぁ勿論」

ラジオを変えながらそう答えた
それからも関係は続いた…本来はそこで終わる予定だったが彼女の連絡は途絶えることはなく、ネットで見たカフェのURLと共に"ここのたまごプリン美味しいらしいですよ"と言われれば仕方なく行くしか無かった、甘い言い訳だと理解していながらも彼女との関係は続き毎週末行きたい場所を見つけたり見たい映画を探したりした

「これよかったらクリスマスプレゼントに」

「ネクタイか…それもここの結構いい値段しただろう」

「普段全然お金出させてくれないから」

「子供は甘えてたらいいんだよ、でもありがとう折角だし付けてくれるだろうか」

「下手でも笑わないでくださいよ」

「いいよ期待してないから」

そう言えば子供の顔で睨むゆえに可笑しくて笑い声を上げてしまう、少しきつく結ばれたくしゃくしゃのネクタイに彼女は気難しい顔をしたが「思ったより綺麗だよ」と慰めれば「思ったより…ね」と返される、そういうところが子供らしく可愛いと思いつつ年々様々な情報を入手して綺麗になり女になり大人と進化する仙狸をみて真鍋はなんとも言えぬ気持ちにもなった
高校三年生の11月頃だった

「私大学進もうかと思いまして、警察官を目指してて」

「いい事だ、両親も賛成だろう」

「うん、真鍋さんの部下になりたいなぁなんて思って頑張ってる」

「期待してるよ」

静かに車は高速を走った横浜の赤レンガ倉庫に行きたいという彼女の意見に賛成して赤レンガ倉庫でやっているフリマや近くの中華街で食事をしたり小さな遊園地で遊んだりしていればあっという間に21時で送ってやる
ラジオの代わりに仙狸が入れていた韓国系アイドルのラブソングが流れている、最近テレビやCMでよく聞く曲だと思いながら話を続けていた

「私やっぱり真鍋さんのこと大好きです、ずっと変わらないくらい…大好きです、今の気持ち聞いてもいいですか」

彼女の顔はあえて見なかった今見てしまえば全てを無視して答えを出しそうな気がしたから、ハンドルを握る手に力が自然と入ってカーナビの表記時間は21:41でまだ家に帰るには時間があるかと住宅街の中に車を静かに走らせる
2.3分の沈黙のあと真鍋は答えた

「仙狸が高校生を卒業したら付き合いたいと思う、今はまだ高校生だからそれ以上の答えは出せない」

「卒業したらいいんですか」

「あぁ」

「嘘じゃないですよね」

「君に嘘をついたことあったか」

「1回だけ、ロシアンチョコレートで嘘つかれたことあります」

その言葉にあぁ確かにある日買ったロシアンチョコレートでこれは辛くないと言って食べさせた最後のひと粒が辛かったな…と思い出した

「でもそれだけです、それ以外嘘つかれたことありませんデートが出来なかった時も絶対別日に予定くれたし」

「それぐらい君には誠実に生きてるつもりなんだけどな」

「じゃあ私期待しちゃっていいですか」

「あぁでも」

ふと真鍋はゆっくりと仙狸のアパート前で車を止めてからようやく彼女に顔を向けた、キラキラと変わらない星空を散りばめたような彼女の無垢な瞳に吸い寄せられて思わずベルトを外して小さく開いた唇を0.5秒ほど奪った「あっ」と小さく声を漏らしたのは彼女で真鍋も内心声を漏らしたが外には出なかった

「すまない」

「…すまなくないです、さっき続きなんて言おうとしました?」

「君が二十歳になったら妻に貰いたいんだ、それくらい好きだって言いたかった」

「真鍋さんもう1回キスしちゃダメですか」

「ダメ」

「次してもらうのは卒業してから?」

「…そう、それまで我慢しててくれ」

車から降りてアパートの中に消えていった彼女に深いため息をこぼす、真鍋匠お前は男で大人だろう…と言い聞かせたがどうやらその魔法は3年が経過すれば終わってしまうらしくもう時間の問題だった
そこから卒業までの時間はあっという間で仙狸の両親に結婚前提で交際をする話をすれば2人は手を取り合って喜んだ、隣に座っていた仙狸も嬉しそうに微笑んだ

「懐かしいですねここの海、昔来たっきり来てなかった」

門限が無くなったことにより夜遅くまでも出かけるようになり大学生の仙狸は楽しそうだった、交際を初めたが昔と何ら変わらない手を繋ぎキスをする程度の関係に変わっただけで周りの大学生カップルのように朝帰りをするわけでもお酒を飲んで一線を超える訳もなく、ただ静かに時間を過ごすことが心地よかった
仙狸の最後の19歳の日、真鍋宅に泊まりだといっていたが日付が変わる前に海に行きたいと言われ車を走らせた

「転けるなよ」

「転けませんよ、それより海入ります?」

「帰り大変だろダメだ」

はしゃぎ回る彼女を横目に真鍋はふと携帯が震えた、バイブレーションを止めて彼女のそばに歩いて止まる、そして跪き小さなジュエリーボックスを開き彼女を見つめる

「仙狸20歳のお誕生日おめでとう、そして私と結婚してください」

そう言われた仙狸はまるで昔遊んだビー玉のようにキラキラとした瞳で匠をみつめていた、泣くことも飛び跳ねることも無く彼女は静かに昔から変わらないキラキラとした瞳で匠をみつめて頷いた

「私でいいですか」

「君じゃなきゃダメなんだ、というより私のセリフなんだけどなこんな年の離れた」

「真鍋さんがいいです、真鍋さんじゃなきゃ嫌です」

そっと細く小さな手が匠の骨張った男らしい手に重ねられる、昔から変わらないその姿に立ち上がり抱きしめる胸元に感じる暖かな彼女の温もりと優しさに幸福を感じながら小さく好きだと呟けば私も…と返事が来た、交際を始めてからも聞いた言葉だとしてもその日の重みは違う何故なら彼女も真鍋になるからだろう。

卒業と同時に入籍と結婚式をすることにした、彼女は極地なまでに楽しみにしていたブライダル専門店に行けば海のように目を輝かせて見るものだから思わず微笑んでそんな時間さえも懐かしく感じた

「花嫁の入場です」

その言葉と共にバージンロードの奥には着飾った彼女がいた、控え室で見た時と違う、店の試着室で見た時とも違うその花嫁姿につい涙がこぼれてしまい客席から"真鍋さん早いって"という声が聞こえたが仕方がなかった、彼女の父と腕を組み歩いてくる度に胸が緊張と幸福で膨れて真隣にたった時彼女は幸せそうに微笑んだ

「ようやく匠さんのお嫁さんだ」

「あぁようやく君の旦那さんだよ」

何年先も変わらないこの気持ちに今祝福をと誓いのキスを捧げた時、彼女の左手の薬指に光る指輪のようにキラキラと輝く瞳から涙がポロリと落ちていった。