Merry you
何度夜を重ねて何度シーツを乱して何度愛を吐いたのか分からないほどその女とは長続きしていた、自分の年齢と相手のことを考えてその日フロイドは言ったのだ
「そろそろ一緒にならねぇか」
一世一代の言葉にコイツはどんな反応をするのだろうかと純粋に興味が湧いた、振られることも無いだろうと高を括った結果の返事はこうだ
「付き合ってもない男とは無理」
その日某ホテルで男の悲鳴が鳴り響いたのを半径3キロ圏内の人達は聞いた気がした、だがしかし誰もそんな声には耳も貸さず気にもしない
耳を抑えた女は呆れきった顔で隣の裸の男を見た、そして男フロイド・リーは信じられないものを見るような顔をして女仙狸を見た、この世界に身を置いて更に関係を持った女性の中では1番長く1番心地いい女でありお互いにそう思っていると信じていた為に余計に信じられなくなった
「付き合ってない?こんな事しておいてか」
「大人なんだから"こんな事"くらいあるでしょ、この間も見てるしそういう関係だと思ってた」
この間という単語に引っかかり必死に頭を回転させる、彼女の言う言葉の意味がわかった時にはストッキングを履いてスカートのファスナーを直していたところである
「違うあれは仕事だ馬鹿」
「だとしても彼女じゃない私には関係ない」
「俺達がカップルじゃないならこの世のカップル全員終わりだ」
「だって」
「だって?」
仙狸は鞄を手に取って未だベッドで下着もみにつけていないフロイドを見下ろした、それは少し寂しそうにも感じる目であり何を言われるのかとゴクリと唾を飲み込んだ
「好きって言われたことないから」
じゃあね。と無常に彼女は切り捨てて出ていったガチャンとドアの閉まる音が聞こえて、フロイドはベッドに倒れ込んだ
ここで追いかけられるなら良かったがそんな気力もなくした、そもそも日本人と外人の認識違いもあるのかもしれないが好きでもない男に抱かれるほどビッチな女ではないことは誰よりも知っており、自分以外の異性とも友人以上の関係を結んでいないことは理解しており、何より彼女に男を教えたのは自分だった
情が移った訳では無いがその時からフロイドは彼女に惚れていたのだと思う
「好きって言ってるだろ」
呟いた声は静かな部屋の壁に吸い込まれて消える、そして彼は服を着替えて生気のない顔でホテルの36階にあるバーに流れ込むように入りウィスキーを頼んだ1.2.3と数えていたら数も忘れそうな程で翌朝フロイドはトイレと仲良くなってしまうほどだった、それはもう親友だと言えるほど仲良くなった
初めて出会った仙狸という女はまだ若く裏世界に入りたてでこの世界に詳しくないような女であり、ただ情報収集の為に扱うようにした無垢に笑う彼女に絆されて酒の勢いのフリをして抱いた
柔らかく細く白い彼女の身体を求めて好きだと告げた時彼女は確かに嬉しそうに微笑んで言ったのだ
「私も」
あの小さな唇から漏れた言葉に興奮して何度も求めあった、朝でも昼でも夜でも予定さえ合えば仕事だと言い訳をしていたはずが離れられなくなり、予定がなくても会いに来るようになった程
時計を見れば時刻は19:49でフロイドは重たい体を上げて身支度を整えてホテルから出ていき人の少ないバーに入る
今日だけは人に会いたくなかったなと思ったが彼は信用出来る上にこの世界であれば一般的にはまともな部類だった、話してしまえば楽だと思いつつ席に座る
「随分辛そうな顔してるけど大丈夫?」
「おう梶…お前女に振られた経験あるか」
「振られる前にそういう経験も少ないよ」
「俺はプロポーズを断られた」
その言葉に隣にいる梶隆臣は驚いた顔をした、二人の関係を知っているからこそ余計にそう思わせたか?と思ったが次の言葉に固まった
「そりゃあそうだろ」
頼んでいたウィスキーのグラスを落としそうになりながら大慌てで隣の男を見れば、まぁ当然だと言った顔のままだった
その反応に驚きつつも冷静さを装うふりをした
「好きって言われないってずっと言ってたよ」
「言ってる、あいつ聞いてないのか」
「ベッドの中で…だろ、そりゃあ仙狸さんも不安になるよ」
そんなことはないと否定をしたかったがよく思い出せば普段2人で食事や出掛けたとしてもそういったことは言ったことがないなとと思えた
更にアドバイザーは優しく助言した
「仙狸さんなんて定型的な日本人女性なんだし、告白もない中ならそんな扱いされて当然でしょ」
告白?という言葉に疑問を抱きながら少し残った酒に頭を痛めつつフロイドは考えた、そしてインターネットで日本の恋愛事情を調べた結果理解した、言葉がなくては何も始まらないのだとフロイドがかつて恋人との接してきたことはかわいいね、ありがとう、じゃあベッドでね…からの恋人、のようなものであり大人の恋愛だと言われればその通りのものだった
だがしかし仙狸はそんなもので恋人と認識しなかったのか反対にセックスフレンドと認識していたのだろうと察してしまいフロイドは冷静な頭で考えた
「それでどうしたの」
「いや、前回の話なんだが俺は確かに仙狸に告白も好きも言えてなかった」
日本でもトップクラスの絶景の見えるフレンチレストランの窓際の席でフロイドはいつもよりも綺麗なスーツを身にまとい、仙狸も、ドレスコードに従ってシンプルかつ大人しい深緑のワンピースを着ていた
「好きだとかそういうことを言えてなくて申し訳ない…だが俺は本気で好きだ、今後を一緒に生きて生きたいんだ」
「ええ」
「だ、だからそのえーっとだな」
こういう所だ彼のずるくて可愛くて好きな部分はと仙狸は思った、いつだって自信家でまっすぐと前を捉えるのに正面から対峙されると困惑してしまう時がある、特に真っ直ぐな目をした人間に対しては特に
仙狸はその性質を知っているゆえにフロイドをじぃっと見つめ続けたが耐えきれずにフロイドは席を立ってしまう、仙狸はただ好きだと一言告げられればプロポーズを受け取りたかった
人生の彩りや楽しみも苦しみも全て教えてくれた人だったから、だけれどフロイドは仙狸を一緒に落ちてきて欲しくはないとも思っていた。そして真っ直ぐに伝えるというこの行為がこれだけ難しいのかとトイレの中で思った
右ポケットに入った指輪は外に出して見つめれば出番はまだかと文句を言いたそうで、さらにため息をついた
「…あぁ言ってやるさ」
フロイドは深呼吸をしてスタッフからとあるものを渡してもらい自分たちの席に近づいた
ようやく戻ってきたフロイドに話しかけようとした仙狸の視界を埋めたのは赤い薔薇の花束だった、床に跪いた彼は真っ直ぐとした瞳で告げる
「marry me」
花束のせいで仙狸の表情が見えにくく、なんと返答が来るかもここまで来ればわからずにこれではまるでギャンブルだと思えてしまった、こんな女性に出逢えたことやこれ以上の女性に出会いたくもないと願いながら見つめればようやく彼女の黒茶の瞳と重なった
「日本語じゃないのが本当残念…だけど凄く嬉しい」
「じゃああの返事は」
「勿論、不束者ですが宜しくお願い致しますダーリン」
周りの拍手の音なども聞こえずに彼女を抱きしめてフロイドは頬にキスを送りしっかりと覚悟を決めて言ってやる
「仙狸愛してる、好きだ……だっ大好きだ」
「はい、私もフロイドさんのこと出会った頃から誰よりも大好き」
あぁ結婚式は絶対に盛大して子供は絶対3人で女の子が欲しいと早くも考えながら彼女の指に光る指輪を付けながらフロイドは小さく微笑んだ。