ウェディングソング


毎週土曜日の夜、彼は来るスーツ姿のまま適当にコンビニの大きなレジ袋を片手に手馴れた様子で合鍵で503号室のドアを開けて入ってくる、ゴソゴソと冷蔵庫を漁ったり電子レンジを使っている

「来てたんだ弥鱈くん」

「お疲れ様です棺さん」

「晩御飯買ってこなくても残ってるの食べて欲しかった」

「構いませんよ、一緒に食べます」

「カレーなんだけど」

「いいですよ」

風呂上がりのだらしない下着とキャミソールの姿で現れても何も言わない彼との関係はただの先輩後輩のようなものであり、それ以上以下でもない鍋に火をつけて炊飯器の中を確認した弥鱈は先に電子レンジで温めていた炒飯を食べ、無くなればカレーを用意し始める若い子のお腹は元気だと思いながら髪の毛を乾かさずにテレビを見ていればスマホが震えた

「げっ」

「またお母様ですか」

「そーそ」

ディスプレイに表記された名前を言う彼にため息を零す、言われることは分かっており親にとって子供はいつまでも子供だということなのだろう
どれだけ賭郎という組織にいても、裏社会に足を踏み入れていても甘い自分は家族との縁は切れないままだった、3.4コール目で電話を出れば聞きなれた母の声が聞こえて仙狸は面倒くさそうな顔をしてテーブルの上にあるガラス灰皿を手元の寄せてタバコに火をつける
そんな様子を見ながら弥鱈は夕飯を食べつつスマートフォンでゲームをしては明日は今日より寒くなりますと告げる天気予報士の話が耳に入る

「はぁ?お見合いなんて無理無理絶対無理」

大きな声で叫ぶ様に言った仙狸は全くありえないと言った様子でタバコの灰を灰皿の上に落とした、電子音声から聞こえる声はハッキリとしないがえらく熱くなっている様子がスピーカーでなくとも聞こえる程だった

「彼氏?あー…うん、そう居るんだよね、紹介??え、まぁ出来るけど、はぁ分かった来週末行けると思うから」

じゃあまたね。とようやく終えた話に深いため息をついてタバコの火を消して仙狸は重たそうな体で立ち上がり冷蔵庫からビールを取り出す「弥鱈くんいる?」と言われ「お願いします」と返事をすればテーブルの上に2本の缶ビールが置かれている表向き銀行員として仕事をしている割には彼女は安いビールを買うなと毎度の如く思いつつも互いに沈黙の上プルタブを開ける、独特の缶の開く音を聞きつつ1口目を飲んだ仙狸は大きくハァとため息まじに息を漏らした

「どうしたんですか、いつもより盛り上がってましたが」

「お見合い勧められたのなんかお母さんの知り合いの人…でも結婚とか本当無理だし、どうしよう」

頭を抱えた仙狸の今の心境は本当にどうすればいいのか分からず、現実逃避に酒を飲む程度だった、ヤクザや銃など怖くはないがそれ以上に恐ろしいのは母であり彼女の行動力はそこいらの人間以上だからこそお見合いの話が出たとなれば特別な理由がない限りは確実させられる、だからこそ嘘をついたバレるであろう嘘を終わり際に連れてこいと言われた結果もう逃げるすべもなくなり仙狸は泣きそうな気持ちになった

「私が着いていきましょうか」

「え、弥鱈くんいいの?彼氏役だよめっちゃ色々聞かれるよ」

「構いませんよ、それにここまで生活共有出来てるならフリを装ってもバレないでしょう」

「天才だよ弥鱈くん、来週末に行く予定だけど立会とか仕事とかない?」

「えぇ大丈夫ですが実家近いんでしたっけ」

「電車で1時間半くらいかなぁ」

「じゃあ車で行きましょうよ、迎えに来ますから」

そうと決まれば心は快晴仙狸は気持ち良い気分でビールを開けた、勿論お礼は後日しっかりとするが今日は前祝いだとコンビニに走って大量のお酒を買いながら2人でネットゲームに勤しむ、あぁこんなにも楽な気持ちは無いなと仙狸は心の中で高笑いしながらいつも通り同じベッドで眠りについた
その日から母にようやくでかい顔ができる、それだけが彼女の喜びであった

「めっちゃ気合い入れてくれてるじゃん」

「そりゃあ恋人の両親に挨拶するんでしたら当然です」

「さすがオタクは設定の作り込みが違うね」

「黙ってください途中で下ろしますよ」

迎えに来た弥鱈は立会人としてでは無いスーツ姿で来た彼に思わず笑ってしまう、あぁ恋人が出来たらこうして扱うんだろうと思えてしまい新鮮だった、久しぶりに乗った弥鱈の車は相変わらず広々として高速乗ってる間には両親の話をする
口うるさい母と穏やかな父、犬のポチタがいてもう老犬で心配だと話せば何も気にせず相槌をいつも通り打たれる、近づく度に胸が痛くなってきて思わずコンビニのトイレで吐いてしまったが昨日飲んだ酒のせいだと言い訳をしてタバコを吸った

「禁煙しないんですか」

「しない、私が禁煙する時は死ぬ時か子供できる時だけ」

「子供作る気は?」

「あるわけないでしょ、喪女だしアラサー近くなんだから」

「結構似合うと思いますけどね、子供世話するの」

「冗談なんて珍しいね、なんか奢ってあげようか」

「コーヒーでお願いします」

遠慮のない彼の言葉に二つ返事で了承してコンビニに入ってコーヒーを片手に戻れば車の中でスマホを相変わらずいじっている彼の夢中な画面を見つめた

「えっSSRそれもってんの」

「こないだ酔った棺さんに引いてもらいました」

「私当たらなかったのに」

まるで小・中学生みたいに会話をして車を走らせる、一般的な一軒家の前で車を停止させてチャイムを鳴らせば車は適当に入れて置いてと言われ指示通りに片して重たい足を引き摺りながら家に入る、変わらない懐かしい香りに安心感と少々の不安、リビングにはさっそくニコニコ笑顔の母と困ったような父がいた

「はい、ただいま…こちら彼氏の」

「弥鱈悠助です、仙狸さんとは数年前から職場で出会いました」

「あらぁ職場恋愛なの、素敵ね付き合って何年?」

「出会ってから6年は過ぎますね」

「この子私に言ってこないのに」

マシンガントークが始まったと内心ため息をこぼして悪い癖だとわかりながらも足で貧乏揺すりを始めてしまう、向かいに座った父が「すまん、止められなかった」と小さく言い「いいよ別に」と返事した、母と話をする弥鱈はいつもよりも楽しそうで2人は意気投合した
夕飯を食べて明日帰りなさいと言われる、流石にそこまで居られないと伝えて夕飯だけをご馳走になる

「素敵なご家庭ですね、私のところは父ひとりでもう居ないので」

「いつだって来ていいのよ、仙狸の彼氏なんて私たちの息子よ」

「ありがとうございます」

「お母さんの弥鱈くんそんなに叩いたら折れるよ」

「それよりアンタいつ結婚するの、6年なんてもういいでしょ」

「いやそれは予定な…」

「来月くらいに予定してます」

は?と声が出そうになりながら弥鱈をみたが母に捕まってしまい彼は何も言わずに見てくることもなかった、目の前で夕飯を食べる父がニッコリ微笑み「仙狸もお嫁さんかぁ」と呟いた
冗談ではない!と言いたかったがこんな幸せ円満空気で言える訳もなく乾いた笑いが漏れる、すっかり上機嫌の両親に背中を押されて車に乗って運転される、ラジオのBGMは静かでしんみりとしてしまうと思い適当に音楽を流す低い男性の曲だった

「さっきの何あれ」

「何か?」

「結婚の話よ!信じちゃったじゃんかあのお母さんに今更嘘でしたなんて通じないんだよ」

「問題ありましたか」

高速をおりたかと思えば車は家と反対方向を進み、あまり知らない場所に車を停められた冷静に前を向けば海が見えて埠頭まで来てしまったかと察した
家で揉めたら近所迷惑だからだろうと察しながらも仙狸は弥鱈に責め立てる

「問題でしょ、私たち恋人のふりをするって言ったけどこんなこと言ったら本当に引けないでしょ」

「俺はそれでいいと思ってますよ」

「は」

シートベルトを外した弥鱈が助手席に近づいた思わず仙狸は同じくシートベルトを外して逃げるように近づかれる度に後ろに身体をやるもドアはロックされて開くことは無かった

「本気であなたと結婚したいと思ってます…だから結婚してください」

「な、なに、言ってんの」

ついて行かない思考に壊れそうで目の前を見たが彼は冗談ではないらしく左手を取られて薬指に何かをはめられる、ふと見てみればシルバーの指輪がきらりと光っていたことに仙狸は目眩さえ感じてしまいそうだった、けれど気にした様子は無く弥鱈は自分の左手を見せて顔を寄せる

「仙狸さんとなら私結構幸せな家庭築けると思うんですよね〜」

間延びした情けない声、1か月前の記憶とはいえ懐かしく感じた、チャペルの鐘が鳴ってベールで覆われた視界が明るくなりはっきり見えた似合わない白いスーツを着た友人から旦那に昇格した彼を見て言う

「弥鱈くんって白スーツ似合わないんだね」

「そういう仙狸さんは綺麗ですよ、そして貴方も弥鱈ですから」

「あっそうか…じゃあ悠助くんだね」

えぇそうですよ、と返事をするように口付けを交わす
奥で母の泣いてる姿をみてあぁ親孝行出来たかなぁなんて思いながら左手の指輪を見つめて微笑んだ。