バンザイ
親のようにはならないと思った馬鹿みたいにどこでもかしこもダーリンと呼ぶ母と落ち着きのない子供みたいな親父、家でも外でも何処でも仲睦まじい姿を周りはいいことだと言うがそんな恥ずかしい奴になるものかと思っていた…そう、思っていた
けれど初めて彼女を見た瞬間に恋に落ちた、静かで気もあまり強くない、こんな世界にいていいのかと思えてしまう程一般人の様な人間、祖父のお気に入りだというが暴がある訳でもないそんな女をなぜ気に入ったんだと話を聞いた時に思ったが出会ってわかった
「巳虎くん、ご飯食べないの」
「いや食う」
「ぼけっとしてどうしたの?」
「見惚れてた」
「ふふ、ありがとう」
彼女が小さく微笑むだけで、彼女が少し泣くだけで、彼女が感情を表すだけでそれだけで心が動かされる
今まで巳虎は女性に困ることは無かった、地位も権力もそれなりに持っていて顔も体も悪くない、求められて気分が乗れば付き合ったし面倒になれば直ぐに切り捨てた、妊娠したという女は大抵嘘だと知っている為に証拠を突きつけて捨てたりもした
自分が男として優しくないことは理解しており、そして何より他人よりも親よりも大切な存在がいる為に親の様になるはずがないと思った
「今日もすげぇ上手い毎日食べたいな」
「そんなに言われるとこれからも頑張れるな」
恥ずかしそうに笑う彼女に少し箸を持っていた手が止まる、今日こそ伝えるべきだと巳虎は考えていた、付き合い初めて1年半毎週末泊まりに来ているので殆ど通い女房だ
目の前のこの人以外に自分の人生に入ってきて欲しい人物などいないと心から思っていた
「なぁ」
「どうしたの?お醤油?」
「違う、その」
上手く言葉が出ない、人生の中でこれ程緊張したことは無いと巳虎は思った少し乾いてきたら喉を潤すためにお茶を飲み干して目の前に座った仙狸をみていった
「結婚してください」
本来ならばもっとロマンチックなプロポーズが出来たはずだったが焦っていたのだ、買った指輪を見る度に悩んで彼女の顔を思い浮かべて愛おしさが募って、返事のない仙狸を見てみればポロポロと涙を零して返事がなかった
「その返事は…どうなんだよ」
「ご、ごめんね嬉しくって」
「じゃあ能輪になってくれるのか」
「はい、勿論喜んで」
その日の夜2人はいつも以上に幸福な気持ちで過ごした、先に祖父両親には連絡を入れれば夜中になっているにも関わらずに家に来て盛大に喜んで仙狸を抱き締めていた
曾孫は早く会わせたいと話す巳虎に仙狸は恥ずかしそうな顔でそうだね。と言いながら長く短い夜を能輪家と過した
「来週ウェディングドレス見に行くか」
「早くない?」
「じいちゃんが世話になってるブライダル専門店があるからそこがいいんだよなぁ」
「嫌って言ってもそこにするんでしょ」
「…嫌なのかよ」
「まさか、巳虎くんもこの家の事も大好きだもん」
あぁこの人と出会えてよかったと腕枕をする腕で自身に手繰り寄せて額にキスを落とした、早く能輪の姓を名乗らせなくてはならないと思いながら
それからの手続きは早く、役所へ提出に改めて2人で選んだ結婚指輪の購入、引越しの準備や結婚式の準備とあっという間に時間はすぎていくばかりの中で何度目かの来店となるブライダルショップの前に仙狸は立ち尽くした
「今日こそ決めようね」
「あぁ」
手を繋ぎあって中に入ればスタッフ総出の挨拶を受けつつ席に座り分厚いカタログを開く、前回から試着しているがなかなか仙狸のドレスが決まらずに悩んでいたお色直しすることを決めた上で着るドレスも複数着選べるがなかなかハッキリと決まらずに悩んでしまうのだった
「これはどう」
「素敵だ、さっきのも捨て難いな」
「こっちは?」
「すげぇ可愛いけど悩む」
「こんなのは?」
「斬新なデザインだな、似合ってる」
巳虎に意見を聞いても進まずに仙狸は試着室でスタッフと話し込むが彼女達も楽しそうに手伝うばかりである
その頃巳虎は新しいドレスで出てくる仙狸を待ちながらコーヒーを飲んでいた、手元で光る指輪が彼女との関係をはっきりと教えてくるおかげで見つめる度に頬が緩んでしまいそうだった
「…巳虎くんこれは」
「最高だな…なぁ、後ろ向いて」
「こんな感じだけど」
「それにしよう、仙狸はどう思う」
「こんなに着てたらもう分からないや…でも巳虎くんが決めてくれたのがいいな」
ようやく決まったウェディングドレスに合わせた小物を選んでいけばこれまた時間がかかって朝に来たのに外はもう真っ暗になってしまっていた、はぁ…と息を吐けば白く消えていってしまい仙狸は巳虎をみた
「来月楽しみだね」
「あぁもっと早くしても良かったけどな」
「でも賭郎の人たちのことも考えたら中々出来ないから仕方ないでしょ」
「…まぁ、な」
別に身内だけの式でも良かったがそこは祖父の顔や妻になる彼女の顔を立てるためにも2.300人は呼ぶ式になるだろう、数日前に見に行ったチャペルは大変広く美しく私服だとはいえもうこのまま式を進めてもいいのではないかと思えてしまう程愛おしさが募った
「俺と結婚してよかったのか」
「どうして?巳虎くんだから結婚したいのに」
「嫉妬しいだし、じいちゃんと仙狸が何よりも大切だと思ってる…子供なんてできた日には多分やばい事になる」
「知ってるよ、家族愛が強い君だから私好きになったんだもん」
仙狸は天涯孤独の身だった、幼い頃に両親をなくして児童施設で預けられ育ち家族を知らなかった、それ故に能輪の強い家族愛に憧れ自分も一員になりたいと思えたのだろう
そして誰よりも家族を愛する力を持っている巳虎に対しては特に憧れと好意を持った
「私の旦那さんは誰よりもかっこよくて優しくて強いんでしょ、じゃあ胸を張って堂々としててね」
「…そういう所も大好きだ」
「ありがとう、私も大好きだよ」
繋いだ小さな手に赤くなった頬と大きな瞳、全部が違う彼女が本当に能輪になったのかと未だ実感がわかなかった
チャペルの鐘が鳴り響き周りの人間の視線が集中する、アナウンスから「新婦の入場です」という声と共に祖父と手を取って現れた彼女を見た瞬間に…あぁこの人が俺の妻なのかと思えば何度目かわからないが見惚れてしまう
白く薄いベールの下にある表情は幸せそうに微笑んでいて、神父の声も聞こえずに見惚れていれば指輪が現れて指輪交換だったと思い出して慌てて彼女の手を取る
「巳虎くん、手が震えてるね」
「あぁ本当に結婚するんだな…って実感してる」
素直にそう呟けば仙狸も「私も」と小さく呟いた、もうとっくに能輪に変わったが中々感じられなかっが、周りの人に囲まれてこの真っ白な教会で美しいドレスを着た彼女を見て息を飲む
「では誓いのキスを」
低い神父の声に従い優しく口づけをした時彼女の涙の味がした、親の声や五月蝿い立会人達の声も聞こえぬほど彼女に目を奪われ、あぁ俺はこの人のことを死ぬまで愛するし何度も恋をするんだろうっと理解した
騒がしく楽しい一日を終えてドレスを脱いだ妻と二人きりの部屋の中で巳虎は深く息を吐いた、見慣れた部屋の中で変わったことは特にない、増えた結婚祝いの荷物や鳴り響く携帯のメールの着信くらいだが巳虎はソファーに寝転がっていた
「疲れちゃった?」
「少しな、じいちゃんが泣いてたな親父もお袋も」
「うん、良かったね」
「なぁ…改めて伝えたいことあるんだけどよ」
起き上がった巳虎の傍によって空けられたソファーに座り隣を見つめる、何度伝えたのか数えるのも忘れそうな程だろう、仙狸の手を取って巳虎は話す
「あの日出会えて俺の運命が変わった、ずっと好きだ愛してる俺の嫁さんになってくれて本当に嬉しいこれからもずっと側にいて、俺を支えてください」
「はい、私こそ巳虎くんと出逢えて人生が変わったよ、これからずっとそばにいさせてください、そしてお互い様に支え会おうね」
約束だよ。と最後に言った彼女を抱き締めてもう一度「愛してる仙狸」と言えば肩口が軽く濡れた感覚がした、ふと抱き締めた腕を離して顔を見れば彼女は少し前にプロポーズした以上に泣いて「私も愛してるよ巳虎くん」と言ったこれは2人だけの結婚式のように誓いのキスをした、あぁ君に会えてよかったと2人して思いながら夫婦生活のスタートを切っていくのだった。