花束


憧れがない訳では無い白いシフォンのドレスに白いベールを被ってバージンロードを歩き、目の前にたっている彼の普段と違うスーツ姿に見惚れる…なんてことは夢物語だ
命を狙われている身である彼にとって居場所をひとつに縛ることなどできる訳が無い、それ以上のこと等以ての外

「ご飯空っぽだけどまだ食べるの」

「あぁ」

「チンするやつでもいい?」

「なんでもいい」

そういいつつ目の前に用意した5.6人前の料理をぺろりと食べた彼はようやく満足した様子でテレビを付けていた、この家に来てくれるだけでも十分なものであり今更何も求められる訳もなく片付けをするテレビのニュースは結婚の話題をしていたが興味もなさそうに伽羅は見ていた

「へぇこの二人結婚したんだ」

「興味ねぇよ」

「お似合いだよね、いいなぁ」

深い意味などない、幸せそうに笑う夫婦となった有名人2人にただ自然と出た言葉だったが恋人である仙狸を見ながら伽羅は黙ってテレビを見つめた、ふと肩を掴み振り向いた唇を奪って床に押し倒した「するの?」という小さい声が漏れて「お前もその気だろ」とからかうように言えばいつものように互いの昂りをぶつけ合う、この行為が子孫を残す行為として役立っているのかも仙狸は捨てられた避妊具を見つめて思うのだ

周りの友達は結婚や出産の話はとうに過ぎて倦怠期や子育ての苦労話ばかりでそれさえ羨ましいと思えるものだった、自分と付き合うには反対すぎる人間だがそれでも交際を初めて2年以上は継続されていた
同じベッド眠りにつく彼は普段ならば見ることの無い自然な寝顔で小さな寝息を立てる、途中でベッドから出ても気付くことも無いほど彼は深く眠るものだから自然に居られる人間として扱われているのは大変心地よかった

「寒いから早く入れ」

「起こしちゃった?ごめんね」

「構わねぇよ…まだ寝るぞ」

「うん、お休み伽羅さん」

「おやすみ仙狸」

改めて挨拶をして瞳を閉じる、今で十分かと言い聞かせて眠りにつく
ふと目覚めれば柔らかい味噌汁の匂いに寝室から抜けてパジャマのままリビングにいけば朝食が並べられている、白米と味噌汁と鮭納豆等といかにもな朝ごはんに米も炊いてなかった上に鮭も用意していないと思ったが、食事を用意する伽羅は着替えておりキッチンには近くの早朝営業のスーパーの袋があった

「伽羅さんこれすごく美味しい」

「昨日テレビでやってただろ」

「凄いなぁ伽羅さんいると結婚したり子供出来ても安心だ」

「あ?」

「あ、例え話だよ!例え話…別にそういうのじゃない…し」

ふと零れた本音に仙狸は慌てて訂正して眉尻を下げて笑いほうれん草の入った味噌汁を飲みながら伽羅を見ても気にした様子はなく彼は白米をお椀に入れ直していた
彼に入る指輪があるのか式は和式でもいいな等と妄想をしてはでも無理なんだよなぁと冷静に考え溜息をこぼした

「時間平気か」

「え?あっもうこんな時間なんだ私行かなきゃ」

「シャツアイロンがけしといたぞ、弁当も入れといてやった」

「本当何からごめんね」

時計を見れば時刻はもう出勤時間間近で仙狸は慌てて食事を口の中に放り込みお茶で流した、用意してくれたスーツに身をまとって身だしなみを整えれば普段よりもゆっくりしすぎた故に遅刻だと泣く泣く思いながら慌ててパンプスを履く

「送ってやるよ」

「何から何まで悪いって」

「っせぇな、いいだろこれくらいさせろ」

表向きはただのOLである仙狸は遅刻をするよりかは言葉に甘えた方がいいと考えて頼み込めばバイクの鍵を持った伽羅と家を出る

「しっかり捕まれよ」

フルフェイスヘルメットを渡されバイクで送られる、何時頃には帰るからもし居るなら…と必要事項を伝えて分かれて、仙狸は会社内に入り勤怠を打った、そういえば珍しく伽羅が優しいような気がしたが彼も気まぐれ故にそういったこともあるだろうと認識した
仕事をこなしつつ、別携帯を覗いても立会人としての緊急連絡はなく今日はこのまま帰れそうだなと思い昼休憩に出た

「ふふかわいい」

思わず笑ったのは蓋を開けた途端にあの巨漢の男が作ったとは到底思えないほど可愛いクマのキャラクター弁当だったからだ、子供のようにタコさんウインナーまで入って卵焼きも綺麗な黄色でおまけにデザートにはいちごまで入っていた
子供の遠足のお弁当だと思えるほど拘った中身に仙狸は気分よく携帯のカメラで写真を撮っていればふと通りがかったほかの女性社員達に囲まれる

「彼氏さんが作ったんですか素敵ですね」

「私もびっくりしちゃったよ、可愛くてもったいないや」

「本当仙狸さんのこと好きで朝早くに作ってくれたんですね」

「愛されてますねぇ羨ましい」

彼女達の言葉にあぁ確かにそうだなと思った、彼は口数少なく多くを語らない好きも伝えられることは滅多にないがだとしても優しさが全てにおいて感じ取れる
朝早くに食事を作ってくれたりベッドで毎回1人分のスペースを開けるところ、時間が合えば必ず家に来ることも全てが愛おしさの塊で、結婚なんてなくても愛があるならいいかと冷静に思いその呪いのように考えていたモノをさっと捨ててしまいお弁当に箸を入れる

「本当今日珍しい」

「たまたまだ」

「雨って知らなかった」

「持ってきてやっただろうが」

仕事終わりの最寄り駅は大雨でコンビニで傘を買って帰るかと思ったがふと駅の端で傘を片手に待っていた男を見て上機嫌で腕を絡めるが彼は拒否することも無く大きな傘を広げた
スーパーに寄って帰りの食材を買って2人して狭そうに1本の傘に入って歩いて帰る、静かにバレないように見つめても伽羅は普段通りの表情で仙狸も意識しすぎたか…と内心恥ずかしく思いつつようやく着いた家のドアを開ける

「風呂はいってこいスーツはかけといてやるから置いておけよ」

「はーい、伽羅さん暫くはここいるの?」

「まぁ事と次第によっては直ぐに帰るし長くいるかもな」

「なにそれ変な返事しないでよ」

彼の背中を見つつスーツのジャケットを適当にソファーに投げ捨てて用意されたパジャマを片手に風呂に浸かる、好きだといっていた柚子の入浴剤を入れてくれていたり無くなりかけていたシャンプーの補充された姿などを見て久しぶりに来てくれたせいか随分と世話を焼いてくれているなと思いながらも気持ちが良かった
元より彼は口は悪いが人の面倒を見るのが特別好きな方だろう、家事も全部完璧にしてビーフシチューの匂いがほんのりと香れば食欲が湧いてお腹が小さく鳴いた

「うわぁすごいご馳走、何これどうしたの」

「たまたまだ、たまには目一杯食べろ」

「うん、食べるけど本当珍しいなってお弁当なんて初めて貰ったし可愛かったよ」

「可愛いっつってたろうが」

その言葉に記憶を遡る随分昔に雑誌の特集でかわいいと言ったのを思い出してそれを言ったのだと理解すれば何故か恥ずかしくなるのは仙狸で「そっそっかぁ」と零しながら夕飯を美味しいと呟きながら食べていく
まるで特別な日のようなラインナップの食事に動けないと思いつつも洗い物をすると告げて伽羅を風呂場に押し込む

「本当…いい人だなぁ」

ぽつりと呟いたこの関係が続くならば自分が何者であろうとどうでもよかった、ただ彼と同じ時間を歩み同じ食事を取れればそれだけが幸福だったから
普段通りテレビを見ていれば就寝時間になり、サイドテーブルのライトを付けて、いつでも彼が来ていいようにと買った広いベッドに2人で寝転がる、相変わらず固く高い腕枕を堪能しながら目の前にある伽羅のかさついた唇に口付けた

「今日朝から凄いご飯とか色んな事してくれてありがとう、凄い助かったよ」

「…おう」

「たまには私のことも思い出して帰ってきてね」

今彼が何をしているのかは知らないがあの有名ギャンブラーと一緒にいるせいか帰ってくることも連絡も減った故に素直にそう告げれば左手を取られて指を絡められる、あぁ大きく優しい手だと仙狸は思いながらも伽羅の胸に顔を埋めるように擦り寄った

「大好きだよ伽羅さん」

「俺も同じだ…だから今ここで答えを出せ」

「え?…えっ!えっーーー、なにこれ」

「指輪だろうが」

思わず叫んだ仙狸に伽羅は喧しいと言いたげな顔で睨んだが、仙狸はそれ所ではなく左手の薬指にいつの間にか存在した、何度も伽羅と指輪を見てそして彼の左手を見れば同じデザインの指輪がそこにあった

「答えって」

「俺と結婚してくれ、寂しい思いも置いていく気はねぇ」

「でも私あの立会人だし、仕事もあるし」

「構わねぇよ、それより俺は棺仙狸という女としての素直な意見が知りてぇ」

ベッドに正座する仙狸に合わせて胡座をかいて目の前でまだ困惑顔の仙狸が「でも」「だって」と続ける故に、腕を伸ばして仙狸の頭を掴み唇を重ねる舌を絡める訳でもない静かに唇を重ねるだけのキスが何分も続いた気がした、ふと離れた後目を見てみれば伽羅は変わらぬ姿で見つめていた

「結婚したい、伽羅さんの奥さんになる」

「じゃあ明日役所行くぞ」

「夢見てるのかな」

「なわけねぇだろ」

「結婚なんてどうして思ったの」

改めてベッドに入り直して仙狸は腕枕をする伽羅に言えば気まずそうに彼は呟いた

「いつも俺が出ていく度に泣きそう顔見るのもうんざりなんだよ」

それだけだ…も呟いた彼に仙狸は抱き締めた、恋人のその反応に悪い気がなく背中を撫でて伽羅は優しく伝える

「愛してる」

「私もずっと大好きだよ」

ベッドの中で言ったこの言葉を最後に2人は目を閉じた、明日からの忙しい日々を思って。