午後、昼下がり、女一人でファミレス。




髪切ったからって失恋したとは限らない





総悟たちが帰って行き、私は一人ポツンとファミレスにとり残されていた。
これからの予定は全くない。ほんとに何もない。
仕事も珍しくどちらも入ってなくて丸一日休みだ。
その休みを総悟が俺のために使え、と言うもんだからまぁ約束もあったし取り敢えず昼ご飯を奢るってことでお昼前からここに集合していたのだった。
ご飯を食べ終わった後は適当に総悟とブラブラしようと思っていたのに、まんまとすっぽかされた気分だ。

その後少しだけ居たものの、これ以上長居しても仕方ないのでさっさと退散しようと私はファミレスを後にした。
秋といっても九月の昼間はまだまだ暑い。
残暑残る日射しを浴びながら、今日払うはずだったご飯代が近藤さんのお陰で浮いたことを思い出し、久々に買い物でも行こうと思い立った。

いくつかのお店を見て回り、安くて流行りすたりのない着物を二枚買った。
こちらに来てから半年、私はほとんどを着物で過ごしている。コンビニの仕事では動きやすいよう服を着ているけどそれ以外は着物で生活をしていた。
始めは慣れなくて時間がかかったけど、お登勢さんが根気よく教えてくれた為、なんとか人並み程度は自分で着付け出来るようになった。
その方がこっちの生活に馴染んでいける気がしたからだ。

買い物を終えて、ふと一件の店に目が止まる。そこは美容院だった。
外に出ている看板を見て値段を確認するとまあまあな金額。そういえば私、いつから髪切ってないんだっけ。
こちらに来て半年。
前髪をちょくちょく自分で切ることはあったけど、後ろは伸ばしっぱなしだ。
一つに結んでいるためにあまり髪型を気にしたことはないけど髪を下ろすと結構ボサボサだったりする。
そろそろヤバイと思っていたし、今のこのタイミングを逃すとまたなかなか機会が訪れないだろうと思い、意を決してそのオシャレな店入ったのだった。


「軽くなったー!」
店を出て頭も気持ちも軽くなった。ついでに財布も軽くなった。
髪を切っただけでこんなに清々しくなれるなんて、今まで気付かなかった。
こんなことなら早く切っとけば良かったな。
私の髪は約半分の長さになり、それへ充分すぎるほどの気分転換になった。

美容院を出たら陽はずいぶんと傾いていた。
昼も短くなったなぁ、と家である長屋に向かう前についでだと銭湯に寄って行くと帰る頃にはすっかり外は暗くなっていた。
銭湯から約十五分。
なかなかの距離を歩きながら夏場は銀さんちのお風呂によくお世話になったなあ、と思い出す。
これからはこの銭湯通いが毎日続くのか、とちょっと切ない気持ちになる。



「おせーお帰りで」
長屋の鍵をガチャガチャやっていると、ふいに後ろから声がした。
振り向かなくても分かる。あの人だ。
紛れもなくあの人の声だ。
どうして今更、と思う気持ちとどうしようと言う気持ち。
それに紛れてなんとも言えない感情が溢れてくるのが分かった。

「な、なんでしょう?」
冷静を装うことなんて出来やしないのに、私はゆっくり振り返り出来るだけ意識しないように問う。
「なにって、なんでオメーうち来ねぇの?」
「はい?」
そこからかよ!いや、銀さんは知ってる。知ってて言ってる。
これは銀さんなりに仲直りしようって意味だ、多分。

私のなんとも言えない感情は嬉しさと変化していく、我ながら単純だ、だけど。
このままうやむやにされるのだけは嫌だ。少なくとも私は前みたいに銀さんとバカばっか言ってる関係には戻れない。
もう銀さんを男として意識してしまっているんだから。

「神楽がよー、また肉まん持って来いってよ」
銀さんは?
「新八も新しい料理教えてくれってよ」
銀さんは?
「あと、あれだ、定春もモフモフしてくれ的な態度とって」
「銀さんは?!」
勢いよく銀さんの言葉を遮った私は九日ぶりに銀さんの顔をしっかり見た。
ああ、やっぱり好きだなぁなんて思ったらそれに続いて心臓も大きく脈を打った

恋なんて何年ぶりだろうか。そして面と向かって告白なんて、私の人生においてしたことがあっただろうか。

「え、俺?」
「銀さん、私は戻れないよ、戻すつもりもない」
この九日間で私の肝はずいぶん座ったもんだ。
男の人、しかも坂田銀時に向かってこんなセリフを吐く日が来るなんて。
「わぁってるよ」
銀さんは面倒臭そうに言うと天然パーマの頭をガシガシと掻いた。
そんなに面倒なら私との縁なんて切ってしまえばいいのに。
今更来て一体銀さんはどうしたいの?

「お前はどうしたいんだよ」
頭で考えていたことが筒抜けだったのか、私が思っていたことを逆に銀さんに問われてしまった。
頭を切り替えて自分に問う。からかわれてムキになって告白までしたものの、私は実際どうしたかったのだろう。
恋人になりたかった?独り占めしたかった?
違う、私はずっと楽しくやっていきたかった。
万事屋のみんでいつものように笑っていたかった。何気ない日を送っていたかった。
だったら……好きだと言ってどうしたかったんだろう。

「銀さんが悪いんだよ」
「俺かよ」
「急に変なこと言うから!意識させること言うから!」
「あー、一緒に住むか的な話ね…」
「あれが原因なんだよ!あんなこと言うから…!」
「だから俺のこと好きになったって?」
「…そ、そうだよ」
最後は小さい声しか出なかった。
どうしてこうも恥ずかしい話を淡々と話せるんだろう、この男は。
面倒臭い女だな、とか思われてるんだろうな。

でも銀さん、女に好かれるってことはこう言うことなんだよ。
あれさえ無ければ今もきっとみんなでご飯食べてテレビ見てるはずなんだから。

「んじゃお前さ、沖田くんに一緒に住もうって言われたらどうすんの?」
「一緒に住む」
「はあ?即答かよ!お前誰でもいいのかよ!俺とは住めないくせに!」
「はあ?総悟は友達だから住めるの!あのね?男と女だからってすぐ総悟と私をそういう風にもってくのやめてよね!」
「はあ?男と女がひとつ屋根の下住むってんだからそういう想像して当たり前だろーがよ!つーか普通そうだろ!考えない方がおかしいだろ!」
「はあ?んじゃなんで銀さんは私を万事屋に住めって言ったんですかぁ?!銀さんと私も男と女ですけどぉ?!矛盾してますけどぉ?!」

長屋の前での痴話喧嘩。
夕飯時のお隣さんたちにバッチリ聞こえてるだろうな、と心の片隅に思いながらも私は銀さんに腹立つ口調で詰め寄ってやった。
「“そういうのじゃないから勘違いすんなよ”って銀さん私に言ったよね?!」
甘いよ銀さん。こう言う時はね、女の方が断然に頭の回転早いんだよ。
銀さんはグウの音も出ないようだ。そりゃそうだ、今回私の言ってることは間違ってないんだから。

「だよなぁ、矛盾してんのは分かってんだよ…分かってんだけどさー、ほんとそんなつもりなくてさー」
「最っ低!人のこと弄んでそんなつもりなかったって!?そのくせ総悟のことに口出してくるとか意味分かんない!関係ないし!銀さん勝手すぎ!私があの言葉でどれだけ悩んだと思ってんの?!」
一気に捲し立てて話した為に酸欠気味になる。
呼吸を整えるように息を吸ってもなかなかうまく息が出来ない。
ああ、私泣きそうになってるんだと気付く。

「最後まで聞けよ」
その低い一言に私は一瞬たじろいた。
このトーンの声を知っている。この銀さんはマジな時だ。
怒ってるのかな、そんなの卑怯だよ。
ただでさえ嫌われたくないと思ってるのにここで銀さんにキレられて嫌われてしまったら私はこの世界で生きていく勇気がない。
この長い長い九日間でとてつもなく後悔していたのに。

「あー、いや、違う、そういうことを言いたいんじゃねぇんだよ俺は」
「へ?」
さっきとは全く違うトーンで言うもんだから、私は呆気に取られて変な声が出てしまった。
「だからな、沖田くんにだなぁ、俺と同じことを言われたら惚れるのか?ってことが聞きたかったんだよ」
「…え」
銀さんの先ほどの“沖田くんに一緒に住もうと言われたらどうすんの”発言はどうやらそういった意味だったらしい。

「惚れませんよ」
「新八に言われたら?」
「ないです」
「ゴリラは?」
「多分ないです」
「おい、多分てなんだよ」
「ないです」
「んじゃマヨラーは?」
「………」
「なんだよその間ァァ!なんなの?!お前やっぱ信用ならねーわ!弄んでんのお前の方じゃねーかよっ!!」
「ちがっ!ちょっと想像しただけだから!」
「なにニヤケてんだよ!マヨラーの想像したら思った以上にツボだったんだろ!最悪なのはおめーじゃねーか!!」

確かにツボだった。銀さんのおっしゃる通りだ。
あの顔に、あの声で、そんなこと言われたら色々ヤバイ気がする。でも違う、違うの銀さん。
「銀さんが一番だから!!」
「なんだよその浮気した後のつまらねー言い訳言うクソみたいなセリフ!」
「浮気してないから!!」
「当たり前だろーが!付き合う前から浮気されてたまるか!」
なんだこのやり取り。これじゃまるで…
これじゃまるで、このままの勢いで俺たち付き合っちまうか的な流れじゃないのでしょうか?

夜の帳が降りた頃、長屋の前、痴話喧嘩をする男女二人。




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