水色の世界A





あれから名前についていくつか調べた。
住んでいるところから働いているところ、そして本命の男がいるかどうか。
真選組のジミーくんは当てにならなかったので、ここは俺の人脈を使ってメガネのドM女忍者をいいように使い、情報を得ることが出来た。

名前はどうやら本命の男はいないらしい。
と言っても付き合っている特定の男がいないだけで、想い人が別にいるかもしれないという事が少々気になるところだ。
仕事帰りもすぐ家に帰るか近くのスーパーに寄って帰るくらいで、特に定期的に誰かと会うという習慣はなさそうだ。

そんな何の変哲もない一人の女の生活を覗き見て、俺は罪悪感と言うよりも変な優越感に浸っていた。
俺以外の男と関係を持っているどころか、接触すらしていない生活を見てずいぶんと安心してしまっていたのだ。



「銀さん、最近忙しそうですけどなんか仕事してるんですか?」
最近は名前のことで出歩くことが多くなっていたが、だいたいの情報が手に入ったので今日は家でのんびりしていた矢先、新八があまり触れてほしくないことに口を出す。
「あー、まあな、でもそれも昨日で終わったから」
適当に誤魔化せば新八は「そうですか」とだけ言って、また掃除機にスイッチを入れ部屋の掃除を再開した。


「銀ちゃん女出来たアル」
「え?!」
遅めの朝メシ……もとい、もう時刻は昼時なので俺にとっては昼メシになるそれを食べていた時。
先ほど遊びから帰ってきた神楽が何の前触れもなく、とんでもない発言をした。
その発言に新八は箸を盛大に床に落とし、俺は掴んでいた米を落としてしまう。

「は?おま、な、何言ってんの神楽……」
こんな時、んなモンいねーよ、出来るもんなら欲しいわ!とツッコむのがいつものノリだろう。
なのに俺は急な展開のせいで答えを用意していなかった。
完全に動揺を露わにしてしまっていた。

「だって、銀ちゃんたまに夜な夜な出掛けてるし」
「あれは……飲みに行ってんだよ」
「でも帰りはそんな酔ってないアル、普通に布団入って寝てるネ」
「神楽お前、起きてんのかよ」
「玄関の音うるさいアル、帰ってきたらすぐ分かるネ」
「夜な夜な出掛けて女性を口説きに行っていた、と」
「いやいや新八くん!?そんなことしねーって!普通に飲みに行ってただけだって!」
「キャバクラですか?」
「違う!それは金のある日しか行ってない!」
「行ってるんですね」

何と言おうと神楽と新八のジト目は俺から外されることなく、その視線に耐えられなくなってきた頃には俺は汗だくになってしまっていた。

「別にいいですよ、銀さんだっていい歳なんだし恋人の一人くらい居たって」
「いや、だからちげぇんだって……」
「私がいるんだから家には女あげるなヨ発情期!気ぃ使えよォ!」
「誰が連れてくるかよ!」
「まあ、いずれは紹介してくださいね」
「かーちゃんか!お前はかーちゃんかっ!」

すでに連れ混んでいるなんて死んでも言えねえ……と、背中に嫌な汗が伝った。
正直、下のババァには薄々バレてるんじゃねーかとか思ってて、気が気じゃない。




「俺は押しの強い女は嫌いなんだよ!」
またメガネのドM女忍者にそう言い放った。と、同時にある考えが頭をよぎった。
「あ、だからか」
俺が独り言を言うと目の前のドM忍者が「なんの事!?」とやたら食いついてきたがもちろんシカトした。
そのまま家を出て真っ先に待ち合わせに向かう。場所はいつものラブホだった。
電話一本で待ち合わせするなんて、本当にデリヘルかなんかと一緒じゃねぇのかコレ。

いつもの部屋に入って名前を待つ。
慣れたもんで、名前が来るまでに俺はさっさと風呂を済ましてしまう。
たまに一緒に入ったりもするが、時間がない時は本当に手っ取り早くことを済ましてしまう。

「逃げられると追いたくなるタイプだったんだな、俺は」
そう一人で納得しながらシャワーを浴びる。
後で一緒に風呂に入るかもしれないと、一応バスタブにも湯を溜めておこうと蛇口を捻ると一気に湯気でいっぱいになった。

この前は神楽が久しぶりに女子会のお泊まり会とやらで居なかったのをいい事に、名前を家に連れこんだ。
神楽が居ないなんてこと滅多にないので本当に稀な事でもあったし、もちろん今まで名前以外の女を入れたことはない。
数える程だが名前を部屋に呼んで俺の本気度をアピールしておきたかったのに、それはアイツにとっては単なる場所が変わっただけ、と言う事だったらしく大した変化は望めなかった。

俺だって初めはそうだった、そんな甘ったるい事なんか考えていなかった。
たまたま飲み屋で知り合った飲み仲間の一人。その中にわりと俺好みの女がいただけ。普段オッサンとしか飲んでないから若い女の登場にちょっとテンション上がって「この後どっか行かねぇ?」と誘ったのが全ての始まりだった。
仕掛けたのは俺の方だ。



「ごめん、遅くなった」
オートロックのドアを開けると名前はそう言ってなんの警戒心もなく部屋に入ってきた。
「なあ、名前」
バタン、と部屋のドアが閉まると同時に名前を腕の中に閉じ込めた。
今まで女をこんなに優しく扱った事があっただろうか。
思い出そうとしても、過去の女の顔すら思い浮かばなかった。

「なに」
いちいち淡々とした口調は、俺を少しずつではあるがイラつかせた。
「ホント、俺の事何とも思ってねーのな」
「何の話……?」
「俺と付き合えねーのは、何で?」
率直に聞いてしまえば、名前は黙ってしまった。
いつもの流れだが今回は見逃してやらねぇ。
「本命、他にいんの?」
敢えて「本命」と言うことにしたのは、「好きな男」と口にする勇気が無かっただけで、実際はそういう意味合いだった。

「本命……別に、いないよ」
「じゃあ……お試しでいいから俺と付き合うってのは?」
「お試し……」
「一ヶ月、いや、会う頻度から言うと三ヶ月は必要だな、どうよ?お試し期間三ヶ月」
肩を掴んで名前の顔を覗き込む。
こんな形で名前をまじまじと見るのは割と初めてに近かった。
いつも気付けばベッドの上か、居酒屋で飲んでるかのどっちかだからだ。

思ったより背が小せぇとか、今日は髪巻いてるとか、耳についてるアクセサリーがいつもと違うとか、気付くことはたくさんあった。
そして、名前はやはり悲しい顔をしていた。
「そんなに付き合うの嫌な理由、なに?」
突っ込んで聞いてしまえば嫌われるだろうか。

でも、名前のことを調べて分かった。
俺は、もっとコイツのことを随分前から知りたかったんだと。



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