水色の世界B




ギシギシとベッドが軋む。
男女二人分の重みにプラス、俺の動きに合わせて刻むスプリングが妙にリアルだった。

「あ、っ……そ、こっ……」
「ん?ここ?」
同じ動きをすればそこがイイ所のようで名前の声と息が上がる。
「ベッドでは素直なんだけどなー」
軽く嫌味を口走れば、その口すら塞がれるように首に腕を絡ませ引き寄せられて、唇を重ねられた。

「ちょ、ちょっと待って、イキそう、ヤバイ」
深呼吸をしてまだイくなよ、と俺の下の俺に言い聞かせる。
出来ることなら長期戦に持っていきたいところだが、俺は粗相してしまっている前科が何度かあるためにアテにならないのも確かだ。
いや、決して早漏ではない!断固としてそれは否定しておく!
名前とは相性が良すぎるだけだ!俺のジュニアは悪くない!



「わ、悪ぃ……」
「え、別に大丈夫だよ、いつもの事だし」
結局あの後、俺だけがスパーキングしてしまった訳で。
ある意味確かにいつもの事っちゃいつもの事だけどさ……
でも名前はその度に毎度「満足してるから」と言う。
本当かどうかは定かではないが、女はそういうもんなのだろうか。
もしくはただの慰めの言葉だろうか。どっちにしろ惨めなこの気持ちは消えない。

「何度やっても慣れねーわー」
「それって褒め言葉?」
「もちろん」
そう言いながら布団で横に寝そべる名前にピタリとくっついて、まだ素肌を晒していた男にはないそのくびれた腰に手を這わせた。
「で、お試し三ヶ月の覚悟は出来た?」
「うーん……」
「なんでそんな渋るんだよ」

腰のあたりの余った肉を摘んでやれば、やめろと拒否される。
お互いいい年なんだし、そういうことになったって別に誰も責めたりはしない。
本命だっていない、俺にとっての本命はいつの間にかコイツになっちまったけど、だからこそ何の問題もなくなった。
あとは名前が、俺がいい。と一言言ってくれりゃあ全てが丸く収まるってのに。


「銀さん、私さ……」
「んー?」
情事後の気だるさと幸せ漂う余韻に浸っていると、名前はベッドの上で俺に背を向けたままポツリと言葉を漏らす。

「真選組に付き合ってる人が居た」
「……え……は?……えっ?!」
汗がどっと出た。そして明らかに俺の心拍数は尋常じゃない程に上がる。
「な、なに、真選組……?え、おま、あそこに知り合い居たの?!」
過去形とは言え、そんなところに元彼がいるなんて。近すぎるだろ。

おいおいおいおい、まさか俺のよく知ってる奴じゃねーだろうな……
嫌な予感しかしなくてなかなか詳しく聞く勇気が出ない。

ここで元彼がマヨだとかゴリラだとかジミーくんだとかになったら俺明日からどういう顔して生きてきゃいいんだ。
人類皆兄弟ってか?いやいや!そんな兄弟にはなりたくねぇ!
考えれば考えるほど最悪な結末しか出てこなくて、俺の汗は止まることを知らなかった。


「うん、でも死んじゃった」
まるで飼ってた金魚が死んでしまったみたいなトーンで言うもんだから、俺の思考はますます追いつかない。
てっきり俺の知ってる範囲の話かと思っていたが、どうやら名前の相手は俺の知らない奴だったようで安心した気持ちもあったが名前の顔を見る限りあまりホッとしてもいけないものだと察した。


「将来は結婚するって約束もしてた、でも彼は呆気なく仕事で死んだ」
「死んだって……」
「あんな仕事してたからそりゃ普段から怪我とかは多かったけど……まさか死んじゃうとは、ね……」
私を置いて勝手に死んだ、とでも言いたいのか少しだけ何かに対して嘲笑う名前が酷く痛々しく見えた。

「真選組を恨んだことはないけど、もし真選組じゃなければ今頃は……って何度も思った……」
あまり言いたくないであろう、そんな話をしだしたのは何故なのだろうか。
名前の真意は分からないが、初めて聞いたその話は俺に少しだけ被るものがあって昔の記憶が頭をよぎった。

その気持ちはよく分かる。
この目の前の女は自分とよく似た経験をして生きてきたのか。
「大事な人に死なれるのは、俺も経験済みだ……」
そう、一度だけじゃない。
大切な人、大切な仲間、きっと分かり合えただろう敵対した相手も、全て、死を持って後に余計に大切なものだったことを思い知らされる。

何度繰り返せばいいのか、そんな時代を生き抜いて辿り着いたのがここ。
そして行き着いた先で出会ったのがお前だ。


「俺たちさ、似たもん同士とは言わねぇけど、何となくペース的なもんは似てると思うんだよ」
後ろから抱き寄せて包み込むようにすると、名前は身を委ねるように俺の回した腕に手を重ねた。

先程の俺の余計な心配なんか吹っ飛んで、こいつは俺と同じような想いを抱えて今ここに居るんだと思うと不思議とそこには愛おしさしか湧かなかった。
傷を負い、悲しみで眠れぬ夜を何度も過ごしただろう。
夢を見て魘されて起きた朝を名前も知っている、俺も嫌と言うほどそれを経験した。

だからと言って何が変わるわけでもない日々を過ごし、何も解決しないままの時が流れて歳を重ねていく。
時間だけが解決するであろうその傷を、ずっとこの先も抱えて生きていく。


名前、今度は俺と一緒に生きていこう。
その男を忘れろとは言わない。出来れば俺だけを見てて欲しいのは言うまでもないが、全てをひっくるめてお前を受け入れるから。

「俺は死なないから」なんて守れるか分からない言葉は言わない。
その代わり、ずっと手を繋いでいよう。
この手が温かいうちはお前のそばにいて、お前を護ろう。

「またひとつ、護るべきものが増えちまったな」
そう言って俺が笑うと、「くすぐったい」と言って名前も笑った。







-end-



2017/10/25



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