これが恋だと気付いた時にはもう終わってた。



女は押しに弱い生き物だ@




その女、名前とは仲が良かった。
付き合う云々まではいかない関係だったが、いつもの居酒屋で待ち合わせするくらいには仲が良かったと、俺は思っている。
毎度カウンターでヅラと名前と三人で肩を並べて愚痴や世間話。
しょうもないことで笑って過ごす時間は俺にとって楽しい時間だった。

ある日その女は言った。
惚れた男が出来た、と。
やっと女らしい事を言った名前は嬉しそうに、そして照れくさそうに好きな男の話を俺たちに少しだけしてくれた。

「押しの強い女はダメダメ」
「それは銀さんの好みでしょ」
「肉食女は引かれるぞ」
恋の相談とまでは言わないが、そんな軽い会話を幾度とした。
その度に「銀さんの好みは聞いてない」と言われた。

「飯ぐらい誘えば?」
「押しの強い女はダメなんじゃないの?」
「まあ、飯くらいはいいんじゃねーの、なあヅラ」
「ヅラじゃない桂だ、男女のそういったものは俺にはよく分からん」
「お前に聞いた俺が馬鹿だったわ」
「だいたい、男に誘わせてなんぼだって言ったの銀さんだよね?」
「別に飯くらいはいいだろ、ラブホ誘うのは男にさせろって事を言いたかっただけでだな」
「無理!そんなご飯誘うなんて……無理!恥ずかしいし!」

俺は平気で飯誘うくせに、その男には飯も誘えねぇってか。
今更純情ぶるなよ。散々俺の前で豪快に生ビール一気飲みしてたくせによ。
そう思いながら若干イライラを隠せないでいると先程から静かにしていたヅラが口を開いた。

「名前殿、銀時にそういったことを聞くだけ無駄だ、此奴は恋愛の恋の字も知らん」
フン、と鼻で笑ったヅラにだいぶカチンと来たのは当然だった。
「恋愛未経験のお前にだけは言われたくねーわ!」
「未経験ではない!」
そう俺達が騒いでいるのを横目に、名前は小さく溜息をついていて、好きな奴の事を考えているかと思うと俺は複雑になった。

始まるどころかスタート地点に向かう途中で足くじいて棄権した気持ちだよコレ。
物事をグレーで終わらせるは俺の十八番だ。
抱えたモヤモヤを酒で誤魔化すのも得意になってきた歳だったし、今回のこの微妙な気持ちもこのまま無かったことにするべきか、とまたとうぶん心に靄をかける決心をした。



「あ、銀さん!」
この声で俺の心はこんな街中にも関わらず弾んでしまうんだから単純すぎると自分でも思う。
靄がかかっていたはずの心もどこかスっとして愛おしい声のする方へ視線を向けた。
「おお、万事屋」
視界に入って来たのは声の持ち主である名前。と、真選組の局長もとい、ゴリラだった。

「珍しい組み合わせだな」
名前と近藤さんが知り合いだとは知っていたが、二人で道をブラつくような仲だとは知らずに少し驚いた。
俺はその驚きとほぼ同時にひとつのことにピンときてしまう。

名前が俺達と会う時より女としての気合いが入っていること。
化粧がいつもより濃いめだとかそんなキレイな色した着物持ってたかとか、目に入るものがいつもと違っていて、名前は横にいる心底真っ直ぐで部下にも絶大な信用を置かれ、馬鹿がつくほど情にあつい嘘のつけねぇ男に惚れてしまっているんだと気が付いた。

寄りによってそいつかよ。
ニコチンでもドエスでもイボ痔でもグラサンでもねぇのかよ。
そいつじゃ、近藤さんじゃ、勝ち目ねぇじゃねーかよ。
大きな舌打ちをしたかったがなんとか堪えて俺は適当な世間話をいくつか二人にし、その後はさっさと退散した。
振り返ると二人は楽しそうに何かを話しながら向こうへ歩いて行く。
そんな二人の背中を見て、やはりこの気持ちは閉まっておかないといけないのかと葛藤した。



「あれ、今日は桂さん居ないんだ」
「アイツも追われてる身だからな、本来ならこんなとこで楽しく飲んでちゃいけねーやつなのよ」
片手に日本酒の入ったグラスを転がしていると、名前はのれんをくぐってこの行きつけの屋台へと入ってきた。

「まあ確かにそうなんだけど」
そう言いながら名前は俺の隣に座って店の大将にいつもの、と常連のおっさんみたいな言動をする。
「お前もすっかり染まっちまったなあ」
「こういうお店は銀さんが全部教えてくれたからね、すっかり行くお店がおじさんみたいになっちゃったよ」

ふん、と鼻で息をした名前に対していつものようにビール瓶とグラスを出してくれた大将が若い女の子が来てくれるようになって嬉しいよと言い、それに名前は少し照れくさそうにした。

「俺の周りにいる女の中でお前は結構年長者の方だぞ」
俺は日本酒を喉に流すと、少し小さめの声でそう言ってやった。
「……腹立つ、ロリコンのくせに」
横目で睨まれたのは気付いた。
そして名前のセリフにかなり引っかかるフレーズ。
「おいおい誰がロリコンだって?」
「十四歳の少女と同棲してるんでしょ?誰が見てもただのロリコンでしょ」
「やめろ!誤解を生む言い方すんな!同居だよ!同居!」
「一緒だと思うけど」
「違うし!全く違うしっ!神楽の保護者なんだよ俺は!何回言ったら分かんだよ?!あいつの親から預かってんだよ!」
「いや、年頃の女の子と住んでる時点でアウトでしょ」
「アウトとか言わないで」

しばらくそんなやり取りをしてグダグダと呑んでいると、名前は少し酔ってきたのかいつもパッチリと開いている目がとろりとして半分になっていた。

「そういえば、銀さんと初めから二人で呑むのって初めてだよね」
「あー、まあそうだけどいつもヅラ最後の方寝てっしな、居るようで居ないようなもんだろアイツは」
「確かにそうだね」
へへへ、と笑って少し赤い顔をして眉を下げる。ああ、この顔をあのゴリラも知っているのだろうか。
そう思うと心臓の裏あたりがグジグジと気持ち悪い感覚になる。

「名前ちゃんさー、好きな奴とはどうなの?てか、ぶっちゃけ好きな奴ってゴリさんだろ?」
酒の力も借りて、俺は確信を突く。
名前は一体どんな反応を見せるのか。

「な、何言って……!」
あからさまな反応をされて内心ガッカリしてしまう。
もしかしたら違ったんじゃないかとか俺の深読みしすぎで勘違いだったんじゃないかとか。
そんなことを思う暇すら与えてくれないこの女は残酷極まりない。
やはりこんな感情など持つべきものではなかったのか。
そんな諦めムードになりつつも、ここまで来たなら最後の悪あがきでもしておこうか、とダメ元で俺は仕掛けにいった。


「なあ……」
そう言って右に座っていた名前の無防備な左手を指で撫でた。
ピクリと一瞬肩が強ばったが視線だけ俺に寄越すと「なに?」と、思った以上に冷めた返事が返ってきた。

「まあゴリラもいい男だとは思うよ?でもここにもっといい男がいると思わねぇ?」
少々冗談めいた口調で言ったのはこの後もし断られた時の逃げ道を作るためだ。
大人になると出来るだけ傷を浅く済ませたい。だからこういう事にどんどんズルくなる。

しかし名前は撫でられた手を退かすことはなかったが、視線だけは大いに逸らされた。
それと同時に髪を引っ掛けていた耳は赤く染まっていたのがチラリと見え、俺はもしかしたらと微かな希望を抱いてしまう。

「俺さ……」
その赤くなった耳をじっと見つめたまま少しの希望をここからどう確信にしていくかと考えた。
「結構しぶといんだよ」
近藤さん悪いな、アンタが気付いてるか気付いてないのかは知らんが、今ならこの女をかっ攫える気がする。

「な、なんの話……」
なかなかこちらを見ない名前の手を更に握ってやると、体が硬直しているのがよく分かった。
いつも俺と飲んでる時はリラックスして無防備なくせに、いざ俺が男を見せた途端これだ。これはチャンスだ。
「加えて往生際も悪いんだよなー、昔っから」
敢えて焦らしてみると名前は俺が握っていた手を退けようとする。

「何が言いたいか、分かる?」
逃がすもんかと手首の方を掴む。
こいつ思ったより手首細いんだな、と新しい情報が脳みそに入ってくる。
コイツのことをもっと知りたい。
どんな顔して俺に抱かれるのか、どんな声を出すのか、次の日どんな顔して俺のことを見るのか。

「わ、分かんない……ていうか、どうしちゃったの銀さん……酔うの、早くない?」
「酔ってねーよ」
ピシャリと言い切れば名前は返す言葉もないようでまた黙り込んでしまった。
掴んだ手首は熱を持ち、少し汗ばんでくるのが分かった。

俺だって焦ってる。どうしたらお前に拒否られないで済むか。
本当に崖っぷちにいるみたいな気分だ。
突き放されりゃ俺は落ちるまでだし、お前が寄り添ってくれりゃ俺は落ちなくて済む。
状況がシンプルな故に慎重になってしまう。

「ほんと、急に……どうしたの……意味わかんない……」
耳が赤いまま俯き続ける名前にそろそろ答えを出して貰おうかと、確信にどんどんと近づく。
「急じゃねーよ、ずっと名前のことそういう目で見てたけど?」
「えっ!?」
バッといきなりコッチに顔を向けた名前は赤い顔をして少し額に汗をかいていた。

「い、いつから……?」
「わりと初めから」
「初め……から」
「可愛いと思ってた」
「可愛い?!私が?!」
「可愛いよお前」
「やっぱ酔ってるでしょ銀さん!」
「どうだかな」
どんだけ自分に自信が無いんだよ、と言ってやろうかと思ったが変に自信を持たれるよりはそのままのがいい、そして俺だけが想いを寄せてると思わせといた方が得だと思ったので黙っておいた。



top
ALICE+