「え?それでその後どうしたのよ?」



女は押しに弱い生き物だA



昼間、長谷川さんとパチンコ屋でばったり会った俺はそのまま飲み行き、昨日名前とあったことを一部始終喋っていた。

「どうもしねーよ、口説きまくったけどいつものように家の近くまで送ってバイバイしましたわ」
「銀さんって意外に紳士だったんだな……」
「意外ってなんだよ、俺はいつでも紳士ですけどー」
「いや、この場合は紳士と言うより意気地無し、ってとこか……オオカミになれなかった意気地無しのモジャモジャ羊だな」
「誰がモジャモジャ羊だ!グラサン割るぞ!」
いつも長谷川さんと飲むとグダグダになる。今回もグダグダと飲んでは、する予定のなかった話をしてしまった。

「そんだけ口説いといてなびかないなら脈ないんじゃないの?」
夢も希望もない奴にこんな話をしたところでいい話が聞けるはずもないと、後から気付いてしまいうんざりした俺は、コップに入った日本酒を口に含んで喉に流し込んだ。

「お前に何が分かんだよマダオの分際で」
「俺一応、所帯持ちだからね?!」
「だからって恋愛マスターきどんじゃねぇよ、アンタほぼバツイチみたいなもんだろーが」
「かろうじてバツイチじゃないしっ!」

こんな調子で散々飲んで言い合いをして、体力も気力も使って眠気が襲ってきた。
横をみれば長谷川さんはとっくの前に潰れて机に突っ伏していた。
この隣で潰れたオッサン程ではないが酒を飲む度に自分ももうあまり若くないのだと、うんざりするほど思い知らさられる。

勘定を済ませて長谷川さんに肩を貸す。
「しっかり歩けよ長谷川さん」
「無理だ……俺には無理だ……人生と言う道を歩くのは俺には辛すぎる……」
「なんの話してんだよ、ていうか重いんだよちゃんと歩けっつーの」

歩く気のない長谷川さんの重さに耐えかねて、俺はついに道端に長谷川さんを転がした。
「もう知らねぇ、自分で何とかして帰れよ」
「帰る場所なんかねぇよ……俺にはもう……」
「あーもうめんどくせぇ!」

店を出て少し歩いたところ。長谷川さんと言い合いをしていると、大きなチェーン店の居酒屋から出てきた名前を見つけてしまった。
こんな偶然そうそうないだろ、とテンションが上がってしまうのが分かる。
俺は長谷川さんそっちのけで名前へと駆け寄った。


「名前」
「ん?……あ、銀さん」
少し驚いた顔をした名前は少し頬が赤く、どうやら酒が入っているようだった。
コイツも昨日の今日で酒飲んでるんだから俺と大してやること変わらねぇな、と微笑ましくなった。

「偶然だな、俺も長谷川さんとさっきまで飲んでたとこ」
「そうなんだ」
「お前は?」
「仕事の歓迎会で、今抜けてきたとこ」
「いいのか、抜けてきて」
「うん、別に平気……ていうか、あそこに倒れてる長谷川さん放っておいて大丈夫?」
後ろを振り返るとゾンビのようにこちらに向かってゆっくりと這いずってくる長谷川さん。

「あー、いいのいいの、ほっとけ」
「銀さんも昨日の今日でよく飲み歩いてるね」
「お前もな」
お互い軽口を言い合えば笑い合う。
昨日口説きまくった割りにあまり意識していないのか、お互い今日も酒が入っているせいか昨日のことには一切触れずにいた。

このまま名前を家に持って帰ってどうにかしてやりたくなるが、ここで早まってはいけないと残り少ない理性で衝動を押し殺す。
そもそも家には神楽がいるのにお持ち帰りなんて選択肢は無いに等しい。

「この後なんか用事あんの?俺飲み足りねぇんだけど、付き合ってくれよ」
それこそ本当に昨日の今日でまた名前を誘うのもどうかと思ったが、あわよくばこのまま一晩……なんて俺の下心丸出しの誘いをこの目の前の女は果たして受け入れてくれるだろうか。

「うーん、用事はないけど今日は手持ちないんだよね……」
顎に指をやって悩む名前すら可愛く見えるのだから俺もずいぶんこじらせている。
しかしこのままでは断られる流れだと思った俺は、次の誘い文句を酒の入った脳みそを振り絞って考えた。

「よし、今日は俺が奢るから!行こう!」
「銀さん、そんなお金あるの?」
「安い店なら行ける、多分」
「多分って……ツケとかやめてよね」
「大丈夫だって、いつもの店ならサービスしてくれるだろうし」
「じゃあ、うち来る?」
財布をゴソゴソとやっていた俺の思考が一瞬止まる。
今なんと?

「ちょ、え?待って待って、名前の家?……え?本気で言ってる?」
「大江戸スーパー寄って適当に買って家飲みした方が安いでしょ」
「いや、まあそうなんだけど……え?本気で言ってる?」
「……え?嫌なの?」
狼狽える俺に名前は若干不服そうな顔をして見せる。
違う、俺が言いたいのはそういう事じゃない。

「銀さんが名前の家に行くってことはだ!」
「なになに急にどうしたの?」
肩を掴んで力説し始めた俺にかなり引いた様子の名前はそれでも事の重大さには未だ気付いていないようだった。

「もうアレだと思っていいんだな?!」
「どれ?!変な誤解しないでよ?!」
「変な誤解?!いやいやするだろ?!昨日言ったよね?!めっちゃお前のこと口説いたよね?!」
「それとこれとは……」
「バッカ!名前ちゃんさー!好きでもない男を家に入れちゃうって危機感無さすぎだから!そんなことしてたらお父さんお母さん泣いちゃうから!」
「好きでもない……わけ……では……」
「…………え?」

最後はゴニョゴニョとしてしまう名前の目をこれでもかと見つめると、しばらくすると観念したのか目が合った。
それと同時に変な確信が俺の中で芽生えた。

「よし!今から抱くからな!!」
手を引っ張ってずんずんと進み「お前の家どっちだっけ?!」と聞く俺に対して名前はこんな所で大声で言うなと怒っていたが、内容に関しては怒っていないようなので俺は安堵して名前の家に一秒でも早く、と足早に向かった。

「ちょっと、銀さ……本気?!」
「当たりめーだろ、俺の愛をとくと知れ」
そう言い切ると名前はついに観念したのか黙り込んで俺の後を素直についてくる。

お前の惚れた男なんか、今夜一晩で俺が忘れさせてやるからな。
そう決意して名前の手を握り、俺たち二人はかぶき町の夜の街を後にした。



top
ALICE+