こいつは絶対俺のことが好きだという確信があった。だから俺は関係を曖昧にしておいた。




逃げられると追いたくなるのが男




「それは世でいう、キープってことじゃねェんですか」
安っぽいシャンデリアに簡易な合成革張りソファ。
隣に座った未成年の青年はギリギリこんな場所に来てもいい年齢ではあるものの、既に慣れきった態度で出入りしていることに少々疑問を感じずにはいられない。
しかし職業柄というのもあるし、相手が相手なだけにそんなもんだとも思っていた。

「キープって言い方はどうかと思うよ沖田くん、好意を向けられてるだけなんだからさ、俺は別に悪くなくね?」
酒の入った頭ではあまり小難しい事は言えないが、俺が悪くないのは確かだ。
だいたいこんな場所でこんな話をこんな奴に話してる時点で色々とおかしい。酒の勢いって恐い。

「そいつってどのキャバ嬢ですかィ?」
スナックすまいるとは名ばかりで、どこがスナックなんだ完全にキャバクラじゃねぇか、というツッコミは今じゃもう誰もしない。
煌びやかなドレスのいかにもな嬢も居れば、庶民的なのを売りにしているのか、はたまた本気でやる気がないのかは知らないがお妙のような嬢も居る。
そんなこの店で売り上げナンバー3には毎月入っている人気の嬢が、俺のことを好いているという女だ。

「旦那にその気がねェなら俺が指名してもいいですかィ?」
キョロキョロとどの女だと見渡し探す沖田くんに、黒服のスタッフが寄ってくる。
「ご指名でしょうか」
「いや、いいのいいの適当に女の子座らせてくれりゃいいから」
俺がすかさず口を出せば沖田くんはつまんねぇな、と言って不貞腐れる。

「やる事やってるからさ、その子にあんまちょっかい出さないでくれる?」
「はは、ちゃんと手は出してんじゃねェですか、ヒデェ人だなァ」
「そりゃ嬢に好きだって言われてやらない理由はねーだろ?チャンスはものにしておかねぇと男が廃るってもんよ」

いや、相変わらずゲスいこと言ってんのは自分でも分かってるが男なんてこんなもんだし、ましてや人気のあるキャバ嬢に好意を向けられてるだけでなくワンチャンあるなら誰だってやる事やるでしょうよ。
ただこれがお妙にバレた時には店の子に手を出したってことで半殺しにされるのは確実だが、そんなリスクをおってでも男ってもんは本能に忠実なんだと女には知っておいて欲しい。

店内をちらりと見渡してみると、沖田くんと一緒に来たであろう真選組のお偉いジジイと近藤さんが向こうのテーブルで既にドンチャンと始めていた。
「戻んなくていいわけ?」
「もうこのパターンも飽きてきたんでね、それより俺は旦那が一人でここに通ってるのに興味津々でさァ」
「通ってねーよ、たまに来るだけだっつの」
「まあ何はともあれ、旦那に惚れてるキャバ嬢を見ておきたいんで」
「だからキョロキョロすんなっつーの」
また懲りずに挙動不審な行動をするので、黒服が来る前に沖田くんをこの場から離そうとした時、入口から客と一緒に入ってくる名前が見えて、俺はすかさず目を逸らした。

「へえ、あれですか」
「……お前の洞察力ほんと嫌になるわ」
呆気なくどの女かバレてしまい、めんどくせぇことこの上ないが別に自分の女でもないので好きにしてくれと言うと、沖田君は心底楽しそうな顔をしたので嫌な予感しかしなかった。
「おにーさん、俺あの子指名で」
近くにいた黒服にそう言うと、どうやら同伴して来たそうで、席に来るには少し時間がかかると言われ沖田くんはそれでもいいと言って俺の席に居座り続けた。

名前が来るまで何人か入れ替わり女が隣に座る。同じような他愛ない話で時間を潰し、飲みなれた安っぽい酒を口に運ぶ。
向こうの方で近藤さんの笑い声とお妙の怒ったような低い声がたまに聞こえていたが、俺は正直隣に沖田総悟がいることでわりと気が気じゃなかった。

しばらくすると名前が席にやってくる。
「ご指名いただきました、名前です」
失礼します、と慣れた様子で沖田くんの隣に静かに座った。
「へえ、綺麗なツラしてんじゃねェですか」
「沖田さんですよね、何度かお見かけしてたんで知ってます」
ふふふ、と笑って沖田くん相手にももの応じせず、かと言って年下扱いせずうまい具合に接していく。
「名前さんさ、好きな男はいるんですかィ」
唐突な質問に俺は隣にいた別のキャバ嬢から渡されたグラスを落としかけた。

「そういう話は店の中ではご法度か」
「いえ、別にそんなことないですよ」
ニコッと笑う名前はさすがプロというか、人気な嬢だけある。この手の話も何度もうまいこと切り返してきたんだろう。じゃなきゃここまで売れないだろう。
「んじゃ、その好きな男と俺、どっちが好みですかィ」
ニヤニヤとして質問する沖田くんは俺への好奇心なのか、一番面倒くさいタイブの客に成り下がっている。

「沖田さんのがいい男ですけど、好みだとまた違いますからね」
切り返し慣れすぎてて関心しかない。
相手を褒めて期待を持たせつつも他の男の匂いも感じさせておく、持ち上げつつも男の競争心をくすぐるためだろうか。
キャバ嬢ってのはほんと恐い生き物だ。

「なんでェ、そんなマニュアル通りの返しじゃ面白くねェんですけど」
こっちにはもっと恐いメンタリストがいたわ。
一番敵に回したくない人間、沖田総悟。
こいつに捕まるととにかく面倒臭いのは知り合いなら誰もが知っていてもおかしくないレベル。そのせいで何人かここのキャバ嬢が辞めていったこともわりと有名な話だ。
「おいおい沖田くんさ、もう絡むのやめときなさいって、ろくな事ないんだからよ」
名前まで標的にされて辞めていったりしたら色々と困ると思い俺は止めに入る。

「旦那は黙っててくだせェよ、指名したのは俺なんで」
急に機嫌を損ねた沖田くんは名前を連れて他の空いている席へと移動してしまう。
おいおい、勘弁してくれ。
今日もこの後誘って名前の部屋に上がりこもうと思ってたのに、これじゃ予定が台無しじゃねぇか。空気読んでくれよ。
奥の席に座る二人はギリギリ俺が見える視界に入っていて何を話しているかは分からないものの、さっきとは打って変わって楽しそうにしていた。

「……いや、仕事だろ」
小声でそう自分に言い聞かせて心を落ち着かせる。
そこらへんのジジイ相手に愛想振りまいているならまだしも、沖田総悟が相手となると話は別だ。
ひょっとしたらあっという間に沖田くんに落とされるんじゃないか。そもそもスペック高いしあの顔だし若いし。
女なんで所詮、顔の良い押しが強い男に弱いんだ。

俺の事好きとか言っといて、他にいい物件あったらさっさと他にいくのが女ってもんだし。
男は情に厚いが女はそうじゃない、割り切りが早いし不必要だと思ったら容赦なく捨てる生き物だ。俺の事なんかすぐに……

「すんまっせん!あの子、指名で!!」
通りかかった黒服に名前を指さして訴える。
かしこまりました、と言われて名前に軽く合図を入れ少し経つと名前はこちらにやって来た。
「珍しいことしてくれたけど、お金大丈夫?」
俺の懐事情をも知っている名前は嬉しそうな顔をしつつもそういうところは心配してくれる。

「そのくらいの金はありますー」
口を尖らせて拗ねた態度を見せると名前はふわりと笑って俺の目を見る。
これが本当に俺に惚れているのか、それとも単なる営業としての態度なのかたまに分からなくなるのは名前のこの仕事のせいだろう。
店を出れば単なる女として扱うし、向こうも一人の女として接してくる。
そういう関係になりたいと言われ勿論悪い気はしないしラッキーだと思った。こんないい女抱くなんて今後人生で二度とないかもしれないし。

「沖田さんに取られると思った?」
「おいおい自意識過剰かよ」
気持ちを悟られたと焦ってつい憎まれ口を叩いてしまう。
しかし素直じゃないのは俺のデフォルトなので致し方ない。
正直焦った。すごく焦った。
若さも見た目も職業も権力も全て、世間体では勝っているであろう沖田くんに取られると思ったさ。きっと土方の野郎でも焦ったさ。
だから真選組の野郎たちは好きじゃねぇんだ。


「お前、今日ラストまで?」
「一時で上がりだけど」
「じゃあこの後飯食ってこうぜ、んでお前ん家行くわ」
「それってアフターしてくれるってこと?」
「は?今更何言って……」
いつもならこの流れで仕事上がりに一杯飲みがてら飯食って名前の家でやることやるって相場は決まってるのに。
今更アフターするのかって質問はいくらなんでも抜けすぎてる質問だ。俺たちにそういった業界用語はもういらねぇだろ。

「もうそういうの無しにしない?」
冷たい言葉が放たれたが一瞬それが誰に向けられたのか疑問に感じた。
「銀さんこそ自意識過剰すぎじゃない?ちょっと相手したら味しめちゃって、営業に決まってるのに毎回そういうの求められても困るし」
名前は淡々とした口調でそう言って俺を嘲笑う。
待てよ、何だこの流れ。俺の事散々好きみたいな態度取っておいてやっぱり最後は枕営業でしたってオチ?いやいや、俺をその辺の足繁く通う金持ったエロジジイたちと一緒にすんなよ。
自慢じゃねぇが金なんかご覧の通り持ってないんだからよ。

「沖田さんが今後指名してくれるって、だから銀さんはもう用無し」
ずばりと傷付くことを言われた。用無しっていくらなんでも酷くね?
いや、所詮キャバ嬢なんてそんなものだと思ってた。俺は知ってたはずだ子供じゃねぇんだ、水商売の女相手に何を期待してたんだ俺は。
だいたい言葉で好きとは言われてなかっただろ。

「マジかよ、お前……いや、本当、女って怖ぇわ」
嘲笑うかのように溜息をつくと名前は少し困った顔をして、そういう事だからと言って席を立った。
なんだよ、遊ばれてたのは俺の方か。まんまとしてやられた。ノルマ稼ぎの人数として営業されてただけか。
そう思うと同時にふつふつと煮え滾る感情に気付く。

さっさと沖田くんの隣にピタリと座って笑い合う姿が遠目に見える。
店が終われば名前は沖田くんとそのままどこかのホテルにでもしけこんで枕営業でもするのだろうか。
とんだビッチじゃねぇかよ。そんな女に色恋営業でカモにされていたってのか。俺らしくねぇ。




「だからヤケ酒煽ってるのかー」
いつもの店、隣に座るのはサングラスのおっさん。
本当なら今頃隣には名前が座って俺に笑いかけてくれてただろうに。
いつも安い小汚ぇ店でも嫌な顔一つせず長い時間一緒に飲みに付き合ってくれた。同伴もアフターも必要ないと言って、それじゃまるで付き合ってるみたいじゃんとか言ったっけ。
そんな俺らが今どうしてこうなったんだっけ。
そうか、沖田くんが余計な事を……

「いやいやそれは銀さんが悪いよ」
「はあ?」
まるで心を読まれたかと思ったが長谷川さんには一部始終を酔った勢いで話してしまっていたのをすっかり忘れていた。
「なんで俺が」
「だって名前ちゃんの好意を放置したまま答えも出さずにやる事だけやってたって事だろ?そんなの普通に考えて相手に対して失礼だし、そりゃ怒るだろ」
全くもってこのサングラスの言う通りだが、正解すぎて認めたくない。

「銀さんは本当素直じゃないというか、認めないからなー」
「うるせぇ……だいたい本当に惚れられてたのかも今となっては謎だわ」
「この後に及んで銀さんの勘違いだったら目も当てられないじゃん!仮に惚れられてたとしても上から目線で余裕かましてたらなー、そりゃ真選組のイケメンに乗り換えられても仕方ないし、ヤケ酒しちゃう気持ちわかるよ」
「さっきからニヤニヤしやがって絶対面白がってるだろ」
「だって銀さんが女関係でそんなへこむとは思わないからな」
ガハハと明らかに面白がっている長谷川さんを見ると腹が立つやら情けないやらで色んな感情が湧いてくる。

好意を寄せられた時に、ちゃんと返事をしておけば良かったんだろうか。
ついドエス心に火がついたというか、ついつい虐めたくなってしまったのは性なんだから仕方ない。
だいたい名前は「営業」だと言った。その時点で俺の勘違いだったんだ。一番恥ずかしいやつじゃねぇかよ。
それでもどこか、名前の笑顔を思い出すとあれが演技とか営業だったとはにわかに信じがたかった。

「だから単なる銀さんの自惚れだったんだろー?」
「お前はいちいちうるせーんだよ!」









2020/10/18
銀さん×キャバ嬢を書きたかった。
何話か続きます。



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