逃げられると追いたくなるのが男




好きな子ほど虐めたくなるのは昔からだった。肝心なことを口に出さず、弄ぶような、それに近いことをしていた。
あと、追われると逃げたくなるが、逃げられると追いたくなるのも俺の性分だ。


「あの後、やったわけ?」
沖田くんにそうストレートに聞くと案の定鼻で笑われる。
そのいつもの小馬鹿にした態度に今回ばかりはイラついてしまい、横目で睨めば沖田くんは一言だけ俺に放つ。
「名前に聞いてくだせェ」
名前に聞く勇気がないからお前に聞いてんだろうがよ。と返すことはせずにもう少しで出そうになったその言葉をギリギリ飲み込んで、団子に手を伸ばす。

昼間だと言うのに夜の匂いが漂うかぶき町。
そんな町でも団子屋で団子食ってりゃそれなりに四季だとか昼夜は感じられる。
唯一の憩いの場でもあるのに、会話の内容はいつもに増して下品な話だ。

「あの女もすげぇよなー、俺みたいな金持ってない男にも営業すんだからさ」
俺から出てくる言葉は皮肉ばかり。
あんな無碍に捨てられて、褒め言葉なんか口にする気にもなれないし俺はそこまでお人好しでもできた人間でもない。ムカつくもんはムカつくんだよ。

「旦那は女見る目ねェんですよ」
「そういうお前だって名前のこと気にいったんじゃねーのかよ」
お前だって同じ穴のムジナ、もとい同じ穴を使った兄弟ってか?ふざけんな!全然面白くねぇわ!
「俺が名前を気に入ったと思ってんですか?」
「は?だからお持ち帰りしたんじゃねぇのかよ」
「まあ、そりゃそうなんですけど」
何とも煮え切らない返答しかない沖田くんに対して更にイラつきが増した。
もういっその事「やっちまいましたァ」て笑ってくれりゃ俺だって色んなものが吹っ切れる気がするのに。

「まあ、色々楽しい夜でしたよ」
想像したくもねえが、無茶なことさせてないだろうな、と一瞬名前の身を案じてしまう。
沖田くんとは同じ性癖のように思われがちだがコイツと同じにされては困る。サディストと一言で言っても色々だ。
俺は目の前のコイツのように支配欲の塊ではない。どちらかと言うとちょっと冷たくした後にどっぷりと甘やかしてやりたいし、甘やかしておいて冷たい態度をとって意地悪してやるのも良い。

長谷川さんいわく、そんなの小学生が好きな子いじめてるのと同じじゃん!らしいが、俺はそういう趣向なんだから仕方ないし小学生のそれと一緒にすんじゃねえよ。

それに比べて目の前にいる童顔の可愛い顔した男はこんな顔しといてやる事が色々とゲスい。こんな奴と一括りにされるのは正直いい迷惑だ。


「旦那はあれから名前とは話しやしたか?」
「昨日の今日で話す時間なんかねぇだろ」
お互いむしゃむしゃと団子を平らげてお茶を飲む。まるで間が持たないかのように口を動かした。
「一回ちゃんと、話し合った方がアンタの身のためですぜ」
「話し合うってなんだよ」
話し合うも何も昨日終わったところをお前見ただろ、だいたいその原因お前だしな。
そんな事を言ってやろうと思ったが、こんなの目の前の男に女寝盗られました、的な感じで絶対嫌だと思った俺はその後何も言わなかった。

「女心が分かってねェなァ」
「なに、総悟くんはその歳でもう女心分かっちゃう感じ?」
皮肉たっぷりに言ったところで沖田総悟には通用しないだろう。んなことは分かってたが言わずには居られないんだからしょうがない。
女心もなにも、昨日名前には面と向かって「いらない」と言われてしまったんだから。そんな否定されてまで「話し合う」ことなんか何もないだろ。


「……あんたらマジでうぜェわ」
完全に聞こえた。小声で言ったつもりだろうが完全に聞こえたぞ俺は。
「おいおい反抗期ですかコノヤロー、大人に向かってその口の利き方はどうなんだよ」
「すいやせん、つい本音が」
「お前なあ!」
イラつきついでに説教してやろうと思えば、沖田くんは今度は盛大なため息をついた。

「あんたら単細胞同士がいっちょ前に駆け引きなんか出来るわけねーんですよ、馬鹿馬鹿しい」
おいおい反抗期真っ只中かよ、こりゃちょっと局長のゴリラに報告しとかねぇと……と、今なんと?
「掛け、引き?」
「付き合わされるこっちの身にもなれってんでェ」
「ちょっと待って、沖田くんそれって」
「もっと面白くなると思ってたのに全然面白くねェ」
頭を整理したい俺とは逆に畳み掛けるように沖田くんは喋り出す。

「俺が見たかったのはもっとこう、せめぎ合う心理戦みたいなのだったんでさァ、あわよくば男女の痴情のもつれで旦那が後ろから名前に刺されるとかそういうのを期待してたんでさァ!」
なんてこと言うの子。
真昼間から団子屋で、昼ドラの話かよと思うほどえぐい話をし出す。もう少し他人の目を考えてくれ。

「もしくは旦那が嫉妬の鬼になって夜な夜な俺の命を狙いに来るとか!なんか色々期待してんですよコッチは!」
「知らねぇよお前の性癖なんか!そんなの期待されても困るわ!あと普通に怖いっ!」
「本当面白くねェ……こんなのお互いがアホすぎて自然消滅して終了じゃねェですか」
さりげなくアホって言ったなこいつ。

 「てか、それってつまり、あれだよな、俺はお前らに一杯食わされたってこと……だよな?」
はめられたことになるのか?
待て待て、そうなると名前は俺の事、やっぱり好きだったんじゃねぇか。

「名前はもう終わりにしてェって言ってやしたよ」
「は?おま、どっちなんだよ!?」
「だから、本人と話し合えって言ったじゃねェですか」
グダグダ御託並べてねぇでさっさと行けよ、と年上である俺に対して何の遠慮もなく言う言葉も、今の俺にはどうでも良かった。
まあ後で近藤さんには報告しとくけどな!




***




「名前、お前どういうことだ」
さすがキャバ嬢、とでもいうべきか。こんなオシャレなカフェ来たことねえし、こんな意識高い系の人間に囲まれて、そいつらに物凄く見られてる俺の身にもなってくれ。

「どうしたの、銀さん……」
「探してたらたまたま外から見えたんだよ」
こんなガラス張りのカフェに居たら目に付くわな。探してた俺としては助かったけど。
「とにかく、ここ出るぞ」
無駄にオシャレなインテリアにジャズかなんかの小洒落た音楽。薄いパソコンを広げて珈琲片手に仕事して出来る人アピールしてる奴。
俺には全く縁がない世界に居心地が悪くてゲロ吐きそうだ。

「もしお前がもういいって言うんなら、俺はもう諦めるからな」
ここまで言わせておいて心当たりがないのなら、この先何を話したって意味が無い。お前がいいと言うなら俺は、本当にここで終わらせなければいけないんだ。

「待って……!」
店を出ようとした俺の後を急いでついてくる名前を背中で感じとって、俺は正直かなり安心した。


ある程度人気のない所を思いたどり着いたのは公園だった。
午後の公園はちらほら人は居るものの先程の場違いなオシャレカフェに比べりゃかわいいもんだ。

「俺の事好きみたいな態度とったと思ったら終わりにしたいだあ?始まってもねぇだろ!」
「沖田さんから聞いたの……?」
「ああ、全部聞いたよ、こんなの茶番じゃねーか!」
なんでこんなにイラつくのか。俺は話し合いに来たはずなのに。さっきまでわりと冷静だったのに。

「銀さんが悪いんでしょ!」
突然声を張り上げた名前はさっきの不安そうな顔とはまるで別人のようで、さっきまでイラついてた俺は逆に少しビビってしまう。
「もう……ヤダっ……!」
おいおい、失恋して情緒不安定ってか?そんなの俺も似たようなもんだからな。お前にどんだけ振り回されたと思ってんだ。

「私ばっかり銀さんのことっ……」
名前がヒュッと息を吸う。きっと泣く。
「始まってもないって……始めなかったのは銀さんの方なのに……っ」
泣きそうなのに泣くのを我慢してるのは場所のせいもあるのか。
お前はいつもそうだ、どこか我慢してて本心がどこにあるのか分からない。
俺だって不安だった。お前が俺に好意を寄せているのは気付いたがそれに確信を持っていいものか、どこか悩んでいたしそのままのが楽なんじゃないかとも思った。

「そう、だな……」
目の前の女を見るとなぜだか自分が全て悪いんだと思わされる。いや、実際俺が悪い。はっきりさせなかった俺が悪い。弄ぶような真似をした。
そして何より、自分が傷つきたくなかったんだ。

「沖田くんの言う通りだ……」
そう言うと名前は眉間に皺を寄せたまま目を丸くしてキョトンとしていた。
「俺ら二人は駆け引きなんか向いてねぇって言われた」
関係を曖昧にして美味しい蜜だけ吸おうなんざ、はなから俺には向いていなかった。
そもそも俺は始めから名前のことを気に入っていたし、店で初めてこいつと会った時からきっとこうなることを望んでいた。

ただ水商売の女ということだけが引っかかって試すような真似をしていたが、結局のところ自分の勘違いだったらと思うと怖くて仕方がなかった。
俺みたいなのにもうまともな恋愛感情なんかが備わってるとは思えなかったし、恋愛なんてものをどうやってするもんかも知らないに等しい。
そんな俺に一人の女とちゃんと向き合えるのか、責任が果たせるのか、考えれば考えるほど訳が分からなくて、俺は考えることからも逃げていた。


「悪い……なんか、色々と……ほんと……」
何から言っていいものか。
今になって色々謝る事が多すぎることに気付く。
「銀さんがしおらしいと、なんか気持ち悪……」
「おいおい、こっちは真面目に謝ってんですけどー?」
名前にいつもの様に悪態をつかれれば、俺は気が抜けて近くにあったベンチに腰掛ける。
小さく息を吐いてどうしたもんかと少し考え込むと名前は何も言わずに俺の隣に座った。

「俺さ、まともな恋愛……したことねぇんだよ」
口元を抑えて小声で言う。こんな恥ずかしいことでかい声で言えるわけもない。
「……あんなに恋愛マスターみたいな態度取ってたくせに?」
「名前ちゃん急に辛辣だな……」
「銀さんはみんなに優しいしみんなに慕われてるし……女子みんなにそういう態度とってるのかと思った」
「どんだけヤリチンだと思われてんの俺……」
「だってそういう態度とるから」

名前にそう言われたら言い返す言葉が見つからない。俺はずいぶん気取った態度を取っていたんだろう。
名前は自分の事を好きだと変な自信があったものの、どこか境界線を引いていたのは自分だったんだろう。

「生まれてこの方、ずっと女に縁はないし、名前ちゃんとしかそういうことしてねぇから……」
だから、と付け足すと名前は座ったまま俺の事を横から覗き込んでくる。
勘弁してくれ、今の俺の顔なんか見られなくないのに。多分めちゃくちゃ情けなくて格好悪い。

「だから?」
「だから……その、だな……ちゃんと、一番だから……」
なんだよ俺、もっと気の利いたこと言えねーのかよ。
自分が恥ずかしくなる一方だ。女を喜ばす言葉ひとつすら思い浮かばないのか俺は。

「私も酷いこと言ってごめんね、銀さん」
私も駆け引き全然向いてなかったね、と困ったように笑う名前を見て、愛おしさが爆発しそうになった。
確かにあの時はすげぇ傷付いたしショック受けたし地獄に突き落とされた気持ちだったが、今名前を目の前にしてそうやって言われりゃ無かったことにさえ出来る。
俺かなり舞い上がってるな。

「ただ、あれは沖田さんにそう言えって言われて……ごめんね」
沖田総悟ォォォ!覚えてろよっ!!
俺のメンタルえぐってくるセリフ考えたのやっぱり名前じゃなかった事に安堵しつつも、沖田総悟の顔を思い浮かべると薄ら笑いでこちらを見ていて心底腹が立った。


「色々失敗続きだったけど、私たち……この先……」
名前の顔がみるみる赤くなる。
おいおい、さすがの人気キャバ嬢でもそこまで演技できないよな?
耳まで赤く染めた名前を見て、こんな可愛い女逃してたまるかよ、と再度自分に言い聞かせるように強く思い名前の手を握った。

「俺たち、ちゃんと付き合おう」
俺らしくもない真っ直ぐに素直な言葉で言ったそれは、小っ恥ずかしくて死にそうだったが名前は嬉しそうに笑って「もちろん」と返事をくれる。
今後どうするのかはよく分からない。恋愛なんかした事ないからな。
出来るだけ名前に合わせていけば何とかなるんだろうか。
人生初の告白、人生初の恋人にかなり浮き足立ってしまいそうになるがいい歳だから気をつけねぇと。


「そういや名前ちゃんさ、仕事の方は……」
「辞めて欲しい?」
ニッコリ笑う名前を相変わらず可愛いな、これがもう俺の彼女かよ、と思うと下半身に熱が宿る。
ダメだろ、結局それかよ俺。

「まあ、彼氏としては……辞めて欲しい気持ちもあるけど」
「じゃあ私が月にいくら稼いでるか知ってる?」
さらにニッコリとされるが、俺にとってはとんでもない現実を突きつけられて背筋が凍る。
一体名前は俺の年収の何年分をひと月で稼いでしまうんだろうか。知りたいけど聞いたら多分俺は泣くだろうしプライドもズタズタになるだろう。

「あの、今は……辞めなくてもいい……かな?ほら、俺もそこまで器の小さい男じゃないし?」
苦し紛れに言った言葉がどれだけ惨めなセリフだったか、俺は後々に夜布団の中で後悔して枕を濡らすことになる。




end!!







2020/11
気が向いたら続きを書きたい。



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