「今日俺の誕生日なんですけどー?」





誕生日プレゼントは気持ちが大事なんて建前





十月に入っていつの間にか十日も経っていた。
歳を取ると月日が早く感じるなんて十代の頃は馬鹿にしてたもんだけど、今決して若いとは言えなくなった私はまさに月日は早いなーなんて思ってる最中だ。

「月日は早いねぇ…」
「ババァかお前は!つーか俺の話聞いてた?!」
こっちの世界に来て早七ヶ月。私は地に足付いてこちらでやってます。お父さんお母さん元気ですか。
私には先日、とんでもない恋人が来ました。

「無視かよ!無視ですか?!」
「聞いてるよ…我らが銀さんの誕生日でしょ、おめでとうって言ったよね?プレゼントもあげたよね?」
バイトの店長に初めて休みの日を申請した。
今までは大して用事もなかったので店長任せのシフトにしていた。
店長は珍しいね、なんかあるの?と聞いてきたのでお誕生日会なんです、と正直に答えたら快く休みをくれた。
普段遅刻も欠勤もない私。
信頼があるとこうも簡単に休みをくれるのだ。エッヘン。

コツコツ貯めていたお金で特注のケーキを買った。もちろんワンホールの大きいの。
ハンバーグを作ってあげようと特売の牛ミンチを沢山買い込んで、銀さんの好きなビールと焼酎と日本酒も揃え、ハンバーグに合うようにと赤ワインなんてのも買った。

この歳になると物じゃないプレゼントのが嬉しかったりする。
いつもより少し高級なものを食べたり飲んだりするのが嬉かったりする。
銀さんと同世代の私は少なくともそう考えていたので物は買わずおもてなし重視のプレゼントにすることにした。

「なんか欲しいものあったの?」
万事屋のみんなでご飯とケーキを食べてお祝いをした。
その後は新八くんが変に気を使って、神楽ちゃんはうちに泊まらせますからと言って定春と嫌がる神楽ちゃんを連れて道場へ帰って行ってしまった。

因みに新八くんや神楽ちゃんたちにはそれとなく付き合い始めたようなことを銀さんが言ったらしい。
しかし新八くんの態度を見ると銀さんは絶対変なことを吹き込んでいるに違いないと思う。
私に直接言ってこないものの、明らかに新八くんは気を使ってくるのだ。そんなことしなくていいのに。

その結果がこれだ。万事屋に残されたのは私と銀さんの二人だけ。
気持ちが通じあってから間もない私たちは、まだ大人の関係ではない。
間もないと言っても実際は二週間近く経った。
しかしその間私が万事屋に泊まることもなかったし銀さんが私の家に来たがっても拒んでいたのが現実。

私は銀さんとそうなるのが怖い。
もしそんなことになったらきっとこの世界から消えてしまいそうで、それこそ本当に夢オチなんじゃないかと毎日が不安で仕方なかった。

「欲しいもん…まあ、あるっちゃあるな」
これだけ盛大にお祝いして、明日はスナックお登勢でまたお祝いしてもらうのになんて贅沢な男なんだ銀さんは。
「ケーキじゃ不満だった?」
「いや、美味かった!あれはマジで美味かった!」
「でしょ、高かったんだから」
私はさり気なくもぅお金はないよ、とアピール。

銀さんはワインを一本あけて、その後は日本酒をチビチビと飲んでいる。
お酒に強い方ではない私は、銀さんと乾杯したワインを少し飲んだ後、神楽ちゃんたちと同じオレンジジュースに移行していた。

「俺の誕生日なんだから俺の欲しいもんくれんだろ?」
「まさか誕生日にたかりに合うとは思わなかったよ…お金とか言わないでね…」
「そんな色気のねーこと言うかよ」
そう言ってニヤリと笑う銀さんは良からぬことを考えているのだろう。
私だって何も知らない純粋無垢な少女ではない、なんとなく予想がついた。

「身体とか言わないでよ」
「あ、バレた?てかダメなの?この記念すべき日でもダメなの?じゃあいつならいいんだよ?!俺もう死ぬよ?!こんなに待ってて今日もダメとかもう耐えらんねーっ!」
確かにこの二週間何度も言われたけど、その度に私ははぐらかしてきた。
銀さんも誕生日ならいけるだろう、と思っていたのだろう。
今日まではそこまでしつこくしてこなかった。

「これでダメなら俺マジでどうしたらいいわけ?」
「え…っと…」
返す言葉が見つからない。
確かにそうだ。これ以上ないタイミングな訳だし、ここで断ったらそれこそこの先銀さんとどうしたらいいか分からなくなる。
「そんなに嫌か」
「…嫌…じゃ、ないです…」
弱々しくそう答えると、銀さんは急に私の手を引いて居間を出て風呂場の前に連れてきた。

「んじゃ風呂入れ、嫌ならこのまま逃げていいから」
それだけ言うと銀さんは私を残してまた居間に戻って行った。
急すぎる展開。
銀さんはいつもこうだ。さっきまでオチャラケていたと思えば急に真面目になったりする。
そんな銀さんを好きになったのだけどいつもズルイんだよ。

逃げられる訳ないよ、銀さん。
今まで拒んで来た私に無理強いすることもなく、あんな真面目な顔して嫌なら逃げてもいいだなんて、ここまで優しくされて逃げられる訳がない。

正直言って、これは銀さんの思惑通りなのかもしれない。
それでも今日は覚悟はしていた、このままな訳がないと思っていた。
ただ恐い、銀さんとの関係がこれ以上に変わってしまうことが恐い。
それでも銀さんの気持ちにも答えなきゃいけない。銀さんが私に答えてくれたように。
シャワーを浴び、覚悟を決める気持ちで私は身を清めた。


「お風呂、お先にいただきました…」
「おう、髪ちゃんと乾かせよ」
お風呂から出て居間のドア付近に立ちすくんでいた私の隣を通り過ぎる銀さんは、軽く髪に触れていく。
「すぐ戻る」
その一言を残して銀さんも風呂場に向かった。

ほんの一瞬髪を撫でられただけなのに、体が沸騰するような熱を感じた。
私は今からあの男、坂田銀時に抱かれるのだ。
そう思うだけでどうしようもない衝動に駆られてしまう。

五分もしないうちに廊下から足音がする。
銀さんがお風呂を終えてこちらに向かってくる。
ガラリと居間のドアがスライドして風呂上がりの着流し姿の銀さんが現れた。
いつも見たことのあるその姿は、今日ばかりは全て心臓に負担がかかる。

ガチガチに緊張してソファに座っていた私をチラリと見て、銀さんは手を差し出してきた。
この手に掴まれば今日ここで、この場所で、この人のモノにされる。
心臓がドクドクと今までにない音を響かせていた。

「覚悟決まらねーか」
なかなか手を取らない私を見限ったのか、銀さんの声のトーンは低かった。
「ち、違う!そうじゃなくて…」
「思ってることがあるならちゃんと言えよ」
「…こ…恐い…」
「俺が?」
「違う…これから先のことが…」
「先?」
「私が、銀さんとそうなることによって……新八くんや神楽ちゃんたちとの関係が変わっちゃったりしないかとか…銀さんと私の関係も、今までみたいに居心地のいいものじゃなくなったらどうしよう、とか…」
「変わらねーよ」
「そんなの分かんないでしょ…!簡単に言わないでよ…」
「実際変わってねーだろ」
「…?」
「お前がここに出入りし始めてからも俺らは何も変わってねーよ、だから今更何も変わんねーんだよ」
ゆっくり隣に座って肩を抱き寄せられ、私は銀さんの胸に包まれた。

「まあ変わったことと言えば、神楽も新八もお前が来るのを今まで以上に楽しみにするようになったってことくらいだ」
あとは何も変わらねぇよ、と銀さんは優しくそう言って私のおでこに唇を押し当てた。
「お前はなんも心配することねーんだよ」
私はその言葉に返事が出来なかった。
嬉しくて、泣きそうだったから。

我ながら単純だけど、銀さんに心配ないって言って欲しかったんだ。
返事の代わりに顔を上げて銀さんと目を合わせる。
それが合図のようにどちらともなく唇が重なった。

「お前は黙って俺に愛されてりゃいいの」
分かったか?と付け足されてコクリと頷けば、今度は大人の口付けをされる。
深く深く、意識が無くなりそうになるくらい深く。これ以上ないくらい、溶け合ってしまいそうなくらいに。
息ですら溶け合いそうな程に深く愛される唇や舌にどうしていいか分からなくなる一方、急激に銀さんが欲しくてたまらなくなった。

愛してるなんて気恥しくて口に出せる訳がない。私はその代わりに銀さんの腰に手を回す。
今日ここで、この場所で、この人のモノにされたい。
今はもうただそれだけしか頭にはなかった。






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