「ヒヨコォォ!そっちはマヨネーズの海だ!溺れるぞ!行くなァァァ」




押して押してたまにディフェンス




「ちょっと銀さん、なんて夢見てるんですか」
「はっ!?な…なんだ…夢か…」
「そんなトコでうたた寝してるから変な夢見るアル」
「なんか嫌な汗かいちまった…シャワー浴びてくるわ…」
「あ、銀さんもうすぐ夕飯出来上がりますよ?」
銀さんの足音が聞こえたので台所から顔をのぞかせてそう言うと、少し元気のない銀さんがお風呂場に入っていく。
「あー、すぐ戻る、先に食ってていいから」
「分かりました」

私と新八くんは居間に夕飯を並べにかかる。
神楽ちゃんも積極的にお手伝いをしてくれ、食卓は豪勢かつ賑やかになった。
「わー!今日はごちそうですね!」
「復帰祝いにって近藤さんから少しいただいたので」
「あのゴリラがアルか?!こりゃゴリラも名前を狙ってるかもしれないアル!過去の自分の失態を知らない名前をいい事に、全部無かった事にして名前のポイントをリアルに上げてくるに違いないアル!」
「考え過ぎだよ神楽ちゃん…姉上のストーカーをやめてくれるなら願ったり叶ったりだけど、次は名前さんが標的になったら僕としては何も変わってない状況な気が…」

テーブルには唐揚げやパスタ、ハンバーグなど神楽ちゃんの年頃が一番喜びそうなメニューを並べた。
「でも、名前さんお仕事初日で疲れてるのに大丈夫ですか?食べたらゆっくり休んでくださいね」
「大丈夫大丈夫!今日は体力使うことなんてひとつもしてないし」
「片付けは銀ちゃんにやらせればいいネ!だから食べたらすぐ私とゴローンとするネ!」
「片付けはお前もやるんだよ」
そう言って現れたのは髪の毛をガシガシと拭きながら居間に入ってくる銀さんだった。

「嫌ネ!私はこのごちそうを並べたアル!」
「箸と皿並べただけだろうが」
「ゴロゴロして風呂入ってただけの銀ちゃんに言われたくないネ!!」
そんな小競り合いが始まりつつも、ごちそうを皆で賑やかに食べる。
何だかまだ二日目だけど、家族なんだなぁって感じるところが節々にあってほっこりしてしまう。
異国に来てしまったものの、この三人や周りの人のおかげで不安な気持ちは少しずつ和らいでいった。

「名前さん、初日のお仕事どうでした?」
新八くんがお皿にサラダを盛り、私に渡してくれながらそう問う。
「うん、皆親切で一から教えてくれて助かったけどなんだか悪い気がして…」
「何言ってるネ!アイツらがちゃんと名前を守ってないから事故にあったネ!だから名前はそんな奴らに気をつかなわなくていいアル!」
神楽ちゃんは先ほど大盛りにした白米をもう食べ切って、空になったどんぶり茶碗をドン!と机に置いた。

神楽ちゃんだけには詳しい事情を説明していない。
ただ、私が真選組一行の花見に行く途中に交通事故にあってしまい、それが原因で記憶がなくなったとだけ伝えてある。
総悟が関わっているとなるときっと神楽ちゃんは総悟に何かしら報復をするかもしれないと、周りからの配慮などもあってのことだった。

「そうだぞ名前、迷惑かけられてんのはこっちの方なんだ、たんまり慰謝料請求してやれ」
「銀さん、アンタ金の事ばっかだな」
「あめーよぱっつぁん!慰謝料ってのは誠意の表れなんだよ!?そこは大事だろー?!つーかむしろそれ以外に何があんだよ!?」
「ゴリラが責任取るとか言って名前を嫁に請求するかもしれないアル」
「んなもん請求されてたまるかァァ!!請求する側がいつの間にされる側になってんだよ?!詐欺か!色々とおかしいだろ!よりによってなんであんなストーカーゴリラの嫁に出さなきゃなんねーんだよ!」
むしゃむしゃとご飯を頬張りながらも銀さんは近藤さんを貶していた。
銀さん、今食べてるものはそのゴリラさんからの御好意です…

「マヨネーズはちゃんと優しくしてくれてアルか?マヨかけられたりしなかったアルか?」
「マヨ?かけられてないよ?え?前はかけられてたの?」
「神楽お前変なこと言うんじゃねーよ、名前ちゃん信じちゃうだろ」
「間違ってはないネ、名前はマヨネーズの助手なんだからそのうち何かの拍子でマヨネーズかけられる日が来てもおかしくないアル」
「かけられてたまるか!うちの名前ちゃんにそんなことしたらあのニコチン野郎マジで許さねーし!」

確かに今日のお昼は土方さんと総悟と山崎さんと一緒に食堂で食べたけど、土方さんは懐からマヨネーズを取り出して大量にかけていた。
極度のマヨラーなんだ、とチラ見していたらすかさず隣の総悟が犬の餌だとか言って土方さんを怒らせていて、前に座っていた山崎さんは気分が悪くなったと言ってお箸を途中で止めていた。


夕御飯を食べ終えると、皆それぞれの時間を過ごす。
「おい神楽、皿洗えよ」
「銀ちゃんの当番アル!」
「当番お前だろ!勝手に俺にすんな!」
「私やりますよ」
「だー!名前ちゃんはいいの!休んでなさい!明日も仕事なんだから無理しないの!」
「神楽ちゃん、僕も手伝うから行こう」
「あー面倒アルー食べた後はゴロゴロしたいネー」
「はいはい、頑張ろうね」
新八くんは優しいお母さんように上手に神楽ちゃんを誘導して台所へ促していった。

「ここに住ませて貰ってるのに、家事全般は私にやらせて欲しいんですけど…ダメですか?」
「住ませて貰ってるって…」
銀さんは少し困ったような顔をして眉尻を下げていた。
「名前ちゃんは居候とかそういうのじゃないんだよ、俺らの家族なの、分かる?」
「…はい」
「だからそういった他人行儀なことは言わないように、銀さん傷ついちゃうから」
私の隣に座った銀さんは神楽ちゃんと新八くんが居なくなったことをいい事に、距離を縮めてくる。

「それにさー、いつまで俺に敬語な訳?」
「あ、ごめんなさい…」
「ま、別にいいけどさー、あんま長引かせるとずっと敬語使われそうで気が気じゃないんですけど」
「気をつけます…」
話している最中も銀さんは距離を縮めてくる。
いつの間にか肩には手を回され、ガッチリとホールド状態になっていた。
「なあ……」
「は、はい…」
この空気はどうしたらいいのか。
どうも銀さんと二人きりになるとこの一瞬の間に緊張を覚えてしまう。

「ちゅーしていい?」
「え!?」
「だめ?」
「や、あのっ…」
ついに来たか!と心の中でもう一人の自分が叫んでしまう。
今までなんとか流して来たけれど、こうもストレートに聞かれてしまうとどうしたものか。
いつものように誤魔化そうにも、当の銀さんが意外にも真剣な顔をしていたので誤魔化せそうな雰囲気ではなかった。

「だ、台所に新八くんや神楽ちゃんが居ますし…!」
「一瞬だから大丈夫」
「で、でも」
「嫌なら嫌って言っていいから」
「え…」
「生殺し状態つらいんだよね、それならいっそのこと触るなって言われる方が楽と言うか…」
「銀…さん?」

戸惑ってしまう。
急に銀さんがしおらしいことを言ったので、拍子抜けしまった私はじっと銀さんの顔を見ていた。
銀さんの顔をこんなに近くでまともに見たのは初めてかもしれない。
いや、きっと初めてだ。
病院にいた時もこんな距離はなかった。
何よりこの人が恋人であり旦那さんであると言うことを聞いてから、余計に顔を見れなくなったのだ。

「ちょっと今日は飲みに行ってくるわ」
「あ、あの…銀さん…!」
「そんな遅くはなんねぇけど、先に神楽と寝ててくれ」
そう言った銀さんは私から手を離し立ち上がると、居間を出ていってしまった。
一人残された私はただポカンとするしかなかった。
押されるばかりだったのに、急に引くなんて。
銀さんはズルい。
私の頬と先程まで触れられていた肩が、銀さんが去った後もまだ熱を帯びていた。





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