皆のお母さん

「あ、そうだ出水。棒付き飴舐める?」
「なに味」
「いちご」
「苺かぁ、フルーツ系は気分じゃないなあ」
「チョコミルクもあるよ」
「ほしい」

そうして隣を歩いている出水に向かって、ポケットに入っていた棒キャンディーを差し出せば、彼はサンキューと軽いノリでそれを受け取る。丸くなっている飴部分の包み紙を頑張って剥がそうとしている彼を、お揃いのチョコミルクの飴を頬張りながら、じーと見つめていた。

「あ?固くね?なにこれ」
「え、そう?」
「全然開かないんだけど」

そうして太い指で引っかいたり、つまんで引っ張ったりして、無理やりにこじ開けようとしている出水に、なにをしているのだという気持ちを顕著に顔に表しながら、「貸して」そう一言、呟くよりも早くに彼の飴を奪い取る。

「こういうのは、粘着が緩い個所を見つけてだな……」
「さっすが生緒先生」
「へへ、まあ見てなさい」
「おい、お前ら」

飴を開けるために、歩道の上でふと歩みを止めた私を、頑張れーと隣で子供みたいに応援しながら目を輝かせている出水。少し前を誘導するように歩いていた海夜が、私たちが付いてこないのに気が付いたのか眉を顰めながら振り返る。

「遊びに来たんじゃねえんだぞ」
「まぁ、おかんもそう固いこと言うなって」
「そうだそうだ、飴ぐらいいいだろ!」
「お前ら完全にピクニック気分じゃんか」

あと誰がおかんだ。と付け足す隊長。そこ、後付けでいいんだ。視線は飴に張り付けながらも、怒り気味の海夜をなだめようとしている出水に言葉だけ加勢する。しかしこの飴、緩いところが全くない。

「これから任務に行くっていうのに……」
「まあまあ、任務だからって気張りすぎだって」
「そうそう、海夜も飴舐める?」
「お前らが気を抜き過ぎなんだ」

わかるか?なあ?必死に訴えかけている声を無視して飴の包み紙を開けるためだけに集中する。しかし、だめだ。何度か爪を立ててつまんだり、引っかいたりしてみたが、まるで取れそうにない。力を込めすぎたせいか、若干ひりひりする指先にギブアップし、海夜の元に歩み寄る。すると彼は私を見て、何事だと目を見開いて数回瞬きをしてみせた。

「お母さん開かない……」
「は?」
「えー、生緒でも開かなかったのか」

まじかーといったように近寄ってくる出水の顔は、残念そうに眉を下げて私の手のひらにある棒キャンディーに視線を落としていた。申し訳なく首を垂れていると「もぉー」と牛のマネをする声が頭に振ってくる。

「そもそも、こういう棒付きのは歩きながら舐めてると、転んだとき危ないんだって」
「それ幼稚園児とかでしょ」
「お前も大して変わらんだろ」
「心外なんですけど」

そう小言を零しながらも、一生懸命整えられた爪を駆使して袋を取ろうとしてくれている海夜。流石おかんである、優しい。そこでふと思ったのだが、いっそのこと彼にトリガーオンしてもらって、弧月で無理やりこじ開けてもらえば早いのではないか。

「まあ確かに幼稚園児並みだな」
「もう出水に飴上げない」
「嘘嘘嘘!!」

そんなこと一生懸命人力開けようとしてくれている人に向かって言えないが。言った瞬間、怒ってポイっとキャンディーを放り投げられるのが目に見えている。道路の一角で3人して一つの飴を囲み苦戦しているこの光景、傍から見たら謎な学生集団に見えそうだ。

「…ほら、取れたぞ」
「おおー!!流石蒼井!」
「ありがとー!」

無事に取れた包みをさり気なく自分のポケットにしまって、そっとキャンディーのついた棒を出水に差し出す。身長差はそこまでないはずなのに、兄弟に見えてしまい思わず目をこすった。気が付けば転がすのを忘れたキャンディーが口内に皴を作っている。

「わかったから、その代わり2人とも転ぶなよ」
「「はーい」」

再度歩き出す。出水と2人見事同時に良い返事を返したのだが、それでもやはり心配だったのか、海夜は先ほどのように前を行かず私の隣を歩き出した。大の高校生が3人して横に並べば歩道を完全に塞いでしまうのだが、幸いにして付近は警戒区域だ、問題ないだろう。

「そういえば、双子はどこにいるんだ?」
「うーん、なんか先に行って始めてるんだって」
「あーなるほどね」

「知らないのね」そういう隊長の目はどこか遠くを見つめていた。ごめんね、心の中で謝っておく。一方で反対側の飴を加えながら頭上で両手を組んでいるその姿は、完全に任務へ向かう人間のものには見えない。その頬は片方だけリスのように不自然に膨らんでいた。

「でもあの2人だけで大丈夫なの、隊長さん」
「それは私も思った。なにかやらかしそう」
「まぁなあ……はは」

何処か他人ごとのように呟けば、隊長の立場故、私たちみたいに呑気なわけにはいかない彼は、乾いた笑いを零しながらうつろな目をする。本当にご愁傷様である。「てか思うなら場所聞いておいて?」切実な願いにそっと目を反らした。

「ねぇ、生緒聞いてる?」
「ん、飴いる?半分ぐらい舐めただけど」
「い ら な い」
「よねえ」

「きたねえ」そういう出水にはこっそり肘でつついておいた。本来あの事件が無ければ私がこのチームのリーダーにされていたのだろうが、ならなくて良かったと海夜の心労を見てつくづく思う。しかし、もし、あの事件を起こしていなければきっと私は今も風間隊にいて、もしかしたら蒼井隊は結成されていなかったのかもしれないが。

「まあ、一番の問題児がここにいるからいいわ」
「は?」
「なるほど、納得だわ」
「え?なんで?」

こんなお利口な少女を捕まえて、何をほざき出すんだこいつらは。両サイドの遠い目をしながら前を見つめている2人を交互に見るが、双方ともに視線が交わることはなかった。

「納得できないんだけど」
「まあ、蒼井いつもお疲れ様」
「ああ、ありがとう」
「え、何これ放置プレイ?」

私を置き去りにしてどんどん進んで行く会話に、一瞬私の存在がなくなってしまったのではないか、と錯覚してしまう。しかし2人とも私を挟んで、ちゃんと私の場所を開けたまま歩いているのだ、私がいないならば、明らかに間隔を開き過ぎである。

「じゃあ、太刀川隊は担当あっち側だから俺行くわ」
「おう、またな」
「2人ともありがと」
「無視したこと忘れないから」

トリガーを起動して学ランから黒い隊服へと変わった彼が、大きく飛躍して屋根伝いに移動し始める。「俺は忘れるねー」と悪戯に笑ったそいつの頭を一回殴ってやろう決意しトリガーを取り出すが、手を後ろからグッと引かれ、あっけなくその目論見は阻止される。

「はいはい、君はこっちね〜」
「やだ、一発殴る」
「また今度ね」

口惜しいです。