「お前達は相変わらずだな」
交わった視線、鋭い赤眼に引き込まれるように目が離せなくなる。胸にじんわりと広がる懐かしさを覚えながらも、無表情にこちらを見つめる彼に向って、ゆっくりと口角を上げた。
「お久しぶりです、隊長」
悪戯っぽく言ってみる。そうすれば、きっと彼は怪訝そうに眉を顰めるだろう。そう思ったのだが、意外にも、彼はふいっと無表情のまま顔をそらして、何も言わずに口を閉ざしてしまうのだ。あれ、おかしいな。そう不思議に思い横に背けた顔をのぞき込もうと近寄る。
「久々に見た。生きてたんだ」
「菊地原。……すみません、お久しぶりです生緒さん」
「やっほ2人とも」
しかし、それは私が彼に近寄るよりも早く、私の目の前に歩み出た後輩によって阻止される。開口一番、嫌味を吐いた後輩。それを一瞥し注意しながらも此方にぺこりと頭を下げた後輩。どうやら彼らも相変わらずらしい。
「だってずっと見てないし、音沙汰もないし。てっきり死んだのかと」
「菊地原もツンデレが健在なようでなにより」
「は?」
「本当は私のこと心配でたまらなかったくせに」
「キモいんだけど」
この子が興味のない人間に、わざわざ自ら話しかけることが無いこと、近づいてくることが無いことなど、とっくの昔から心得ている。にやけつつその頬をつつけば、乱暴に払いのけられると同時、顔を顰められる。
「なになに、そんな会いたかった?」
「不細工な面、見なくて平和だった」
「ライン、してあげようか?」
「いい、いらない、迷惑」
またまたあ!そう言いながら彼のあまり贅肉のない頬をびよんと左右に引っ張る。そうすれば「やめてよ」と心底嫌そうな声を出しながらも、彼も負けじと私の頬に両手を添える。
「い、いだだだだだ!?」
「でひょ、ならひゃめはよ」
「きくひひゃあ、ちはらはふひょい!」
「でしょ、ならやめなよ」「菊地原、力強い」子供じみた言い合いである。この小僧、力思いっきりこめやがって。彼とは性別の違いからか、彼よりも明らかに贅肉のある私の頬。それを馬鹿力でつねるものだから、頬がびよんと思いっきり伸びてしまい、その慣れない感覚に思わず声を上げた。
「いや、先輩トリオン体だから痛くないでしょう……」
「はにゃひなしゃい」
「やひゃら」
「ふ、2人とも……」
呆れた歌川の眼差しを気にせず、年下相手にムキになってその頬の手を緩めずにいれば、菊地原も同じように私の頬を摘まみ続ける。引き際をすっかり見失ってしまっていた私たちだが。
「いい加減にしろ」
それも、僅かに怒気を含んでいるかのような隊長様の一言で、あっけなく終戦を迎えることになる。はじかれたように一斉に互いの手を離す。視線が交わった鋭い赤い瞳が“馬鹿”そう言っているように見えた。多分、私の被害妄想だと思うが。多分。
「いつまでじゃれ合ってるつもりだ。任務中だということを忘れるな」
「すみません……」
「だってこいつが」
「こいつ?菊地原君、私17よ?」
遠慮なく堂々とこちらに向けられた人差し指を握りしめる。説教を、たった今受けたばかりだというのに、思わず売り言葉に反応してしまう。
「君何歳だっけ?ん?」
「生緒」
「はい、すみません」
ピシャリと言い放たれた低い一言に、打たれるようにして背筋を伸ばす。その様子を見て懲りずに菊地原はふんと鼻で笑ってくれるのだ。
「怒られてやんの」
「菊地原、これ以上先輩を煽るな」
さてはこいつ、私という愛すべき慕っている先輩との久々の再開にテンションが上がっているな?ハッと気が付くが、我慢して口には出さない。これ以上言葉を発すれば、真横で無言のまま威圧してくる人物に、今度こそ首を跳ねられそうだからである。
「埒が明かない。これ以上は任務が終わってからだ」
すると、菊地原は「はーい」とけだるそうに返事をして、踵を返し歩いていく。それを追おうとした歌川君だが、ふと何かを思い出したかのようにこちらを向き直り「生緒先輩」と私を呼んだ。
「たまには遊びに来てくださいよ。菊地原も、風間さんも、みんな喜ぶんで」
「……うん、ありがと」
「もちろん、俺も楽しみに待ってますから」
不意にかけられた言葉に、胸の奥が熱くなる。静かに頷けば、それをしっかりと確認した歌川は、はにかみながら「じゃあ、また」と言葉を残して、すでに離れてしまった菊地原の後姿を走って追いかけていく。
「……だって、蒼也」
「なにがだ」
「遊びに来ていい、だって」
私、もう風間隊じゃないのに。不意に沈んでしまった心を見透かされてしまわないように口角を上げた状態を張り付けながら、目を伏せた。馬鹿だ。こんなこと聞いたって、彼が困るだけだ。そんなことはわかっているはずなのに、なのに。なにか言って欲しいと期待を込めて彼に尋ねてしまった。未だに私はこの隊長から親離れできていないのかもしれない。
「…なんてね!今度お菓子でも食べに遊びに行こうかな!」
「相変わらず呑気だな」
「へへ、そうでしょー」
「褒めてない」
大げさに笑って誤魔化す。そうすれば、蒼也はいつも通りにツッコミを入れてくれる。それに内心ほっとする。きっとなにも聞かないのが正解なのだ。そう自分に言い聞かせる。
「……生緒」
「ん?」
「好きにしろ」
決意も束の間。真紅の瞳が真っすぐに私をみているものだから、思わず息が止まった。
「お前は確かに、もう、うちの隊員じゃない」
「……うん」
そんなことは、言われずとも知っている。
「しかし、お前が仲間であることに変わりはない。俺達は今でもそう思っている」
「……うん」
「お前は違うのか」
「……」
その言葉に私は素直に頷けなかった。私はそうして自分を受け入れてくれていた仲間を裏切ってしまったのだ。ここで頷いてしまっていいのだろうか。
「……あまり気にするな」
「でも……」
「……嫁いだ娘が実家に帰ってくるなんて当たり前のことだろう」
たまには菊地原に顔をみせてやれ。じゃないとこういう時にはしゃいでこまる。溜息交じりのその台詞に、思わず苦笑する。例えも例えだが、菊地原。はしゃいで困るなんて、隊長に散々な言われようである。しかし、それが私のための彼なりの気遣いなのだと、知っているから目頭が熱くなってしまうのだ。
「いつものお前みたく、軽いノリで遊びに来たらいい」
「風間さん……」
「なんだ」
「それじゃあ、私嫁いだ娘ってことですか?」
その私がいつも軽いノリみたいな言い方どうなの。と疑問を密かに抱きつつ、少しおどけて言ってみる。こんな風にしてこの人に冗談を言うは何時ぶりだろう。ずっと当たり前だったのに、長い間出来なかったことだった。喜びをこっそり胸に抱きながら、今度こそ彼の顔をのぞき込む。
「蒼也パパ?」
「ふざけるな。例えだ馬鹿者」
「へへ。……ありがとうございます」
たまたま出くわして他愛もない話をして別れる、そんなことは今までもいくつかあった。しかし、私が彼らの元に自らの意思で足を運んだことは、思えばあの出来事から一度もなかった。どこかで拒絶されるのが怖くて、近づくことが出来なかった。きっと彼らもそれを見抜いていたんだろうな。それをこうして、わざわざ私を招き入れてくれるなんて。この隊は相変わらず変わり者ばかりである。
「しかし、ここまではっきり言わないといけないものなんだろうか……」
「ん?」
「呑気だとは思ってたが、馬鹿なだけかもしれないな」
「え、なに突然の辛辣」
目を丸くしている私の顔を見て、ふっと短く息を吐く隊長。彼の口元はわずかに緩んでいた。人の顔を見て笑うのは失礼であると思うが、珍しい笑顔に免じて許そう。
「あと、確認したいことがあるんだが……」
突然、私との間の距離を詰める。下手すれば吐息のかかるような距離感に、この人良い意味で人たらしだよな、なんて思う。まぁ、私を人と思っていない可能性もあるが。内密事を告げるときのそれに合わせるようそっと寄り、きりっとした顔を見つめながら耳を傾ける。
「今、蒼井隊の戦闘員はお前だけ玉狛だったな」
「そうですね」
「それは誰から告げられたか覚えているか?」
その意図がわからない質問に疑問を抱きながらも、素直に答えてしまうのはやはり元隊員の性なのだろうか。
「んー…。そういえばずいぶん前に迅から電話がかかって来て……」
「迅……そうか」
そこでハッとする。そういえば今回は珍しく隊長ではなく、なぜか迅からの連絡で派遣先を知ったな。その時は珍しいな、と思うだけで深くは気にしていなかったが、今更考え直してみれば不可解な事態である。
「おかしい」
「今更か」
まあいい、呆れたような物言いに、はははと乾いた笑いを零すことしかできなかった。しかし、その質問がどういう意味なのか、いつものように真剣な表情の風間さんの顔を見つめる。
「本来は蒼井隊全員本部に配属される予定だったんだが、急遽お前だけが玉狛へ行くことになった」
「え、初耳」
「……俺も詳しくは知らないが“お前が1人だけ玉狛に引き抜かれた”そこには何らかの理由があると思っている」
迅が絡んでいる、となれば尚更だ。その言葉に静かに頷く。私の同意見だ。真っすぐこちらに向けられている瞳。そういえば、最近やけに迅との絡みが多い気がしていたが、それも何か理由があるのだろうか。雪があの日バタバタと書類を海夜に渡そうとしていたことも、一緒だったはずなのに別々のところに行くことになったから焦って用意していたのだとしたら辻褄が合う。
「……まあ迅の思惑がわからない以上、何とも言えないが」
私を真っすぐ見据える瞳。感情の伝わりずらいその赤い目から色を見抜けるようになったのは何時だっただろうか。
「無茶するなよ」
そう呟いた風間さんの顔は、すぐに彼が踵を返してしまったせいで良く見えなかった。しかし、その瞳が心配の色をしていることはその僅かな時間でわかってしまった。速足に去っていく後姿に届くように、大きな声で返事をしても彼が振り向くことは無いのだが。やはり、彼も間違いなく昔も今も、私の大切な隊長であると痛感していた。