「いやぁ、こっぴどく叱られたわあ……」
学校に辿り着くまでの数十分間の苦痛さと言ったら……。思い出すだけで頭が痛くなる。体感的には一時間ぐらいあった、絶対。とはいってもそもそもの原因を辿れば、通信機をつけ忘れていた私が悪いのだが。
「まあ、自業自得ですよね」
「手厳しいな、おい」
「生緒先輩が怒られてるなんて良くある話ですし」
恨みを込めて隣にいる一つ下の後輩を睨みつければ、一瞬だけこちらに目を向けるだけで、彼はまたすました顔で正面に視線を戻した。
「怒る短気なやつが悪いんだ……」
「そんなこと言ってこっそり通信聞いてるかもしれない迅さんに怒られたって知らないですからね」
「迅は怖くないからいいや」
「そっからレイジさんとか海夜先輩とか」
「よーしがんばろう」
もうネチネチ系に説教いただくのはご免である。誰の家かもわからない民家の屋根をスキップしながら進めば、彼、烏丸京介こととりまるは大人しく私の後をついてくる。カラスというよりかはアヒルの子みたいだな、勝手にそう思っては、込み上げてくる笑いをひそかにかみ殺す。
「そんなふうにして転んで落ちたりしないで下さいよ」
「落ちないわ。そもそも落ちても平気だし」
「海夜先輩が言ってましたよ。生緒先輩があまりにも危なっかしいから落下したらベイルアウトする機能こっそり付けておいたって」
「え、うそ」
動揺して中途半端に後ろを振り返ったのがいけなかった。振り向こうとしたその瞬間、瓦の屋根の複雑なでっぱりに足をとられ、ぐらりと体が傾く。まずい、このままベイルアウトなんてしたら隊長にも迅にも何言われるか分かったもんじゃない。必死になってバランスを取り戻し、ぎりぎりで屋根の上にとどまる。
「あ…あぶな…」
「……」
少々暴れてしまったからか、瓦屋根がギシリッと嫌な音を立てた。やっとして屋根の上にしがみつき、冷や汗を流している私を、とりまるは得意のポーカーフェイスを崩さずに見下している。
「べ…ベイルアウトしなくて良かった」
「…よかったっすね」
まあ、嘘なんですけど。
思いがけないその言葉に「は?」と女性らしくない低い声が出てしまう。そんな私の殺気を感じ取ったのか、ごめんの一言もなしに逃げていくようにひょいひょいと屋根を飛び移って離れていくとりまるに更なる殺意がわいた。
「とりまる……てめぇ」
「すいません、まさか本当に転ぶとは思わなかったんで。というか、それ以前に信じるとは思わなかったんですけど、さすが生緒先輩っすね」
小南先輩レベルですよ。そういってにこっと爽やかな笑みを頂戴する。あいつ、イケメンだからって笑えば何でも許されると思ってやがる。
「お前それ褒めてないだろ」
「ばれました?」
「よくわかった、歯食いしばれ」
これは少々懲らしめてやる必要があるようだ。すかさずトリガーを起動させれば、両手を広げるよりも大きな巨大な立方体が空中に出現する。攻撃される数秒前、といった状況にも関わらず、とりまるは無表情のままでこちらを見つめている。とっきーといい木虎といいなんか今日会う後輩は冷静なのばっかりだな。
「先輩、任務中っすよ」
「任務中にも関わず後輩を鍛えてあげる私って偉いよね」
「本当に怒られても俺知りませんからね」
「誰のせいでこうなったと!!」
放課後早々、イレギュラーゲート対策として急遽市街地に召集されたわけだが、今日から玉狛支部に派遣、ということで玉狛の誰かと一緒になるんだろうな、ということはなんとなく想像できていた。小南がいい、レイジさんでもいい。なのになのに…
「なんでよりによってとりまるなの!」
「俺だって知らないっすよ」
「小南と変わって!」
優雅に宙を漂うキューブから、猛スピードでとりまるに向かって光が発射される。目で追うのもやっとな程の速度で進むそれは、鳥丸が咄嗟に出現させたシールドによって防がれている。
「生緒先輩、俺のこと嫌いなんですか……」
「嫌い、じゃないけど…」
「ツンデレっすか、似合わないと思いますよ」
「そういうとこだよ!!」
更に追撃しようと構えた瞬間、街に響き渡るサイレンと、ジジジと今回は忘れなかった耳に装着してある通信機からの音。聞こえたのはどちらが先だっただろうか。通信機から発されている、どこかが通信をつないだ時の電子音は、どうやらとりまるにも聞き取れたようで、耳に手を添えて音を聞き取ろうとする動作をしている。
「生緒ちゃん、烏丸くんきこえる?」
「聞こえるよ」
「はい、聞こえます」
通信機から聞こえてきたのは、声変りを迎えた男性にしては高めであるだろう青年の声。それは聞きなれたうちの隊のオペレーターである白石雪のものだ。ボーダーでは珍しい男性のオペレーターである雪の声は、すぐに雪だとわかるので助かる。
「近くでイレギュラーゲート発生したよ、準備は良い?」
「っチ…タイミング悪い…」
「2人とも準備できています。場所はどこですか?」
「いま場所送るね、そこから東南の方向に200mぐらい先だよ。心配ないと思うけど今回は2人のみで戦闘になると思うから注意してね」
“2人”という言葉に思わず「うげえ…」と苦い声をもらせば「行きますよ」とりまるに腕を掴まれ、仕方なく駆け出した。トリオン体のため、痛みは感じないはずなのだが、痛い気がするほどの強さで掴まれているのを感じる。
「もうすぐ着くよ、2人とも気をつけて!」
「はい」
「とりまる!!あれだ!!」
それは民家よりも高い空中にあった。バチバチと黒い火花を散らしながら、ゆっくりに渦を巻きながら膨らんでいくゲート。幸い近くに一般人の姿は見受けられない。とりまるもそれを確認してゆっくりと武器を構えた。
「いろんなところでゲートが開いてる、今も迅さんや木虎ちゃんがそれぞれ対応しているみたい。他にも近くで開くかもしれないから、気をつけて」
「叶了解」
「烏丸了解」
鋭い足がゲートからゆっくりと現れてくる。今回もモールモッドがお出ましのようだ。徐々に姿を見せてくるやつらを確認してから、私も再度キューブを出現させる。
「とりまる、ベイルアウトしないでよね」
「うっす」
ちらりと見た後輩は、余裕のある笑みを浮かべて此方に顔を向ける。さっきまでポーカーフェイス崩さなかったくせに。どこか挑発的に見えるその頼もしい面持ちに口を尖らせれば、とりまるははにかみながら「先輩も」と呟いた。やっぱりこいつは生意気だ。