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海よりも深く

「こんにちは、マルク」
「やあ、シュリル。こんにちは、元気かい?」

シュリルが手元に持っている本を読んでいると
ちらりと視界の端にマルクの姿が見えた
近づいてきた彼に挨拶をするとマルクも挨拶を返して笑って言った

「シュリル、何読んでるのサ」
「これ?人魚のお話の本」
「人魚?人魚姫かい?」

やはり一般では人魚の御話と言うと
誰でも人魚姫が出てくるのは例にもれずマルクもだったようで
他の子とは少し異なった考え方をする
彼の認識も他の子と同じだった事が微笑ましい
私の手元に広がる少し鈍い色ながらも鮮やかに広がる世界を
マルクは不思議そうに覗き込んでいた、かわいいなあ
そんなマルクの頭を撫でながら

「人魚だけど有名な童話の方じゃないの」
「ふーん?」
「とある無名の作家さんの絵本なんだけどね、」

読んでるページに栞を差込しこみぱたん、と閉じて表紙を見る
其処には唯「青年と人魚の御話」と
タイトルが記載されシンプルな装丁となっている
この装丁を見る限りでは中身は到底絵本だとは思わないだろう

「その本はどんなお話なんだい?」
「うーん…そうだなぁ…とある青年がね、
人魚を見つけてその子に恋をするの」

何処にでもありそうなお話しだね、と
マルクがシュリルと絵本を見比べながら言う

「ふふふ…まぁまぁ、聞いててね」

そう笑いながらシュリルはマルクに
読み聞かせる為にマルクを膝に抱いて絵本を開く
1ページ1ページ丁寧にめくり
このお話の概要を分かりやすく読み進めた

「この物語の青年は海を愛する海洋学者。
主に海底を研究してたんだけど
ある日海底に町を発見したの。

青年は世紀の大発見だ、これは調査へ行かなければ。
って研究意欲と未知への探求心を胸に
大喜びで海底の町へ調査に行ったの。

海底の町は歴史的な彫刻や
かつては絢爛豪華であった豪華船が沈んでいたり。

…そこで一匹の人魚と出会うの。
とても可憐で美しい人魚に勿論青年は目を奪われるわ
そして人魚に苦労しながらも意思疎通を図り2人は恋に落ちるの」

「・・・やっぱり何処にでもありそうな話しなのサ」
「マルクはせっかちさんだね。」

少し興味が無くなったかのように本から視線を逸らしシュリルを見上げる
不満げな表情を浮かべて頬をぷくーっと膨らませてとても愛らしい
その膨らんだ頬をつつきながら言葉を続ける

「人魚との別れを惜しみながら地上に戻った青年は
研究室で人魚が居た場所の近辺で大規模な噴火が起こることを知るの」
「どうなっちゃうのサ、」
「急いで海底に戻って人魚との再開を喜んでいる暇もなく
海底噴火の事を伝えるの。一緒に逃げよう、
そういって手を差し伸べる青年に人魚は戸惑うわ
1つだけ、固く約束して手を繋いで一緒に地上に行くの。」

「絶対に地上に行っても人魚の事を守ってくれること」
約束の内容を話して一息ついてマルクを見る
その続きを期待しているのか黙ってシュリルの話を聞いていた
この先を話すのも酷なものだがどうしたものか
悩みに悩んだ末にそのお話の結末を口にした

「・・・でも、
 海底に居た人魚は急な気圧の変化に耐え切れず死んじゃうの、」
「え、青年はどうしたのサ」
「人魚のあまりにも醜悪な変わり果てた姿に驚いて
嫌悪し手を振り払って自分だけ地上に戻るの」
「・・・・」
「その後 青年は研究所を売ってそのお金で
 別の道に進み生涯一度も海へは訪れませんでした」

おわり、と最後のページを開いたまま
そのあんまりすぎる結末にマルクは
一瞬呆然として何かを考え込むようだった
この終わり方には正直、好き嫌いははっきりと分かれるだろう
(マルクはどうなのかな)

「僕はこのお話の終わり方は好きじゃない」
「ふふふ…、どうして?」
「・・・言う程の事でも無いのサ」

えー気になる、と笑いながら駄々をこねてマルクに問い詰めていると
マルクは鬱陶しそうにするだけでシュリルの問いには答えなかった

「シュリル、この人魚は幸せだったのかな、」
「・・・手は振り払われたとしても死ぬ瞬間まで
一緒にいれたんだものきっと幸せだったんじゃないかな」
「じゃあ青年はきっと罪悪感に押しつぶされるだろうね、」
「何でそう思うの?マルク」
「だってこれ結局は自分の首を絞めてるだけじゃないのサ?
研究所を売ったり何かすればするほど
其のした事を認めざる終えないじゃないか、」


海よりも深く 深く


2020.10/03 加筆修正
2012.03.13

/lain0x2/novel/1/?index=1
since,2011.01.01~2020.01.01 / 野箱