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[ ▶星野 ▶LAL ]
罪悪感と共に

あの虹を見た数日後に私は普段と同じように
いつもの場所に行くとその人はひっそりと岩に腰を下ろして私を待っていた

マターさん、と声をかけると静かに顔を上げ私を確認して
シュリル、と名前を呼。まるで恋人の逢瀬のようだと思ったが途中慌ててその考えを追い出す
自分の妄想じみた発想に身悶えしながら消すが
柔らかな声音なのに、少し沈んだマターさんの声と態度にどぎまぎしてしまう

「シュリルが来るのを、待っていた」
「何かありましたか…?」

真剣の態度でじっと見つめられ
マターさんが何時もより雰囲気が緊迫していることに気付く
この人のこういった雰囲気は初めてで
暗然とした面持ちのマターさんの様子に
無意識の内に喉がゴクリ、と音を鳴らす
マターさんは覚悟したように、静かに
私の胸中の眩い灯火を消し去るのには十分な言葉を告げた

「ここを、離れなければいけなくなった」
「っえ…ど、どういう事ですか!?」
「…」

突然の言葉に頭は上手く事実を飲み込めなかった。
到底理解もしたくないその言葉に私の見開かれた目の奥は暗澹に犯される
そんな私を知ってか知らずか、無言のマターさんに
私は何も言えなくなってその場で立ち竦んでしまった

何時かはマターさんが私の前から消えてしまうだなんて事は
心のどこかでは分かっていた。が、
いざその事態に直面すると
私の目の前が真っ暗になったような錯覚に陥る
視界が揺れるなか必死に喉を絞りマターさんの名を呼ぶ

「マターさん…」
「すまない」

しかしそう言って私を静かに見据えるマターさんに
ただ涙腺から水がしっとりと薄い膜を張り始めたせいか目頭が熱くなる
何についてわからない謝罪のあとに
少し困ったような態度で言葉を繋げるマターさん

「シュリル、泣くな」
「…わ、私…」

涙が出そうなのをぐっ、と堪えて黙りこむ、どんな言葉を口に出しても泣いてしまいそうだった
彼の落ち着いた低い声がいつもより鼓膜に優しく響いて身に染みていく気がした
泣かないでくれ、と困ったように懇願する彼にわたしはただ落涙に咽んでしまう

「私の事は、忘れてくれ」

その聞きたくない言葉に咄嗟にマターさん、となんとか
言葉を続けようとするが ただただ言葉を失ってしまう

頬が濡れてる感触がする。
しっとりと濡れた目蓋から目尻にかけてマターさんの指がそっと撫で拭うが
目の前のマターさんの考えている事も知る由もなく
絶えず目から溢れ出る涙を止める事ができずに呆然と二の句が継げずにいた

呼吸は乱れ、視界は揺らめき霞む
絶望という手が静かに私へ延びていた


(此れからすることに彼女は巻き込めない、)
(巻き込んでしまう前に己から離れてしまえば良い、)
(それが結果、彼女を悲しませることになっても)



2020.05.05 加筆修正

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