07

 あたたかい何かが体の中に流れ込んでくる。それは心臓の辺りに集まり、何かを形作っているようだった。しかし体の中から温まっていく心地好さにうっとりとしていると、どこからか名前を呼ばれる。

 ゆっくりと目を開く。
 視界に飛び込んできたのは両目に涙の膜を張ったジェイドの顔だった。ほっと安堵したように息を吐くジェイドにどうして泣いているのか問いかければ、なんでもないと返される。何もなかったのならばなぜ泣いていたのかと、目尻に残る涙を親指で拭ってやるとジェイドはくすぐったそうに笑った。
 そしてジェイドはどこからか取り出した、黒いベールのついたシルクハットをトレイの頭に被せる。視界がベールに覆われたものの、予想よりも視界はよく、ベールの向こうで微笑むジェイドの顔がはっきりと見えた。

「あなたも怪物の仲間入りですね。スケルトンでしょうか」

 怪物になったのか、と特に疑問にも思わず納得する。自分の体を見下ろしてみれば黒い服に身を包み、大きく開いた胸元からはあばら骨が覗いていた。
 そのあばら骨の隙間に何かが挟まっているのが見え、躊躇なく自らの胸に手を突っ込む。指先で引っ掻くとそれは簡単に外れ、手の上に落ちてきた。不思議そうにしていたジェイドにも見えるようにと手を二人の間で開く。手の中には美しい翡翠があった。

「これは……?」
「人魚の涙から出来た翡翠です」
「ジェイドのか?」

 言葉が返されることはなかったが、にこりと微笑まれ、確信する。
 ジェイドが自分を想って流した涙から出来たものだと思うと愛しさが込み上げた。そんな愛しさを無くさないようにと翡翠を強く握り締める。

「ねえ、トレイさん。これからどうします?」

 期待のこもった眼差しでジェイドに見つめられると、瞬時に前から考えていたことが頭に浮かんだ。だが断られるかもしれないと不安も過る。 

「……海に行かないか?」

 左手を差し出すと、ジェイドは小さく笑いながら右手をそっと乗せてきた。その手を優しく握るとジェイドの笑みは深くなる。

「一緒に来てくれるのか?」
「はい。むしろ一緒に行ってくれるのですか?」
「ああ、もちろん。俺がジェイドと行きたいんだよ」

 ジェイドは嬉しそうにとびきりの笑顔を浮かべた。それにつられて笑いながら月明かりに照らされた墓地を歩き始める。
 どうしてか楽しくて楽しくて、笑いが止まらなかった。



END