怪物たちのハロウィン

※「月の裏でブギーマンが笑った」の設定を使用してます。
※ほとんど名前のないモブ視点です。たくさん喋ります。




「トリックオアトリート!」

 町には可愛らしい妖精やうさぎなどの動物から、頭に斧を突き刺し血糊を垂らすゾンビや有名な物語に出てくる殺人鬼の仮装をした子供たちで溢れて、いたる所からお菓子をねだる声が聞こえてくる。
 けれど、僕はそんな町中から遠ざかるように町はずれの森を目指していた。
 もちろん自分の意志じゃない。僕は毎年いろんな家からお菓子を集めて、それを家に持ち帰ってからゆっくり食べるのが好きだった。でも今年はそんなことは出来そうにない。

「遅いぞ!」

 前を歩く赤い悪魔の仮装をした少年が一番後ろをトボトボと歩く僕に怒鳴った。

「もしかして怖いの?」

 今度は悪魔の後ろを歩いている魔女の仮装をした少女が馬鹿にするような笑顔を浮かべた。
 この二人は僕のお兄ちゃんとお姉ちゃんだ。二人はひとつしか年が違わないけれど、僕はもっと年が離れていることもあっていつも仲間には入れてもらえない。今夜は珍しく一緒にお菓子をもらいに行ってくれるのかと期待したのに、肝試しに連れていかれる。散々なハロウィンだと僕は心の中で愚痴った。
 顔をうつ向かせると、この日のために用意したスケルトンの衣装が目に入る。黒い服に骨が描かれているだけだが、全部自分で準備した。まあ、ほんの少しだけパパに手伝ってもらったけれど大部分は僕が自分で描いた骨だ。スケルトンのお面だって自分で目の穴を開けて作った。
 そう、今年のハロウィンは渾身の力作の仮装で町中を歩き回る予定だったんだ。

「怖くなんかないよ。お菓子が欲しいだけだもん」
「嘘言うな。怖いんだろ」
「サンディ・クローズの絵本で怖くて泣いてたってママが言ってたわ」

 僕より少し体の大きい悪魔と魔女は顔を寄せ合ってくすくすと笑った。僕は「秘密だよ」と約束をしたはずのママへの怒りと、目の前で笑われている悔しさにぎゅっと手を握り締める。

「怖くなんかないよ!パンプキンキングなんかいるわけない!」
「それを確かめに行くんだってば」

 悪魔は楽しそうに笑いながら小走りで森に向かった。それを追いかけるように魔女も駆け出す。二人の手に握られた、ひとつもお菓子が入っていない袋が揺れているのを見ながら、僕も仕方なく走り出した。
 パンプキンキングはハロウィンの夜に現れて子供たちを怯え、怖がらせていくなんて噂がある。僕の町じゃ有名な話だけれど、大人はみんな「作り話だ」って言う。僕もそう思う。だって、噂じゃ町の近くの森の中にパンプキンキングが住んでいる町と繋がっている扉があって、その町では一年中ハロウィンの準備をしているっていうんだ。そんなことあるわけない。
 森の入り口につくと僕らは一度立ち止まった。満月が辺りを照らしてはいるけれど、やっぱり太陽には敵わない。しかも木の枝や葉が影を作っていて、森の中には闇が広がっていた。

「ね、ねぇ」

 僕は同じように森の中を覗き込んでいる二人に声をかけた。
 ひっくりかえってしまいそうな声をどうにか普通に出そうとしたけれど、かえって不自然な声が出てしまった。それを笑われるかと思ったけれど、二人は「なに?」と笑顔のない、緊張したような顔で僕を振り返った。
 なんだよ、二人だって怖いんじゃないか。

「本当に行くの?」
「やっぱ怖いのか?」
「あんた、さっきパンプキンキングはいないって言ったじゃない」

 森に広がる闇に怯えていたはずの二人はそんなことも忘れたように笑みを浮かべて僕をからかった。僕は今から走って家まで帰ってママとパパに言いつけてやろうなんて考えてみる。でもそれは明日から二人にどんなことをされるか思い浮かべただけで、そんな気持ちは小さく萎んでしまった。

「じゃあここからはお前が先頭な」
「えっ!やだよ!」
「怖くないんでしょ?ほら、早く!」

 二人に背中を押され、僕はゆっくりと歩き始めた。二人は離れていたけれど一応僕の後からついてきているようだった。
 ギャアギャアとカラスの甲高い声と羽ばたきの音が響き、思わず足を止めた。森の中は思っていた通り暗く、道の先はよく見えない。満月のおかげで真っ暗じゃなくてよかった、と僕は上を見上げた。

「あのね、ハロウィンの日の満月にはブギーマンの影がうつるんだって」

 後ろからついてきている魔女の囁く言葉が僕にも聞こえた。そんなバカな、とまた月を探すけれど木々に遮られ、満月の一部しか僕からは見えない。月にいるブギーマンが枝の隙間から僕を見ているような気がして手が震えた。
 僕は手に持っていた空の袋を胸の前でぎゅっと握り締める。

「早く行けって」

 悪魔にまた背中を押され、僕はゆっくりと歩き始めた。森の奥に進めば進むほど、闇の色が濃くなっていく気がする。それでも後ろを振り返ると悪魔と魔女に睨まれ、僕は前に進むしかなかった。
 けれど、がさりと葉が擦れる音に僕たちはまた足を止める。それから何かを引きずるような音も聞こえた。僕たちは暗くて視界の悪い森の中を見つめ続ける。

「パンプキンキングか……?」
「ほんとにいるの……?」

 悪魔と魔女が怯えた様子で囁きあう。僕は声も出せずに近づいてくる誰かの姿を見ようと必死だった。
 そう、パンプキンキングだったならこう言えばいい。「トリックオアトリート」とだけ。たったそれだけ言えば、彼は「ハッピーハロウィン!」と陽気に笑ってお菓子をくれる。絵本にはそう書いてあった。
 がさり。ひと際大きく音が鳴り、そして聞こえなくなった。僕はきょろきょろと首だけでなく精一杯体も動かして辺りを見回す。そうして、誰かが木と木の間に立っていることに気づいた。

「あ……あれ……」

僕がそこを指さすとさすがに悪魔と魔女も誰かの存在に気が付いた。僕らはその場に立ち尽くし、ごくりと唾を飲み込む。パンプキンキングは頭がかぼちゃでできている。けど、僕らの目の前に立っているのはかぼちゃ頭じゃない。
 周りが暗くてそいつのことははっきりと見えない。それでもぼんやりと差し込む月明かりのおかげで、頭がある辺りにはカラスの頭蓋骨のような顔があること、胸のあたりにぼやっと何かが白く浮き出していることはわかった。しかもそれは人間の骨のように見える。
 僕の目の前にいるのはパンプキンキングなんかじゃない。じゃあ、どうすればいいんだろう。「トリックオアトリート」は通じるだろうか。でも僕は口の中がカラカラに乾いてしまって声を出すどころじゃなかった。

「トレイさん……おや?」

 違う場所から声がして、僕は指先が真っ白になるほど強く手を握り締めながら振り向いた。白い包帯が木の間で揺れている。

「マミーだ……」

 悪魔と魔女、二人のどっちが言ったのかもわからないほどの小さな声だった。でもその声が震えていることはよくわかった。僕らは怪物に挟まれている。
 最初に動いたのは魔女だった。大きな悲鳴を上げながら来た道を駆け戻っていく。それを追って悪魔も転びそうになりながら逃げて行った。けれど僕はそんな二人の背中を見送るだけで、その場から動くことは出来なかった。
 体は震えるばかりでちっとも動かない。怪物たちはそんな僕にゆっくりと近づいてきた。

「と、トリックオアトリート!」

 僕は力の入らなくなった足で立っていられずに尻もちをつきながらそう叫んだ。怪物たちの動きが止まる。

「ああ、そうか」
「なるほど」

 そう言って笑っている怪物たちを見上げると、骨が見えている方……シャベルを片手に持ったスケルトンが僕に手を差し出してきた。
 よく見ればそのスケルトンは被っている帽子についている黒いベールでちゃんと顔が見えないだけで、鳥の頭が顔ってわけじゃなかった。ちょっとだけほっとして僕は出された手をつかんで立ち上がる。少しだけ錆びた鉄のにおいがした。

「ありがとう……」
「お礼が言えるなんて偉いな」

 スケルトンは僕の頭を優しくなでてから服についた砂を払ってくれた。その時、この人たちは怖い怪物じゃなくてただ仮装をしているだけだとやっと僕は気づく。

「お兄ちゃんもスケルトン?僕もだよ。これ、自分で描いたんだ!」
「よく出来てる。すごいな」
「マミーもかっこいいね。来年は僕もやろうかな」
「ふふ、ありがとうございます」

 二人の仮装は作り物に見えなくて僕は何度も「かっこいい」と褒めた後、まだお菓子をもらっていないことを思い出した。家を出てからもうずいぶん時間が経っている。そろそろ家に帰らないといけない。この二人からお菓子がもらえなければ今年のハロウィンの戦利品はゼロだ。

「ねえ!トリックオアトリート!僕まだお菓子もらってないよ!」

 僕の身長より高いところにある顔を見合わせた二人は困ったように肩をすくめた。

「もしかして……お菓子ないの?」

 ハロウィンの夜にお菓子を持ち歩かないなんて、そんなことあるはずない。僕はお面の下から二人を睨みつけた。

「ジェイド、クッキー持ってたよな?」
「それを出せと?」
「じゃなきゃ悪戯されるぞ」
「僕、いたずらよりお菓子がいいんだけど……」

 怪物の二人はもう一度顔を見合わせた。スケルトンがマミーに手を差し出すと、マミーは首を横に振った。それでもスケルトンが手を差し出したままでいると、マミーは嫌そうな顔をしながら包みを取り出す。

「ほら、ハッピーハロウィン」
「ほんとにもらって大丈夫?」
「大丈夫だよ。また作るから」

 また錆びた鉄のにおいをさせながら、黒いベールの奥でスケルトンが笑う。クッキーを作れるなんてすごいと思いながら僕はお礼を言った。ちらっとマミーを見れば、眉をさげて小さく笑っている。怒っていないみたいでよかった。
 そうして僕は「気をつけて帰るんだぞ」「転んでクッキーを落とさないでくださいね」と手を振るスケルトンとマミーに見送られ、家に帰った。
 家では悪魔と魔女の仮装を脱いだお兄ちゃんとお姉ちゃんがママに僕を置いてきたことを叱られていた。僕はそんなママにもらったクッキーの包みを見せ、さっそくひとつ食べてみる。
 それは今まで食べたどのクッキーよりもおいしい気がして、僕は来年のハロウィンがもう待ち遠しかった。