その命ある限り、真心を尽くすことを誓いますかーーー神父の問いかけに二人揃ってはいと答えたあの時のミヤコは、まるで天使のようだった。
彼女の体が心配であったため、お互いの親族と本当に仲の良い友人数名を呼んだだけの、ひっそりとした結婚式。それでも、確かにあの瞬間は、僕らの人生の中で、きっと一等輝いていた。
真っ白なウェディングドレスを纏い、綺麗にお化粧をしたミヤコがあんまりにも綺麗で、僕はなぜだか泣きたくなった。この子は天使なのだと、思ったのだ。真っ白で、汚れのないその姿に、僕はまた恋をした。神様の吐息から生まれた天使達は、いずれ役目を終えたら神様のもとへ帰らなければならない。だから彼女も今、こうしているうちにも、翼の準備が進んでいるのだろうか。微笑む天使を今一度見つめる。愛しさは、豊かな泉のように涌き出るばかりだった。きっとこれからも、枯れることを知らないことだろう。
僕らを見守ってくれているはずの神様からミヤコを隠してしまいたくなって、被さるようにキスをした。いや、もしかしたら、煌めくステンドグラスの中から僕らを見つめる神様を、挑発したかったのかもしれない。一方で時間をくれと祈りながら、また一方では、天使を呼ぶ神様を恨めしく思っていたのか。
「幸せです、私……今、とっても幸せ。ね、ダイゴさん、明日も明後日もずっとあなたとこうしていられるなんて、本当に幸せね」
式の後に、少し疲れた様子で、それでも楽しそうに、嬉しそうに彼女は僕にそう言った。
明日も、明後日も、一週間後も、一年後も。ずっとずっとこうしていられたらいい。綺麗な空気と幸せに囲まれて、このまま体もよくなってしまえばいい。きっときっとそうなると、根拠もない自信がわいてしまったくらい、僕もとても幸せだった。
「ずっと、ずっとこうしていよう。二人で、トクサネのあの家で、ずっと、ずっと…」
君が元気になれたらまず何をしようか。そうだ、自分のポケモンを持ったことがないのなら、君のパートナーを探しにいこうか。ホウエンにはコンテストというバトル以外で競い合う競技もあるんだ、バトルをしてもいいし、コンテストをしてもいい。ゆっくり、君のペースで、新婚旅行をかねた短い旅をしてもいいかもしれないねーーー今思えば、きっとこの時の彼女は、誰よりも自分の未来をわかっていたはずなのに。
僕のただひたすらに明るいだけの未来を語る言葉は、きっとミヤコの心を痛めさせたに違いないのに、「素敵、なんて素敵なのかしら」と綻ぶ花のように笑って見せた彼女の笑顔があんまりにも美しくて、尊くて。僕は有頂天になってしまったのだった。
「……ねぇ、ミヤコ。眠り姫も、白雪姫も、確かキスで目覚めたんだったっけ?」
凍てつく地下室の、その中央。難しい機械が並ぶこの部屋には、まるでお伽噺の挿し絵のようなものがぽつんと置かれている。
「今日の朝ごはんは、目玉焼きと、ご飯と、お味噌汁。自分で作ったものの味も嫌いじゃないけど…君が作ってくれたものを食べてみたいかな。そうだ、今度、ホドモエに行くことになったんだよ。一人で留守番をさせてしまうね、ごめん。でも、すぐ帰ってくるから。もし僕がいない間に目が覚めたときのために、サーナイトを置いていこう。この前、友人からラルトスを貰ってね。その子が、進化したんだ。もし目が覚めたら念のために、病院へ行くんだよ。歩くのが辛かったら、彼女のテレポートで行けばいい。それから……」
朝起きた時、出掛けるとき、そして、帰ってきた時、眠る時。彼女の眠る地下室へ通うのが僕の日課になっている。そして、何でもないことばかりだけれど、彼女に話しかけるのだ。まだ僕らが友達であった頃のように、彼女の枕元に座って、おしゃべりをする。中途半端に戻った時の中で、関係だけはそのままに。
「……本当に。こうして見てると、君は眠り姫みたいだ。いや、白雪姫かな」
本来は少し形が違うらしいが、無理を言って、ミヤコの寝顔がみられるようにと、彼女の眠る「治療用」の寝台の蓋を、透明にしてもらったのである。だからまるで、お伽噺の挿し絵のようだといつも僕は思うのだ。こんな例えはしたくないのだが、その寝台は、毒リンゴを食べてしまった白雪姫が眠ったガラスの棺のような形をしているものだから。
「それじゃあ、おやすみ。ミヤコ…」
霜がおりた長い睫毛に、すべらかな肌、綺麗な髪。いつものようにその頬を撫でて、おやすみのキスが出来ればいいのだがそうはいかないのがなかなかに苦しい。だが、一時の辛抱だ。きっとミヤコは目を覚ます。それがいつになるかは神のみぞ知るところだが。それでも、いつかその日が来た暁には、あの頃の毎日が帰ってくるのだ。
「早く元気になるんだよ」
眠る天使の顔が、微かに微笑んだ気がした。
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