夜のは過ぎ去らず


若葉が萌える季節が来た。あちらこちらに春の花が芽吹き出す様は、命のたくましさを感じさせる。
失われる命がある一方、新たに芽生える命もあるのだと、踏みつけられれば散ってしまうような小さな花が語っているように見えるその光景には、些か感慨深いものがあるだろう。

「シャーロット、もう春ね」

一人の女性が、教会を見上げながら誰かの名前を呟く。その名前の持ち主は、彼女にとってよほど大切な人だったのだろう。そしてきっと、その人との別れから、まだあまり月日はたっていなかったに違いない。彼女の緑の瞳には、うっすらと涙の膜が張っていた。

「あなたの幸せを祈ってるわ。ずっと…ずっとよ」

女性はそっと瞳を閉じて、胸の前でその手を組んだ。閉じられたまぶたの裏には教会の十字架が描かれているのだろう。あるいは、あの名前の持ち主の姿か。
黙祷の後、彼女はいまだ悲しそうな表情のまま、教会に背を向けて歩き出した。まだ朝の霧が晴れきっておらず、路傍の花はわずかな朝露に煌めいている。
教会の敷地から出た後、彼女は下げていた視線を上げた。教会を背にして立つと南に見える、大きな樹のようなものが自ずと目に飛び込んでくる。この教会を訪れる人間にとって───いや、この街に住む人間にとって、それはいつも通りの光景であったが、今の彼女には何か感じ入るところがあったのだろう。彼女はまた視線を下げて、足早に朝の街を歩き出した。
あれが光って、全てが鎮まりかえったのは、今から十年と少し前のことだった。
もう、十年と少しという年月が経ってしまっていた。
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