ヰろハ、匂へど(企画)

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【ぬ】(入間銃兎/受男主)


ぬかるみの中に居た。深く暗い、底の無い沼のような、そんな場所。随分とその泥の中に居たせいで、足を取られ、手を取られ身動きを封じられ。終には頭の先まで泥が押し寄せて呼吸すら困難、もう何もかもどうでも良くて。このまま終わるのも良いかも知れない、と自身を手離そうとした、そんな時だった。僕の光が現れたのは。

「失礼。少々宜しいでしょうか?私、こういう者です。」

夜のヨコハマ、裏路地にある廃屋には似つかわしくない、丁寧な言葉が流れてきた。空間全体がそちらに注目するのを感じる。アスファルトに転がる僕が、重い目蓋をうっすらと動かすと殆ど同時に、周囲がザワつく。……誰かが叫んだ。「サツだ!」と。

「お前ら、喜べよ。俺が直々にしょっぴいてやる」

良く通るハイトーンボイスが響く。僕を取り囲んでいた奴等が、ジャリジャリと靴底を鳴らして抜け道へ駆け出していく。時折ガシャン、パリン、とガラスが割れるような音がするのは、焦った誰かがその辺に転がっていた注射針や液体のクスリが入った瓶を蹴ったり、落としたりして割ったからだろう。

ファンファン、ウウー、と遠くでサイレンの音がくぐもって響いている。ぼんやりとした意識の中で、『ああ、アイツ等は捕まるのだな』と理解した。

僕はと言えば身体が岩のようで指一本動かすのも厳しい状態だったし、目蓋の動きすら自分の意思でコントロール出来ないでいるので、もはや全て諦めていた。
ジャリ、と顔の近くで靴底の音がする。

「おや…貴方は逃げないのですか?」
『…、』

艶のある耳障りの良い声。それがどうやら僕に向けられているらしいことを感じて、できる限りの力で首を横に振った。

「……成る程。では任意同行と言うことで、私と来ていただきますよ」

その言葉と合わせてその人は、地面に転がる僕に何か布のようなものをソッと掛けてくれる。そこで初めて、自分が素肌を曝して横たわって居たことに気が付いた。急激にアスファルトや外気の冷たさに思い至ったのである。

「さ、触れますよ。車まで運びます。少し寒いですが…このジャケットで我慢なさい」

ブルブルと震える僕をその人は抱き起こす。そしてふわり、地に足が着かなくなれば確りとした暖かい感触に包まれた。
ゆらゆら、と一歩一歩進む度揺れるのが心地良い。僕は『眠りたい』強くそう感じて、身体の力を抜いたのだった。





その人は、入間銃兎さんと言って、スーツ姿に赤い手袋が印象的な、大層綺麗な人だった。ヨコハマ署の組織犯罪対策部で巡査部長をしているらしい。
保護された僕はあの後、直ぐに病院に運ばれ暫く目を覚まさなかった様で、僕が入間さんの顔や名前を知ったのはつい先程の事である。

「貴方はみょうじなまえさん、18歳。間違いないですね?」
『はい、』
「あの場で何があったのか覚えていますか?」

そんな入間さんは僕に、個室の病室で事情聴取をしている真最中だ。

『確か…僕があの場に連れてこられたのが1週間…十日?位前でした。バイト帰りに襲われたみたいで、気が付いたら目隠しされていて、注射をされました。』
「成る程、」
『感覚が可笑しくなって、前とか後ろとか左右とか。分からないし、音も、全部混ざって――だから、あれは。違法の薬物だったのかなって、思います。…それで、多分もうお気付きだとは思うんですが、ずっと、その…』
「ええ…みょうじさん。無理矢理全てを話す事もありませんよ。このような案件は少しくらい脚色して罰を与えるくらいでないとバランスが取れませんから」

入間さんは神妙な顔で僕の話を聞くと、片眉をクイッとつり上げて、困ったような顔で小首を傾げる。

「…ところで、みょうじさん貴方、親御さんはどうなさいました?」
『あ…え、と』

射貫く様な目で僕を見詰める入間さんが視界に入って、少しだけ口籠る。僕は両親から見放されてしまって久しい存在であり、それを恥ずかしく思っていたからだ。

「身元引受人が一応居ればと思ったのですがね」
『あ…その、僕、両親とはもう連絡を取って居なくて、だから…来ることはありません。もし、罰金、みたいなものがあるなら、バイト、増やしてちゃんと払いますから、……あの、じゃあ、僕は捕まらないんですか?』
「は?」
『えっ…あの、僕、薬物を…』
「ああ…、それは貴方の意識外で行われたものですから」
『そう…ですか…』

僕は突然、落胆したような心持ちになった。今の自身の現状を憂いたからだ。誰にも頼ることが出来ず、自分だけで生きる。生きる意味も分からない。でも、今死んだら、見ず知らずの誰かしらに迷惑をかけることになる。…それはどうにも我慢ならない事案だった。きっと僕は、なんでも良いから縋りたかったのだ。

「随分と残念そうですね。みょうじさん、貴方捕まりたかったんですか?」

入間さんはそんな僕の心情を読み取って鋭い質問を返してくる。

『…いえ、そういう訳じゃ、ないです。でも、もう別に、どうなっても良いかなって、思って、いるから』
「ほう?」
『…親も居ないし、こんな、目にも合うし、自分が死なないようにする為だけに生きるの、ちょっと疲れたな、って』

入間さんはジッと僕を見詰めている。何かを見極めようとしているような、静かな視線。

『でも…、あの時、入間さんが来てくれて僕の今があるから、…それには何かを返さなきゃとも思うんです。僕みたいな奴に、何が、出来るかはわからないですけど…』
「恩返し…ねえ。そうですか。まあ、ただの死にたがりでは無いようですし…」

入間さんは呟き、顎に手を添えて思案顔をする。そして数秒の沈黙の後、ふっと僅かに口許を緩めて、

「覚悟があるなら、私が貴方の新しい居場所を提供しましょう。退屈しないことは保証されますよ」

と、艶やかに笑う。
僕の瞳には、それがとてもとても、眩しく映ったのだった。





―――――





「左馬刻!なまえの件で話ってのは……」
『銃兎さん!』
「っと、…おやおや、元気ですねえ」

僕は今、事務所に現れた銃兎さんに飛び付いて、髪を撫でて貰っている。僕にとって3日振りの銃兎さんだった。

「よぉ銃兎ォ、てめぇの犬っころくらいちゃんと面倒見ろや」
「あァ?」

僕が銃兎さんに居場所兼仕事場を提供ないし紹介して貰ってからそろそろ数か月が経とうとしている。
その場所、というのは皆様お気付きの通りヨコハマを取り仕切る、かの有名な碧棺左馬刻さんがいるヤクザの事務所だった。そこの雑用をしながら、最近はパソコンで出来るちょっとした情報収集もさせて貰える用になってきた所だ。

「ハッ…分かんねぇ奴だなァ。おいなまえ、てめえマジでそんな奴が良いのかよ?」
『はい、左馬刻さん。銃兎さんは僕の恩人ですから』
「…そーかよ」

左馬刻さんは、さも可笑しいと言うように口の端を歪めている。……銃兎さんと左馬刻さんは仲が良い…はずだ。そこそこ頻繁にお互いの胸ぐらを掴んで、暴言を吐き合ってるけど。それもまた肉食動物が戯れるような事と同じ要素のものだろうと僕は思う。

『左馬刻さんにも、すごく感謝しています。何も出来ない僕に仕事を与えてくれて、本当にありがとうございます!』

銃兎さんから身を離した僕は、左馬刻さんに頭を下げる。すれば、ちょっと痛いくらいの力で頭の天辺をグシャグシャと押さえられた。

「左馬刻、乱暴に扱うな」
「クッ、妬いてんのか?銃兎ォ」
「あぁ!?」

からかうような口調で左馬刻さんが言えば、銃兎さんは綺麗な眉をキュッと寄せて凄んだ。それを見上げる僕と、眼鏡越しの瞳がぶつかる。すれば、

「ッチ、で?呼び出しの用件はなんだ、左馬刻」

銃兎さんは苦い顔をして、目を逸らしてからそう言った。

「まあ、入れや」

左馬刻さんは銃兎さんを奥の部屋に通してから僕にも入るよう声をかけた。僕が入室して、鍵を閉めたのを確認すると口を開いたのだった。

「銃兎、なまえの親が見付かった」
「どこで」
「シブヤのシマだ。コイツが自分で見付けやがった」
「…は?」

銃兎さんはポカン、といった表情をしている。なかなか見られないこの綺麗な人の顔に、僕は視線を奪われる。

「なまえが何でそんな事してんだ」
「ハッ、コイツは優秀だぜぇ?何せ、どっかのウサポリ公のご紹介だからなァ。おうなまえ、今テメェが何してっか“ダイスキナジュートサン”に教えてやれや」

僕は『はい、左馬刻さん』と返事をしてから困り顔の銃兎さんに向かって、今現在僕がしているのは、事務所の雑用だけではない事を伝えた。

「…、確かに私も、覚悟があるならとは言いましたがね」

銃兎さんは力が抜けた様に「はあ…」と大きな溜め息を着いた。

「まあ…、なまえ、貴方がそれで楽しいなら良しとしましょう」
『はい、銃兎さん』
「で?左馬刻。親の件はどうすんだ」
「それもコイツが自分で決めたぜ?なあ、なまえ」
『はい。最初は、両親が元気でいるのかだけ知ったら、その後はもう一切他人として生きようと思ってたんです。でも…、調べていくうちに、この前の事とか、これまで僕に振り掛かっていた悪いことが全部、あの人達のせいだって分かってしまって……、』
「なまえ…」

銃兎さんが僕の話を聞いて悲しいような顔をする。それが、僕を心配してくれている証であるような気がして素直に嬉しいと思う。

『だから、…しょっぴいて貰える様に、匿名で垂れ込みをしました』
「な…るほど、そうですか…」

眼鏡のフレームにその長い指を添え、銃兎さんは静かに息を吐いた。 チラリと視界に入った左馬刻さんが、片方の口の端をつり上げてから言った。

「ま、そう言うこった。んじゃ、理鶯んトコ行くぞ」
「あ?おい、今からかよ」
「車回せ銃兎。なまえも来い」

突然の左馬刻さんの提案にも、銃兎さんはやれやれ、と対応する。すごく良いコンビネーションの二人だ。そこにもう一人、入り込む。その人こそ、毒島メイソン理鶯さんだった。少し前に一度会ったことがある。ラップバトルには関係ない僕だが、今回は理鶯さんの住む場所に連れていって貰えるらしい。

僕は銃兎さんの黒塗りの車、助手席に乗り込む。後部座席中央には左馬刻さんが広々と腰かけている。

「なまえ、シートベルトを着用なさい。理鶯の住まいへの道は余り良くないので揺れますから」
『はい、銃兎さん』
「テメェはホントに銃兎の犬だなぁなまえ」

銃兎さんの言葉に素直に応えている僕を見て、左馬刻さんはクツクツと喉の奥で笑いながらそう指摘する。

『犬、ですか。あの……僕が犬になったら、銃兎さんに飼って貰えますか?』

素朴な疑問だった。左馬刻さんは度々僕に対して“犬”と称するが、そうなったところで、銃兎さんに見て貰えなければ僕にとっては何の意味もないのだから。

「ぶっ、…は?突然何ですなまえ?」
『突然、と言うかその、僕は銃兎さんに認めて貰ったり側にいるためにはどうしたら良いのかと思っただけで…』
「ククッ、良いじゃねえか銃兎ォ」
「茶化すな左馬刻。…全く、突拍子も無い…なまえ、貴方何を言ってるかわかっています?」

焦ったような銃兎さんと、より一層笑みを深めている左馬刻さんが視界に入る。

『何を…?ええと、僕は銃兎さんになら何を言われてもされても良いので。僕に新しい人生をくれた人だから、見離さないで貰う為なら、何でもします』
「おうおう、熱烈だなぁ」
『銃兎さんを馬鹿にしたり、邪魔したりする奴をどうしたら排除出来るかなっていつも思っていますし…ラップバトルの相手だって本当はすごく憎らしくて、この前のイケブクロの2番手とか、頭の中では何度も…あの…』
「ハッ、銃兎ォ。テメェの犬っころ、えらく凶暴じゃねえか」
「……全くですねえ」
『…?』
「さあ、着きましたよ。足元には気を付けて」

結局、僕が犬になったら飼って貰えるかどうかの答えは貰えなかった。運転席の銃兎さんが早々に車から降りてしまったからだ。きっと、まだまだそれには値しないと言うことなのだろう。

ジャングルのような草木を掻き分けて進めば、少し開けた所に出て。

「む…貴殿らか。良く来たな」

何かを警戒するように辺りを見回しながらこちらに声をかける理鶯さんに遭遇したのだった。

「おう」
「ええ、理鶯。なまえも連れてきましたよ」
『こんにちは理鶯さん』
「ああ、なまえ。貴殿は相変わらず小動物のようで可愛らしいな」

しっかりした体つきで背も高い理鶯さんは前回会った時から、僕を小動物と表現する。大きな手の割りに、ふわふわと優しく頭を撫でてくる。

『…犬みたいですか?』
「ちょ、なまえ!そこから離れなさい」

ふと思い至った質問を理鶯さんに投げ掛ければ、後ろから銃兎さんの良く通る声が聞こえた。

「犬か…、そうだな。犬種はパピヨンと言ったところか。あれは頭が良く従順で活動的だからな。なまえによく似ていると思うぞ」
『パピヨン…!銃兎さん、僕はパピヨンだそうですよ!!』
「っ…ククッ」
「なっ…なまえ!もう、分かりましたから!…全く、天然が2人並ぶと手の付けようがないな…」

左馬刻さんは肩で笑い、銃兎さんはまたもや大きく息を吐いたのである。



それから3人はラップバトルの件で打ち合わせを始めた。今回はファイナルバトルと言うことで、シンジュクの麻天狼との戦いだ。
少しトリッキーな戦い方になるらしい。これまでは、1番手2番手3番手同士でぶつかっていたところを、このバトルでは変更があった。左馬刻さんは神宮寺寂雷とであるものの、銃兎さんは観音坂独歩と、理鶯さんは伊弉冉一二三とそれぞれバトルを繰り広げるのである。

僕は、先日までのバトルで見た観音坂独歩を思い浮かべる。キレやすい陰気なリーマンだ。僕の知らない、過去の銃兎さんを知ってる。職質されるような風貌で銃兎さんの仕事を煩わせた過去がある。銃兎さんと同い年で、銃兎さんと同じ世の中を見てきた。――考えるだけで僕の気持ちが疼く。

「む…なまえ、寒いか」
『理鶯さん、大丈夫です』
「無理するな。小官の膝に来ると良い」
『あ、ありがとうございます』

思考していたら知らず知らずのうちに体が震えていたようで、理鶯さんに心配をかけてしまった。僕は促された通りに理鶯さんの元へ移動する。大きくて温かい。ふと銃兎さんを見ると、苦笑といった顔で僕を見ていた。




打ち合わせを終えて、左馬刻さんの事務所に銃兎さんの車が到着する。早々に降りた左馬刻さんに続いて、僕も降りようと助手席のドアを開けると、

『わっ…』
「おい銃兎ォ、今日はコレ持って帰れや」

目の前に立ちはだかった左馬刻さんは僕の頭をコツコツとノックするようにして運転席に話しかける。“コレ”とはどうやら僕の事だ。

「やれやれ…、なまえ。私の家に帰りますよ」
『えっ、銃兎さんの家、良いんですか?』
「良くなければ言いませんよ」
『はい!お邪魔します。では、左馬刻さん、お疲れ様でした』
「おー」

左馬刻さんはそのまま事務所に帰っていく。その背を見送りながら、僕は再びシートベルトを着けた。



夜のヨコハマの街を横切る車。キラキラと光るビルの明かりや車のライト。銃兎さんの家にお邪魔するのが初めてな僕は、少しだけソワソワしながら運転席の銃兎さんを見る。

「何です?随分と楽しそうですね」
『はい!いつもは仕事の後、寮に帰って1人ですから。今日は銃兎さんが居ますし、銃兎さんのお家です!』
「物好きだな、」

静かなトーンで呟くと、銃兎さんは一度黙り込む。それは、僕が知る限りでは何かを考えるような仕草だった。

「1人は嫌ですか?」
『いや…ではないです。1人は慣れていますから。時々、淋しいような気持ちになることはありますけど、朝になって事務所に行けばみんな居るので』
「そうですか」

ポツリ、銃兎さんの返答が聞こえた後、車は減速する。ウィンカーがカチカチとなって左に入ると、銃兎さんはスムーズに駐車場へと入庫した。

「さあ、到着です」
『ありがとうございました』
「ええ、どうも」

車から降りて、銃兎さんに促されるまま着いていく。エントランスを抜けて、エレベーターに乗り込んで、1、2、3階…と上がっていく。そして到着した部屋のドアを開けたまま「どうぞ」と僕の入室を待つ銃兎さん。

『お、お邪魔します』
「はい。ようこそ。スリッパが必要ならそこのラックの物を使いなさい」

落ち着かない僕は、銃兎さんに言われるがままで廊下を歩く。リビングに到着すれば、彼らしい配色の家具が並んでいた。

「そこのソファにどうぞ。今お茶を淹れます」
『そ、そんな、大丈夫です!僕、』
「私の淹れた茶は飲めないと?」
『飲みたいです!』
「よろしい」

ソワソワと挙動不審に過ごす僕の前に、コト、とカップが置かれる。カフェオレだった。

『わあ…、いただきます』
「どうぞ」

コト、と銃兎さんもテーブルにカップを置いて、ソファに腰掛ける。銃兎さんの飲み物はブラックコーヒーだった。
ひと口含んで、至福の味。僕の好んで飲む味だった。

『美味しいです…』
「それは何より」

銃兎さんもカップを口に着けて、少しだけ息を吐いた。長い足を組んで、コーヒーを嗜む。大人な銃兎さんに僕は思わず見とれてしまう。

「なまえ、」
『はい、銃兎さん』
「明日からはココに帰って来なさい」

真っ直ぐ僕を見つめるレンズ越しの切れ長の瞳。

『えっ…?でも…え、?』
「嫌なら別に構いません。寮も有ることですし」
『そんな!嫌なわけないです、ただ、』
「…ただ?何です?言ってみなさい」

余りの事に思考が着いていかない僕は目を左右に泳がせて、しどろもどろになってしまう。銃兎さんが、僅かに身を乗り出して言葉を求めてくるので、思考をフル回転させて、漸く声に乗せた。

『…銃兎さんのご迷惑になってしまうのは嫌です、その…警察官さんの家にヤクザ事務所の一員が住んでる、とか…』
「その辺は私には何の問題もありませんね。いくらでも覆せます。他には?」
『あ、あとは、彼女さんとか…』
「ああ。そう言うことですか?貴方の気にするような事は起きませんので、お気遣い無く」
『えっ、あ…後は、』

やっとのことで言葉を出しても、間髪入れずに切り返される。銃兎さんの頭の回転の早さは流石としか言いようがない。

『あ…その、住所とか、そう言うので国に…』
「……ああ、そう言えばまだ伝えていませんでしたか。なまえ、あの日、貴方の戸籍を私の方で少々弄らせて貰いましてね。貴方の住まいは元々ココになっているんですよ」
『…、そう、なんですか、』
「そうなんです」

にっこり。銃兎さんは綺麗に微笑んで僕の疑問系を断定へと変えて繰り返した。
他には何かありますか?と尋ねてくる銃兎さんは楽しそうに目を輝かせている。僕は何も浮かばない、思考停止状態の脳を切り捨てて、首を横に振った。

「良いでしょう。――――そう言うわけで、お前は犬なんぞにならんでも元々俺の飼い犬みたいなもんだって事だ。諦めろ」

銃兎さんは僕の顎を赤いグローブで覆われた指先でクイ、と摘まんで視線を合わせた。瞬間、僕の背に喜びが走る。

『っ!!嬉しい!!僕、銃兎さんと一緒に居られるんですね!!』
「ま、そう言うことですかねえ」

思い切り抱き付いた僕の背と頭をポンポンと叩きながら、銃兎さんはゆったりと笑って、そう言った。




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