ヰろハ、匂へど(企画)

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【た(だ)】(神宮寺寂雷/男主)



誰もが知っている美丈夫。元TDDのメンバーにして、名医として名高い神宮寺寂雷。この余りにも人間離れした美しさを持つ男は、俺の医大の同級生だった。目指す科が異なった為、四六時中一緒と言うわけではなかったが、比較的馬が合った俺達は在学中から今の今まで友人関係を続けられている。

度々学会で顔を合わせてはいるし、個人的に食事をして世間話をすることもあるが、今回は珍しく寂雷の方から連絡が入ったのだ。しかも急に。"ちょっと相談事があるのだけど"と。
今日は当直だと伝えれば、明日までに知識が必要なんだ。と意外なほど差し迫った様子で言うので、勤務先の精神科病院にいた俺の元へ寂雷はやって来たのだった。


聞けば寂雷の元に通ってきている不眠症の患者が、女性恐怖症の友人を連れてきたと言う。まずその冒頭部分までで俺は突っ込みを入れてしまったのである。

『は?え、お前精神科やってんの?』
「やっていないよ…だからこうして君の所に来ているんじゃないか」

そうだよな。と脳内を整理していれば、寂雷は再び話し出したのである。
その友人のホストに入れあげた客が、ホストを刺して―――

『いや、ちょっと待て。女性恐怖あってホスト出来る?え?』
「出来ているそうだよ。私もそれは驚いたのだけど、仕事用のスリーピースを着ると人格が変わるそうでね。先程仕事の顔をした彼に会ったのだけど、完全に別人だった」
『へ、へえ…』

正直言って話が分からない。…って事にしたいくらい混線している内容だ。寂雷は俺が静かになったため、また話し出した。

そのお客さんの女性がホストを刺して、失踪している。更にその女性は自分の血液で書いた手紙をホストに送りつけるようなストーキング行為をしている。と言うのである。

『ん。まあ診療科目としては精神科だわな。でも何、ストーキングとか刺したとかなら警察は?』
「動いてはいるようだけど、中々難しいようでね」
『ま、そんなもんかね』

状況を何となく掴んだ所で、俺は寂雷に何が知りたいんだ?と尋ねる。寂雷はその下がり勝ちな眉を僅かに寄せて口を開いた。

「先程、ストーカーの女の子の所在が分かったんだ。知り合いの探偵に頼んだら直ぐに見つかってね。それで明日、さっき話した子達と一緒に訪ねて、治療を受けて貰えるように説得することになっているんだけど…」
『はあ…成る程な』
「私としては突然押し掛けて、急にヒプノシスマイクを使うと言うのは避けたいんだ」
『そうさなあ…』

俺は相槌を打ちながらどうしたものかと思考を巡らせる。そもそも、治療と言うのは医者だけでは出来ないのである。医者の知識と本人の意識、そして周りの理解と支援。全部が合わさって初めて出来ることなのだ。

『難しいな。…その子、多分罪の意識も病気の意識も無いだろ。そんなんでいきなり治療とか言ってもなあ…』
「うん…」
『中々派手にやらかすタイプの子みたいだし、逆撫でしないようにな。病気だと決め付けて話せば、逆上するぞ』
「そうだね…なまじ、前情報があるとそうなり勝ちだから気を付けるよ」
『だな。後はそのホスト君の存在を上手く使う事だ。その子の依頼で来たとか言えば接触くらいは出来るだろうし。
まあ、入院加療が必要であれば俺ん所も受け入れられるから。言ってくれ。』
「ありがとう、恩に着るよ」

寂雷は困り顔で笑ってから、疲れたように一つ息を吐く。

『あー。まあ…なんだ、有名人は大変だな』

俺もなんだか、ついつい独り言のように気の抜けた言葉を吐き出して。寂雷は一際困惑した顔で俺を見てきた。

「どういう理論だい、それは」
『んー?いや、流れが理解できるなと思って。お前の名前が売れてるからそうやって何でも治して貰えると思って患者が殺到するんだろ。お前を神かなんかと思ってさ』
「ん…そういう言葉を君の口から聞きたくないね」
『いや、これは俺の言葉じゃないから。お前良く言われてるだろ。"神の手とか神の目"ってさ』
「本意ではないよ」

寂雷は嫌そうにゆるゆると首を振る。俺は分かってるさ、と返してから続けた。

『最近の"全ての病をヒプノシスマイクで解決☆"みたいなお茶の間向けの番組が今お前に起きている現象を強めてるんだろうな』
「…そうだね。私もそれは同感だよ」
『お疲れ、寂雷』
「君もね、なまえ君」

お互いに大きなため息を吐いてから目を合わせ、小さく噴き出した。
そう言えば、と寂雷が話し出す。

「先日の学会で君が話していた内容がとても興味深かったんだ。今回の件もそうだけど、以前から私はヒプノシスマイクの医療への参画に関しては非常にナイーブだと考えていてね。」

急激に会話の内容が真面目なものへと移り変わる。俺は寂雷の本当にしたかった話はこっちなのかも知れないと思った。

『まあ…、ヒプノシスマイクを使った精神干渉での治療は、あの論文で出してる通り"術者に一定以上のスキルが有れば有効であり、身体的異常を来す確率も低い"って言うのが結論だな。』

寂雷は、頬に人差し指を添えたいつもの姿勢で静かに聞いていた。

『ただ、継続した治療と言うならば別だ。シナプスへの過干渉が続けば、シナプスは自らの役割を果たさなくなってしまう。そうなれば、もうヒトは終わりだ。やっぱり基本的に、薬物療法とリハビリテーション、生活改善指導を併用して行くのが一般的になる。H歴になったっていうのに、古来の方法が一番効果的っていうのは皮肉ってもんだな。それでも、ヒプノシスマイクは…急性期患者にはある程度、定期的に必要と言えるかもしれない』

なるほど、と寂雷は小さく呟く。俺は名医様に聞かせるほどの事じゃないがな、と締めくくる。そして茶化すように寂雷に投げ掛けた。

『お前みたいにヒプノシスマイクを扱うスキルにも優れていて、アフターフォローも完璧に出来る医者なら、信頼性安全性共に高いし。引っ張りだこになるのは当然だな』
「もう…買い被りすぎだよなまえ君」

てっきり怒られるかと思いきや、可愛らしい返答が得られたので俺は拍子抜けしたのである。

「でも、うん。とても勉強になったよ。ありがとう」

寂雷はそう言ってから微笑んで、立ち上がる。俺が、まあ気を付けろよ。と声をかければしっかりと頷いて、うちの病院から立ち去って行った。それが午前1時頃の話である。




―――





「みょうじ先生、お電話です。外線1番にシンジュク中央病院の神宮寺先生です」

昼が過ぎた。午後の診察の合間、看護師が診察室の影から声をかけてきた。お、無事に終了ってとこか?と受話器を上げる。

『はいどうも。――あ、もしもし寂雷』
「なまえ君、無事に一段落したよ。君の忠告を生かせなかった部分があった事はとても反省するところなのだけど…一先ず、君の病院にお願いしたいな」

やはりその報告か。と思いつつ、寂雷が何故か"反省"等という言葉を使っているので不思議に思いながら俺は快諾の意を表した訳である。

『了解。こっち送って貰って。とりあえず寂雷、お疲れ』
「うん、ありがとう。なまえ君。今度2人を連れて挨拶に伺うよ」
『へ?あ、別に大丈夫だからな。じゃあ、呼ばれてるから行ってくる。じゃあな』
「ああ、ではまた」

話の途中ではあったが、看護師が俺を呼びに来たため受話器を置いた。

そしてその後、件の女性が意識を失った状態で運ばれてくる。ヒプノシスマイクの精神干渉を受けたことでの疲労やショックから来る睡眠状態。寂雷らしいヒプノシスマイクの使い方で、丁寧にこの女性を戦闘不能に使用としたのが良く分かって、俺はクスクスと込み上げる笑いを抑えきることが出来なかった。




―――




さて。今俺の目の前には赤い髪と黄色い髪の2人組が立っている。黄色い髪の方は赤い髪の後ろに隠れるようにしている状態なのだが…。ちなみに、どちらとも面識はない。

『……ええと、どちら様?』

まあ、無難な問い掛けである。こちらの声に、ビクッと肩を強張らせた赤い髪の方は、長い前髪に隠された顔を勢い良く上げて―――ゴツッと良い音がした。

「「い゙ぃっ…!!!」」
『え…何、あー…大丈夫か?』

後頭部を抱える赤い髪と、額を押さえる黄色い髪。どちらも悶絶してアスファルトに蹲っている。勢い余った赤い髪の頭が、ピッタリ後ろに張り付いていた黄色い髪の頭に頭突きをかました訳である。

「っっったぁぁぁ!!!独歩まぁじいってーよ!!ひーっ痛い…っうぅ 」
「ぐっ…ひ、一二三…お前、何でそんな至近、距離にっ…ってぇ…」
『何かこう…痛がってるとこ申し訳ないんだが…立てるか?そこ座ってくれれば診てやるぞ』

そう言って俺は2人の腕を引っ張り上げて、近くに合ったベンチに座らせた。2人示し合わせたように、うーうー唸っている様子はとてつもなく面白い。が、まあ医者として面白がってるだけではならんということで。とりあえず黄色い髪の額を覗き込む。

『切れてはいないな…。冷やせば落ち着くだろうが、少し腫れるかもな。微妙に内出血してる…まあ気になるようなら彼女にでもコンシーラー借りて消すことだな』
「ううっ…分かったぁ…」

黄色い髪は、ネジの緩そうな声で返事を寄越す。赤い髪の後頭部を診る為に、ふわふわの髪を掻き分ける。

『あー…ここだな。とりあえずこっちも切れてはないから、冷やせば落ち着くが…寝るとき枕に触って痛いかもな。今日は横向きで寝ると良さそうだ』
「うっ、はい…すみません、ありがとう、ございます。みょうじ先生」
『おー…って、ん?今名前…』

はて。俺は今日休日で、白衣も着ていなければ、ネームプレートも着けていないのだが。この赤い髪の彼は、確実に俺の名前を言った。…俺の患者か?そう、不思議に思っていれば。

「俺っち達、寂雷さんに助けてもらった2人組なんすよぉー!寂雷さんから、アドバイザーはなまえせんせーだって聞いて?来ちゃった?的な?」
「おいっ!一二三…っお前、失礼だぞ!恩人に向かって…!」
『あー、成る程な…』

納得だ。不眠君と、女性恐怖君ね。声には出さなかったものの、俺の頭にはすぐに過ったのである。

「今日はここに居ればなまえせんせーに会えるって聞いてさあ!」
「だからおい一二三!」
『へえ、誰から?』
「私だよ」
「「先生!/せんせー!」」

元気が良い2人を相手にすることに若干疲れてきていた俺は、救世主の登場にホッと息を吐いた訳だ。

『寂雷』
「なまえ君、突然申し訳ないね」

寂雷は眉尻を下げて言う。俺は肩を竦めて首を振った。

『別に。…まあ、何か落ち着いて良かったな』
「そうだね。なまえ君のアドバイスが合ったからこそだよ」
『なーにが。彼女、診たけど。お前の丁寧な対応がちゃんと生きてたよ』

俺は寂雷の肩を小突いて笑顔を向ける。すれば、4つの瞳がこちらをじっと見ているのが分かった。

『お前らも良かったな、大変だったろ。お疲れさん』
「あんがとせんせー!てか、寂雷せんせーと仲良しって言うからてっきり?もっとお堅い感じの人が来んのかと思ってたけど、違うのなー!俺っちなまえせんせーけっこー好き!」

黄色い髪が飛び付いてくる。よろめくことなく受け止めると、その後ろから赤い髪が焦ったように叫びだした。

「ちょ!!ホントマジで一二三待てやめろ黙れ!!頼むから!!!!」
『おー。元気だなあ。幾つなんだお前ら?』

声がデカイのがたまにキズだが、大型犬みたいにじゃれてくるので、俺は頬の横辺りにあるその黄色い頭をワシワシと撫でた。

「俺っちも独歩も、にじゅうきゅー!」
『へえ、の割りに跳ねてんな…。そっちはかなり摩れてっけど』
「独歩は社畜だからさー!いっつも疲れてんの!」
『そ。で、俺はみょうじなまえって言って、寂雷と同級の友人で精神科医だ。お前らは?』

黄色い頭は驚いたように俺からパッと離れて両手をパチッと合わせる。そしてその後ろで赤い髪は隈に縁取られた目を絶望的に見開いてこちらを見た。

「めんごりーぬ!テン上げしちまって忘れてた!!俺っちはぁ、伊弉冉一二三ですっス☆ひふみんって呼んでね!ホストやってんだ!」
「ひっす、すみません、すみませんっ。自己紹介もなく…!わ、私はこう言う者です…。しがない医療系サラリーマンです。」

キラキラしてうるさい奴と、ジメジメしてうるさい奴。俺にとってはそんな認識でインプットされた2人。ずっと俺達の様子を見ていた寂雷が僅かに身動ぎしたのが視界に入って。

『ま、よろしくな。で…なんだ、寂雷はコイツらとチーム組んだって?』
「そうなんだ。例のあの日、事が終わった後…確信してね。彼らなら私が求めた世界の変革に必ず力を添えてくれると」
『そうか』

そう話す寂雷の顔は清々しく、力強く、とても穏やかな表情を見せている。そして伊弉冉一二三と観音坂独歩は、澄んだ瞳で寂雷を見詰めている。俺はそんな3人を見て、きっと良いチームになるだろうな、と思った。

『まあ、じゃあ一二三と独歩、寂雷をよろしく頼むな』
「りょりょりょーっ!」
「めっ、滅相もありません…」
「ふふっ、興味深いだろう?」
『そうだな。お前にしか手綱握れそうになさそうだ』

変人を近くに置きたがる、寂雷の悪癖とも言えるその性質が良く良く現れているのを感じて、俺はどうにも苦笑するしかなかったのである。




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