ヰろハ、匂へど(企画)

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【け(げ)】(神宮寺寂雷、伊弉冉一二三、観音坂独歩/長編男主)



迎春。

店先に並べられたたくさんのその文字を見て、…この一年も良く分からない内に終わってしまうのだな。となまえは思考した。毎年毎年、師走と呼ばれるこの12月になると、小売り業者は競うようにして新年に向けて騒ぎ立てる。クリスマスの翌日からはより一層の事である。店の内装から売り物、はたまた店員の装いまで。恐ろしいほどの変わり身の速さに脱帽する他ない。

大晦日と呼ばれている年内最後のこの佳き日。人手の多い街には殺伐とした雰囲気と併せて、どこか浮き足立った空気があった。そんな喧騒の中佇むなまえは、ふとスマホの時計に目を遣って、小さく嘆息する。マフラーから零れた息が白く染まり、冷気の中ふわふわと拡散していった。

『そろそろかな…』

口の中でモゴモゴと呟く。なまえは待ち人をしていたのだ。何処と無く、気が乗らない感覚もありつつ、同居している想い人のチームメイトなのだからと言い聞かせて、なまえは待ち合わせ場所に立っていた。


その相手は、麻天狼のMC GIGOLOこと、伊弉冉一二三である。
世の女性達から多くの寵愛を受けながらも、女性恐怖症だと言う光色の彼は、一体この街中をどのようにして現れるのだろうか。なまえは昨晩、それを思って眠れない気分だった。もしもいつものホスト姿で現れようものなら、大勢の女性に囲まれて身動きが取れず…大晦日と正月の支度に使う物の買い出しもままならないだろうし。逆に普段の様相では、彼がここに辿り着くことすら不可能だろうと思う。なまえは僅かに眉を寄せて、困惑を隠さないまま、現れる時を待った。

ガードレールに半分腰掛けながらスマホ画面を見る。以前、渋谷のギャンブラーと対戦するためにインストールした(させられたとも言う)トランプゲームのアプリを開いて、指を滑らす。僅かな細切れの時間、暇を潰すにはもってこいの物である。1ゲーム、2ゲームと幾度か繰り返したところで。

「へえ。君もそういうのやるんだね」
『っ…』

突然、耳元で聞こえてきたその声。なまえがビクリと体を跳ねさせて、声の方へと顔を向ければ。

『――ああ…成る程、』
「…それはどういう反応だい?」
『いえ…こちらの話です』

いつものスリーピースに黒いコートを羽織り、マフラーを引っ掛けて。頭には中折れ帽、そして黒縁に僅かに色の付いたレンズの眼鏡をかけたその人が居たのである。その妙に洒落た変装の仕方に、なまえは何故か納得をしたのであった。

『こんにちは、伊弉冉さん』
「こんにちは。なまえくん、お待たせしてしまったね」

いえ、となまえが答えると、一二三は少しだけ口角を上げる品のある微笑みで頷く。そして然り気無くなまえの背に手を添えてこう言うのである。

「それじゃあ、行こうか」

と。なまえは買い物の間中ずっと女性のようにエスコートされ続けることとなったのだ。内心、ある意味地獄だ、と嘆くなまえは酷く精神が摩耗していくのを感じたわけである。





買い物を終えて、なまえと一二三は共に帰路につく。行き先は勿論、神宮寺寂雷邸。何故ならばこの大晦日、シンジュク代表麻天狼の三人となまえは、四人で年越しをして元旦を迎えよう、と随分と楽しそうな寂雷の提案から、そんな流れになる予定なのだ。そしてそう言うわけで、なまえと一二三は一足先に集合しているのである。―――年越し兼正月の料理担当要員として。

「っだーーー!疲れたあー!!」

部屋に入り買い物袋を床に置くなり、一二三は変装用品と防寒着、スーツのジャケットを脱ぎ捨てて、解放感溢れる声色で言うのだが。

『わ、急に代わらないでください。声量が違いすぎです…』

ホストモードの時とは全く違う声量で、同一人物らしからぬテンションの声色のそれになまえはビクリと肩を跳ねさせ、一二三に指摘するのである。

「あっあー!酷いんだぁなまえちん!かんわいい顔してぇ、いっつも辛口だよなぁ」
『ん…耳がキンキンする……』

プンスカと眉を寄せてより一層詰め寄ろうとする一二三になまえは大きな溜め息を吐く。そして脳裏に、彼の幼馴染みであり麻天狼の一人である観音坂独歩を思い描いた。…今日も今日とて仕事に行ったのだと言う社畜様が早々の到着をする事を祈るばかりである。

『さて、…先ずはお節からやりましょうか』
「あいあーいっ、とりま、俺っちローストビーフ作るな〜」
『はい。僕は伊達巻きから』

一二三となまえは各々の担当する料理へと取り掛かる。賑やかな一二三も、集中する物事があれば、どうやら静かにしているようだった。

「なあなあ〜。先生何時に帰ってくんの?」
『ああ…今日は20時頃になるそうですよ』
「マジかあ。その前に帰れるかな独歩ちん…」
『年内にやるべき書類が片付かないって言ってましたけど…』

うーん。そんな風に二人して唸りつつ、手際よく進めていく。

「ん〜?なまえちん、なぁにしてんの〜?…あ、薔薇じゃん?!」
『はい。かまぼこの飾り切りを…よし』
「かわいーソレ!俺っちもやる!!」

お節用の料理達が神宮寺家のダイニングテーブルに次々と置かれ、だいぶ二人の雰囲気も穏やかな物になってきたと言う頃。後は重箱に詰めるだけの状態までになっていた。


――ピンポーン、

来客を知らせる音が鳴る。

「あー!独歩ちんかなぁ?はーいっ!」
『あ、ちょ……、まあいっか…』

家主を差し置いてモニターホンへと駆ける一二三に、なまえはもはや何でも良くなって、一人手元の作業に集中した。重箱に一つ一つ完成した品を詰めていく。

「なまえちん、おっ待たせ〜!!」
「お邪魔、します」

暫くすると再度玄関の呼び鈴が鳴り、一二三が人を引き連れて入ってくるのであった。

『こんにちは、観音坂さん。お疲れ様です』
「なまえさん、すみません…その、一二三のお守りを任せてしまって」
『いえ、大丈夫ですよ』
「あ〜!!!独歩ひでぇ!!!」
「一二三、うるさい…」

独歩が所謂ジト目で一二三をたしなめれば、一二三は「ごっめーん」と言いつつ嬉しそうと言うか楽しそうと言うか。ニシシッと目を細めて歯を見せて笑った。

「と言うか、それ…お節」
「そおそお!俺っちとぉ、なまえちんの初のきょーどーさぎょー、ってやつ?!」
『それは何だか語弊があるように思いますが…まあ、一二三さんの手際のよさのお陰で大方終わりました』
「んん!?え!?俺っち誉められた!しかもなまえちんに!!なあ独歩ぉ聞いてた!?」
「ああ…聞いてた。聞いてたから…お前、ちょっと静かにしろ…」

一二三は独歩の肩を掴んで前後にガクガクと揺らす。独歩はぐえっとかううっ等と呻きながら視線を遠くに投げていた。

『伊弉冉さん…、それ以上は観音坂さんが危険なのでは…』
「え〜?大丈夫っしょ!」
「根拠がない!!」
「あ、ほらな?」
『………そうですか』

なまえは二人を前にしてどんな顔をしたら良いやら分からず、ただただ頷くのだった。そしてふと、この二人の学生生活を想像して『自分には到底無理な関係だな』と結論を出したのである。

『寂雷さんが帰ってくるまでもう暫くありますので、準備を進めましょうか』
「りょりょりょーっ!」
「あ、俺も…何か役割を頂ければ」

そんなこんなで、一二三と独歩、そしてなまえは穏やかに年越しの準備を進めて行ったのであった。





「ふぃ〜〜っ終わったぁ〜!!」
『一通り出来ましたね』
「いやマジでこれ……母親を尊敬せずには居られん…」

三者三様のコメントが出る。
神宮寺邸のダイニングには、数々の料理が並べられている。先程までバラバラと小皿に分けられていた品々は、大きな重箱へと綺麗に納められていた。

――ブブッ、ブブッ、
バイブレーションが鳴った。なまえのスマホが音源だった。

『あ…、すみません。僕のですね。――寂雷さんからです』

なまえがスマホを手に取り、メッセージ画面を開くと。肩と背中に衝撃。

『わ、』
「先生から!」
「なになに〜なんだってぇ〜?」

肩の衝撃は、目をキラキラとさせて画面を覗き込んできた独歩。そして、背中の衝撃は、抱き着くようにのし掛かってきた一二三だった。

『はい、あと数十分で到着するそうです』
「さっすが先生!時間通りぃ〜!」
『そうですね。ひとまずコーヒーでも飲みながら待ちましょうか』
「なまえさんのコーヒー…」
『リビングでお待ちください。すぐにお持ちしますので』

そう言ってなまえはスルリと二人の輪から抜け出すと、サイフォンの元へと向かう。一二三と独歩は、なまえの促しとは反して、サイフォンが見えるダイニングの椅子へと腰掛けたのだった。

『これ、そんなに面白いかな…』

なまえは小さく呟いて、コーヒーの抽出に取り掛かる。興味深くサイフォンの様子を見詰めていた二人に、出来立てを淹れて出せば、

「いっただっきまぁ〜すッス!!」
「いただきます、」

随分とテンションの違う、それでいてキラキラと暖かい声が返ってきた。

「…、なまえさんのコーヒーはいつも美味しいです」
『ありがとうございます。観音坂さん。いつもカフェにも来てくださって』

独歩のほんのりと浮かべられた笑みに、なまえは僅かに首を傾けて答えれば、一二三が愉快そうに「知ってたぁ?なまえちん」と、言葉をかけて来る。

「独歩ちんその為にあの辺の営業代わったりしてんだってぇ」
「ひふっ…」
『そうなんですか?なら、次はオマケしますね』
「あ、っえ、あ、ありがとうございます」
「良かったじゃ〜ん?独歩ぉ」

真面目な顔をして切り返すなまえ。ウリウリなどと言いながら、一二三が独歩を肘で突付くと、独歩はそれをやんわりと手で払った。

ゆったりとした時間が流れる。なまえが一二三と独歩と三者の時間を長時間過ごすのは中々無い機会であったが、優しい空気が室内に充満していた。






「良い薫りだね、」
『あ、…お帰りなさい。寂雷さん』
「「先生!!」」

家主である神宮寺寂雷が帰って来たのは全員がひと息吐いた頃だった。

「ただいま、なまえ君。一二三君、独歩君」
『お出迎えもせずすみませんでした』
「ふふ、良いんだよ」

寂雷はなまえの髪をさらりと撫でて、穏やかに微笑む。なまえはその手を甘んじて受け入れてから、立ち上がった。

『お茶と、食事の用意をしますね』
「あっ!俺っちもやる〜!」
「俺も…」
「そうかい。では私はまず着替えて来ようかな」

各々のやるべきことを終えて。
テーブルに綺麗に並べられた色取り取りの食事。四人で囲むそれらに、なまえはほんの僅かだが、頬が緩む気がした。

有名なアーティストの歌の数々。お笑いのステージ。スポーツの試合。年末らしい番組が流れていく。そこに合わせて、一二三の明るい声が乗る。寂雷の落ち着いた笑い声が零れて、独歩の焦ったような声が挟まれる。

『…良い、年末ですね』
「だよなぁ〜っ!!マジサイコーの年越し!!」

一二三がなまえにぎゅうっと抱き着きながら、独歩に笑顔を向ける。

「ね?そー思わねぇ?独歩!」
「………そうだな、」

独歩がふ、と唇で弧を描く。

「ふふ…みんなのお陰で、私も良い年を迎えられそうだ。…今年1年、本当にありがとう。たくさんお世話になったね」
「と、とんでもございません!僕の、俺達の方こそ、」
「ほんっとぉ〜っに!お世話になりましたぁ!先生!」
『僕も、今年も大変お世話になりました』

寂雷は穏やかな微笑みと共に頷くと、「来年もよろしくね」と言った。


テレビからは鐘の音が聞こえて、窓の外から花火の音が聞こえてくる。なまえは染々と、年が明けたことを知ったのである。

『明けましておめでとうございます。本年もよろしくお願いいたします。』

笑顔いっぱいの三人に向けて、なまえは少しだけ緊張した声で言ったのだった。




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