[1/21]
【ま】(有栖川帝統/男主)
またいつものように野宿でもするか、と賭場で素寒貧になった有栖川帝統は適当な場所を探して彷徨っていた。
シブヤディヴィジョンの片隅。とある公園に差し掛かった時、深夜近くにも関わらずベンチに小さな背中があるように見えて、帝統は怪訝に思った。まさかOBKの類いでは無いだろうか、等と不信感いっぱいに近付けば。その背の主は不自然に小綺麗な身なりの少年だった。
そろりと遊具の影から覗いてみると、その手には美味しそうな…中華まん。帝統は思わず腹の虫がぐぐううう、と大きく鳴くのが分かった。
『…食べますか』
急に顔を上げ、振り返って帝統を視界に捉えた少年は、淡々とした口調で、その中華まんを差し出して来て。
「は…?」
『お腹、空いているなら』
「そうだけどよ…でもそれお前んだろ」
『いえ…、僕はそこに隠れているおじさんに貰っただけなので、』
「あ?おじ…?」
帝統が眉を寄せて呟く。するとガサガサ音と共に「ヒェッ…」と情けない声が小さく聞こえた。そして焦ったらしい"ソレ"は何らかに躓いた様子で草むらから砂利へと転がってきた。でっぷりと肥えたゴム毬のようだった。
「……アンタ、何してんだよ。んな草むらで…」
「おおお俺は決して怪しいことをするつもりは………!?!」
尻餅をついたその男は、腰が抜けたのかジリジリと砂まみれになりながら帝統から距離を取ろうとする。
『お兄さん。おじさんは悪くないですよ。これをくれましたし、この後ホテルに泊めてくれると言っていましたから』
「違っ…」
少年の言葉と、肥えた男の怯えた様子。詳細が語られることはなくとも、帝統はこの現状の全てを悟らざるを得なかったわけであった。
「あー…、ナルホドな」
ゲェ、と顔を歪ませて男を見下ろしてから、帝統は少年を見る。中華まんを片手に持ったままの少年は、なんだか分からない、と言うような顔で帝統を見返していた。
その表情が作り物であれば、帝統もここで引き下がるという選択肢を選ばないでもなかったが、どう見ても少年の顔に打算は無い、と帝統に流れるギャンブラーの血が断言するものだから。
「おいお前、それぜってー食うなよ。今コイツぶっ倒してやっから俺と良いもん食おーぜ!」
カチッ、キュイィーーーン…
少年の返答を待つことなく、帝統はヒプノシスマイクを取り出して素早く起動したのである。
「ヒッ、あ、アンタ、代表の、」
「オウオウ、良く知ってんじゃねえか。俺がフリングポッセの有栖川帝統だぜ。覚えとけよな!」
重たいビートに乗せてハイトーンなハスキーボイスが響く。アップテンポに刻まれ、叩き込まれる言葉。どんなに素寒貧でも、変人ギャンブラーと言う余りにも謎な二つ名があろうとも、そのスキルは一流なのだ。元より震え上がっていた男は、ものの数十秒でノックダウンしてしまったのだった。
「ケッ、んだよ。つまんねえの…」
そうぼやいた帝統はマイクを切り、泡を吹いて転がる豚のような男に近付く。足の先でその腹をつついてみるも、起きる様子は無かった。帝統はしゃがみこんで脇に落ちている鞄の中身を物色するのである。
『オヤジ狩りですか?』
「んな訳あるか!!!」
素頓狂な少年の質問に豪快に突っ込みを入れながら、ゴソゴソと男の持ち物から財布を見付け出した。意外にもしっかりとしているそれの中身を数枚頂戴する。
「お!まあこれなら…」
パチ、パチパチ、と札を数えるその姿がある意味様になっている帝統は少年に振り返った。
「おうお前、帰るトコねえんなら俺と来いよ」
ニッ、と八重歯を見せて笑う。少年は僅かに思案して、問い掛ける。
『…お兄さんに着いていくと何かメリットはありますか?』
「…あ?メリットなあ…。まあ、俺にはマイクがあるからな。危ねえ目には会わないで済むぜ」
『それなら、よろしくお願いします』
ペコリ、と丁寧に頭を下げて来た少年に帝統は「おう!」と元気良く返事をしてから、その手にある中華まんを奪って、地面に転がる男の口にばふ、とはめ込んだのである。男は「うぐ、」とかなんとか呻いてから、また静かになった。大方その中華まんには何か仕込んであって、この小綺麗な少年を好き勝手するためのアイテムだったのだろう、と帝統は踏んでいた。
「おし。肉食おーぜ肉!!」
『こんな時間にお肉ですか?もたれそうですし、それにお店やってますかね…』
「…はぁ?お前女子か。つーか、幻太郎にもんなこと言われたな…」
ぶつぶつと帝統は呟きつつ、比較的住宅が多かった道から大通りに向かって進んで行く。少年はその後ろを静かについてきていた。
「あ!てかお前なんて言うんだ?俺はダイス。有栖川帝統だ」
『そう言えば…失礼しました。僕はみょうじなまえです。ダイスさん』
「なまえな!なまえ」
帝統は快活に笑いながらも、なまえと名乗った少年の物腰の上品さに僅かな疑問符を浮かべていた。
「お!ファミレス発見!!行くぞ、なまえ!」
『はい、』
真夜中のシブヤ。若者二人がファミレスへと小走りで入っていった。
平日深夜ということもあり閑散としているファミレス。席に通されると帝統はドリンクバーを2つとステーキの類いを即座に注文する。店員が奥へ下がると、少年、もといなまえにメニューを差し出して「好きなの頼めよな」と言った。
なまえがゆっくりとメニューを見ながら注文を決めると、帝統は合わせてハンバーグも頼むように依頼する。『そんなに食べるんですか?』となまえが驚くと、
「今日っつーか、昨日?の朝からなんも食ってねえんだよ」
『えっ…』
きょとんと目を丸くして口を少しだけ開いたまま、なまえは停止した。そこに呼び鈴で召喚された店員が現れて。
「お、このハンバーグと、こっちのうどん」
『お願いします』
注文を終えると、帝統はドリンクバーへと立ち上がる。
「飲みもん、何飲む?」
『あ…温かいお茶を、』
「お前……なんかマジでげん…、知り合いに似てるわ。まー待ってろ」
比較的近くにあったドリンクバーから帝統が戻り、なまえの前にホットの緑茶が置かれる。なまえは『ありがとうございます』と小さく頭を下げて熱が伝わっているその温かいコップを両手で持った。
帝統はコーラを飲んで、目の前のなまえをチラリ。どう見ても自分より年下、故に未成年である彼とこの後どうするべきかと思ったのだが。そこへ始めの注文品のステーキが届いた事で一時休戦となった。
「っはー!うま!肉だよな肉!!やっぱ肉食わなきゃやってらんねえぜ!!」
『そんな餓えたサバンナの獣みたいな…』
ガツガツ、と大ぶりのステーキをかっ喰らって行く帝統を目の前に、なまえは目を白黒とさせて呟く。少しすると、なまえが注文したうどんと帝統のハンバーグがテーブルに並んだ。
ほやほやと湯気が立ち上っているそれをふーふーと冷ましながら、なまえはゆっくりと食す。
「つーかお前、なまえ。いくつなんだ?高校?」
帝統のご尤もな質問に、気まずげに視線を逸らしたなまえはうどんを噛んでいる振りをしながら沈黙を伸ばしたのだが。
『………、中3です』
「あ!?……マジか」
『はい…』
まっすぐな帝統の視線からは逃れられずに、真実をポロリ。
瞬間的に「ん?俺これ犯罪か?」等と眉を寄せた帝統だったが、
「ま、そーいう時もあるよなー」
『あ…』
と、根っからの楽観的な性格からか重くは受け止めず、ゆるい返答をするのみだった。更には、何事も無かったかのように三品目の肉料理を頼み始めたものだから、なまえはホッとして良いのか、それともおい大人ちゃんとしろと怒って良いのか、最早良く分からなくなっていた。
「はー生き返るぜ…マジで空腹は人間の最大の敵だわ」
かっこ良く聞こえるような言い回しだが内容は薄っぺらい。しかしながら余りに実感が籠っているので、救いようがないのである。
そんな帝統を静かに見詰めていたなまえは少しだけ肩の荷が降りたような心持ちになっている事に気が付いた。
『あの…、』
「んー?」
最終的には、何故かこの人は話しても大丈夫なんじゃないかと思い至り、なまえはおずおずと口を開く。
『親が、』
「おー」
『学校や塾の教師まで懐柔したり、友人関係まで管理して、僕の将来を決めてしまおうとするのが苦しかったんです』
帝統は肉を喰らい続けながら、返事とも言えない返事をする。
『小さな頃からずっとそうだったので慣れていたはずだったんですが…僕の想いや夢を全て、"くだらない"と片付けられてしまって…それが、嫌で、』
「逃げてきたってか」
コーラを飲み干しながら、猫のようにつった瞳をチラ、となまえに向ける帝統。
『…はい。情けないことに、それしか思い付かなくて。学校帰りに服を着替えて、そのまま塾もサボって…疲れて公園で過ごして居たら……今に至ります』
「ふーん。じゃあ親御さん血眼で探してんじゃねぇか?」
『分かりません。もう、見限ったかも知れませんし』
沈んでいくなまえの様子を見ながら、帝統は「それはないだろうな」と考えていた。話を聞くに、ある程度以上裕福な家庭に育ち、頭も良く、恐らく進学校と呼ばれる学校に通っているのだろう。私立かもしれない。部活に打ち込むと言うよりは塾に缶詰めになっているような、そんな中学生の像が、ぼんやりと帝統の頭に浮かんだ。
「キュークツだなー。それ。俺なら中3まで我慢できたか分かんねえ…、つーか無理だわ。お前、すげえな」
『……スゴい?んですか?』
「俺はそう思うけどなー…、お、来た来た」
ここで帝統の三品目が登場した。ローストビーフ丼、と呼ばれる代物だった。
『あの…』
「んー?」
『ダイスさんは、今街が盛り上がってるヒプノシスマイクのラップバトルのシブヤ代表さんなんですよね』
「おーそうだぜ」
三品目にも関わらず、食べる勢いは失速しない。なまえは物珍しさ故に帝統から目を離すことなく、続けた。
『さっきの、すごくかっこ良かったです。僕は、テレビやネット等の視聴も制限されているので…知らなかったですが、ラップの凄さを知りました。母がいつも、"そんな野蛮なもの"と言って遠ざけていたけど…』
「へえ。そういうヤツも居るんだな」
さぞかしお上品な奥様なのだろう、と帝統は胸中で冷やかした。そして目の前のなまえが気の毒だとすら思った。
なまえは静かに瞬きをして、『ダイスさん、』と呼び掛けてくる。
「なんだよ」
『ダイスさんと話していたら、ホッとしました。何故か勇気が出る、みたいな感じで』
「勇気、ってお前…恥ずかしー奴だな」
ポリポリ、と帝統は頬を掻く。困ったような顔をしつつも、その目の縁は僅かに赤く染まっていて。照れ隠しに視線をさ迷わせた後、ひとつ息を吐く。
「…ま、でもそんなもんか。ダチに話すと元気出るよな」
『っ…ダチ、ですか?』
「あー?おう。…んだよ、違げえって言うのかよ」
驚いたようななまえに、帝統は眉を寄せて尋ねると、
『いえ!僕、嬉しくて…ありがとうございます』
なまえはテーブルに身を乗り出して、弾けるような笑顔でそう言ったのだった。
「お、おう」
思いの外喜ばれてしまった為、帝統は若干たじろぐも、"そう言えば"と過った事を伝えようと口を開く。
「つーかお前、もっと警戒心?持てよな。さっきのオッサンとか、お前ヤられるとこだったろ」
『ヤら…?僕の所持品を狙っていたとかですか?』
きょとん、と元より大きな瞳をまん丸く開いて当たらずといえども遠からずなそんな返答をするものだから。
「……………、いや、まあ。そんなとこだ」
帝統は説明を放棄して頭を抱えるのである。なまえは今更ながら帝統が自分を救ってくれたのだと知って、礼を述べ、より一層目を輝かせたのだった。
「そんでお前、この後どうすんだ?」
帝統が四品目の肉料理と最後の〆のフライドポテトを完食した頃に投げ掛ける。時計は既に、深夜2時を指していた。
『…帰ってみようかと思います』
「へえ、」
『見限られて無ければ、きっと怒られるけど』
きゅ、と拳を握り、口を引き結びながらもなまえは言った。帝統は面白そうに口を歪めて、
「つえーじゃん、なまえ」
ワシワシ、とその丸い頭を撫でた。
『ダイスさんのお陰です』
「はは、そーかよ。しょーがねえから家まで送ってやる」
『えっ…』
「オトナのセキニン、ってやつだろ」
ニッ、と八重歯を見せて快活に笑う帝統は「行くぞ」となまえに言ってレジまで進む。そして先程拝借した札で会計を済ませると、ファミレスを出る。
「っかー!食ったぁ…」
『あはは…僕はダイスさんのお腹の構造が理解できません』
ヒンヤリとした夜の空気。そんな軽口を交わしながらなまえの道案内のもと、静まり返った夜道を歩いた。
ゆっくりゆっくり、歩みを進めて行くふたり。続く沈黙が少しだけ、寂しさを誘った。
『ダイスさん、』
「あー?」
ポツリ、なまえが小さく呼び掛ければ帝統は頭の後ろで腕を組んだ体制でラフな返しをする。
『…また会えますか?』
「さあな」
『っ…』
なまえが僅かに息を呑む。せっかく友人になれたと思ったのに、ここで終わってしまうのか、と。
帝統はそんななまえを横目に、ふ、と息を漏らして笑った。
「でも、ま。お前が学校サボってねえか確かめに来るかもな」
『!!!!』
「だからせいぜい、俺に貰ったとか言う勇気ってやつ、忘れんなよな」
『……はい!!』
夜道に、大きななまえの返事が良く響いた。
「はは、うるせー」
『夜でした…すみません…』
ヒソヒソと笑い合いながら更に進む。
そして、なまえが立ち止まり、帝統も続いて足を止めた。深夜の住宅街にも関わらず、灯りのついた一際大きな家を、なまえは指差していた。
『僕の家に着いてしまいました』
「おー。お疲れ」
『ダイスさん、また、』
「ん。またな、なまえ」
なまえは歩き出す。帝統に背を向けて。
帝統はそんな背中を見送る。そしてその姿が建物に入る直前、母親らしき女性に抱きすくめられるのを見届けてから、背を向けた。
―――そんな二人が再会するのは、ほんの数ヵ月後の話。
LIST/MAIN/HOME