ヰろハ、匂へど(企画)

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【ち】(山田一郎/元TDD男主/ラップバトル風味(捏造division表現))
※時間軸はTDD解散後〜BB結成前の間



「チッ…テメェなんでココに居やがる」

街が夕闇に覆われた頃だ。仕事の関係でこちらに来ていた俺の目の前に現れたのは、黒髪に赤と緑のオッドアイを持つ男だった。赤い目の下には黒子が1つ。首にはヘッドホンが掛かっている。どうにも良く知った顔だ。それもその筈、現在地であるここ、イケブクロディヴィジョンで天下を取りつつ、萬屋として生計を立てている元TDDメンバーの山田一郎だった。コイツは旧友――もとい、元チームメイトの俺の顔を見るなり、トビキリ嫌そうに顔を歪め舌打ちをかましてきた。

『ん〜あれ?山田のイチローちゃんじゃないか。俺の事ちゃんと覚えてるなんて、ホントイイコだね。ハグしてあげようか』
「チッ、いちいち気色悪りぃんだよ。このイカレ野郎」

対して身長も変わらない一郎は、下から睨み上げるように目線を投げてくる。何だかそれが懐かしく、余りにも白いあの男を彷彿とさせるものだから、口角が自然と上がった。

『へえ、誉めてくれてんの?じゃあ酒でも奢るしかないかな…って、まだイチローちゃんはヨチヨチ歩きのみせーねんだっけ』

ククッ、と喉が鳴る。真っ直ぐで綺麗なこの男を揶揄うのは、昔から俺の趣味みたいなものだ。

「絡んでくんじゃねぇよ、オッサン」
『あれ、良いの?そんな言い方。寂雷さんにも同じ事言えるかな?ん?』
「ネチネチ細けぇな、うぜぇ」

軽薄と良く評される俺のこの口調は、今でも親交のある寂雷さんからは「もう少し年相応でも良いかな。でもまあ、君らしさと言う点から見れば、現状維持だろうね」と苦笑されたものでもある。その餌食になりがちなのがTDDの末っ子である一郎だった。

『久々に大好きなお兄さんに構って貰えて嬉しいくせに!照れないの〜』
「クソ、近寄んな!」

そして、こんな風に弄ってくる俺を嫌がる言葉や表情も、一郎にとってはライフワークの一環のようなものだったのだ―――、少し前までは。

『ね。左馬刻とは仲直り出来たの?イチローちゃん』
「アァ?っせーよ!」
『ん?そっか〜、未だなんだね?可哀想に』
「テメェ、ぶっ潰すぞ」
『お〜コワ。あんまりインテリおじさん虐めないでよ』

何が面白いのか分からないが、中王区の女供の暇潰しと言った所だろうか。解散したTDDの元メンバーが一人ずつ1つのチームを率いてディヴィジョンラップバトルをすることになってしまったのだ。

『――――な〜んてな』

それは悲しいような気もしたが、同時に嬉しくもあった。何故ならばTDDは最高で最強のチームであり、お互いがお互いの力を認めた上で、ぶつかり合いながらも一人一人が削られ磨かれていったスキルを持っている上等なライバルだったからだ。

『…やってみろよ、そのマイクで』

苛々した様子の一郎を表情、仕草、声、言葉全てを使って煽っていく。久々に楽しめそうなバトルの相手と向き合っているのだから、お預けなんて真っ平御免被りたい話だった。インテリな職業ではあるが、ラップバトルに関しては血気盛んな自覚がある。―――これこそが、女尊男卑の世界が出来上がってしまう訳の1つである。

「テメェみてえな雑魚相手にする時間が惜しいんだよ」

ギロリ、強い視線が俺を貫く。心地良いほどの殺気。

『俺が雑魚かどうか、お前は良く知ってんじゃない?あ、それとも怖い?ん?』
「クソ、イライラさせやがって!」

ヴゥ――ン、と一郎の手元から電子音。遂に一郎が自らのヒプノシスマイクを起動した音だった。
隠しきれない程の喜びが押し寄せる。

『お〜いいね。そうでなくっちゃ!』

そして俺も。ヴゥ――ン、マイクを起動した。
腹に響く、この低い唸るような電子音、中々居ない骨のある相手と殺り合える、そんな俺の歓喜がマイクにも伝わってるみたいだ。

『そいじゃ、ま。俺から行くね』

ハイテンポでアングラな音が連鎖する俺のビート。もう待ちきれないとばかりに流れ出す。血が騒ぐ。背中が泡立つ。堪らない…。そんな感覚だった。

『五臓六腑に響き渡るこの重低音をさあどうぞ 俺はMC LM つまりは詩的殺害者覚えておけ
いつまで見てんだあいつの背中 もうお前は赤ん坊じゃねえんだぜ 大黒柱なら進む道は 自分で決めろ腹括れアーイ?』
「っ…」

こちらのターン、8小節を叩き込む。目の前の一郎は、額にうっすらと汗をかき歯を食い縛り、体制を低くしたまま鳩尾の辺りをグッと押さえながらも耐えている。

俺のラップは寂雷さんが言うに、"自律神経を失調させる"効果があるらしい。随分昔に退けたその辺の雑魚は、"体の中に何かが這い回ってる"みたいなことを言いながら白目向いてぶっ倒れやがった。まあ、早く言えばヤク中の奴等が悩まされる体感幻覚みたいなもんだろう。乱数が駆使する幻惑系のラップとは親戚的な立ち位置だ。

「俺も行かせて貰うぜ…!」

悠長に自分のラップについての解説をしてる場合ではなかった。この山田一郎のラップは、切れ味も叩き込み方も、やはりその辺の奴等とはひと味もふた味も違うのだから。

「オッサン臭えぜ説教染みた台詞ばっか吐き出すその口にはワッパの俺が蓋してやるぜ甘く見んな気づきゃ頭に輪っか
イケブクロディヴィジョンつまりココは俺のビジョン映し出すロケーション 切り開く俺のこのスタイルとdopeなスキル喰らえばR.I.P.」
『…っく、』

一郎のスローテンポで重たいビートに乗せられた言葉は、容赦なく俺の腹に一撃を喰らわせてくる。
お互いの米神に汗が一筋、息が上がっていた。

『ククッ…』
「なにが、可笑しいんだよ」
『た〜のしいじゃん?やっぱ俺、お前らじゃなきゃ、物足んないわ』

息を切らしながらも、笑いが込み上げて仕方がない様子を見せる俺の言葉を聞いて視線を下に落とした一郎は、乱暴な仕草でグイ、と顎の下を腕で拭う。

「仕方ねえだろ」
『…そだね。あ〜、俺ももういい歳したオッサンなのになぁ。未成年のイチローちゃんに諭されちった。はぁ。――じゃあもういっちょ、』

そう言って俺が再度マイクを口許に持っていこうとすれば――――、

「コラ」

ガツン、と頭の天辺に衝撃。

『痛ったたた…』
「っっ………」

どうやら俺だけではなく一郎もそれを喰らったようだ。スリスリとその箇所を撫でて、たん瘤が出来そうな程の痛みを遣り過ごしていると、俺よりも早く復活した一郎が呟いたのである。

「寂雷さん、」
「久し振りだね。…もう。なまえ君も一郎君も何をしているんだい、こんな所で」

目尻に涙がじわり。この痛みの原因は神宮寺寂雷だったのである。

「まあ、大方この辺りを彷徨いていたなまえ君に出くわしてしまった一郎君が、捲き込まれて…正確に言えばなまえ君から煽られてこうなったと言う所だろうけれど」
『うん、正解〜』
「はぁ…仕方がないね君は」

一部始終を見ていたのでは?と言うほど正確な指摘。素直に肯定すれば、溜息が返ってきた。

「すみません…寂雷さん、」
「うん。一郎君は、なまえ君に挑発された時の躱し方をそろそろ身に付けようか」

シュン、と俯く一郎に寂雷さんは優しく声をかけている。この扱いの差よ。

『え〜!俺の貴重なオモチャが!』
「人をオモチャ呼ばわりするんじゃありません」
『痛っ!ちょっと痛いよ寂雷さんホントに!!』

ゴツ、再び俺の頭上に落ちてきた拳と言う名の隕石である。神と崇められる天才医師の非道を俺は今体感しているのだ。

「ハハ!ざまあみやがれなまえ!」
『ねえほら寂雷さん、あいつ、イチローちゃんが年長者敬ってくれないんだけど!』
「こういうのを自業自得と言うんだよなまえ君、覚えておきなさい」
『はい…ってマジかよ!』

元気良くノリ突っ込みをしたものの、この流れ、ギャグ等ではなく、寂雷さんは真剣に言っているのである。それもまた切ない話なわけだが。

「それじゃ寂雷さん、この辺で」
「ああ、また」
『え、イチローちゃんどこ行くんだよ』
「仕事だよ!俺は忙しいんだ。てめえに付き合ってる暇はねえ!じゃあな!」
『ええ〜。酷くない?…あ〜もう。…またな一郎!』

フイッ、と軽やかに俺に背を向けた一郎をジト目で見送りつつ、声をかけたものの。背中を向けたまま、手を振られた。

「…全く、なまえ君。会議の後、急に居なくなったと思ったら」
『んん〜。ごめん、寂雷さん』
「まあ、一郎君に会えて良かったね」
『うん。そだね。』

静かな寂雷さんの声と柔らかい言葉に、俺の頭はゆっくりと項垂れていく。なんとなくセンチメンタルな気分だった。

「今後はこういう事はやめるように。悪目立ちすれば、バトルに出られないだけでは済まないかも知れない」

寂雷さんは、幾分か下にある俺の頭をポンポンと優しく叩きながら諭すように言葉を続けていく。

「マイクを取り上げられたり、捕まえられてしまう場合だってある。それでは君の大好きなラップバトル自体が出来なくなってしまうからね」
『うん。分かった〜』

ゆるゆると返事をすれば、寂雷さんは下がり眉を更に下げて困り顔。

『一郎、まだ左馬刻の事見てたや』
「そうかい」
『あんなに背中追っ掛けてた兄貴と殺り合うって、どんな気分かな』

ポツリ、俺の唇は言葉を零す。寂雷さんは静かに聞いて、ちゃんと返事をくれたのだ。

『…これからのバトル、俺、物凄く楽しみなんだ』
「うん。好戦的な君にとっては最高の舞台だろうね」
『でもやっぱ、ちょっと前までココの真ん中に居た奴等とぶつかるってのは、しんどいね』

俺が親指で心臓の辺りをトントンと示しながら言うと、寂雷さんは少しだけ唇で微笑みを象った。

「うん、…そうだね」

寂雷さんと俺の間にゆるり、夜の風が吹き抜けていった。




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