起きていたっていいことは無い。明日は朝から眠くなるし、寝不足がたたって集中力が切れる。
だけどどうしても起きていたいと思うのは、今日を永遠に引き伸ばしておきたいから。
もうとうの昔に『明日』は『今日』になっているというのに、眠らなければ『明日』は『明日』のままいられるんじゃないか、なんて考えてしまって、もう瞼を閉じられない。

今眠ってしまえば起きた時には君は消えているんじゃないか、なんて。シーツの海の中、隣で眠る彼をそっと見つめてはため息を一つ。こんな素敵な日だというのに、消すことの出来ぬ不安に苛まれた私は一糸纏わぬ姿のまま、そっと彼の胸元に擦り寄った。

とくんとくん、と小さな心音が聞こえ、生きているのだというただそれだけの、単純でいて愛おしい確認を繰り返す。
しばし無言になっていた私を不思議に思ったのか、彼はその大きな手でさらさらと私の髪を梳いた。彼の白い手に私の黒髪が流れ、暗闇の中でもそのコントラストに目を惹かれる。

「どうしたの……?」

優しく尋ねかける声が闇の中で甘く溶ける。その声に誘われるように私は冷えた空気の中、小さく唇を震わせた。

「……眠りたくないの」
「どうして?」
「……このまま、夢から醒めてしまいそうで」

この時間を夢と認めたい訳ではない。けれどこの夢のように甘く幸福で、そして儚いこの時間は夢と称するほかにないのだ。
特別な日に幸福以外で胸を締め付けることなんてしたくなかったのに。そんな事を思っていると、先程まで髪を梳いていた彼の手がするりと滑り、頬に添えられた。
頬を撫でる手は大きくて、ほんの少しくすぐったい。小さく身をよじると、彼はピンクトルマリンの瞳を柔らかく細めた。

「……ねぇ、君の時間をもう少しだけ、俺に貰えない?」

とろり。あの日飲み干したローズシロップがグラスに注ぎ込まれるように、耳元で囁かれた甘い声。小首を傾げ、花弁が舞うような柔らかい笑みを浮かべた彼は、呼吸すら忘れそうになるほど美しい。

私はジュリエットじゃないから、貴方にバルコニーの上から問いかけることはしない。そして私はシンデレラでもないから、ガラスの靴は消えることなく月の光を浴びて燦然と輝きを放つのだ。